第165話 「百年祭」 その2
馬車は何事も無く営門をすり抜けたの。
ドロテアが顔をのぞかせているこの辺はね変わって無いよ。 彼女も度々王宮に招かれているか。お兄様と一緒に来られるのね。
門番の衛士さんの懐かしいお顔……。 頑張ってんのね。
もし、テラノ男爵様の御協力が無かったら、忍び込む事に成ってたわよね。 以前、ちょっとした機会に、此処の見取り図とか、衛兵さんの巡回予定とか、調べてたけど、もし変わって無かったら、それ使って侵入は出来たけどねぇ。 そんな面倒くさい事をせずに入れたのは、本当に僥倖だったわ。
馬車に揺られて、目指す先は、【金牛宮】
「百年祭」の開催される迎賓館の有る宮殿なんだよね。 巨大な宮殿でね、それはそれは豪華な装飾が施されている、対外的にもとっても大事な所なのよ。
「百年祭」自体がとても大切な、行事だし、外国の賓客をお招きする事も有るんだ。 この度の賓客は……、 そうね、主に《ガンクート帝国》と帝国の方々と、《エルステルダム》の賢者様なんだよね。
うん、そうよ、精霊様への祈りの足りない二大勢力なんだ。
今年の百年祭は、本当に大切なお祭りの筈だったんだよ。 国を挙げて、オブリビオンに向って、「魔族」との「百年条約」を更新してその文書を高々と揚げる筈だったんだよ。
別に「魔族」が直接攻めてくるわけじゃないんだ。それどころかミッドガルドに居る魔獣、魔物達が凶暴化するのを止めてる感じなんだよ。魔力の流れを整えてるって側面もあるんだ。 それを投げちゃったら……、 精霊様の御加護さえも無く成ったら……、 もう、エルガンルース王国は人の住める場所じゃ無くなるんだよ。
《ガンクート帝国》のお馬鹿さん達は、この百年条約を、帝国至高教会が喧伝する「至高の神」のお告げにより、破棄しちゃったんだよ。 そのせいで各地で増大する、魔物達の暴走とか、精霊様の加護の不足から起きる農作物の不作とか、起きているのに、なんか帝国の根幹が揺らいでいる事にだけ焦りを感じてるらしいんだ。
帝国至高教会の権力はめちゃくちゃ強いし、抗おうにも、権力と深く結びついちゃってるから、枢機卿達の言葉に嫌とは言えなくなっちゃてるしね。 国内の不安を逸らそうと、文化侵攻してるんだよ。 表向き、帝国至高教会は戦争を回避してるって喧伝してるけど、やってる事は紛う事無き侵略なんだよ。
エルガンルース王国は、「百年条約」の更新に失敗した。
そう、周辺大国に喧伝する事で、《ガンクート帝国》への……、帝国至高教会への恭順を促そうとしている訳なんだよね。 ほんと、汚ったねぇやり方だ。
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《エルステルダム》の連中は、” 渡り人 ” の血を濃く受け継ぐ、エルガン王家を嫌ってる。 理力を持つ人たちだからね。 自分達の理解できない力を持つ者は、受け入れられないんだよ。 だから、わざわざ、【自動人形】なんて、面倒くさいモノ使ってまで、エルガン王家の血族を絶ちにきてるんだ。
この「百年祭」で、ダグラス第二王子から重要な発表が有ると言われているの。
大方の予想だと、ソフィア=エレクトア=マジェスタ公爵令嬢との婚姻を発表するんじゃないかってね。 アレは、「人」ではない。 つまりは、王家の血はダグラス王子で止まるの。
別に《エルステルダム》の奴等は、エルガンルース王国の滅亡が目的じゃない。 王家から ” 渡り人 ” の血を排除できるんなら、エルガンルース王国なんてどうなったっていいんだ。 まったく別の支族がその後を受け継いだり、いわんや、ルース王国残党のマジェスタ公爵が王族になったって、彼等にとっては、些細な事なんだよ。
マジェスタ公爵は、もう国王気取りに成っているし、実際彼の意向は、そのまま実現している。 もはや、彼を掣肘出来る様な人は、王宮に残っていないもの。 細々とした抵抗を続けているのが、―――アンネテーナ妃陛下だけって、どういう事なの?
