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記憶の彼方から ” あの人に逢うために ”  作者: 龍槍 椀
ビューネルト王立学院 一年生
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第34話 勝利の苦み

 



 数時間後、眉を寄せ目頭を揉む、奴が白旗を上げやがった。




     エルヴィン=ヨーゼフ=エルグラント子爵。




 お前の思うように、なると思うなよ。 こちとら、百戦錬磨のおっさん共を相手取って、丁々発止で、利益を守り切った豪の者だ! へなちょこ、官吏未満に、不備なんぞつつけるか!!





「疑義は、すべて解消されましたでしょうか? 今後、この度の利益金は、わたくし達の組の設備、消耗品に充てられると、理解しても?」


「あぁ、そうだな。 レーベンシュタイン嬢の云われる通りだ。 まったくもって、非の打ち処が無い」


「あら、街で商売されている方々は、もっと真摯に取り組んで居られますわよ? しょせん、学生の模擬店で御座います故」


「!? そ、そうか…… しかし、よく「ポーション」を取り扱う模擬店を思いつかれたな」


「原資が僅少で、最大の利益を上げられます故。 きちんと状況さえ整えば、十分に。 それに……」


「それに?」


「街の方々が困っておいででした。 下級冒険者の皆様はもちろんの事、彼等に依頼を出されている方々。 昨今の、魔物出現の頻発は、直接王国の税収にも響きます。 さらに、その税で行われる事が予定されている事業自体が、延期、又は、中止されてしまいかねません。 社会資本整備には、莫大な資金と時間が必要で御座います。 そして、一旦、躓くと、回復する為には、長い年月が必要になります。 貴方様になら、ご理解頂けると……。そう、確信しております」





 めっちゃ悩んどるね。 そうさ、道路工事やら、灌漑用の水路の整備やら、必要な事業はホントに多岐に渡るのよ。 人口が増え、国力が増すのと、食料確保って二律背反な部分が多いの。 だから、流通路を整備して、農地を豊かにするしか、方法は無いの。 でも、直ぐにできる様な物じゃないしね。 この世界は単年度予算で動いているから、長期の計画が立て辛いって事も有るんだ。


 要望の出ている個所を、パッチワークみたいに継ぎ接ぎして、なんとか保ってるって感じ。 それを国庫と相談して、収支バランスを取りながら、事業計画を実施するのが、奴、エルヴィンの父ちゃんがしている事の筈。 ただ、あんまり「いい噂」聞かないんだよ。


 大貴族同士でなれ合って、そっちの領地の要望バッカ聞いてるってね。 全体を見れば、必要な交通網とか判る立場に居るのにねぇ……。





「市井の声をお聞きしました。 今、何が必要か。 今後少なくとも三ヶ月間において、どうしても足りなくなるものは何か。 何が問題の焦点になっているのか。 市井の皆様の御声を参考にして、わたくしたち、ビューネルト王立学院の生徒として何ができるかを考えた結果です」


「よく考えられておられるな。 市井の者の声まで聴かれているとは、恐れ入る」


「乗合馬車での通学ですので、皆様の御声はよく耳にします。 下位の貴族だからでしょうか。 それに、わたくしの心に深く止められたお話も聞きました故」


「何だろうか? 差し支えなければ、聴かせてほしい」


「……宜しいでしょうか? マーロイ=エヌスターク様?」





 後ろに控えている、冒険者ギルドの折衝役をしてくれて居た、男子生徒さんに尋ねたんだ。 冒険者ギルドでね、彼の御兄さまにお会いしたんだよ。 そこで、色々とお話頂いたんだ。 マーロイ君、頷いてくれた。





「こちらに居られる、マーロイ=エヌスターク様の御兄さまは、現在、冒険者ギルドにてお勤めされて居られます。 ほんの二か月前は、C級の冒険者としてご活躍されて居られました。 王立騎士団の入団試験を受けられるような方でしたが、下位貴族故に、入団は叶いませんでした。 その為、冒険者として、国の為に数々のご依頼をお受けになって居られました……」


 ほら、知らんかっただろ? 騎士団の入団には相応の試験が有るけど、上位貴族は免除されてんだよ。 その上、下位貴族の入団条件に上位貴族の推薦が必要ってのもあるんだ。 伝手が無いと、そうそう入れるもんじゃないよ。 マーロイ君のお兄さん、めっちゃ優秀だったんだけど、伝手が無くてね。 結局、入団枠から弾かれちゃったんだよ。




 でも、志の高い人でね、それじゃぁ市井の冒険者になって国の役に立とうってね……。




 冒険者ギルドのギルドマスターも一目を置く存在だったんだ。 三か月前までね。 ある依頼を受けて、討伐に向かった先に、とっても強いのが紛れてたんだ。 撃退はしたよ。 確かに依頼は完遂した。 ただ、彼のお兄さんの、片腕と引き換えだったけどね。 その時、たとえ中級ポーション一瓶でもあれば、切断せずに済んだんだ。 でもさ、その頃にはすべてのポーション類が高騰しててね……。 薬草じゃどうにも……。 それでも、後進の為にって、ギルドで働いてらっしゃるのよ……。



     わかる? この悔しい気持ち。



 一連の事情を伝えてから、冷たい目を奴に向けといた。 こんだけ言っといたら、判るだろ? お前らの失政がどんだけ国を疲弊させているかが。 もう、下級貴族にまで被害が及んでいるんだよ。 判れよ! ほんとにもう!!


