第44話 【 処女宮 】での、出来事 その4
サリュート殿下の、怖~い銀箔仮面越しの視線が痛いのよ。 本気で脅されているみたいね。 いや、私が此処に来たのは、ダグラス殿下の 「婚約者候補の顔合わせ」 だった筈なんだけどさぁ……。
いま、言っても、無視されるだけだね。 はぁ……
しかし、エルガンルース王国の危機とはね。 この人達は、未来が見えているんだね。 このまま流れに流されるまま事が運ぶと、どうやったって王国は衰退するよ。 内憂外患が甚だしいもの。 甘い王国上層部、今にも牙を剥いて襲い掛かろうとしている諸外国……。 ね、単なる餌になりかねないモノ。
そして、苦しみを受けるのは、何時だって下々の者達だものね。
「殿下、お話の趣旨は、概ね理解しております。 このテーブルセッティングは、エルガンルース王国の置かれている現状を示していると。 そして、甘い甘い王都エルガムの方々を、諸外国が狙っているという事ですね。 特に、南の帝国《 カンダーク帝国 》は、王国内の高位貴族家と結託し、「聖女」を送り込もうとしている。 それを、他の国々は静観している……というより、もし受け入れるならば、かつてのルース王国同様、世界の理をないがしろにする国と言う事で、敵対される事になると」
「良く判っているな。 この設えから、導き出した推論か?」
「はい……。 しかし、それだけでは御座いませんわ。 少々、耳に入る事柄も御座いますれば」
「うむ、流石はエルガンズの耳だ。 良く聞こえる耳のようだ。 外側と一部内側は、ソフィアの申す通りだが、その他の王国の者達については……、 どれ程、知っている?」
「……このテーブルの上のお話であれば、四大公爵家の内、三大公爵家の方々は、現状に不安を覚えていらっしゃると。 しかし、余りに食い込まれ過ぎたと、そうお思いでしょうね。 特に、アルファード公爵
閣下はかなり焦られて居られるご様子。 ……申し訳ございません、サリュート殿下」
知ってるよ、って視線をサリュート殿下に送る。 そうだよ、アルファード筆頭宮廷魔術師が、勇者召喚に失敗してから、全ての歯車が狂ったんだ。 サリュート殿下は生まれるし、魔人族との相互不可侵条約の延長が非常に厳しい状態になってるからね。
大体が、魔人族の王の元に辿り着くには、十年単位で王国の国軍を動かすような規模で、実施されるべきものなのを、サリュート殿下に下命され、僅かに二年の猶予しかないなんなんて、馬鹿げているもの。 もっと現実を見ないとダメでしょ。
「返す返すも、王兄様が失踪されたのが悔やまれます。 あの方が居れば、どんなに心強かったか……」
大きな溜息と共に、アンネテーナ妃陛下がそうおっしゃったのよ。 ん? 誰だそれ? 心持、眉が寄ったのを、サリュート殿下は見逃さなかったの。 ご説明してもらえた。
「現国王、アーバレスト国王陛下の兄君だ。 御名をガルフ=エルガン様。 陛下の四つ上の御方だ。 極秘事項なのだが、ガルフ=エルガン王兄殿下は、諸外国への表敬訪問に行幸されて居られた際、とある国で、襲撃を受けられ行方不明になってしまわれた。 良く先の見えた、聡明な方だったのだが……。 民草の苦しみを良く理解されていた。 高位貴族に疎まれては居たがね。 あの方が居られれば、アーバレスト陛下も難しい舵取りをしなくても済んだはず何だが……ね」
ふ~ん、そういえば、「瑠璃色の幸せ」の時、確かアーバレスト殿下は、第二王子とか言ってた様な気がするね‥‥。 そっか、そういう事だったんだ。 継承権上位者が、居なくなったら、そりゃ登極されるわな……。 うへっ、タナボタかよ。 だから、今一つ、甘いんだね。
見目麗しい、地頭のいい人なんだけどね……。 アーバレスト国王陛下は。
「陛下は……危機感を持って居られません。 甘言に満ちた、綺麗な未来を語る言葉に、魅了されて居ると言っても、過言ではないでしょう。 ” 人は、人の治世をもって、この世に君臨する ” とまで、仰っておいでです……。 とても、不安になります」
シオシオした、アンネテーナ妃殿下。 そうだね、不遜な言葉だよね。 この世界の理に、真っ向勝負とは恐れ入ったよ……。 この話からすると、危機感を持っているのは、少数派であり、実際に行動に移しているのは、目の前のお二人だけ……。 って事ね。
ちょ、ちょっと待って‥‥、
なにかい? そんな話を私にするって事は……。
「巻き込むぞ。 ソフィア=レーベンシュタイン。 マジェスタ大公が、甘い毒を放ってきている。 私が目をかけている者達が、その毒を喰らわない様に、見張っていて欲しいんだ」
「……ダグラス殿下は……」
「あいつは王族だ。 それなりの覚悟はしている筈だから、除外していい」
「……殿下のお眼鏡にかなった方々とは?」
「マクレガー=エイダス=レクサス子爵、マーリン=アレクサス=アルファード子爵、それと、エルヴィン=ヨーゼフ=エルグラント子爵だな。 この三名は、いずれも劣らず才能があり、まだ十分伸びしろもある。 この国の未来に必要不可欠な人材だ。 まだ若く柔らかな者達に、毒の蜜は余りにも強力に過ぎる」
私に、何をさせようってんだ! その三人、「君と何時までも」の中で、この私が排除した連中じゃねぇか!! 護れってどういうことだよ!!
