第23話 騎士の条件
何でそうなる?
夕暮れ時の真っ赤な光の中、ものっそい美少女が眼を怒らせ、怒りに満ちた表情で私の前に立っていた。 なんか、怒りのオーラが彼女の周りを漂っているんだよ。 それも、かなり怖い奴。 でもさぁ……なんで、そうなるのよ。 変でしょ? 粉かけるとか、誘惑するとか、そんな事した事も無いよ。
それどころか、「武術大会」で、コテンパンにのしてしまったし。
「幼き頃から、婚約者として勤めて参りました。 レクサス公爵家の皆様とも良き関係を築いて参りました。 それを今になって、レクサス公爵閣下から、父に婚約をいったん白紙にすればどうかと、打診が御座いました。 理由は、貴女! ソフィア=レーベンシュタイン! 貴女です!!」
もっと、不可解な事を言いやがった。 なんで、私が原因になるんだ? 敵対した事は有るけど、友好的な雰囲気なんてなった事無いし……。 そりゃ、運動場で時々会う事が有るけど、そん時だって、ミャーもいたし……。 話しなんて、鍛錬の仕方とか、体の使い方とか……、そんな事ばっかりなんだよ。
「あの……何かの間違いでは? わたくしは、御父様からそのようなお話を聞いた事はありませんし、男爵家の娘が、公爵家に嫁ぐなどと言う、非常識は通らないと思われます。 もう一度、お尋ねになっては? それに……申し訳ありませんが、貴方様の御名前も、存じ上げないのですが?」
困惑した表情で、そう伝えてみた。 知らないわけ無いよ。 情報はきちんと覚えている。 この可憐な女性は、『君と何時までも』の中での、マクレガーの婚約者、 フローラ=フラン=バルゲル伯爵令嬢。 ピンクブロンドの豪奢な髪、アーモンド形の目、高い鼻、ピンクに染まる頬、ぽってりと肉感的な口元。
すんごい、可愛い系。 この年で、もう素晴らしいスタイルの持ち主だしね。
ハルゲル伯爵家は、武門の御家。 ついでに言えば、現王宮騎士団の団長を拝命しているのが、現当主。 勿論、つり合いも取れているしね。 なんの問題も無いよ。 でもさぁ、『君と何時までも』の中では、マクレガーの俺様気質と、やらかしで、フローラから婚約破棄をしたんだよ。 それだけ、ダメ男だったわけなんだけどね。
今は……醜の御楯となるべく、研鑽を重ねているんだよ。 真剣に、真面目に。 ついでに、ダグラス第二王子の取巻きから離れているんだよ。 そんな噂を聞いたから、運動場で聞いてみたんだ。 直接本人にね。 そん時の言葉がね……。
《 今の俺じゃ、力不足。 自信が無ぇんだ。 今は、殿下を取り巻いて、粋がるのは、違うと思うんだ。 殿下の警護なら、専門の男達が居る。 本職の騎士と、護衛官がな。 俺が、優秀だと言ってくれた人達にも、本気で聞いた。 ”今の俺は、本職の騎士殿達と、どの位違うのか” とね。 その答えが、「見習い級です」 だ。 そうなんだよ、いくら、優秀と言っても、あくまでも子供なんだ。 そう、何もかも足りない。 だから、上を目指す。 お前に示された、”強い”の意味。 強く心に留めている 》
だと。
そんな事を言い合えるくらいの仲なんだよ。 色恋沙汰なんて……微塵もねぇな!
