第25話 【雪祭り】の日に
魔法の実技授業は、私の中にとある確信を紡ぎ出した。
私、「魔法使い」 に、向いてる。
魔法って、便利なのよ。 イメージした事が、魔法の強度に直結するのよ。 伊達に転生前の記憶を持って無いよ、私。 だから、この世界の人が持ってるイメージからかけ離れているイメージ持ってるの。
前世では、勤めてた会社で色んな仕事を手伝ってたでしょ。 アレがとっても役に立ってるの。 事務一般職の入社組だから、本来は事務所でパチパチ、キーボード叩くだけの筈が、其処に高卒入社って線引きが入ると、それこそ一般雑務、お使い、お手伝い、力仕事から、特殊な免許が必須の機械の操作まで強要されたのよ。
それを、必死に食らいついて、覚えたよ。 自分の生活を守りたかったからね。
とっても、便利使いされたけど……そこはね。 専任指定されてる人が、急なお休みの時、どうしても特殊な機械を動かさなくては成らなくなって、そん時その専任指定されてる人がお遊びで私に指導してた事を思い出した、上司が、無理矢理、機械の操作する様に言って来た事さえあったよ。
やり切ったよ。
判んない処は、電話で聞いたりもしたし、深夜までコンソールと睨めっこしたけどね。
その時の製品は無事生まれ、納品にも間に合った。 でも、本来なら、私がしちゃいけない事だったから、その事実だけは闇に葬られたけんだよね。 まぁ、ボーナスにちょっと色が付いてた。
何が言いたいかって言うと、イメージの問題。
この世界の人は、【ファイアーボール】 とかの火魔法を行使する時、イメージとしては、焚火とか、良く知ってる人でも、鍛造所の炉くらいしか思い浮かばないのよ。 それよりも弱い、蝋燭とかの炎なんて、イメージしても、しょぼくて使えないしね。
かといって、お日様をイメージするって言うと、余りにも大きすぎて、具体的なイメージに成らない。
でもさぁ、わたしの場合、溶融金属とか、レーザー切断機とか、加熱圧延プレス機とか、知ってるじゃない。 つうか、赤く熱せられた金属表面を見ただけで、金属塊の温度を予測できちゃうくらいになってたしね。
だからイメージなんかも、もっと具体的な物に成るのよ。
他の人が【ファイアーボール】を使うと、真ん丸の火の玉が魔方陣から飛び出すんだけど、私の場合、それが楔状に成ったり、先端の温度のみ超高温になったりしたのよ。 流石にプラズマ化した時には慌てたけどね。
実技でね、「的」に鋼鉄使ってるんだけど、他の人のは、炎が飛び散って終わりなんだけど、私のは、貫通して、丸い穴が開くのよ。
昔の漫画に有ったでしょ?
”いま放ったのは、ファイアーボールだ、メガフレイムでは無い” って、不敵に呟くやつ。
私の場合は、出した結果に私自身が唖然として、口開いて見ちゃってたけどね。 先生も困惑してた。 魔方陣は確かにみんなと同じモノ。 でも、結果がまるで違う。 トンデモナイ、イメージ力って事ね。 豊かな想像力って、魔術師に必須の能力であり、なかなか育たない物なのよ。
みんな”常識” って 奴に縛られるからね。
高位の魔術師が、変わり者なのも頷けるよ。 発想自体が変な人多いもの。 でね、一度見たら、やっぱり強烈に印象に残るモノなのよ、そういった事って。 同じクラスの人達、私の【ファイアーボール】をイメージして、次の授業に臨むのよ。
で、私達のクラスはトンデモナイ人達の巣窟になっていったってわけ。
身分は低いけど、最強! なんてね。 概念とか、理とか、色んな制約もあるから、みんながみんな、同じ事が出来る訳じゃ無いけどね。 それでも、凄く面白かった。
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【氷雪月】は、日本で云う所の二月。 寒いけど、なかなか雪が降らない王都で、だいたい初雪が観測されるのが今月なのよ。 弱々しいお日様の光が、雪雲に隠されて、北から吹く風に粉雪が紛れ込むの。 暫くすると、ドカッと大雪になる。
