第29話 「証人官」任官
「話は、エミリーベル宮廷魔術師から聴いているが……半信半疑なのだ。 少し、君の力を見せて貰えないか?」
古代魔法研究科、筆頭宮廷魔術師のミデルナル=ラーク=フィランギ侯爵…… 胡散臭げに私を見詰めてるのよ。 余計な時間取らせやがって、って感じかな? まぁそうだよね、そこでにこやかに笑ってる、くそ女が何を言ったか知らんが、余計な手間増やしがって……。
「あの…… わたくしの力とは?」
「エミリーベル宮廷魔術師から、話は聞いている。 君の初級魔法が、とても初級と思えない威力と形をしていると云うのだ。 上級魔法かと見紛うとね。 その証左に、魔術の実技で使っていた、「的」を、持って来た。 鋼鉄製の的が、単なる【ファイアーボール】で、穴が開くとは思えない。 つまり、君の使った魔法が中級……いや、上級魔法である、【ファイアージャベリン】かと、思われるのだ。 それは、それで、大変な事なのだがね…… ちょっと信じられない」
フィランギ侯爵の言葉は、まぁ、判るよ。 いくら、魔術の強度が ” 想像力 ” に大きく左右されるっていっても、あれは無かったよね。 私はさぁ、単に、” 熱い物 ” を思い浮かべただけだったよ。 まぁ、それが、テルミット反応だっただけでさぁ…… あれ、摂氏2000度くらい有るんだよ。 熱いよね。 それをイメージしたの。
あはははは!
はぁ……。 だって、思い浮かんだんだもの……。
「あの……いったい何を?」
「あっちの壁際にある、鋼鉄製の的に、【ファイアーボール】を当てて貰いたい。 あぁ、ちょっと待ってくれ。 もうすぐ呼んだものが来るはず…… おお、来た。 こっちだ、マーリン=アレクサス=アルファード子爵!」
ば、馬鹿!! なんで、奴が出て来るんだ。 マクレガーだけでも、一杯一杯なんだぞ!『君と何時までも』の中のソフィアが色仕掛けで、御家ごと舞台から排除した奴だなんて! 「世界の意思」の片棒担ぎか、お前は!! それに、中庭の反対側にチマッって置いてある、球形の的。 めっちゃ遠いじゃん! おっさん、何考えてんだ?
目に見えて、私の機嫌が悪くなったんだろうね、心配そうに、先生が、こっちを見てるよ。 アイツは、筆頭宮廷魔術師 ハリーダンド=ボルガー=アルファード公爵の長男。 そんで、もって未来の筆頭宮廷魔術師候補。 ものっそい、プライドが高い。 その上、尊大。 全ての人を見下していやがる。 あぁ、あの陛下でさえもな。
そんな奴が、蔑んだ目をしながら、こっちへ来やがったよ。
「古代魔法研究科、筆頭。 お呼びにより参じました。 研究の途中ですので、手短に」
「あぁ、君には、あの「的」に、防御結界魔法を展開してもらう。 その強力な魔力でな」
ヒンヤリと ” 冷たい ” やり取りが有ったんだ。 やっぱり、コイツ、【天蝎宮】でも、やらかしてやがったんだ。 コイツ、ここでも、味方ゼロか……。 そんでも、筆頭宮廷魔術師の息子だし、その上、魔力も豊富と来れば、それなりの対応を求められるからなぁ……。 そう言えば、コイツ、父親であるアルファード公爵に認められたがってたな。
父親の方もかなり尊大な奴だったし、まぁ、寒々とした御家事情なんだろうね。 どうでもいいや。
「はっ! そこな、下賤の娘のお遊びに、この私を呼び出したのですか! この事は、筆頭宮廷魔術師に……」
「時間が惜しい。 さっさと、的の防御結界を張れ」
イラッ!
イラ イラッ!!
