第49話 マクレガーの決断
「君の侍女は、只者では無かったという事だね」
知ってたくせに……どの口が云うのかね。 「闇の右手」が、そうそう、無様を晒す事は無いでしょうに。 無言で、頭を下げつつ、相手の出方を伺っているのよ。 何やらよからぬ雰囲気がするの。
ココは、【処女宮】、サリュート第一王子の居室。 王妃殿下と仲直り?してから、此方に住む様に取り計られたと、聴いたよ。 ふーん、そうなんだ。 まぁ、王国の未来の為にって利害一致しているから、わだかまりも有るけど、こうして暮らしていくって事ね。
この人達らしいわ……。
宮殿自体は豪華なんだけど、サリュート殿下の居室は、質素なんだよ。 まぁ、良く見れば一流品バッカリなんだけど、其処まで、贅を尽くしている訳じゃ無いし、なんでも金ピカってわけでも無い。 実用に耐えうる、実用品ばかりだったよ。 こう、王子様の部屋って、もうっと、こう……キラキラしてるもんじゃ無いの?
疑問なのは、私はダグラス王子の婚約者候補であって、サリュート王子には何の関係も無い筈なんだけど、なぜかこうやって、居室に通されて居るんだ。 それも、御妃教育の一環でな!
「あの、サリュート殿下。 侍従長の方から、宮廷での教育の一環としてと、お話を頂きましたが……何故に、サリュート殿下のお部屋なのでしょうか?」
「あぁ、それはな、私が教師の資格を持っているからだ。 主に回復系の魔法を伝授する事になっている。 王の側に立つという事は、いざという場合、王を護らねばならん。 その上、傷ついた王を癒し治さねばならぬ事もある。 事実初代様の奥方は、優れた回復系魔術師だったと、記録にあるくらいだ」
「ほ、他の候補の方も?」
「あぁ、数人の教師陣で、教育を行うが、私が担当するのは、ソフィアだけだから、心配しなくてもよい」
「そ、それは……、 また……」
要らない憶測呼ぶんじゃないの? ほら、ダグラス殿下以外の男性だし……。 それに、第一王子だよ? また厄介な火種を持ち込みやがった……。
「心配するな。 その為の侍女だ。 「武術大会」でのあの出来事で、お前の侍女は、証を立て、その能力は衆人の目を引いた。 そして、この部屋にも同行を許している」
確かにね……。 後ろに控えているミャーが、お部屋に入る様に言われて、ちょっとビビったよ。 それに、この部屋には何人もの人が居るし……。 まぁ、無茶な噂は立たんだろうけど……。 それにしてもね。
「この部屋に出入り出来る者は、厳選してある事も、安心材料としてくれ。 なに、ダグラスにも気に成れば、いつでも来て良いと、言ってある」
「……それでは、教育の方針は?」
「お前に教育? 必要なのか?」
「えっ?」
だったら何で、越させやがるのよ!! 面倒なんだよ、王宮に来るのは。 色々と煩いし、許可証の発行だって回りくどいし……。 何がしたいんだ?
