第48話 ミャーの矜持
さてと、行くか!
学園の用意したドレスはズッシリと重いの。 そうね、宮殿で正妃の着る正装くらいの重さが有るかもね。 そうで無いと、本当の所が判んないもんね。 それに多分これ、御飾りの重さも付け加えられてると思うの。
それにね、動きにくさが半端ない。
懐剣で出来る動きには到底向かいない装備よねぇ……。 でも、まぁ、やるしかないよね。
わたしは、一番下っ端だから、第一試合から組まれてるの。 だから、直ぐに出番よ。 いきなりの呼び出しね。去年と同じように運動場へ行く。 で、去年と同じように、控えの場所に立つの。 まだまだ、序の口立ちだから、観客も少ないしね。
相手はさ、【処女宮】にも居た、子爵令嬢。 あは、あいつ、コソコソ言ってた奴だ。 たしか……侍女見習いで、居たはずなんだけどねぇ……。 無制限部門じゃ無いんだ。 あれ? なんで?
「嫌がらせですね、お嬢様」
「ミャーにだけ、負担を強いるのね……許せない!」
「ミャーはいいのです。 お嬢様は御無理なさいません様に」
「嫌よ。 こんな仕打ち、認められませんわよ。 殲滅する」
「お嬢様……」
「貴女の主として立つのですから、その位はしないとね」
剣呑な光を、紅い目に乗せて、試合場に足を運んだわ。 相手のお嬢様の蔑んだ視線……。 去年の事、忘れちゃったのかしら。 ならば、存分にその身に刻んであげましょうか。 優雅に淑女の礼をして、いざ試合開始。
……
……
手応えねぇ……。
ダンスか何かかだと思ってのか? 命の遣り取りだぞ、本来は? なんかワーワーいいながら、懐剣を手に突っかかって来たの。 もうね、一体何を勉強して来たんだか……。 体幹はブレブレ、刃筋はフラフラ、何がしたいのか判らん位だ。 一応、敵意は有るだろうけど……。
ちょっと、身体を捌いて、振り回す懐剣を弾くの。 軽くね。 それだけで、彼女の懐剣は手から飛んで行った。 間合いをスッと詰めて、首筋に懐剣を当てる。
”それまで! 勝者、ソフィア=レーベンシュタイン! ”
勝者コールが、上がったら、相手のお嬢さん、膝をガックリと付いたまま、なんかプルプル震えててるよ。 そんな腕じゃ、侍女になっても、肉壁にすらなれんよ。 馬鹿め。
全く疲れもせず、控えの場所に戻るの。 なんか、会場の視線が痛いんですけど! 二回戦も、三回戦も変わりなく、終わるのよ……。 出て、弾いて、首筋に刃を当てる……。 それだけ。
全く試合に成らない。 ギャーギャー騒ぐ人も居たけど、結果が全てね。 冷たい視線を投げて、その場を後にするのよ……。 ホントにこれで侍女に成ろうとしたの? 訳が判んないわ。
四回戦目からは、高位貴族のお嬢さんが出場するのよ。 なんでも、超一流の先生に習っているらしいの。 ちょっと、期待した……。
……期待外れも良い所ね。 まだ、下位貴族のお嬢様の方が、殺気があったよ。 なるほど、型は素晴らしいんだけど、戦は臨機応変に状況に対応しなきゃならないのに、こうくれば、こうとか……。 教科書じゃ無いんだ、どう考えても動きとしておかしいだろう? 簡単に弾くだけで、お嬢さん成すすべもなく、棒立ち。
はぁ……。 練習にもなりはしないよ……。 命の遣り取りって、もっと、こう……さぁ。 なんていうかな、どうしよう?
――――――――――
順調に勝ち上がってね、ついに決勝戦なんだ。 相手は……ソーニア=エレクトア=マジェスタ公爵令嬢様。 ほんと、対応に困ったよ。 まぁ、武門のお家出身なんだから、そうは簡単に済むとは思わないけどね。
淑女の礼を取って、正面に立つの。 うん、綺麗な立ち姿。 体幹のブレも無いしね。 さぁ、遣り合おうか! こっちはフラストレーションたまってんだよ。 いざ! 尋常に勝負!
