第37話 御領地での慰安と、不安
目の前に、湯気が立ち昇り、その先に深い色の湖が広がる。 視線は広がり、お日様の光がキラキラと舞っているの。 ゆっくりと、腕を上げると、纏わりつくような感覚の温泉。 お尻の下とか太ももの裏側には、細かい泥の感触。 白濁したお湯は、身体を包み込み、芯から温めてくれている。
日はまだ高い。 蒸れた空気が、ゆっくりと掻き回されるような、緩やかな空気の流れがあった。
「ミャーは、驚いたよ。 凄く素敵な、お風呂になったよね」
隣で、顎の下まで浸かっているのよ。 ほんのりと、顔を赤くしているの。 彼女の云う事には同意するわ。 だって、あの小汚かった、薪割り小屋が、素敵なロッジになっているんだもの。 私が作ったお風呂は、そのままに、新たに男性用のお風呂が増設されてた。
間には高い石垣が詰まれ、表面はこれでもかってくらいに磨き抜かれてている。 その上、オーバーハングもしてるんだよ。 不届きもの対策かね。 アーノルドさんは、シレッとしてた。 御領地の侍女さん達が、安心してこの施設を使うために、色々と要望を出した結果だとか。 よくその要望を聞いたもんだね。
「実現しないと、全ての職務を放棄する。 ……そう言われました。 それだけでなく、この施設を占拠するとも……。 いやはや、なんとも素敵な事ですよ。 彼女達の真摯な要求ですからね。 聞かないと」
半分引き攣りながらも、にこやかにそう言ってのける、アーノルド様も、いい性格してると思うよ? 元の薪割り小屋は姿を消して、かなり大きなロッジになってた。 当然男女別仕様に成ってる。 さらに、女性用が物凄く大きいの。 そりゃ、着てるものが、嵩張るから余裕をもった空間が必要ってのは判る。 判るけどさぁ……。 こじんまりした邸宅ぐらいの大きさ有るんじゃ無いの?
まぁ、今回はその大きさに、感謝したよ。 なにせ、一緒に来たのが、四組全員。 ついでに、エミリーベル先生もいらっしゃるんだ。
「組単位の行動には、引率の教師が必要です。 いけませんか? ちゃんと、学園長には、許可をもらっております。 さらに、貴女へ色々とお話する事もあるので」
なんて、にこやかに謂われちゃった日には、どうしようも無いよね。 急遽、先生も同行するって、御父様に話を通したの。 なんか、妙な顔されてたよ。 宮廷魔術師に話が有るって言われたら、そりゃ勘ぐるしね。 それに、利益供与に当たるかも知れんから、マジで許可出たのか、学園長にお伺いまで立てた。
「話は聞いている。 色々と噂には成っていた、レーベンシュタイン領のアレだ。 本来なら儂も行きたかったが、今回は見送る事にした。 流石に学園長自ら出向くと、それこそ要らぬ噂が蔓延るでな。 今年の一年四組が全員で参加するとなれば、学園としても監視を付けねばらなん。 よって、エミリーベル宮廷魔術師を付ける事にした。 教授会でも同意を取った。 どうじゃな、これで、安心か?」
このおっさん、いっつもこんな調子なんだ。 本来は絶対に会わない様な、雲の上の人なんだけど、御父様の名代として、エミリーベル先生のお話が本当かどうかの確認に、面談要請したら通ったのよ。 学園長室での面談でね。 その時に、めっちゃ嬉しそうな顔して、そう答えられたんだ。
威厳ってものを、どっかに落っことしたのか?
