第19話 突然の招待状
鏡祭月になった。 日本で云えば、十二月。 早いものね。 もう今年も残す処、三十日余り。 「武術大会」が終われば、学園の話題は、一気に王家主催の【鏡祭り】に移るの。
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【鏡祭り】って云うのはねぇ、クリスマスと、感謝祭を足して二で割った感じのお祭り。 精霊様に一年の加護と、豊穣を感謝して、来年の守護をお願いするお祭りなのよ。 鏡祭月晦日…… つまりは大晦日の日に、お願いを預かって下さった精霊様が、御座所に帰還されて、次の年に誰にどれだけの祝福を与えるかを、精霊様達の会合で決められるの。 おかしいでしょ? まるで、出雲みたいな感じよね?
で、年明けの 精霊月、晦日に行われる、【精霊帰祭】で加護が与えられるって寸法なんだ。 この時期の、この世界って、精霊様の気配が色濃くてね、魔力だって濃密に漂ってくるから、この時期なんか、街中が神聖な感じがするのよ。 まぁ、【精霊帰祭】まで一連のお祭りが続くんだけど、その最初のお祭り。
それが、【鏡祭り】なのよ。
色んな所で行われる、【鏡祭り】の中で、一番大きくて豪華で、権威が有るのが、王家主催の【鏡祭り】 高位貴族の皆様とか、その年に活躍された騎士様とかが、ご招待されるのよ。 【鏡祭り】では、高位貴族さん達の紹介で、中・低位貴族さんでも出席出来るらしいの。
ただし、人数に限りがあってね。 高位貴族さん達が招待できるのは、一家で、五家位なもん。 権威の高い、ステータス抜群なパーティでしょ。だから、中・低位貴族さん達、何としても出席を勝ち取りたくて、高位貴族さん達に、物凄い贈り物攻勢仕掛けてるらしいの。
ドロテアが言ってた。
でね、もう一つ、そんな高位貴族の方々とは別に、ビューネルト王立学院の学生にも、出席の機会が与えられてるの。 あぁ……もちろん、コッチも侯爵家以上の家格の生徒さんだから、基本は変わらない。 そして、彼等もまた、取り巻きを引き連れて行く事を許可されているから、さぁ大変。
流石に、王家主催の【鏡祭り】。 出席希望の方々が、侯爵家以上の子息令嬢に群がって、同行をお願いしていたわ。 あっちでも、こっちでも、ワイワイ、ガヤガヤ。 授業もそっちのけで、凄く煩いよ。
私は……。
興味ないよ。 いいじゃん、街の教会のに参加したって、やる事同じでしょ?
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喧騒を避けて、お昼休みも運動場に来てたの。 やっと、登校できるようになったからね。 ビューネルト王立学院は、今、この騒ぎでしょ? もう誰も、「武術大会」での出来事なんて、覚えちゃいないしね。 騒ぎに紛れて、復学よぉ。 でも、騒ぎに巻き込まれる事はしたくないから、こっそり、隅っこに居る事にしたの。
御家から持って来た、お昼ご飯をミャーと一緒に食べてたの。
燦々と冬の日が差し込んでて気持ちよかったよ。 流石に此処までは喧騒も流れて来ないから、落ち着いてご飯食べられるしね。 お昼食べ終わって、ミャーとお茶しつつ、私がいない間の学園の様子を聞いていたの。 彼女、私が戻って来たと同時に、周囲の情報をガッツリ集めてくれてたんだもの。 聞かないと損よね。
「で、どうなの?」
「どうとは?」
「私の事は……変な噂も立ってない?」
「そこは、大丈夫です。 無茶したお嬢様が、一矢を報いて、優勝候補筆頭を倒したってだけで。 そのおかげで、ご自身も倒れられてしまった……。と、まぁ、そんな感じの話になってました。 一部の武門の御家の方々からは、あっぱれって、評価をされていますよ」
「そう……。 他に注意するべきことは?」
「……王国騎士団の御歴々が、興味を持たれた事くらいですか……。 そちらは、旦那様が押さえて居られます」
「なるほど…… なんか、剣呑な目で見られてたもんね」
「左様です。 騎士見習いとして、自分達が鍛えて居られた、マクレガー様をあれほど簡単に、倒してしまった。 その実力は未知数と見て居られます」
「……厄介ね」
「自業自得かと」
「そうね、でも、そうでもしなければ、躱せなかったもの……」
ミャーには言外に、「世界の意思」の介在が有ったって事を匂わせた。 彼女の金と銀のヘテロクロミヤがキラリと光る。 そう言う事か、って納得した顔だった。 もう、彼女に隠し事したくなかったし、私の行動の理由をいちいち説明するのも面倒くさかったから、私の知っている事は全部話した。