スッと剣先持ち上げる、ソーニア様。 予備動作なしで、振り出してくるの。 なんか、嬉しいね。 教科書通りの動きから、逸脱してる。 そうよ、これよ! 命の遣り取りに必要な、気迫を感じるね! オリャオッリャ! ソーニア様、半眼になった目に殺気を載せて、次々と技を繰り出してくるのよ。
私だって負けてらんないよ。 バンバン、打ち合うの。 そう、打ち合えるのよ! たのっしい~~! うっれしい~~!! いろんな角度から、予想もしない軌道を描く剣先。 ほんと、淀みないね。 よほど訓練をされたか、お小さい頃から慣れ親しんでるんだよね、この動き。 いいね、……とってもいい。
大きく振る懐剣の剣先に、”殺気”がこもるのよ。 それを、紙一重で捌くの。 見ている人達はヒヤヒヤしてるんじゃないの? でも、私は よ・ゆ・う! ギリギリで躱すって事は、次の動作に最短で移れるのよ。 勿論体幹のブレも無い。 私の剣先が、彼女を襲う。 今度は彼女が躱すの。 ギリギリよりも、ちょっと余裕を持ってね。
多分、思い出しながら戦っているの。 何となくそんな気がする。 身に付いた動きは、身体が成長する事によって、少しづつ変化するの。 だから、違和感が有るのよ、久しぶりに振るとね……。 ソーニア様、きっとそれなんだろうって、思うのよ。
きっとね……公爵家では、一回も練習してない。 毎日の鍛錬がモノを言うのよ、こういった剣技なんかはね。 だけど、あそこじゃ無理。 絶対に無理。 やらせて貰えないどころか、きっと、彼女冷たい視線にずっと晒されて、縮こまって生きているね。 間違いないよ。
段々彼女の動きが輝きだすの。 いい感じね、自分の中のイメージと体の動きが同調し始めてる。 そう、手、次は、足、 そうだよ、それだよ!凄いね! やるね! ほら、しってる? ソーニア様、今……、
とっても、いい笑顔よ?
私も、二段くらいギアを上げる。 十分について行けるけど、ソーニア大丈夫? 楽しいのは判るけど……、 あなた、鍛錬してないでしょ。 体幹がブレ始めてるよ? 知らない間に、疲れて来てるのよ? 動けるって云うのは、それは楽しい事だけど、疲れを忘れるのは……ダメよ?
ほら、剣先がブレた! 剣先の軌道が上ずってる! 狙いが雑! ほら、ほら、ほら!
私も、楽しかったの。
本当にね。 でも、このままじゃ、ソーニア様が倒れるね。 ……どうしようかな。 此処まで撃ち合って、突然負けてあげるのも、絶対に悟られるね。 そんで、わざと負けても、彼女の矜持を保つことには成らないしね……。
カチン!
鍔迫り合いになったよ。
「やるわね」
「疲れが見えますわよ? 次の一撃で決めますわ」
「出来るのかしら?」
「さぁ?」
パッと、お互いに距離を取る為に、一旦後ろに下がる。 睨み合って、タイミングを計って……、 一気に間合いを詰める。 私の懐剣がソーニア様の頸動脈にピタリと当たる。 彼女の懐剣は……ちょっと距離が足りない。
真剣ならば、私も只では済まないけど……致命傷では無いね。 本当なら、こんなギリギリな事しなくてもいいんだけど、彼女のプライドを護る為にはこうするしかなかったんだよ。 教官の先生からは……、
「双方、相打ち! 引き分けとする!」
ってね。 だろうね、審判の立っている位置から、ソーニア様の切っ先は見えないからね。 そっと下唇を噛むソーニア様。 悔しそうね……。 今までいい笑顔だったのね。
「……次は……負けません事よ」
「鍛錬が出来るなら、そうでしょうね」
「……貴女、何を……」
「放課後の運動場で、お待ちしております」
それだけ言うと、踵を返したの。 もしさ、彼女にその気があれば……。 って思ってさ、それで言ってみたの。 来るかなぁ……? 色々と貯めこんでるみたいだから……、 気晴らしに成ればいいんだけどね。
こうやって、私の「武術大会」は、終わったのよ。 ミャーが頭を下げているの。 よくやったって事かしら?