領地の温泉が懐かしくなる頃ね。
乗合馬車も遅れ気味になるし、街もなんだか重たい空気に支配されるの。 凍り付いた時間って感じ。 ある日の登校時、乗合馬車の車軸が折れた。 それはもう、パッキリとね。 代替えの馬車が来る様子も無く、御者さんが申し訳なさそうにしてた。
「こんな日も有ります。 怪我人が出なくてよかったです。 お気になさらず」
ニッコリ笑顔を作って、恐縮しちゃってる御者さんに伝えた。 だって、この人寒い中、ずっと御者台に座ってるんだよ? 吹き曝しのまま。 車軸が折れたのもこの人のせいじゃ無いし。 下位とはいえ、貴族の子弟を載せてたんだから、めっちゃ焦っていた。だから、そう言って不安を取り除いてあげたの。
学校までは、まだまだ距離もあるし、街路はいたるところ凍てついているし、普通に歩くだけでも、スッ転びそうになる。 乗ってた人達みんなして、ちょっと困ったよ。
「ソフィア、ああ云ってはいたが、どうするんだ? 学園までは、まだまだ距離もある」
「そうですわね…… この際、お休みにしませんか? ルーク様。 ……皆様、本日、どうしても学園に行かなければならない人はいらっしゃいますか?」
その場に馬車から降りた人達が、互いに顔を見合わせるの。 無理して学園に行っても、ドロドロの足元でかなり汚れちゃうし、絶対に出席しなくてはならない授業もなさそうだった。
なんで、私がこんな事言い出したのか。
実は今日、【雪祭】ってお祭りが有るのよ。 下町の界隈にある、ちょっとしたお祭りなんだけどね。 帰還された精霊様達が、落ち着かれて各依代で、居ずまいを正されている時期に開催されるのよ。 正式な国を挙げて挙行する様なお祭りじゃ無いんだけど、舞い散る雪を精霊様達の最初の祝福と捕らえて、それに感謝するの。
まぁ、陰鬱なこの時期に開催される、下町のちょっとした楽しみみたいなものね。 だから、大人達より、子供たちの方がこのお祭りを心待ちにしていたりするんだ。 あぁ……そう言えば、娼館でも、【雪祭り特別ご奉仕価格】って、格安で遊べる日に指定してたなぁ……。 なんだ、大人の《男の人》も、楽しみにしてたって事か……。
そんで、水を向けてみた。 どうだろう……乗ってくれるかな?
「町の、【雪祭り】会場は、直ぐ近くにございますわ。 乗合馬車の方に、学園に連絡を取ってもらって、本日の登校を取りやめてしまって、ちょっと覗いてみませんか?」
ニヤリと頬に笑みを浮かべるの。 下町のお祭りである、雪祭りは、私達男爵家の子弟にとっては身近な祭りだったしね。 学園に上がる前は、こぞって街の雪祭りに遊びに行ってたし、屋台にある駄菓子はどれも、お小遣いの少ない私達にとって、魅力的な物だったんだものね。
私の提案に、ルークを含め、”貴族の子弟” が、こぞって目を輝かせたのも無理は無いよね。 だって、乗合馬車組は娯楽に飢えてるんだもの。 学園では疎外感が酷いし、御家では領地の状況とか自分の状況とかで、心休まる時が無いもの。
「御者の方、学園へのご連絡は?」
「ギルドの緊急通信を発しました。 二報で、御子息様、御令嬢様の御登校が難しいと、発信します」
「有難うございます。 皆様、御家の方へは、レーベンシュタインの馬車を用意いたしますわ。 ミャー、御父様にお願いしてください。 ただし、迎えは「レヒトの広場」にと」
「御意に。 時間も見計らいます」
「よしなに。 では、皆さまも、宜しいですか? 御家の方々にはご連絡を。 レーベンシュタインの馬車が来るまで、「レヒトの広場」でお待ちしましょう!」
ほら、笑顔がこぼれたよ。 不可抗力だもの。 うちの馬車そんなに大きく無いから、何度も往復するよ? で、時間とか門限とか厳しい人から、お帰り頂いたらいいと思うしね。 それに、「レヒトの広場」って、【雪祭り】の会場だもん。 じっくりと遊べるよ? お小遣い足りる? 小銭持ってる? 抜け目ない人達だから大丈夫とは思うし、みんな、貧乏男爵家の子弟だから、問題無いよね!