最初は半信半疑だったけど、現実の情報との整合性があまりにも高くて、その内、私が転生者であることも含め、納得してくれてた。
物語の中のソフィアが次に行動にでるのが、王家主催の【鏡祭り】なのよ。
ビューネルト学院での一年目は、ダグラス王子の取巻きとの繋がりをつけ、あいつ等の情報とか弱みを握る期間だったからね。 そんな彼女は、公爵令嬢。 なんの問題も無く、王家主催の【鏡祭り】に出席できる立場にあったの。
でもさ……。
今、私は、男爵令嬢。 それも、「盾の男爵家」、レーベンシュタインの娘だから、王家主催の【鏡祭り】なんかに出席できる筈も無く……。 「世界の意思」では、どうする事も出来ない筈。 だって、私から高位貴族の方に、御同行を ” お願い ” する事なんて無いもの。
誰が好き好んで、蛇の巣に入りたがるもんですか。
純粋にお祭りしたいなら、街の精霊教会のお祭りに参加すればいいだけの事だし、そのつもりでいるよ。 お友達になってくれた、乗合馬車仲間の人達と一緒にね。
約束もした。
楽しみにしてるって。 零細男爵家の御令嬢達は、みんな気さくでいい人達だから、これかもずっと友達で居たいしね。 夕方から屋台だって出るんだよ。 ホカホカのお芋さんにバター乗っけた奴とか、色々と美味しいものあるんだ!
それも、楽しみの一つ。
ホントにヤバイ、下町には行かないけど、精霊教会の辺りだったら、治安だっていいしね。 御父様もご一緒しましょって、誘ってみた。 用事が無ければって、条件付きだけど、頷いて貰えた。
マーレさんとか、ビーンズさんとかも一緒にって思ったんだけれど…… 笑われてしまった。
「お気持ちだけ頂きます」
ってさ。 どうも、私は、その辺の価値観が、普通の令嬢とは違うらしいのよ。 でもさ、使用人だからって……嫌じゃん。 レーベンシュタインの御家は、そんじょそこらの男爵家とは違うんだよ。 メンドクサイ「家業」のお陰で、御家の人は、皆、「家族」だと、私は思っている。 そうで無くては、無茶なお願いも出来ないもの。
そこは、譲れないよ。
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一通り、情報を聞いて、吟味してたら、あんまり会いたくない人が来た。 なんで、お前が来るんだ?
「レーベンシュタイン! ここか! 探したぞ!」
この声、その姿。 キラキラしてるね。 でもさぁ…… 公爵家の御子息で、その年でもう子爵の爵位保持してるあんたに、近寄りたくないんだよ、マクレガー君。 あんたには、もうすぐ婚約者も出来るんだし、私なんかにかまける必要はないんだよ! もう!
「あら、マクレガー様、如何致しました?」
「あぁ、父上が部下の者から、預かったモノがあるんだ。 直接レーベンシュタインに渡して欲しいとの思し召しだそうだ。 父上は学院には来たがらないので、俺が預かった。 ……驚けよ、これだ」
”つっ” て、差し出して来たのは、 王家主催の【鏡祭り】の「招待状」
丁寧に封印がしてある。 封蝋の刻印は紛れもなく「王家の紋章」が浮かび上がっている。
なんだこれ?
「いったい、どなた様からの?」
「後宮詰めの護衛騎士が、王妃アンネテーナ=エルガン 妃殿下より、賜ったと。 そう父上が言っていた」
絶句した。
あ、あのね……、なんで……、 アンネテーナ妃殿下が、一介の男爵令嬢に直筆と思われる招待状なんか下さるの? 私以外だったら、額に入れて、末代まで家宝にするよ。本物ならね……。
「どうして……護衛騎士様に? 良く判りません」
「あぁ、なんでも、侍従に相談した所、正規の方法では、前例が無く、途中で止まる可能性があるとの事だったそうだ。 一計を案じられた王妃様が、側仕えの護衛騎士に頼み、父上に渡したそうだ」
「では、何故、直接わたくしに? 普通は御父様にお渡しになる筈では?」
「……何度か、レーベンシュタイン男爵には、ソフィアを連れて王宮に来るように、ご希望されていたらしいが、うまい事逃げられていたそうだ。 だから、レーベンシュタイン男爵を飛ばして直接君に手渡すようにとの思し召しだった」
はぁ? なにそれ……。 御父様、上手い事、躱してくれてたんだね。 ほら、前にマジェスタ公爵の無茶振りがあった時、アンネテーナ妃殿下が私に、大変興味をおぼえられたよね……。 学院への入学も、妃殿下の強いご希望とか言っていたし……。