御父様が言うには、御父様の在学中も、そんな感じだったって。 まぁ、分け隔てなく、上位貴族から下位貴族、さらに、裕福な一般庶民までを相手にするような、変人だからね……。
このおっさんの変人遍歴は、長いらしい。 御父様が遠い目をされて居たから、相当なもんだよね。
でね、いま、ミャーと浸かっているお風呂、かなり大き目なんだけど、ハッキリ言ってイモ洗い状態。 皆さん淑女だから、大人しいんだけどね。 どっかのバカ猫みたいに、いきなり泳ぎ出したりしない。 それに、最初は水着を着てくる始末。
私が全裸になったら、めちゃくちゃ慌ててた。 それは、さくっと無視して、これが流儀ですって顔しといたんだ。 おっかなびっくりだけど、私に倣って、みんな全裸になって湯船にドボンよ。
疲れが解けていくのが判るよ……。
「ほんとに、いい所ね。 薬湯みたいなモノって、聞いては居たけれど、別物ね」
エミリーベル先生が、上気した顔で、私に言って来た。 ほんと、大人の女の人が、温泉で髪をアップに纏めて入っているのって、色気が凄いね……。 そういえば、お店にお姐さんが言ってたよ。 役に立たなさそうな男の人がいたら、一緒に薬湯に入るべし! ってね。 いい女度が二割増しになるそうだよ……。
「大地の恵み、水の精霊様の加護、悪い訳御座いません。 薬湯の様に ” 人 ” が、作ったモノなど、比べくもありませんわ。 でも……」
「でも?」
「あまり、長時間入ると、のぼせますわよ?」
何人は、明らかにのぼせてた。 で、ミャーが水風呂に誘ってくれてた。 脱衣場で、お屋敷から付いて来てくれた侍女さん達が、冷たい飲み物を用意してる筈。 至れり尽くせりだよね。 そっと、底にたまってる泥を掬うの。 何するかって言うと、体中に塗り付けてるの。 泥パック! ついでに顔にもね。
エミリーベル先生びっくりよ。
「お肌にいいのですよ。 底の泥が良いんですのよ」
半信半疑ならが、先生、泥を掬って見詰めてた。 きっと、何らかの魔法で成分調査してるね。 うん、間違いない。 だって、宮廷魔術師なんだよ、この人。 知らんぷりしてたら、いきなり顔に塗り始めてた。 クラスの皆さん、ギョッてしてた。 面白顔が一杯。 噴き出しそうだったわ。 恐る恐るだったけど、みんなも始めてた。 なんか、泥人形が一杯出来て、おかしかったよ。
ワイワイお喋りするつもりだったけど、みんな疲れてたんだね、静かにはいって疲れを癒してるよ。 ほんと、会社の慰安旅行の、おばちゃん連中みたいになってた……。 まぁ、あれだけ頑張ったんだ、疲れもするよ。 わたしも一度、水風呂浴びて、リセットしとうこう!!
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まぁ、なんだ。 すっかり、いい気分になって、町娘なカッコになって、馬車に乗っかって、本宅に戻ったんだ。 なんとね、温泉までの道も、綺麗に整備されてたよ。 敷石での舗装まで終わってた。 本気で商売にするつもりかね?
「あれは、レーベンシュタイン家の持ち物です。 我が家のお客様にしか使いませんよ」
アーノルドさんが笑ってそう答えてくれた。 いや、おかしいじゃん。 本宅と温泉までの間、駅馬車みたいな馬車が日に五本も出てるなんて……。
「お屋敷の女性陣の要望です。 そうしないと、業務が……」
「女性が強いんですね、御領地では」
「それは、もう。 なにせ、背中を取られて居る様な物ですから」
「それは……、 物理的な意味で? それとも 精神的な意味でですか?」
「両方です」
「なるほど……」
アーノルドさん目がマジだよ。 費用も掛かるんじゃないの?
「かかった費用よりも、やらなかった被害の方が大きいですから」
なんか、悪い事しちゃったかな? ゴメンね。
「お嬢様には、感謝しております。 沈滞していた我が領に、活気と活力を与えてくださいました。 街の方でも、同様な作りの公衆浴場が出来ております。 仕事の疲れが取れ、衛生状態も向上し、色々な意味で彼等の生活が向上しているのですよ」
「まぁ!」
「そうなんです。 温泉施設が完成してから、病気の発生が抑えられ、さらに小さな怪我、古傷による痛みなども、抑えられていると報告されて居るんです。 各地に派遣する薬師の人数すら減っているんですから、凄い事です。 さらに、領の皆が良く働き、税収も増加傾向に有るんです。 多少の出費など、問題に成らない程に!!」
なんか、力説されちゃってるね。 そっかぁ……。 みんなの役に立ってるのかぁ……。
よかった。
「お嬢様に感謝をと言う事で、領の主だった者達から、食材の差し入れがありました。 今夜は豪華な食事に成ります」
「まぁ!」
ありがてぇ……。 いつも食べてる様なしょぼいモノ、みんなに出したら、何言われるか、って思ってたらから、素直に嬉しいよ。 寮の皆様に、ほんとうにお礼しなくちゃね!