「わ、わたくしは、フローラ=フラン=バルゲル! ハルゲル伯爵家の第一息女ですわ!」
「左様に御座いますか、フローラ様。 わたくしは、ソフィア=レーベンシュタイン。 レーベンシュタイン男爵家の養女に御座います。 フローラ様の御懸念ですが、常識的に考えますれば、何とも不可解で御座います。 マクレガー=エイダス=レクサス子爵は、レクサス公爵家の第一令息。
わたくしの存在が理由での、婚約の白紙化は……。 どう考えてもあり得ません。 なにか、他の理由があるのでは?」
私の言葉に、少し冷静に成ったのか、睨みつける目がほんの少し、和らいだ。 まぁ、睨みつけられたままだけどね。 なんか、疑ってるね。 えっと、あのバカ、今の時間は……、 騎士科の鍛錬場か。 この可愛い生き物連れて……、
行くか。
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フローラを誘い、騎士科の鍛錬場に行ったのよ。 こんなバカな誤解は、早急に解かないと、災難が降りかかる。 怒ってたよ。 ホントに。 人の恋路の邪魔をするような、卑しい人間じゃないよ。 日本に居た頃は、恋の当て馬にすらならなかったんだよ。
あの人が現れる前までは、そんな浮いた話、一回も無かったしね。 当時の上司が見るに見かねて、彼に会わせてくれたんだ。 そんな私が、他人の恋路の邪魔をする?
馬鹿にすんな!!
恋心がどんなものか、理解している。 大切な人を大切にしたいって言う、真摯な気持ち。 フローラは子供の頃から、マクレガーの婚約者候補として、ずっと一緒に居たんだ。 彼女はマクレガーと結ばれる未来を、既定の事実として受け取っている。 政略結婚が主流の貴族社会では、幼少の頃からの婚約は、互いの心を育てる為の、絶好の時間なんだ。
彼女は彼女の時間の大半を、マクレガーの横に立つ為に必要な、教養と能力を得るために使ったんだ。 もう、どんだけ、一途なんだ。 それを、御家の事情で白紙にする? おかしいよね? 馬鹿じゃん。
「あ、あの、ソフィア様?」
「はい、何で御座いましょう?」
「わ、わたくしも行かねばなりませんか?」
「勿論で御座います。 お二人の事です。 フローラ様がお話を聴かなくてどうします」
ズンズン歩みを進めていくの。 乗合馬車の待合場所から、騎士科の鍛錬場まではそんなに離れてない。 わりと、直ぐにつくのよ。 何となく顔見知りが多いのは、騎士科の連中って、低位貴族が多いからなんだ。 外敵が多いから、前線に行く兵士、指揮官が大量に必要なのよ。 低位貴族の二男三男が、自分の身を立てるとすると、選択する進路のナンバーワンだよね。
戦場で善戦したら、もしかしたら、自分だけの爵位を貰えるかも知れないしね。
まぁ、真剣に鍛錬してたよ。 そんな中に、令嬢が二人。 キャーキャー云うようなタイプじゃないのがね。 事務官様に、マクレガー子爵を呼び出して貰った。 ほら、他の令嬢達みたいに、自分達が直接行く訳には行かないからね。
きちんと手順を守って、面会の時間を作ってもらう。
逃げられん様にな!