サリュート殿下や、エルヴィンの云う通り、一度エルガンルース王国は解かなきゃならないよね。
穏便に済ませる事は……。 もう出来ないんだよ。
こんな事情、今、馬車に乗っている私達は、嫌と言う程知っている。 謀殺された筈の人達ばっかりなんだものね。 でもさ、私達は生きている。 足掻いて、足掻いて、足掻ききって、この舞台に戻って来たんだ。
アイツらが――― 【世界の意志】が強制する、定められた未来を覆す為に、亡霊となって帰って来たんだよ。
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馬車が【金牛宮】に到着した。 沢山の紋章付きの馬車が車寄せに入っては出て行ってた。 馬車の豪華さから、高位貴族の方々だって、よくわかるよ。 男爵家の馬車は、入り口から遠く離れた車寄せに誘導され止められたんだ。
扉が開く、衛士さん達が、中の人数を確認して、誘導を始める。
先頭は殿下。 顔を覆っていた銀箔の仮面は外されて、端正な御顔を晒されている。 まぁ「認識阻害」が掛かっているから、その綺麗な御顔も周囲の注目を引く事は無いんだ。 隣のドロテアの方が、美しい容姿で注目を引いて居るくらいだからね。
私は、ミャーと並んで歩くの。 周囲に野郎共三人が取り囲んでいるんだ。 殿下と、ドロテアの従卒みたいな顔をしてね。 弱小貴族が頑張って来てますよって風を装ってね。 正面の扉を抜け、いよいよ、【金牛宮】内部に入るんだ。
昔……。一度だけ此処に来た事がある。
御父様に連れられてね。 微かな記憶だよ。 フカフカの絨毯、豪華な調度品と美術品、そして、アノ絵画……。
初代様の姿を唯一残したという、あの絵は、まだこの回廊に掛かっていたんだ。 威厳に満ちたその姿は、力強い筆致で描かれているんだ……。
瓜生さん……、
叶うならば……、
弱い私に力を貸してください……。
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衛兵さんは、謁見の間に続く大広間に案内してくれた。 色とりどりのドレスが咲く、大広間。 にこやかなに談笑している、貴人達。 溢れだす笑顔に、仄暗い感情が乗っていたりもする。 人々の間を歩く、帝国至高教会の枢機卿達。 尊大な態度は、高位貴族をも上回る。
うん、反吐が出そうだよ。
その上、《エルステルダム》のエルフ達。 「人間族」をあからさまに見下した表情を浮かべる、若きエルフ。 魔法の腕は、高いんだけどね、それだけ。 なのに、どうしてそんなに尊大に成れるかな? その排他性が未だに、エルフ族を森の中に閉じ込めているというのに。
壁際で、会場を眺める私達の眼は達観したかのように成っていたと思うの。
強度の【認識阻害】は強く周囲に働きかけ、魔術の栄達者として有名な、エルフ族をも欺く。 直ぐ近くを通っているにも関わらず、一瞥もくれない彼らを眺め、心の中でそっと呟くの。
” 無能 ”
……ってね。
感慨にふけるのは、市井の者達の塗炭の苦しみ。 重い税、苦役に喘ぎながら、生活に追われ、文化的な事柄は全て……、ええ、全てを投げうっているの。 《ガンクート帝国》の庇護下に入ると、それが更に強まる。
彼等の施政方針だと、市井の者達は、間違いなく三級市民扱い。 獣人族より、ちょっと上くらいな扱いにされちゃうのが目に見えているのよ。 それまで、併呑した、《ガングート帝国》周辺国への対応を見たら、その位は予想がつくよ。
豪商、上位貴族はそのまま、一級市民として扱われる。
つまりは、奴等、国を売ったんだ。 世界の理を無視してね。 暴虐の果てに闇に沈んだ者達の代わりに、私達は闇の底から蘇り、今この場所に居るんだ。 さても、面白い事が起きそうね。