なにが、そんなに気になったのかね……? やっぱり、この、ママにそっくりな風貌のせいかしら? 「瑠璃色の幸せ」の最初の頃、アンネテーナ妃殿下に優しく、丁寧に接してたのって、ママだけだったからねぇ。 そん時の記憶でも、思い出したんかね、私の顔を見て……。
罪悪感か……。
……迷惑。
「レーベンシュタイン、渡したぞ。 受け取ったな。 いいな、ちゃんと、ご挨拶しろよ! いい方なんだから」
あら? 面識有るの? ちょっと、気になって聞いてみたの。
「マクレガー様は、アンネテーナ妃殿下と御面識がおありになるの?」
「あぁ。 優しくて、包み込んで下さるような、そんな方だよ。 王宮には御父様とちょくちょく参内していたし、あの方は子供が好きなんだ。 公爵家の子息、令嬢はまず面識があるよ」
「そうなんですの……。 雲の上のお話で御座いますね」
「い、いや、なんだ……。 別に自慢してる訳じゃないぞ?」
「判っております。 公爵家の方々は、王家を支え、守るべき方々。 幼少から面識を得るのは、なんの不思議も御座いませんわ。 ……一介の男爵令嬢をお呼びになる事に比べれば」
「……あんまり、嬉しそうじゃないな。 普通は喜ぶもんだぞ?」
「あまりに、突然の思し召しですので、混乱しております。 お父様とも、よくご相談申し上げて……」
「あぁ……、 わかった。 父上にはそう申し上げる。 しかし……お前でも……」
「わたくしが、なにか?」
「混乱する事も有るのだな。 うん、そうか、混乱したか」
なにか、笑われてる気がした。 なんでだ? なにが可笑しいのかな? そりゃ混乱もするよ。 あれだけ避けようとして、もう確実に避けたと思っていたら、トンデモナイ方向から招待されちゃったんだもの。 それに……、 受け取っちゃったし……。
ミャーの方を見ると、”あ~あ、受け取っちゃった” って顔してた……。
「では、返事は俺が預かるから、きちんと返事をくれ。 いいかな?」
「はい。 出来るだけ早く、お返事申し上げます。 一組の方に行けばよろしいですね」
「そうしてくれると助かる。 では、またな」
「ごきげんよう」
「あぁ、ごきげんよう!」
大股でズンズン歩いて行くマクレガーの後姿を見ながら、大きな溜息が出たよ。 ホントに、人の気も知らないで。
「マクレガー子爵、何か感じが変わったようですね」
「えっ? そうお?」
「以前でしたら、こんな使者の様な役を引き受ける様な方では、無かったはずです。 それに……」
「それに?」
「物腰も柔らかく御成りに成られました。 以前でしたら、もっとこう……」
「「 雑 」」
あはははは! 声、揃っちゃったよ。 そうだね、そう言えば、人当たり、柔らかくなってるね。 蔑んだ様な目もして無かったね。 誰にでもああいう風に対応出来れば、いいんだけれどね。 高慢ちきな鼻っ柱へし折った甲斐が有ったってもんだよ。 人って変われるんだよね。
なんか、安心した。
アイツ、変な風に道を踏み外す事無いんじゃ無いかな?
そしたら、ずっと生き残れるし、エルガンルース王国の為になる人にも、成れる様な気がして来た。 ほんと、素直になって、目標を見つけてさえいれば、良い奴なんだろうね。 関わりには成りたくないけど。 騎士見習いとして日々頑張っているって、風の噂があるんだ。
下位貴族の巣である、四組にもその噂が流れてるって事は…… 奴、本気で将来の事、考え始めたって事だね。
それにしても……、
……コレ……。
どうしよう。
目の前にある、招待状を見詰めて、考える。 出席しませんって訳には行かないしね。 ある意味、「勅命」だしね。 もう、王宮には行くこともないと思っていたから、ホント戸惑っているよ。 昼の休憩も終わる。 午後の授業……、 バックレて、御家にかえろうか?
「ミャー、体調不良って事で……」
「辻馬車、用意いたします。 ご連絡も致します。 暫し、お待ちを」
「うん。 正門前で待ってる」
「御意」
ミャーも、ヤバいって感じてくれてた。 御父様…… ソフィアのSAN値はもうゼロよ。 きちんと相談して、対策打たないと、足元掬われるわね。 御家の人に頼んで、裏事情も聴いてみないと。 それに、ドロテアにも……。 あの子の宮中情報、とっても確度高いしね。
ああぁぁぁ!
なんで!
のんびり、過ごせると思っていたのに!!
ねぇ、あなた!
わたし
ちゃんと
生き残れるかな?
読んで下さって、本当に嬉しいです!
頑張って、自転車漕ぎます!!
また、明晩、お逢いしましょう!!