「ダグラスの王妃候補に成る事を、私も了承したのは、そこにある。 御義母様が、” 天啓 ” を受けられ、私が掴もうとしている未来に、君は必要不可欠になりそうなんだ」
「…… 「 鍵 」 ですか?」
「あぁ、「 鍵 」 だ。 その能力の一部は、私も見せて貰った。 旅に同行してもらう事になるやもしれん」
「わたくしには、荷が重すぎます。 婚約者候補もご辞退申し上げたいのです!」
「……ソフィア、それは、もう無理です。 この中庭をごらんなさい」
アンネテーナ妃殿下が、そう仰ったの。 やや、悲しい顔をしてね。 言われるがまま、視線を回すと、ダグラス殿下に群れる、お嬢様と、それを冷ややかに見ている近習の人々、侍女さん達が居た。 ……落第なんだ……。 やっぱりコレ、試験だったんだ。
「この話題に繋がる質問をして来たのは、ソフィア、貴女だけ。 そう、貴女だけなの……。 残念ね。 お願い出来る候補は一人きりになってしまった……」
「予想はしていた。 君が嫌がる事も織り込み済みだ。 しかし、他に当ては無い。 遣って貰うぞ」
ぐぬぬ……。 やっぱり、【処女宮】に御呼ばれした時……いや、そうじゃない、婚約者候補のお手紙が来た時すでに、この結果はお二人には見えていたんだ……。
あの人に逢いたい。
あの人に逢いたい。
あの人に逢いたい。
切実に思った。 こんな……事に……なるなんて……。 ねぇ、あなたなら、最善の道を示してくれるでしょ? お願いよ、早く、私を探し出してよ!!
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「つ、つまりは、ダグラス殿下の婚約者候補というのも……」
「隠れ蓑で有り、君の行動を保証する保険でもある。 王宮深部にも何時だって来れる。 高位貴族の間にいても、なんら不思議ではない。 それにだ、君には色がついて居ない……マジェスタ大公家のな」
「だ、男爵家の娘には……」
「才媛の名が知れ渡った今、それは障害には成らない。 学園の中はある意味、無秩序だからな。 だからこそ、中で彼らを護る者が必要なのだ。 それと、判らぬようにな」
「し、しかし……」
「彼等とて、馬鹿では無い。 目指すべきものが有るのならばな。 そこまでは負担にはなるまい。 示せば良いのだ。 貴族の本質をな。 君が常に見せていることだから、出来ないとは言わせない」
「……御意」
強引な人だ…。 有無を言わせない。 純粋培養される学園の中に、毒物を入れられたら、堪ったもんじゃないからね。
あれ?
そう言えば、なんで、「聖女」様を毒物扱いしてんだ? 仮にも「聖女」様だよね。 そんで、なんで、私も、アッサリそう理解してんの? 誘導なの?
「聖女様が、南の帝国《 カンダーク帝国 》から、お越しになるのは、決定事項なのですか?」
「押し切られるな。 ただし、国賓待遇ではなく、ビューネルト王立学院への留学生としてな。 だから、苦慮しているんだ。 調べたところによると、なかなかに強かなお嬢さんらしい。 一応あちらでは、一等侯爵家の令嬢と言う事になっているが、出自は判らん。 帝国至高教会が一等侯爵家に押し込んだと報告にあった」
「……狙いは最初から、この国の中枢に座るべき者達と言う事ですか」
「そうだと推測される。 篭絡されれば、一気に勢力は彼方側だ。 取り返しは付かない。 マジェスタ卿の狙いは……想像できるな」
「……人族優生主義……。 ルース王国の再興……ですか」
「良く見える目も持っている訳だ。 御義母様、ますます、手放せなくなるでしょう」
「ええ、サリュート。 そうね。 その通りね。 王国の為とは言いません。 私が「今」想うのは、この国に住まう全ての人達。 そう、全ての人達の安寧なのです。 協力してくれますね」
「御意に……」
逃げられんかった……。 バカバカバカ! 私の、馬鹿!!
「その返事、確かに受け取った。 宜しく頼む」
サリュート殿下も満足げだったよ。 御茶会で雁字搦めに絡めとられる事になってしまったよ……。 あちらではお気楽に騒ぐお嬢様方……。 此方では、頭を寄せ合い、ヒソヒソやってる私達……。 王国の光と影だね。
それにしても……重い……。 潰れそうな気がするよ……。
やっと、ご訪問は終わった。 本当に、やっとだ。 お開きに成った時、身体の力が抜けていくような、虚脱感に苛まれたよ。 次回の訪問の予定も組まれちゃったしね……。
あっ!
そう言えば、ダグラス殿下と、一言もしゃべって無いよ、私。 いいのか? マジか? それでも、婚約者候補なのか? お嬢様方の集団の後に続いて、最深部の部屋から退出してる時に気が付いたよ……。 お嬢様方は上機嫌。 私の気分はその反対……。 凹んだ様子の私に、お嬢様方は何故か優越感を抱いたらしいけど、知ったこっちゃねぇ!
【処女宮】をやっとの思いで後にする事が出来た。 お家の馬車の中で、ぐったりとしてた。 もう、いいよね。 お嬢様状態は維持できない……。 ミャーが心配そうに見ている。 お話は帰ってからね。 今は、そっとしておいてね。 ミャーの手をポンポン叩いといた。 その手を、彼女はしっかりと握る。
ミャーの方でも、何か有ったんだね。
そっか……。
あとで、お話聞くよ。
どっか行きたいね……。
この馬車が、なんか牢獄みたいに感じるよ……。
本当に、疲れた。
これから、
どうなっちゃうんだろう……。
ソフィアへの期待が重く圧し掛かる事になってしまった、顔合わせ。
知らぬ間に、未来を憂う人たちに絡めとられていた事を知った彼女。
ただ、懸命に生き残る事を考えていた彼女。
しかし、状況は彼女個人の思いを他所に、激しく動き出す。
次回、見詰める先に。
お楽しみに!