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ふと、人の気配がした。
私の真横。
あり得ないんだけど、その人もまた、強度の【隠遁】を纏っていたんだ。 強い理力の気配。 そして、ふと、懐かしい香りが、鼻孔を打つの。 遠い遠い昔、ミャーとベッドにもぐりこんで眠っている時に、嗅いだ匂い。 甘く、そして切ない香り。
「ほんとに、大きくなったな。 ” 一流に成る ” って言ったろ? 俺は」
ボソリと呟くような声が、耳に届いたの。 あぁ……この声……。 そうだよ、間違いない。 ミャーと丸まって眠っている時に、時々見回ってくれて、頭を撫でてくれた人だ。 そっか、この人の香りなんだ……。
「カーザスさん、いえ、今は、ガルフ=エルガン殿下で御座いましたね。 お久しぶりにございます」
「うん、散々逃げたんだが、サリュートに追い詰められてな。 アイツの言葉にとうとう折れちまったよ」
「王族とは異なる、市井の者としての、人生は如何でしたか?」
「堪能させてもらった。 サリュートの云った、 ” もう十分でしょう、お楽しみは ” の言葉に、思い出しちまったんだ、俺が何者であるかをな」
「左様に御座いましたか。殿下……。 殿下は、何をお望みに成られます?」
「俺の仲間達、この地に暮らす全ての者達の平穏で心安らぐ、楽しい人生を護ってやりたいね。 いや、護らなきゃならんだろ」
「善き哉。 「言上」、有難うございます。 未来に光を……。 精霊様の御加護を……。 正「証人官」ソフィアが証します」
「うん、そうだな。 ありがとう。 精霊教会の導師に祝福を貰った時と同じだな」
「えっ?」
「ダンジョン最深部に向う時と同じさ。 さあ、気を静め、成り行きを見守るとするか。 愚弟が何処まで愚かか、ハッキリとするからな。 奴等の思惑も、悪巧みも、此処に集約する。 ソフィア、いいか、敵を駆逐する時には、殲滅を狙う。 後腐れない様にな。 それが、俺が冒険者として学んだ、最高の宝物だ」
敢えて、顔を向けていない。 視線はあくまでも、会場に向かっている。 隣のガルフ殿下も、同様だろうね。 一瞬の隙も見逃さないように、誰が敵で、誰がそうでないかを、今、この瞬間も冷徹に見定めているんだ。
反対側に居た、サリュート殿下もまた、同様。 その視線は会場に向かって固定されているの。
「叔父上、覚悟は決まりましたか?」
「あぁ、決まったよ。 アンネテーナに宜しくと云われている。 アレにも苦しい想いをさせて来たからな。 サリュート、こき使うぞ」
「お望みのままに」
私を挟んだ両者の言葉。 視線は華やいだ空間を漂う邪気を見定めている。 大きなファンファーレが鳴り、王族の入場を伝えた。
一斉に、正面玉座に会場の者達が向かう。 膝を折り、頭を垂れ、仮初の忠誠を示すんだ。 私達も、壁から少しだけ離れ、礼典則に則り、臣下の礼をとる。 そこに居る筈のアンネテーナ妃陛下の姿はない。 多分、逼塞されているんだろうな、あのマジェスタ公爵閣下に。
代わりに居たのは、ダグラス王子、帝国至高教会から来たと思しき女性……。 多分、あれが噂の「聖女」様なんだろうね。
そして、もう一つの人影。
スチルのエンディングで見たよ、アレ。 ホントにレア中のレアエンドの中でね。 美しく着飾り、銀髪を結い上げ、白磁の肌に零れんばかりの宝石が綴られたネックレスを掛け、赤い目に慈愛を湛える ” その少女 ” の姿。 私の写し身。
ソフィア=エレクトア=マジェスタ公爵令嬢。
その人が、其処に居たんだよ。
多分、わたしの口元は、少し笑っていたと思うのよ。道化の踊る姿を闇の底から帰りし者達が見守る中、エルガンルース王国、アーレバースト=エルガン国王陛下が、「百年祭」の開催を宣下したんだ。
「皆の者、よく来た。 百年祭を始めよう!」
……さぁ、茶番の始まりだ。




