第30話 馬車の中で
サリュート殿下達とは、【天蝎宮】の玄関ホールでお別れしたよ。 なんでも、私の事が予想外だったらしいのね。 そりゃそうよね、本人でさえ、何が何やら…… 取り敢えずは、ちょっと落ち着いて、今後の事も考えなきゃね。
玄関ホールの先の馬車寄せに、無紋の馬車が止まって、扉を開いていた。 あぁ……これに乗れって事ね。 ほんと、ここの人達って、言葉が足りないよ。
「あの…… ソフィア=レーベンシュタインですが」
「レーベンシュタイン嬢、お待ちしておりました。 この馬車をお使い下さい」
ほらね。 私が聞かなかったらどうするつもりだったんだろうね? ちょっと聞きたくなったよ。 御者さんが手を貸してくれて、馬車に乗り込むの。 中は割と広いんだよ。 二人位なら、並んで座っても、くっ付くく事無いくらいにね。
腰を下ろすと同時に、扉が閉まるの。 外から声が掛かる。
「出発、致します。 お屋敷まで、向かいますので」
「ご配慮有難うございます。 家の者には……」
「ご連絡申し上げました」
「有難うございます、どうぞ、よしなに」
無紋の馬車は滑る様に、動き出したの。 ボンヤリと窓の外を見てた。 王宮内の煌びやかな建物が、連なっているの。 ほんと、男爵令嬢への対応じゃ、無いわよね。 まぁ、歩けって言われたら、どうしようかと、思ってたけどさぁ……。
揺れもしない、馬車。 お馬さんのパッカ、ポッコ、っていう足音だけが、妙に耳についていたの。 ボンヤリしてたのね。 急に、コホンって、咳払いが聞こえた。 対面の席に、人影があったの。 馬車に乗った時には、居なかったよね? いや違う、【認識阻害】の魔法が掛かってたんだ…… これは、失敗。
やっぱ疲れてたんだね。 マクレガー様と試合して、【天蝎宮】に引きずり込まれて、マーリンぶちのめして、証人官の審査試験とやらを、事情も教えられず受けさされて……、 盛りだくさん過ぎねぇか? 額に皺が寄るのが自分でも判った。 かなり、不機嫌そうな表情をしていると思う。
「なにか、御用でしょうか?」
ぶすくれた声で、聴いてみた。 ちゃんと、居る事を認識しましたよの合図だ。
「……レーベンシュタイン嬢。 失礼する。 単刀直入に言う。 サリュート殿下に、御心を寄せる事の無いように、告げに来た」
……何言ってんだ? そっちから、寄って来てんじゃねぇか……。 淑女としては、ハシタナイけど、思わずため息が漏れちゃったよ。 ほら、扇も持って無いんだ。 仕方ないよね。 ほんと、タイミング悪い。
「お話、承りました。 大丈夫です、殿下とは、《 取引き 》をしたまで。 わたくしの出自に関する事を、公にしない代わりに、殿下のご要望にお応えする。 それだけです。 あれほど、あからさまに強要されるとは、思いませんでした。 わたくしの事をよくご存じで御座います」
「と、言うと?」
「いくら、サリュート第一王子殿下のご要望とはいえ、「 100年祭 」絡みの事は、わたくしには、大きすぎます。 なにを買被られたかは、存じませんが……。 もし、単にご要望だけで有れば、お断り申し上げておりました。 しかし、事、レーベンシュタイン男爵家の存亡を天秤に乗せられますと、わたくしは、自儘にはできません。 貴方が、殿下の仰る、殿下の手の者であるとすれば、私の出自をご存知でありましょう。 そして、それを公にするという事が、どの様な事態を引き起こすのかと言う事も。 レーベンシュタイン男爵家と、領民を危険に晒すわけにいきませんから」
「……よく見ておられるな。 つまりは、我らに脅されたと、感じてらっしゃる」
「それ以外の、解釈のしようが御座いませんので……。 しかし、《 取引き 》は、成立しました。 この《 取引き 》は、個人契約と捉え、完遂致します。 その点は、ご安心下さって結構です。 殿下のご要望が何にせよ、何時にせよ、御呼出しがあれば、参上いたします。 しかし……」
「しかし?」
「サリュート殿下が直接、最下層貴族の娘で在るわたくしに、軽々しく御言葉を戴くわけには、行きません。 わたくしの出自を探り出されたという事から鑑み、わたくしの周囲の人物はご存知の筈。 もし、内密にお話を頂けるのであれば、わたくしの専属侍女に繋ぎを付けて頂ければ結構です」
「……「闇の右手」にか?」
「ほら、御存じ。 そうですね。 わたくしの大事な友人。 ミャー=ブヨ=ドロワマーノ にご連絡を下さいませ」
顔の良く見えない、「男の人」は、なにか考える様な感じだった。 そうね、私から近寄ろうなんて思ってないし、高位貴族様達がたむろする場所なんて、鬼門も良い所。 絶対に近寄りたくないもの。
「流石は、【銀髪紅眼鬼姫】 抜かりは無いという事ですね」
「その名は、わたくしに向けてですの? 不愉快です」
「これは、失礼。 では、お詫びに、わたくしの名を……」
「必要御座いません。 知らなければ、気にする事も御座いますまい。 御名は、お納めください」
「……どこまでも、あなたと言う人は…… とうてい十二歳には、思えませんね」
「お褒めの言葉として、頂いておきます」
最下層の男爵家の娘が、突然、王族とお話する機会を貰うと、それだけで舞い上がる。 普通はね。 それで、勘違いを抱く。 まぁね。 高貴な方とのロマンスは、下級貴族の子女の憧れでもあるんだ。 それに拍車をかけたのが、現国王アーレバースト=エルガン陛下様、及び、アンネテーナ=エルガン妃殿下……だもんね。
子爵令嬢が、国母よ? あり得る? 普通?