コイツ、教育してやる。 マーリンの奴は、渋々、的である鋼鉄製の球体に、防御結界魔法を張りやがった。 遠目に見ても、かなりの強度。 対魔法、対物理混合障壁だね。 細く魔力を供給する線が奴の手のひらから、出てやがる。
「さぁ、レーベンシュタイン嬢。 この場から、あの的に【ファイアーボール】を打ってごらんなさい」
おっさんの目が、なんか厳しいね。 とっても、面倒くさそうだ。 私だって、面倒くさい。 せっかくドレス着てんのに、こんな所で魔術師の真似事なんてね…… で、マーリンの野郎は、こっちを見下してやがる。 抜けるもんなら、抜いてみろくらいな、感じかな。
先生なんも、言いやがんねぇ。 つまりは、やっちまえってこったね。 サリュート殿下、なんか面白そうに眺めてるよ。 銀箔の仮面の下じゃ、きっと笑ってるね。 賭けても良いよ。 私の魔力と、マーリンの魔力を天秤に掛けてるんだな……。
あぁ……面倒。
もういいや、なる様に成れ!! 無詠唱で、【火球】の魔方陣紡ぎ出した。 当然、この宮廷魔術師達が判んない様に、色々仕掛けた。 土の精霊様の加護も頂いた。 同時に【重力魔法】も紛れ込ませた。 イメージは出来てる。 起動魔方陣を展開して、魔力を流す。 想定通り、【火球】が、水平に上げた私の右手の前に、丸い炎の塊を紡ぎ出した。
まぁ、見てな。 色々と仕込んだから。
「ファイアー!」
最初はゆっくりと、炎の玉が動きだした。 おっさん、目を見開いてる。 そうだね、普通は、そのまま、シュパン!って、飛んでくんだけど、私の火球は、ゆっくりとしか動いてないもんね。 でもさ、だんだんとスピードが上がって行くの。
持ったモノが、落っこちるみたいにね。
そうさ、火球には色々仕込んであるから、最初から高速で打ち出したら、壊れちゃうもん。 だから、「的」に向かって、落ちて行くように、的の後ろに、【重力魔法】仕込んだんだ。 ブレも、歪みも無いよ。 一直線に「的」に向かうの。 さらに、火球にも【重力魔法】で、浮かせてあるから、弾道は下がらない。
ションベン弾にはならないって事だよ。
私、見越し射撃下手だったから、いっつも「あの人」に、助けられてたんだよねぇ…… ” 長距離で、ヘッドショット狙うなら、この距離だと、拳二つ分、頭の上を狙いなよ。それで、ドンピシャだから ” とかね。 あぁ、また一緒に仮想空間の戦場駆けまわりたい!!
火球は、ドンドンとスピードに乗って、的に向かって突進していくのよ。 だって遠いからね。 それにさぁ、【重力魔法】の強度、三十倍にしてあるから…… 重力加速度が三十倍ってこと。 そりゃ、早く成るって。
的まで、1.5秒弱。 数えてたんだ! と言う事は……、 あの的まで、約五百メートルかぁ……。 広いね、ホントに。 で、火球の終速が……ほぼ、毎秒四百メートル 音速越えちゃったよ‥‥。
ドカン! って音がしたのは、その為。
で、奴の魔法障壁の物理障壁はそれで、弾き飛ばした。 魔法障壁の方は、火球自体が吹き飛ばした。 火球の真ん中に仕込んであった、弾体が、的に命中する。 色々仕掛けてあった弾体は、高温加圧された溶融金属を「的」に吐き出してる筈。
ははっ、イメージは、APDS弾頭にHEAT弾の効果のみを仕込んだもの。
命中時に、弾体から、高速メタルジェットが球形の的の一点に叩き付けられ、「的」を侵徹して背後の壁に、ベチャって、溶けた鋼鉄をぶちまけたよ。 ここからでも見えたよ。 多分、綺麗な円錐の穴があいてんじゃねぇ? 衝撃波が、その辺の壁バリバリにしてたし。
私は、そんな情景を無感動に見てた。 全部予測の範囲内ね。 ハデハデしいけど、効果は抜群。 混合魔法障壁を抜くのって、この位の事しなきゃ、抜けないもの。 的に弾を当てるだけってのも詰まんないから、ちょっと、ゲームの知識イメージしたけどね!