 騎士団の方は、近年、入団の条件が緩和されて来てるって話だよね。 下級指揮官の損耗がシャレに成らん様に成って来たって事だよ。 財務を預かるものなら、数字だけじゃなくて、その向こうに有る現実を直視しないとダメだよ……。


 エルヴィン、お前、その覚悟有るのか? 国庫を預かる家系に生まれたんだ。その位の覚悟はある筈だよね。 それを、こんなクソみたいな査問会開きやがって! 抜け作、ボケナス、お前の頭の中はスポンジか? 高位貴族様の顔色バッカ伺ってんじゃねえよ。 視野を広げろ! この国には宰相位は無いんだ。 合議制で国を運営してるんだ。 一人じゃ無く、何人もの知恵を出し合って、より良き方向に進むって事だろ? 

 


 それを、ボンクラの相手バッカリして!



 国を亡ぼすつもりか?



 馬鹿じゃない?



 冷たさを増す私の視線に、” コホン ” って、咳ばらいをしてから、閉会を告げたんだ、エルヴィンは。





「此度の疑義は全て晴れた。 レーベンシュタイン嬢、以下、君達のクラスの皆に、惜しみない賛辞を贈りたい」


「有難うございます。 今後も御国の為になる様に、日々学んでいきたいと、かように思っております」


「うむ……が、頑張ってくれ」


「どうぞ、よしなに」





 一切、表情を変えずに、頭を下げといた。 相手は一応、査問官だしな。 へっ! やってられっか! 衣擦れの音、締まる扉の音、そして静寂。





「「ソフィア様!!!」」





 一緒に来てもらってた人達が、なんか、泣いてるよ。 特にマーロイ君。 ゴメンよ、気に障った? でも、言いたくもなるじゃん、あんな馬鹿相手にしたら。





「ソフィア様! 有難うございます!!! 兄も、これで、胸を張って仕事ができます!! この話は、絶対に伝えます!!!」





 えっ、なに? どういう事?





「私達は常に上位貴族の方々から軽く見られております。 常にです。 口答えするとか、意見する事など、思いもよりません。 しかし…… ソフィア様は違った。 貴方は主張すべき事柄を余すことなく、全て主張された。 あのエルグラント子爵でさえも、抑えるくらいに……。 どんなに嬉しいか、おわかり頂けないでしょうか……。 兄の事にしてもそうです。 不遇な境遇に身を置く兄の矜持を、判って下さっている。 僕は…。 僕は… 」





 おいおい、泣くなよ……。 精一杯のとってもいい笑顔を浮かべて、そこに居る人たちに微笑んだ。 わかっているよ。 下位貴族には、下位貴族成りの矜持が有るのは。 だから、言わなくちゃならなかったんだよ。 やらかし気味になったけどね。


 さぁ、帰ろう。


 お家に帰ろう。 


 貧乏でも、暖かいお家にね。





 ――――――――――――――――――――






 お家に帰ったら、ミャーに冷たい目で見られた。





「お嬢様は、目立ちたくないって仰ってますけど、何処まで本気なのか、判りかねます」


「……やらかした?」


「全く以て。 一組の皆さま方の、いい噂の種になっております」


「本当に?」


「はい、マクレガー=エイダス=レクサス子爵への一撃、マーリン=アレクサス=アルファード子爵の改心に続き、エルヴィン=ヨーゼフ=エルグラント子爵まで……。 悄然として現れたエルグランド子爵の様子に、あちらのクラスは騒然となったようです。 公家三家の御子息、それも継承権一位の方々の様子に、皆さま、驚かれて居られます」


「やっ、やっちゃったね……。 わたしのバカ……」


「はい、お嬢様はバカです」


「ミャー……」





 それまでの冷たい目から、急に楽し気な色が浮かび上がって来たミャーの目。 口調が変わる。





「でも、そんなソフィアの事が大好きなんだ。 馬鹿共の鼻っ柱へし折るのって、楽しいよね♪ それに、高慢ちきな考え方だと、いずれ足元をすくわれるから、あの人達にとっても、良かったんだよ。 影で聞いてたけど、ソフィアが「国の為」って言う時、必ず、「お前らの為」って声も聞こえてたよ。 ほんと、お人好しだねぇ」


「だって、あの人達、いずれはこの国の中枢に座る位置に居るんだよ? 馬鹿じゃ安心して暮らせないじゃん。 嫌じゃん、安心して暮らせないと、あの人を探すのも難しくなるんだもの……」


「やっぱ、自分の為でもあるんだ。 アハハハハ、さすが、ソフィアだよ! お茶入れるね!!」





 ミャー、良く判って呉れてた。 なんか、ほっこりした。 言外の意味を間違えずに取ってくれるって、嬉しいもんだよね。 これからも、宜しくね。



 ミャーの入れてくれるお茶は、いつも通り、まぁるい味がした。




 よく眠れそうだよ。





 ありがとね。

ブックマーク、評価、感想、誠に有難うございます。

頑張って綴っていきます!!



また、明晩、お逢いしましょう!!

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[気になる点] エルグランドとエルグラントが混在してます。
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