「此方の情報を渡す為と……。 学園内の状況を掴むためにな。 ダグラスの周囲を取り巻いている、公爵家の者達も、いずれはこの国を背負わねばらなん。 自覚を促して居る状況なのだ。 有体に言えば、奴等の鼻っ柱をへし折らないとな。 ソフィアと、お前の侍女のお陰で、マクレガー=エイダス=レクサス子爵は、何かに目覚めたようだ。 騎士団の者から、良き報告も上がっている」
「レクサス子爵様は、ご自身が何者なのかを、見詰められておられます。 わたくしが成した事など、些細な事です」
そうなんだよね。 マクレガー様、このところ何かに目覚めたらしく、物凄い勢いで成長されているらしいのよ。 噂では、見習い騎士を卒業して、正式に騎士団に任官されるのも間近らしいの。 それも、ご自身の中では、まだまだと思われている事も聞こえてくるの。
それでね……。 どうも、ダグラス殿下の取巻きから離れられるらしいのよ……。 前にも仰っていたようにね。 何を考えられているのかは、わからないけど……。 直情型の、脳筋馬鹿だから、また、とんでもない事仕出かしそうで、ちょっと怖いわ。
「まぁ、何にせよ、これからは、私との授業は、こうやって情報の交換になる。 周囲を良く見て、奴等の事を守ってやって欲しい」
「……買被りが過ぎます。 一介の男爵家の娘には、重すぎる使命です」
「そうでも無いぞ。 事実マクレガーの暴走は止まった。 いい意味で奴は変わったんだ。 それも、お前が切っ掛けでな」
「たまたまです。」
「お前らしくすればいい。 良く耳を澄ませ、目を凝らせば、自ずと判ろう」
ふぅ……、 喰えん人だよ。 何処まで判ってやってるのか、全く予測がつかないんだ。 結局、「君と何時までも」の主要登場人物と絡む事になってしまうんだね……。 気合いを入れて、生き残りを賭けて、うまく立ち回るしかないか……。
今日は、此処までだろうね。 淑女の礼を捧げ、部屋を退出する。 もう、いいよね。
「ご教授、有り難うございました。 退出致します」
「うむ、宜しい」
沈黙を守りながら、部屋を退出する。 ミャーも続いているのよ。 なんか、精神ガリガリと削られた感じがするのよね……。 あの人は苦手だ。 何処まで読んでいるのか、判ったモノじゃない。 私なんかより、もっといい手駒が居る筈なのにね……。
「お嬢様、御顔が強張っております」
「そう、ゴメンナサイ。 帰りましょう。 疲れました」
「御意に……」
ミャーに指摘された、崩れかけている笑顔の仮面を被り直して、お家に帰るの。 もう、本当に疲れたよ。
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学園でさ、お昼ご飯を頂いて居る時に、なんでかまた、フローラ様がやって来たの。 青い顔してるね。 なんかあったのかな? しかし、よく、私の所に来たね。 このあいだの事、忘れちゃったのかな? 少なくとも、友好的にしたくない気分だよ。
「そ、ソフィア様……。 す、少し、お時間頂けて?」
「サロンには行きませんよ? 此処でなら……お話は伺いますが」
周囲に居た男爵家の女の子達が、顔を見合わせてるよ。 相手は、伯爵家令嬢。 なのに、私の対応は、非礼すぎるモノだものね。 いや、マジ、腹立ってたんだよ。 強引にサロンとやらに連れて行かれて、あんな対応されたら、誰だって腹に一物抱えるでしょ。 まだ、話を聴く姿勢を出してるだけ、有難いと思えよ!
滅茶苦茶躊躇ってるよ、フローラ様。 そりゃそうだ、事実上拒否しているのも一緒だ。 食堂でガヤガヤやっている、下位貴族の中にやって来ただけでも、彼女なりの譲歩と謝罪だもんね。 でも、ヤダ。 私は根に持つよ。
剣呑な光が眼に宿るのを感じているんだけど、止めようがないね。 で、どうするんだ? 此処で話すか、それとも、諦めるか?
「あ、あの……。 ぜひ、ご相談したい事が御座いますの……。 ちょっと、内密なお話ですので……」
やけに食い下がるね……。 でも、ヤダ。
「わたくしの立場はご存知で御座いましょ? 内密のお話などをすれば、それこそ、多方面に要らぬ憶測が流れます。 出来るだけ、そのような ” 内密 ” の話は、ご遠慮させて頂いております」
ほら、表情が固まったよ。 伯爵令嬢が、男爵家の娘に何かを相談したり、頼む事自体が不自然なんだよ。 でも、ここで、衆人環視の元でなら、話は、” 聞いてあげる ” よ。 それが、私にできる最大限の譲歩なんだ。
下唇を噛み締めた フローラ様。 諦めるよね。 私になんか相談しなくても、もっとイイ、お友達が沢山いらっしゃるじゃないですか! キッと私を見詰める目に、真剣な光が宿ったの。 こりゃ、怒らせたな。 でも、いいさ。 最初から絡むつもりも無かったしね!