マーリンが蹲ってやんの。 魔力の逆流まともに受けてたからね。 ほら、魔法障壁が抜かれるって、ちっとも考えてなかったからね。 馬鹿な奴……。
「こ……これは……、 確かに、魔方陣は【ファイアーボール】だった……。 な、何をしたんだ?」
おっさん、なんで、慌ててるんだ? 単に的当てさせたかったんじゃないよね。 学校でやってた事、見たいって言ったの、おっさんの方じゃねぇのか? キョトンとした顔で、フィランギ侯爵を見てしまったよ。
「既存の魔法の組み合わせですわ。 ちょっとした……。 あとは、イメージでしょうか?」
「い、いや、そんな事は……、 なんてことだ!! わかった、 エミリーベル宮廷魔術師! 直ぐ用意する」
えっ、まだなんかやらせんの? それに、おっさん、マーリンほっといていいの? おっさん、駆け出しそうに成りながら、マーリンに言いやがったんだ。
「研究だったか? それよりも、地力を上げた方が良いんじゃないか? マーリン宮廷魔術師!」
蹲ったままの奴は、小刻みに震えてやがった。 かける言葉なんざ無いから、サクっと無視して、おっさんの後に続くのよ。 先生と、殿下も続く。 だれも、奴に声なんざ掛けねえよ。 あちこちでやらかしているのかなぁ……。 まぁ、「君と何時までも」のソフィアなら、ここで一発、誘惑かけんじゃね? 優しくさっ。 絶対に、私はしないけどねっ!
おっさんの後に続いて、何やら、警戒が物々しい、地下への階段を降りて行ったのよ。
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ついたのは、なんか薄暗い部屋の中。 半球形のドームみたいなお部屋。 強いて言えば、プラネタリウムって、感じかな。 天井近くに色んな落書きがあるよ。 変なの。 私達は部屋の中央に進んだの。 ここまで、なんの説明も無し。
おい! なんか言えよ!!
だれも、なんも言わないけど、なんか察してるみたい。 私だけが蚊帳の外。 ……不安しかねぇ!
立ち止まったのは、部屋の中央の、ちょっとした円形の壇上。 近くに宝箱みたいな物置が置いてある。 なんか、おっさんが、ゴソゴソしてるよ。 そんで、私に向き直った。
「説明は、しない。 先ずは、これを読んでくれ」
手渡されたのは、一枚の羊皮紙。 ちゃんと、板に打ち付けてあって、ペロンってしてないね。 それと、羽ペン。 まぁ、万年筆みたいに書ける奴だね。 これって、お高いよ? 符呪屋で、金貨十枚以上で売ってんの見た事有るもの。 一般人に近い私なんか、絶対に手が出ない、超超高級品。 まぁ、使えって云うんなら、使うけどね。
でね、その表皮氏に書いてあるのが……
懐かしの日本語!!!
《右手 壁をご覧ください》
だったの。 そんで、指示通り、壁を見た。 おっさん、”ほう”って、顔してた。 でね、壁に彫り込まれている文字が、丁度いい高さで見えるのよ。 それも日本語。
《 次の文字列を、書き留めてください A → あ → メ → ん → D → ウ → ね 書き終えたら、左手 壁をご覧ください》
はいはい、やりますよ。 手に持った高価な羽ペンで、指示された通り、羊皮紙に文字列を書き写すの。 カリカリ音が響いてた。 次に、左手方向の壁を見たんだよ。 其処にも日本語が彫り込まてれいるの。
《証人審査の間の、天井付近にある文字を、ご覧ください。 書き留めた、文字列の後の言葉を、音読してください⦆
……これって、日本語で読めって事だよね。 そう言えば、天上の落書き……全部、文字だったよ。 そんで、文字の前に、「ABC」とか、「アイウ」とか、「あいう」とか、振って有るのよ。 あぁ、そう言う事か。 読めばいいのね。 ええっとね……
「 …《我》 …《此処に》 …《精霊大神に》 …《証人官としての》 …《役割と権能を》 …《全うすると》 …《誓う》 」
口に出した、日本語って、何時ぶりくらいかしら。 ほんと、久しぶりと言うか、何と言うか…… で、読んだ途端に、その文字が緑色に光り始めるのよ。 ボンヤリと、天井に浮かび上がる文字。 なんだこれ? 突然、天井の真上が、光り始めたの。 つまりは頭の真上にぽっかりと開いた穴が有ったんだけどさぁ……。
全部読んだ途端に、その穴が光り出したの。
《 我、その誓い、聞き届けたり! 汝の名を告げよ 》
物凄い厳かな声がしたの。 女の人の声なんだけど、嫌って言えない何とも言えない厳かさが有るのよ。 たしか…… これって…… やだ! 精霊大神に、「言挙げ」しちゃったって事? どの精霊大神なのよ! マズいって! なんか、追い詰められた……! 仕方ないね……。
「《我が名は、ソフィア=レーベンシュタイン。 ブロイ=ホップ=レーベンシュタイン男爵が娘》」
「良きかな。 ソフィア=レーベンシュタイン。 汝を証人官に任ずる。 精進せよ」
すぅって、蝋燭が消えるみたいに、光が消えた。 何だったんだ、一体? 周りにいる人達を不思議に思って、見回したの。 おっさん、なんか、青褪めとるよ。 それに、先生も。 サリュート殿下の表情は銀箔の仮面の下だから判んない。 でも、絶句しとった。
「あ、あの…… 何だったのでしょうか、今のは?」
「ソフィアさんが、神代の言葉を理解しているのは、何となく判っていましたが…… まさか、契約の精霊大神【コンラート】様から、直々に証人官に任じられるなんて…… 凄いわ! 凄い事が起こったわ!」
なんだか、怖い位に興奮し始めた、エミリーベル先生。 同じく、真っ青な顔色をしたまま、興奮状態に陥ってる、おっさん。
だれか、説明してよ!!! なにが、起こったのよ!!!