ゾロゾロと制服の集団が、「レヒトの広場」に向かった。
口々に、なんか、お礼を言われたよ。 広場の周りには色んな屋台が出てた。 まだ、【雪祭り】自体は始まって無かったし、準備してる人も多かったね。 でも、足元もそんなに滑るような事無いし、開いている屋台も多かったから、ちょっとしたモノを買って、口に放り込んで、お腹を満たしたり、珍しいモノを売ってる屋台に目を輝かしたり。
なんか、いいよね。 通学不能による、臨時休校。
広場の中心で、雪像と氷像を作ってたの。 【雪祭り】の本番は夕方から。 だから、朝の今の時間は、そんなに混んで無いし、まだまだ準備中って所が多いのよ。 でもさぁ…… なんかトラブってるみたいなのよ。 その雪像と氷像作り。 親方らしき人がひとしきり騒いで、どっかへいっちゃった。
「何かあったようですね」
「そうだね、ちょっと聞いてこよう」
ルーク様が、串焼きを片手に、困り果てている、人足さん達の元へ、情報収集に向かったんだよ。 腰の軽い人だね。 ホントに。 暫くして、ルーク様も人足さん達と同じような困惑した顔で帰ってらしたよ。
「今年の親方ってね、やたらと上から目線の芸術家だったんだってさ。 なんでも、自分の芸術を披露するのに、こんな下町のこんな薄汚れた広場は、相応しくないって、帰っちゃったらしいね。 何言ってんだか!」
「本当にそうですわね。 精霊様に感謝を捧げる像なのに! ……雪と氷の魔法……使える人、何人いましたっけ?」
何言ってんだ? って顔されたけど、私の考えている事が判ったのか、ハッとして表情が変わった。 そうよ、そんな《バカ》に雪像、氷像作らせるくらいなら、学園の生徒の方がよっぽどいいぞ? 手伝ってやる。 つうか、目にモノ見せてやるよ。
瞬間湯沸かし器みたいに、私が怒ったのには、理由があるの。
この、【雪祭り】の雪像、氷像は、精霊様への感謝と同時に、華やかさの無いこの時期に、街に唯一出来上がる心の拠り所みたいなモノ。 ド貧乏でも、この像を見るだけで、何となく得した気分になれる、貧乏人の味方。 何が芸術だ! ふざくんな!!
それにさ、もう一つ理由があるんだよ。
前世の時にさ、どっかの著名な彫刻家が、偉いさんに依頼されて、その下請けと言うか、お手伝いをした事があるんだ。 変更に次ぐ変更。 材料の無駄遣いに、感覚でモノを言うアノ感性。 無茶な仕様変更に、作業時間無視。
芸術家って、大嫌いになんだよ!!
雪像、氷像の近くに居た人足さん達に、ルーク様が話を付けに行ったよ。 私は、何となく固まってた乗合馬車組の生徒さん達に声を掛けてた。 雪の魔法と、氷の魔法使える人探しにね。 まぁ、一人でもやる心算だったんだけどさっ!
何人かが手を挙げてくれた。
ルーク様は、人足さん達と話を付けてくれた。
じゃぁ やりましょう!!