マジェスタ公爵が策謀したに決まってるよね。 れっきとした御婚約者であった、デジェーレ公爵令嬢を排し、アンネテーナ様を迎えられるにあたって、アーバレスト国王陛下は相当無理を為されたもんね。 王太子時代は、かなり風当たりが強かったらしいもの。
身分の低い女性を国母とするのは、如何なものか?
貴族社会に激震が走ったって訳よ。 でも、本来なら止める筈の四公家の次期当主達がこぞってアンネテーナ様を庇う物だから、他の高位貴族はなんにも言えなくなったんだよね。で、王家に対する求心力がダダ下がり。
マジェスタ公爵の目論見通りね。 貴族社会って、確たる序列が存在する訳じゃ無いし、一旦求心力が失われたら、そうは簡単に戻らない。 でね、今でもその火種は燻ってるのよ。
現国王陛下は、国王陛下の器に有らず。
ってね。 でもまぁ、アーバレスト国王陛下には、男性の御兄弟がいらっしゃらなかったし、妹王女様達も、他国に嫁いでいられたから、選択肢は無かったものね……。
もう、ほんとに混沌状態なんだよ、エルガンルース王国の上層部はね。 だから、マジェスタ公爵の野望も陽の目を見る事になりそうになってんだよっ!!
馬車は、南の営門を過ぎ、一路、レーベンシュタイン男爵家のタウンハウスに向かうの。 気まずい沈黙が馬車の中を支配しているのよ。 だって、お喋りする様な雰囲気じゃ無いもの。 そんな気分でも無いしね。
やっと、……やっと、御家に戻れた。 お日様は傾いて、もうすぐ夕暮れ時。 ホントに時間が掛かったよ。 タウンハウスの車寄せに馬車が止まった。 御者さんが扉を開けてくれたよ。 やっと、この中から出られる!
「ごきげんよう、もう、お逢いする事は御座いませんでしょう」
「……」
馬車の中にそう言い残して、御者さんに手を貸してもらった。 空気が美味しい!!! さて、ご挨拶して、御家に帰ろう!!
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御父様と、ミャーに執務室に来てもらった。 人払いしてね。 ちょっと、聞かれたら困るから、厳重にね。 理由を問いたげだった御父様は、それでも、黙って手配してくれた。
執務室で、ミャーの入れてくれたお茶を飲みながら、今日あった事を全て……、 そう全てお話した。
御父様、絶句されてた。
ママが頼んだのが、御父様一人きりだって伝えた時、御父様の双眸から、涙が零れ落ちたんだ。 ウンウン、その気持ち、痛い程判るよ。 これで、私も、胸張って言える。
私は、レーベンシュタイン男爵家の娘だ! ってね。
それから、もう一回、絶句された……。
契約の大精霊様直々に、「証人官」に任命されちゃったって報告した時ね。 状況の整理と、今後の対策。 でもね、結論なんて出やしないよ。 もう、様子見って事ぐらいしか。 それに、あっちからなんか連絡が有る時は、私に直接じゃ無くて、ミャー経由にして貰ったしね。
つまりは、何重にもチェックが入りますよって事だよ。
あの、顔の無い男の素性も大体判ってる。 ママの事を調べ上げる事が出来るのは、相当その手の人材を持ってる所。 そして、ママの事に興味を持っている人達。 少なくとも十二年前に亡くなった、いち娼婦の事を調べ上げられる調査能力。 それに、私の異名を知ってるって事……。 それだけの事を全部知ってるのって……。
やっぱり、マジェスタ公爵家の人間だけよね。
誰とは言わないけどね。 あちらさんも一枚岩じゃないって事ね。 公爵からすれば、裏切者なんだものね。 さぁ、誰だろうね。 サリュート殿下のお眼鏡にかなった、諜報担当の人材って……。 こっちに危害を加えない限りは、見なかった事にするつもり。
「ミャー、ギルドマスターから、連絡が入ると思うの。 くれぐれも、相手の素性には手を出さない様にね。 私は、貴女を失いたくない」
「……ソフィアぁ、いいの?」
「うん、いいよ。 知らなきゃいいだけの事。 その内、向こうから言い出すから。 それまでは、だんまりでいいよ。 藪突いて、怪我するの嫌でしょ? 私は、嫌だよ。 静かに暮らしたいだけなのにね……なんで、こうなっちゃうんだろ?」
「ソフィア…… 君は、君自身が思っている以上に、薄暗がりの世界では名が通っているんだ。 これまで以上に、気を付けねばな」
「はい、御父様。 誠に申し訳ございません」
「しかし……厄介な人物に目を付けられた物だ……」
はい、完全に同意します。 あっちから、くっ付いてくるんじゃ、仕方ないけどね……。 でも、まぁ、直ぐって訳じゃ無いから、それまで、私も地力を増して置くよ。 御父様! 鍛錬の相手、宜しく!!
深夜にまで、お話は続いたの。 せっかくの安息日。 全部潰れた。 安息出来なかったよ。 疲れたよ。
湯浴みして、寝よう。
明日も学園に行かなくちゃ。
きちんと勉強して
状況に負けない様に
知識と、力を付けなきゃ……。
生き残んなきゃ……。
だって……、
まだ、あの人に、逢って無いもの……。
ブックマーク、評価、感想、誠に有難うございます。
嬉しいです。 頑張ります。
また明晩、お逢いしましょう!!