暫し、面会室にて、フローラ様と、マクレガー子爵をお待ち申し上げる。 此処には、ちゃんと椅子も有ったんだ。 よかった。 フローラ様、顔色悪いよ? なんで? あぁ、修羅場になるかもって、思ってるね。 彼女は、こうやって、フローラ様を巻き込んで、私が、マクレガー子爵に、なにか「決定的」な事を仰るように仕向けている。 って、そう思ってそうね。
だって、ほら、高位貴族の中の噂話での私は、「卑賎で卑しい出自」で、「権力欲が強く」、「目的の為に手段を択ばない」、「卑劣な性格をしている」、「銀色の髪と、赤い目の、”忌み子”の特徴を色濃く持つ」、「油断出来ない」、「悪辣な」、レーベンシュタインの養女、だものね。 これ、全部、本当に言われた事。 ミャーが、拾って来てくれた、” 私に関する、噂 ” 。
ほんと、トンデモナイでしょ。
何、見てんだか。
この噂を流しているのは、あの方…… いや、多分あの方の侍女達か? ソーニア=エレクトア=マジェスタ公爵令嬢。 さらに言えば、マジェスタ公爵家の、あの エルグリッド卿の意向だよね。 うまく、情報を操って、誰が流したか判んない様にしてるけど、ミャーの耳はとてもいいのよ。
手に取る様に判るって。
それに対して何もしない。 だって、向こうからあからさまに距離を取ろうとしてんだもん。 ほっとくに限るよ。 だって、絡みたくないもの。 面会室で二人きりになっていると、なんかフローラ、チラチラ私を見たり、床を見詰めたり。 溜息をついたり、かと思えば、視線を扉に向けたり。
落ち着かないの。
よっぽど、噂話が効いてるのよね。 冷静に成って来たフローラの目に、恐れが出て来たよ。 どうして、こんな事しちゃったんだろ…… って、顔に書いてある。 ハシタナイ娘だと、マクレガー子爵に、そう思われないかしら? とかね。 そんな感じ。
まぁ、そうね。
思い詰めて、私に文句言いに来たのにね。
扉の向こうに気配がして、ノックの音がした。 やっと来やがった。
「どうぞ。 お入り下さい」
「面会の約束は無かったが、どうした」
「胡乱な ” お話 ” を、お聞きしまして、どうしても、確かめたく お時間 を、頂きました」
「何だ? どうした? ともあれ、フローラと、レーベンシュタインが一緒とは、珍しいな」
ほらね、フローラ様をきちんと、名呼び。 私の事は、家名呼び。 この差、判る? フローラ様。 貴方は、マクレガー子爵にとっては、最も近しい人だよ。 その呼び名だけで、この話がどっかでねじ曲がって伝わったって判るよね。
でも、きちんと、明確にしとかないと。
「レクサス子爵、バルゲル伯爵令嬢様より、胡乱なお話を頂きました。 なんでも、レクサス公爵家から、バルゲル伯爵家に、子爵と、バルゲル伯爵令嬢様の御婚約の約定を白紙に戻すとの、お達しがあり、その理由が…… ” わたくし ” と……」
みるみる、表情が険しくなる、マクレガー子爵。 なんで、そんな話になってるんだ? って、感じ。 すこし、怒りながら私が彼に告げたから、余計に、勘に触ったのかな? 私達が座る椅子の前に仁王立ちで、腕を組んで、私達を睨みつけてる。
別に怖いとも、恐ろしいとも、思わない。 サラッとその視線を受け流し、返事を待つ。 私の視線は、揺れる事も無く、「どういった事なんだ? 説明を求む!」 を、彼に問うていた。
「……婚約予定をいったん白紙にして欲しいと望んだのは、俺だ。 理由は…… レーベンシュタインの言葉だ」
やっぱり……。 そう言う目で、フローラが私を見た。 でもさぁ……、 この人と男女の甘い関係とか、貴族社会の中で、レクサス公爵家に得になる事すらない。 だから、どっから、私のせいになるのかが判らん。
「俺は……。 いや、私は、フローラが努力しているのを知っている。 伯爵家から、公爵家に嫁ぐという事は、大変な負担だ。 しかし、フローラの努力はその身分の障壁を越えた。 先日まで、そんな事は当たりまえだと思っていた」
悄然と項垂れる、マクレガー子爵。 俺様だったからねぇ…… へし折ったけど。
「そこに居るレーベンシュタインに言われた。 俺の求めるべきモノは、”この国、エルガンルース王国の安寧。 武を持って、国民を安んじ、外敵を退け、国家の安寧を守るべき力” 今、その力を備えているかと問われれば、答えは 『 否 』 だ。 足りないものだらけだ。 「武術大会」の後、なぜ、男爵令嬢に敗れたのか、判らなかった。 いや、理解したくなかった。 しかし、理由を知りたかった。 父上にも尋ねた…… そして、自覚した。 私は何もしていないと……」
まぁね……。 そうだよね。 力任せに振る剣は、たんなる災厄。 でもさ、理を理解して振る剣は、人を活かす力。 その境地まで行き着くには、まだまだ、刻が掛かりそうだけどね。 でも、ちゃんと歩み出している。 もともと素養は有るんだから、その歩みも早いよ。 本当の意味で、『剣の天才』だもんね。
「そんな未熟な俺の横に、努力して、努力して、淑女の礼節と矜持を併せ持った、フローラ=フラン=バルゲル伯爵令嬢を立たせてよいものか? 君の横に立てるだけの漢か、私は? 急に自分が小さくなったような気がした。 いや、本当に小さい。 義務も努めも何もかも不足している私に、フローラを婚約者として立たせる? 他人が許しても、ちっぽけだが、俺の矜持が許さない」
はぁ……。 やっぱコイツ、脳筋だ。 端から、端まで振れ切ってやがる。 なんだよ、その謙虚は、さぁ! なにかい? フローラが優秀過ぎて、側に置くと自分が惨めになるから、ヤダってんだ。
甘えんな!!!