何を作るにしても、今の雪と氷の量じゃ足りない。 魔法で追加する。 足場も要らないしね。 みんなで、ドンドン積み上げるの。 デカい山になった雪と、巨大な塊に成った氷のブロック。
「モチーフは、なににいたしましょうか?」
「そうだね、雪の方は、真っ白だから、【雪の女王】が良いねぇ…… うんと扇情的な奴」
おい、ルーク! ……まぁ、いいか。 そっちは頼むよ。 云うんなら、出来るんだろ? 冷たい私の視線を掻い潜り、何人かの魔法を使える「男子生徒」と一緒に雪山に向かったよ。
「氷の方は……如何しましょうか?」
「えっと…… 男子に負けない位の、【氷の聖女】では? 雪と氷の競演とすれば、華やかになりますし、【雪祭り】には、とても合うモチーフだと。 氷の精霊様も、お喜びに成られると思いますし」
そう云うのは、ララフォード男爵家の末っ子長女 ドミニク=カーラ=ララフォード様。 いつも下の異母兄達に気を使って、あんまり我儘を言わない子。 いじめられて無いよ? でも、やっぱり、気を遣うんだって。 何となく判る。
よっしゃ
頑張っちゃうぞ! 聖堂のイコンにある、アレを氷像にすればいいんだ。 デカい氷の塊の前に向かうの。 雪の魔法を使える人はそうでも無いけど、氷の魔法使いは大体において、攻撃系の魔法しか覚えないから、こんな彫像を作るのには向かないんだよ。 でも、私は、出来るよ。 炎系の魔法を使わないで、削り取れる。 まぁ、イメージの元はマシニングセンターって、工作機械なんだけどね
まぁ、見てて。
氷の一番下に魔方陣が浮かび上がるの。 イメージは大事。 イメージするモノは、イコン画の【氷の聖女】 ピンと研ぎ澄まされた表情をした、魅惑の美女。 豊満な肉体に冷気を纏いつかせ、恋を囁きに来るうつけもの共を、ガッチガチに凍らせる、ある意味、究極のツンデレ。
さぁ、イメージは固まった。 起動魔方陣に魔力を注ぎ込んで、イメージ通りに削り融かす。 さぁ、行くぞ!!
起動、発動!
パリパリと音が響き渡る。 魔方陣が、氷を削り飛ばしながら、上へ上へと上がって行く。 足先から、脛、膝、太もも、腰、お腹、胸、両て、首、顔、頭、そして、宝冠を頂いた髪の天辺へ……。
はぁはぁはぁ……。
出来た……。
削り飛ばした氷は、瞬時に溶かして、下水溝へ流れ去ったよ。 うん、いい出来。 ブロックは一個の塊だから、氷に継ぎ目なんかない。 透き通る、妖艶な【氷の聖女】が出現した。
隣の男子生徒たちの、【雪の女王】も、暫くしてから完成。
人足さん達、目を剥いて見てた。 夕方まで掛かると思っていた、設置が、全くのゼロからいきなり、この場で完成しちゃったもんだからね。 出来上がったのは、美を競い合うような、妖艶で慈愛に満ちた、【雪の女王】と、【氷の聖女】
途中から、街の人達も手を止め、足を止め、作業に見入ってた。
「出来ましたね」
「あぁ…… いや、まぁ……なんだ。 あんまり、小さな子供達には見せたくない様な……」
ルークが、自分達で作ったにも関わらず、そんな事を呟いてた。
「そうですか? 良いと思いますよ? ホントに綺麗…… 夕闇に落ちる頃に成れば、更に美しく見えるでしょうね」
ドミニクは、うっとり彫像を見ながら、ルークの言葉を打ち消してた。
まぁ、扇情的なのは認めるよ。 でも、子供の御伽噺の本でも出て来るモチーフだしね。 写実的だけど。 シンと静まり返ってた広場に、徐々に歓声が広がり、最後はワーワーととっても煩い位になったよ。 街の人達が、学園の制服を着た私達に次々と握手を求めて来た。
男性も、女性も、大人も、子供も、老人も、若者も……。 楽しみにしてた【雪祭り】 そのメインを飾るに等しい彫像。
私も、嬉しい。
やり切った感が凄い。
街の人達の感謝にもみくちゃにされながら、なんか、幸せを感じたよ。
なんだが、屋台の人達に色んなお土産を貰って、昼過ぎにレーベンシュタイン家の馬車が来て、みんなが帰路に就いた。 とても夜までは居られないしね。 お日様に照らされても溶けない様に、しっかりと【保冷】の呪文唱えといたから、今日一杯は持つよ。
みんなのニコニコ顔を見ながら、【雪祭り】を、目一杯、楽しんだ。
御家に帰ってから……、
ミャーに……、
「やり過ぎです」って、
ガッツリ……、
叱られたけどね……。
ブックマーク、評価、感想、誠に有難うございます。
ヤル気、百万倍です!
エピソードの元ネタは、札幌雪祭りですね。 それと、攻撃系でない魔法の在り方が、どうしても書きたかったんです。
楽しんで頂けけたら、幸いです。
それでは、また明晩、お逢いしましょう!!