「お嬢様は、墓穴を掘るのが、御趣味のようですね」
「えっ? や、やらかしたの?」
「ご存知無いのですか?」
「何を……かな?」
「はぁ……。 去年の懐剣の部は、ソーニア様が優勝されました。 そして、学年どころか、学院全体でもあの方の腕前は特に有名です。 ……勝っちゃいましたね。 ……やり過ぎです」
「……そうかぁ……。 そうだよねぇ……。 やっちまったよね……」
「私までやりにくくなりました。 仕方ありません。 狙っていきます」
「何を?」
「ええ、ソフィアお嬢様の侍女としての証を立てに。 そうですね、懐剣の部で優勝されたんですもの、相応の実力を示さねばなりませんので」
ニッコリと凄みの有る笑みを頬に浮かべるミャー。 あ、あのね、そんなに頑張らなくてもいいのよ? 無制限部門は、結構剛の者多いんだからね。 大丈夫よ、そんなに闘気を吹き出さなくても。 ねぇ、聞いてる?
――――――――――――――――――――
観客席の最前列で、ミャーの出番を待つの。 胃が痛い……。 なんで、私の方が緊張してるんだ? 周りからは冷たい視線を集めてるし……。 四組のお嬢様方は敢えて近寄ってこないよ。 そりゃ、上位貴族の皆様に眼ぇ付けられたくないもんね! でも、ここは、離れないよ。 ミャーの事、しっかりと見なきゃならないからね!
侍女姿のミャーの手にグレイブが握られているの。
ちっさい体に大きな得物。 ちょっとアンバランスに見えるね。 相手の剣士タイプの生徒さんも、そう思っているのか、ニヤニヤして見ているの。 開始線に着いたミャーは、左手でスカートを摘まみ、軽く頭を下げる。
「【処女宮】からの特別通達により、ソフィア=レーベンシュタインが侍女、ミャー=ブヨ=ドロワマーノ 「武術大会」に参加する。 これより、一回戦を開始する! 始め!」
審判の開始の合図とともに、ミャーが動き出す。
一撃だった。
ちょっと、目を疑った……。
開始直後に、剣士タイプの男子生徒さんの剣が、高々と跳ね上げられ、その剣が落ちる前に、首筋にピタリとグレイブの穂先が添えられた。 あぁ、振り抜いててたら、模造品でも、首と胴体が、オサラバしてたね……。 やりやがった……。
「しょ、勝者、ミャー=ブヨ=ドロワマーノ!」
判定の言葉に、にこりともせず、左手でスカートを摘まみ、礼を取る……。 あんた……何やらかしたんだ?
控えの場所に戻り、次の試合を待つ彼女。 椅子にさえ座らない。 ピンと背筋を伸ばして、試合場を見詰めている……。 アレは……侍女じゃねぇ……戦士だ……。 本能に火が付いたんだ……。
し、知らんからな! ああなったら、もう、ミャーを止められない。 ぶっ叩いて、気絶させれば、何とかなるんだけど……。 無手で、グレイブを持った彼女を止めるくらいなら、熊に突撃するよ……。 だめだ、見てらんないよ……。
二試合目も、三試合目も、一撃だった……。 四試合目に、騎士団所属の見習い騎士がウォーハンマー持ちでね……。 同じ長物だから、チョットは変わるかな……って思った私がバカでした! あの子、獣人族……ハーフだけどね。 そんでもってとっても力持ちなのよ……。 特性って奴よね……。
アハハハハ……!
笑うしか無いよね。 相手のウォーハンマーの柄、へし折りやがった……。 真っ向勝負で、受け流そうとした騎士見習いさん、ビビってるよ。 柄の折れ曲がった長物なんて……何の役にも立たない……。
勝負あったよ……
先生の止めの合図があったのが、ミャーが、その騎士見習いさんの首筋にグレイブの刃を当てたのとの同時だったよ……。 度肝をぬかれた。
――――――――――
順調に勝ち上がったミャーの決勝戦だ……。 相手は……はぁ……やっぱり、あいつか。 強くなったもんね。 マクレガー子爵。
試合会場も大盛り上がり。 可憐な侍女姿のミャーに対し、闘志漲らせる、騎士姿のマクレガー様。 黄色い歓声が、幾つも上がるの。 騎士団の団長様も、身を乗り出して、観戦している。
「決勝戦、両者開始線に! ……始め!!」
ミャーのグレイブが一閃。
カチン! 綺麗に受け流された。 流された勢いを削がず、くるって回って、今度は横薙ぎの一閃! は、早い! いつも思っているんだけど、ミャーの体術は、猫型獣人族らしく、しなやかでのびやか。 何より、早い。 スピードを殺すことなく、次の斬撃に繋げる腕は、超の付くぐらいの一級品。
さぁ、マクレガー様、どうするんだ? 弾くだけじゃ、ミャーの攻撃速度を上げるだけよ?