で、食事……。
滅茶苦茶、豪勢だった。 クラスの皆も、何かしら持っては来てたけど、そっちには一切手を付けなくてもよかったよ。 泥カニでしょ、ソウギョでしょ、ハイギョでしょ、牛さんも、豚さんも、鳥さんも有ったよ。
王都でもめったに口に出来ないような、高級食材バッカリ。 そう言えば、マーレさんがいってたなぁ…… 湿地、沼沢地が多いから、高級食材の川魚なんかが、獲れるって……。 回してくれたんだ。 美味しく、本当に美味しく頂きました。
皆、夜は……、寝た。 ぐっすり寝たよ。 お風呂入って、お腹いっぱい食べたら、意識が無くなった。 そんな感じ。 男子の皆も、同じね。 限界まで緊張と試練の連続だったからね。 グースカピーだよ……。
みんなの部屋を見回ってから、そろそろ、私も寝ようかなって思ってたら、御父様と、エミリーベル先生に執務室に呼ばれた。 そういや、話が有るって……言ってたような気がする。
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まだ、夜着に着替える前だったから、そのまま、執務室に出向いたの。 ノックして、入る。 淑女の礼をとってね。
「ソフィア、ちょっと話がある」
「はい、御父様」
「エミリーベル宮廷魔術師から、来た話だ」
「はい。 なんの御話でしょうか?」
御父様は、エミリーベル先生に視線を向け、おもむろに頷かれた。 サイドの一人掛け椅子に座っていた先生が、私を真剣に見ながら言葉を紡ぎ出した。
「成績のお話です。 学年末試験で、ソフィアさんが叩き出した点数が、教師陣どころか、後宮でも話題になってますの」
「……」
「いい意味でも、悪い意味でも」
「……サリュート殿下の筋ですか?」
「流石ね。 そうよ。 殿下から、目立ちすぎだと、苦情が来たの。 貴方は、いい意味で私達の予想を大きく裏切る存在なのよ。 まさか、あそこまで行くとは思っていなかったの。 それでね……」
「……ダグラス殿下が、目を付けられた」
「まさしく、その通り。 サリュート殿下のお話でね、妃殿下が貴女の事を大変気にしていらして……。 ダグラス殿下に貴女の話を振るんだって。 どうしてるのかとか、何をしているのかとかをね。 そこに、今回の学年末試験の結果でしょ……。 ダグラス殿下が、どうも、貴女の事が気になりだして……。 サリュート殿下の話では、ソフィアさん、貴方を一組に編入……」
「嫌です。 無理です。 男爵家の娘が、一組に居たって事は今まで無い筈です。 少なくとも子爵家の子弟でなくては、入れない筈です」
「そこは……ほら、王家の……」
「ダメです。 横紙破りは、いけません」
「そう言うと、思った。 学園長もこの話は断られるはず。 でもね……サリュート殿下の話では、妃殿下は諦めて下さらないらしいの。 殿下の予想では……」
躊躇いがちに、私を見る先生。 言い難そうな先生の代わりに、御父様が言葉をつないだの。
「王家の方々から、君をダグラス殿下の婚約者候補に挙げる様に、との内々の話が侍従達に伝えられたと云うのだ……。 まったく、あの方々は……」
はぁ? 馬鹿じゃ無いの? 妃殿下、ご自身が子爵家の御令嬢だったから? でも、お輿入れの前、たしか、どっかの侯爵家の養女になられて、それなりの体裁を整えられたんじゃないの? その手を使うの? ほんと、どうかしてる。
「それは、勅命でしょうか?」
「いずれ、そうなるかもしれんのだ」
「……手を抜けば……」
「学園が許さんだろ」
「まぁ、そうですが……候補と言う事は……やはり、御妃教育とかも?」
「あぁ……。 本決まりになれば、そうなる」
あちゃぁ……。 あれは、早ければ早い程、良いからね。 帝王学って奴は、小さい頃から叩き込むに越した事無いんだ。 ただね、男爵家の令嬢に必要かと言えば、使う所皆無だからね……。 時間だって滅茶苦茶取られる……。 やっかみだって物凄いよ……。
「避けられませんか?」
「……出来るだけは、手を打つ」
御父様、渋面が酷いよ。 多分私も同じ顔してるね。 エミリーベル先生が更に申し訳なさそうに、口を開いたの。
「サリュート殿下もまた……乗り気ではあるのよ。 ここまで、目立ってしまったのなら、本当に秘匿したい事を除いて、大きくソフィアさんの地位を上げる方が、無難かもしれないとね。 妃殿下教育は、外国との折衝もあるから、受けて損はないと……。 また、その資格を持つ者には、様々な特典も付随すると……。 そして言われたわ、『 候補は、あくまでも、候補でしか無い。 決めるのはアイツだ』 と……。 王家の方々……本気ね」
うわぁぁぁぁぁ!!!
厄介ごとが、一個師団で到着したよ!!!!
お、御父様!!!
た、助けて!!!!!
皆様のお陰です。 頑張っております。
ブックマーク、評価、感想、誠に有難うございます!!
また、明晩、お逢いしましょう!!