「ソフィア=レーベンシュタイン。 これで、また一つ、君は「力」を手に入れた訳だ」
「……あの、殿下……? 出来れば、ご説明して頂けませんか?」
「あぁ、私も驚いている。 エミリーベル宮廷魔術師がこのような事を、考えていたとはな。 君が行ったのは、「証人官」の審査試験なのだよ。 あぁ……ソフィアは「証人官」の事は、知ってるか?」
頷いた。 なんでも、人族の国とその他種族の国が何らかの契約を結ぶ場合、使用している言語が違うから、全種族が統一して使う言語として、「神代言語」を使う事になってるの。 でも、もうその言葉をきちんと扱える人が、ホントに少なくて、まともに読み書きできる人が特別に任命されるのが、「証人官」なのよ。 それは、知ってた。 でも、「神代言語」が日本語だなんて、知らなかったよ……。
これって、やっぱり、この世界が、「瑠璃色の幸せ」と、「君と何時までも」の世界だからなのかな……。 それ以外にも、なんか、関係があるのかなぁ……。
「君が、「神代言語」を理解しているとは、思わなかった。 ……エミリーベル宮廷魔術師は、どこでそれを知ったんだ?」
だいたい、判る。 魔法の授業の一環として、博物館にピクニックみたいに行った時、展示物に召喚された人が書き残した巻物が有ったんだよ……。 他の生徒さん達は、あんまり興味なさげだったんだけどね。 ザバ~~って、広げられていたその巻物、何喰ったとか、天気の事とか、誰それに悪口言われたとか、そんな事ばっかり書いてあってね。
ついさっ、「日記のようですねぇ…… 今と、あまり、変わらないようですね」 って、呟いちゃたんだ。 きっと、それを先生が、聞いてたんだと思うよ……。 口は禍の元……だよね。
「あ、あの……私は……どうなるのでしょうか?」
「……この事は、此処に居る四人しか、知らない。 ……古代魔法研究科、筆頭宮廷魔術師ミデルナル=ラーク=フィランギ侯爵、 エミリーベル=クリストファー=アデクラント宮廷魔術師 この事実は、内密にして貰いたい。 公になると、問題が大きすぎる」
殿下の言葉に、頷く二人。 なんか、厄介事が団体さんでお着きに成ったみたいだね。 私も口止めされるのかな……。 こんな事、知ってる人少ない方が良いもの……。 御父様と、ミャーにだけは、伝えたいんだけどね……。
「ソフィア=レーベンシュタイン。 君と言う人は、何処までも予想外な人だ。 この事は内密にな。 影響が大きすぎて、予測が付かない。 君自身にも危険が及ぶかもしれない。 いいね」
「はい、殿下。 ……御父様には?」
「御身内だ。 ただし、他はダメだよ」
「承りました」
「しかし……、「証人官」とはな……。 これで、光明が見えたな」
殿下の銀箔の仮面の下、なんか瞳がキラッって光ったような気がする。 ううううう…… 関わりたくない。 御家に帰りたい……
なんで、こんな事に
なっちゃったんだろう……
おとなしく
暮らしたい
だけなのに……。
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中の人、ますます、頑張れます!
それでは、また明晩、お逢いしましょう!!