いきなり私の前の開いた席に着かれたよ、フローラ様。 オイオイ、どうしたんだ? マジなのか? 噂好きの男爵令嬢さん達が一杯いるぞ? 前置きも無く、いきなりフローラ様が話し始めた。 もう、どうしようもないって、そんな目をしていた。
「マクレガー様が、南部直轄地、スザック砦に赴かれます。 増援の一兵として‥‥。 彼の地の安寧の為と……。 昨日、お話を伺いました……。 ソフィア様! 止めて下さい! お願いです!!」
ほう、そうか。 あの脳筋馬鹿そうきたか! エルガンルース王国、南部直轄地、スザック砦ってのは、南部諸侯領域に目を光らせる、巡察隊の駐屯地なんだよ。 このところ、南部諸侯領域がきな臭くてね。 結構な数の死傷者が出ているんだ。
御父様も憂慮されて居るんだよ。 何かしら良からぬ事が進行しているってね。
でもさ、マクレガー様の考えも判るんだよ。 国の軍事の長官がご自身の御父上でしょ? 張り付けた様な緊張の連続が続いている、スザック砦の士気を高めるのには、最良と言っても過言じゃない手なんだよね。
指揮官でも視察でもない、一兵卒として、今最もヤバイ、砦に赴任する。 当然、セントリオ=ゴーメス=レクサス公爵 国防長官にも、話は通してあるだろうね。 周りに流されて、行くんじゃなく、あの脳筋馬鹿の意思なんだよ……。
でなきゃ、一兵卒としてなんか、行くわけが無いよ。
それに、あそこは、一人でも優秀な兵が必要なんだ。 需要と供給、必要とされて居る人材が、必要とされている所に、自らの意思で赴く……。
最高じゃないか!!
よく、見る目が出来たもんだ! あの乱暴者が、よくぞ、成長したよ!! 褒めてあげたいくらいだよ。 いや、マジで。 生きて帰ってこれたら、あの脳筋馬鹿から、馬鹿取ってやるよ。 爵位に斟酌しない、純粋な殺意を正面から受けたら、自分のどこが甘いか判るよ。 いや、必ず生き残って帰ってこい。 一回りも、二回りもデカい漢になって帰って来れるから!
「フローラ様…… わたくしには止められません。 男の方が、意を決してお国の為、民草の為にその身を捧げようとされるのは、武門の御家のいわば誉れ。 どうして止められますでしょうか? フローラ様のお家とて、同じ武門の御家柄。 その事はお判りに成られて居る筈で御座いますよね」
「あぁ! ソフィア様!! わ、わたくしは心配でなりませんの!! あの マクレガー様ですわよ。 戦場においては何があるか判りません。 万が一、……万が一、御命が危うくなりましたら、わたくし……」
投げ出されて、震えているフローラ様の両手をしっかりと握ってあげた。 震える手は冷たくて、脳筋馬鹿《マクレガー子爵》の行く末を案じているのがヒシヒシと理解できる。 でもね、やらねばならないんだよ。 あの人が成長する為の試金石なんだよ。 判ってあげなよ。
私の視線が、フローラ様の視線に絡む。 ちょっと頷いてあげるの。 貴女の気持ちも判るわ。 でも、笑顔で送り出してあげないと。 段々と、彼女の手の震えが収まって来るの。 真摯な気持ちが、伝わってくるの。 大事な大事な人だもんね。 失くしたくないよね。 その気持ち、本当に良く判るわ。
そうだ、出征する人にあげる、御守りが有るんだった。 それも、妻とか、婚約者から、大事な人に捧げる、御守りが……ね。
「フローラ様……」
「ごめんなさい…… 取り乱してしまって……。 そうね、彼も武門の御家柄の人。 いずれ、戦場には立つ事になるわ。 私がこんなんじゃ、あの人の負担になってしまう……」
「御守りを作りましょう。 武運長久を祈り、一針一針をハンカチに。 お気持ちは伝わります。 無駄な戦はしない。 ここぞという時に活躍される様に……」
「はい……。 そうですね……。 その通りですね……」
周りで見ていた男爵令嬢が一斉に周りに集まって来た。 口々に ” お手伝い致します ” って。 うはっ、ハンカチ刺繍で埋まるね。 どうだろう、受けるかな?
「み、皆さん、ありがとう、ありがとうございます!!」
こりゃ、本物だ。 いいよ、私も一針、手伝うよ。
マクレガー、いい奥さん貰えそうだよ。
そして、王国の為に、一命を賭せよ。
民草の安寧は、
アンタの剣の
一振りに掛かってるんだ。
ガンバレよ!
二年目、マクレガー学園より退場。
それでは、また明晩、お逢いしましょう!!