そんな、逃げを打つような事で、どうすんだよ!!!!!
「レクサス子爵、なにかお考え違いされて居られますわね」
「なに?」
「貴族社会は、いわば、家と家の結びつきで形成されている様な物。 個人の意思など、介在する余地はそうは、御座いません。 自分の能力が相手に足りないから、婚約を白紙に戻す? 余りにも不甲斐ないお言葉。 心情は理解できます。 しかし、それは、甘えであり逃げです。 なぜ、ご自身を高める努力に結び付けられないのですか?」
一拍おいてから、睨みつけた視線をレクサス子爵から離さずに、滔々と述べたんだ。 奴の心を、抉る言葉をね。
「この素晴らしい、フローラ=フラン=バルゲル伯爵令嬢を、誰憚る事無く、皆に祝福されながら、娶る為に、何故努力されないのですか! 足りないところがあれば、補えば宜しいですし、その方法が判らなければ、バンゲル伯爵令嬢様に「お聞き」に成れば宜しいのです。 それが、婚約を結んだ者同士が持つ、最大の利点ででは無いのでしょうか? 貴方個人の想いのみで、周囲を振り回さないで下さいまし! もっと、深く、前向きに、お二人で、お考えあそばせ!!」
物凄く怒ったふりして、サッサと面会室を後にした。 後は、あの二人の問題だし、御家同士の問題になる。 私にできる事なんて、なにも無い。 当事者二人で、話し合って下さい。 そんで、婚約を白紙に戻すか、継続するかは、その御話し合いで決めて下さい。 決して私を巻き込まんで欲しい。
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夕闇迫る、乗合馬車の待合場所で、なんか胸の中が怒りで沸々と沸いていた。
くそぉ……
なにが、私の言葉のせいだ! 私は只、一般的な、騎士の心構えを述べただけだ。 それが、心の琴線に触れたって事だ。 どんだけ甘ちゃんなんだ?
覚悟も無く、騎士を目指している。 なんて言うなよな
下位貴族の男爵家の二男、三男は、更に苛烈な決意をしているぞ? そのくそ甘い、「心根」を、正規の騎士職の方々に、早々に叩き直してもらえ。 それが、君の力になる、将来必要になる、君だけの力に成るんだよ。
レクサス子爵……。
まだまだ、何もかも足りないね。
ヘタ打てば……、
殺されちゃうよ?
どっかの、誰かさんに嵌められて。
私達は、まだ初年度。 あと、四年ある。
いや、もう、四年しかないんだ。
たとえ、フローラ=フラン=バルゲル伯爵令嬢との婚約を、白紙に戻したとしても、マクレガー子爵は、マクレガー公爵家の長男として、生き残らなければならないの。
貴方自身の為にも。
レクサス公爵家の為にも。
なにより、この国に住まう、力無き人の為に。
貴方は、この国の、
剣となり盾と成らなければいけないのよ。
未来の、マクレガー=エイダス=レクサス公爵閣下殿。
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がんばって、綴ります、ソフィアの居る世界の話を!!!
また、明晩、お逢いしましょう!!