おっと、流石は脳筋馬鹿。 長物の弱点知ってたか……一気に間合いを詰めて、横薙ぎを剣でかち上げようとしたね。 あれは、次に頭に振り下ろすつもりね。 防御の一手を、次の予備動作に繋げているって……なかなかやりおるね。 よっぽど鍛錬を積んだんだね。
でもさ……。
それ、私もやったけど、ミャーには通用しないんだよ。 動作の先を読んだミャーが、長手に持ったグレイブを一気に手繰り寄せたんだ。 旋回半径が一気に縮まる。 で、スピードが更に上がるんだよ……。
これで、何度も痛い目に逢ったよ。
おや? 脳筋馬鹿 真正面から、グレイブの薙ぎを受け止めた。 そ、そうか、体重の差か……。 私じゃ受け止めきれないけど、奴なら出来るね。
ガキン!!
弾かれたグレイブ。 その隙を逃さず、脳筋馬鹿が下から、切り上げるの。 旨い手だ! あれじゃ、避け様がな……何だと? 弾かれたブレイブをそのまま、逆回転して、今度はさっきとは逆側からマクレガー様へ斬撃を繰り出したのよ……。
み、見えんかった……。 正直、こんな動き出来るんだ……って、驚いた。 勿論、驚いたのは、私だけじゃないよ、マクレガー様もだよ……。
ピタリと双方の顎と首に当たって停止している、剣とグレイブ……。 相打ちだ……。 真剣なら……って、ちょっと考えちゃうくらい、相打ちだ……。 真剣なら、マクレガー様の首は飛んで、ミャーの頸動脈は斬れてた……よね?
「双方、相打ち! 引き分けとする!」
審判の先生の大きな声がした。 圧巻の試合だった。 開始線まで下がり、ミャーは淑女の礼を、マクレガー様は、騎士の礼をされた……。 そんで、二人は……固い握手を交わしていたよ……。
体術強化を使ってないって言っても、ミャーの渾身を受け切ったマクレガー様も凄いね。 本当に良く、修練されているよ。 騎士団長さんなんか立ち上がって、大きく拍手しているし、会場は割れんばかりの歓声で包まれたんだ。
控えの場所から出て、私の横に来たミャー。
なんか、誇らしげで、悔しげだった。
「立てるかな……ソフィアの側に」
「あなた以外では、無理では無くて?」
「なら、良いけど……。 あの人強いね……。 もうちょっとで、【 爪 】出す処だったよ」
「まぁ……、 それは凄い事ね。 「闇の右手」が本気に成るって……」
「あの人とは、遣り合いたくない。 真っ直ぐな良い目をしてたもん」
「そうね、全くね。 ミャー」
「何?」
「言葉!」
「あっ!」
ミャーは、興奮から学園だったって事、忘れて、お友達モードだったよ。 そんなに、ココロオドル試合だったのかぁ……
「今まで、あんなに強い相手居なかったのでは有りませんか?」
「いいえ、私の知る、最強は別の方で御座います」
「はて? 何方?」
「誰で御座いましょうね、お嬢様」
ミャー、貴女の強い意志と矜持は、存分に見せて頂きました。 何があっても私の側を離れないと。 共に生きると言うあなたの覚悟を、見せて貰いました。 本当に有難う。 これからもずっと、一緒に居てね。
意味深に笑みを浮かべた ミャー。
その顔をマジマジ見詰めて、
彼女の知る、” 最強 ” って
一体誰の事を言っているのかと……
ちょっと、悩んでしまったよ。
更新する事が出来ました!!
強者の横には、強者が居るんです!! 世の中の理なんです!!!
ついに、出てきました、最強の盾にして剣。 ソフィアの守護神の登場です!!
また明晩、お逢いしましょう!!




