第160話 見るべきモノ、聴くべき事
エルガンルース王国内をあっちへ、こっちへ、居場所を変えながら、ウロウロしてた。
そんな事してる内に、―――季節はドンドン移り変わっていったの。
暑い夏の間は、北の領の間を、秋風が立つ頃には、東の領に居たかしら。 雪がチラつき始める、【鏡祭月】には、自分でも驚く事に ” スザーク砦 ”辺りに居たんだよ。
錬金術師としても、まぁ、喰ってくだけの腕は有ったし、暗殺者ギルドの「お仕事」も、ちょこっとは受けたよ。 でも、受け手は、「闇の右手」 私はお手伝いだったけどね。 懐は寒くは無いし、隠れ家を用意してくれている 「暗殺者ギルド」の方々にもお礼したかったしね。
まぁ、全部名前は 「闇の右手」 名義なんだよね。 私は絶対に表に出ないって事で、やりくりしてたんだ。 エルガンルース王国内の情報網は、ミャーが一手に引き受けてくれるんだよ。
《ノルデン大王国》から、出奔したミャーが、王国内をウロウロしてるって感じに見えてんじゃないかな。 まぁ、そうなる様にしてるんだけどね。 ミャーがウロウロしている理由はね、一言で言うと、
” お姫様やんの、飽きた ”
って事にしといたんだ。 《ノルデン大王国》じゃぁ、下にも置かない様な扱い受けていて、反面、自由なんか此れっぽっちも無かったらしいのよ。 要監視対象者って所かなぁ。 まぁ、本当に、《ナイデン王国》の隠された ” お姫様 ” だったから、その扱いに間違いは無いんだけど、ミャー自身がね……、
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南部諸領に本格的に向ったのは、【精霊月】に入ってから。 人々はかなり疲弊していてね、更に言うなら、精霊様の御加護が不足で、農産物の収穫も目に見えて落ち込み始めてたの。 農村部では、冬を越す為の食料が不足し始めているんだよ。
よその領からの物品で、なんとか凌いでいたけど、「物価」がバカ高に成り始めててね。 その上、《ガングート帝国》の通貨である、粗悪な金貨とか、銀貨が大量に流入して、さらに物価を押し上げてんのよ。 貨幣価値がガタガタよ……
隣接する東部、西部の領は、《ガンクート帝国》の貨幣での取引は基本的に、お断りしているから、まだましなんだけど、南部諸領の貴族様は、殆どがマジェスタ大公家にくっ付いている、お貴族様だから、マジェスタ大公が、” 使え ” って言えば、流通させざるを得ないのよ。
もうね、ドンダケ、エルガンルース王国をガタガタにしたいのよ、あの公爵様は……。
流通面だけじゃ無いの。 南部諸領にかなりの数の《ガングート帝国》兵が、入り込んでるの。 その統率者がなんと、「帝国至高教会」の枢機卿とか、聖職者。 そう、改宗を強要してんのよ。 南部諸領の精霊様をお祀りしている教会なんかを接収してるんだ。
もう、八割方 接収されてんじゃないのかな? これも、マジェスタ大公閣下の肝煎りなんだと。 おかげで、精霊様の御加護が薄くなっちゃってね……。 いたるところに、瘴気の吹き溜まりが、出来ちゃってるのよ。
お貴族様なんかの目に触れない処でね…… 手遅れにならない内に、何らかの手を打たないと、ほんと、土地ごとダメになるって言うのにね。 多分、「帝国至高教会」が、喧伝する、” 唯一の神 ” と、やらの御威光を待ってるんだろうね。
居ないのに……。
この世界には、そんなモノ、居ないんだよ。
ミャーと話し合って、基本的に認識した事があるの。 南部諸領は…… もうダメかもしれないって。 まだ、精霊様を信奉している方々もいらっしゃるのよ。 各ギルドにお願いして、その方々を東部、北部、西部の諸領に移動してもらっているの。
理由は、喰えなくなったから……。 って事にしてね。 農業に従事されている方々は、後ろ髪、引かれる思いだったろうなぁ……。 精霊様の御加護が、ドンドン薄くなるよって、商工ギルドの方から、言ってもらっても、なかなか決断出来ないかも……。
色んな人達が、必死に誘導してね、農作物の作付けが始まる、【恵風月】までには、なんとか、主だった人達は移動出来たようね。 各ギルドが積極的に動いたのが、効いたらしいのよ。 もう、ほんと、必死だったらしいわ。
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南部諸領の貴族様の中で、どうしてもマジェスタ大公閣下と、そりの合わない人っているのよ。 その筆頭がコローナ伯爵様。 そう、ソーニア様の御父上なのよね。 南方での魔獣暴走の際、兵力を拠出したにもかかわらず、見合った資金とか食料とか渡さなかったらしいの、アノ大公閣下。
その理由として、ソーニア様を養女にしたからってさ。 逆だろ? 普通。 その、ソーニア様にしても、《ガングート帝国》 帝国至高教会から 「聖女」様をお迎えする時、コローナ伯爵家に、戻されちゃったもん。 その後、偽ソフィアを、レーベンシュタイン男爵家から、養女として迎えるに至って、とうとう、温厚なコローナ伯爵も堪忍袋の緒をぶち切れられてね……。 公然と歯向かったらしいのよ、アノ公爵様にね。
結果。 ――― 御領地替えと相成りました。
伯爵なのに、領地の大きさを大幅に削られて改封。 領地の大きさは、男爵領と変わらないんだって。 場所がまた笑っちゃうよ。 レーベンシュタイン領のほんと直ぐ近くの、何にも無い所なの……。 マジェスタ大公に逆らうと、” とことん ” やられるよって、見せしめみたいな処遇ね。
―――コローナ伯爵は、清々したといっているって。
周囲の男爵家の皆さんも、なにかとお手伝いされている様ね。 勿論、御父様もよ。 流石は、レーベンシュタイン男爵。 外から見れば、悲惨の二文字しかないけど、内情はそこそこ暮らせているみたい。 元から、温厚な方だったから、特にね。
彼を慕う領民も、一斉にコローナ伯爵に付いていって、元の領地は……、 荒れ果ててるって。 まぁ、《ガングート帝国》の食い詰めた人達が、こぞって入って来て犯罪と、疫病と、いけない「お薬」の温床と成ってるそうよ。
そんなコローナ伯爵を見て、反応は二通り……。 マジェスタ大公閣下に恭順の意を露わにする者と、―――コローナ伯爵の様に袂を分かつ者。
かなり、南部諸領も改変されて居るのよ。 今じゃぁ、マジェスタ大公の一大領地みたいに成ってるわ。 譜代の係累だけじゃなく、恭順の意を示した貴族達が集まっているって感じかな……。
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西部諸領の入口近くの街の隠れ家で、ミャーが集めてくれている情報と、私が集めた市井の情報をすり合わせてみたの。
もう直ぐ、【穀雨月】
風の中にたっぷりと湿気が含まれ始めたんだ。 もう直ぐ季節は雨の月。 なんか、気が滅入るから、此処には居たくないしね。 約束の「百年祭」まで、あと二ケ月とちょっと。
南部の領地はもういいや。 もう、エルガンルース王国とは言えないね。 マジェスタ大公公国って感じだよ……。
そろそろ、私も動き始めないといけない。 そうね、一度、帰らなくちゃね。
レーベンシュタインの本領に……。
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今までは、下手にあそこに近づくと、それこそ、色んな網にかかりそうだった。 注意深く、情報を集めていると、かなりの網が、レーベンシュタインの御領地に掛かっていたのよ。 そんな中、隙を伺っては、御父様とは連絡を取っていたの。 暗殺者ギルドの人達を介してね。
御父様から、お手紙が届いたの。 ミャー宛にだけど、これは私向けだよ……。 なんたって、内容がね―――
” この頃、領の方の監視の目が薄い。 領の本宅で会えないだろうか。 色々と話が聴きたい。 特に、婚約を交わした事。 サリュート殿下よりお話があった。 どういう事なのか? ”
って、ね。 あははは! バレてる。 まぁ、「百年条約」締結の印みたいなもんだから、御父様にきちんと話をしないとね。 私も望んだことだって。
御父様―――、
泣くかな?
どうだろう?
ミャーが軽く睨んで来たよ。 ミャーは御父様の事、好きだったよね。 本当のお父さんみたいだって、ずっと言ってたしね……。
「ソフィアは、御当主様の事、どう思っているの? あの方は、全てをソフィアに捧げている様なモノだよ? 御当主様、心配されているよ?」
「うん、ミャー。 そうなんだけど、三つ巴、四つ巴で、私達の命を狙っている奴等が居るからね。 特に、私に生きていてもらっては困る人達が沢山いるもん。 私が、レーベンシュタインの近くに行かなかったのも、それが理由。 でも、ミャーも《ナイデン王国》関連で、そうとう目を付けられているし、やっぱり、レーベンシュタインには監視の目が常に付きまとっているからね」
「御当主様、会いたがってるよ……。 ミャーには判るんだ」
「それは、私も同じ。 本当に会いたいわ。 会ってご説明もしなきゃならないし……」
「ミャーもちゃんと聞きたい。 ソフィア、ちょっとしか教えてくれなかったし、ちょっぴり不安だよ」
「ゴメンね。 やる事がいっぱいあって、時間がね……。 それに、誰かに聞かれてたら、ほんとに、面倒な事になるんだ」
不本意な顔つきで、ミャーは渋々頷くんだよ。 私が話さないって事は、漏れる可能性がある所では、話せないって事。 いくら暗殺者ギルドの隠れ家で有ったとしても、万全とは言えないもの……。
「―――でも、不思議なんだよ。 ミャーが、どれだけ情報を集めても、本物のソフィアが帰って来てるって、誰も云わないんだよ。 ミャーが《ノルデン大王国》の御城を出たってだけで、誰と出たのかは、影すら差さないの。 変だよね」
「きっと、ナイデン大公が、ミャーが消えた理由について、口を割らない限り、私の話は出ないよ。 精霊様との誓約が整ってるって話、私が持ち出して居るからねぇ……。 ナイデン大公は、ツナイデン国王陛下にだけは、お伝えしたんじゃないかな……。 だから、ツナイデン国王陛下の一派からの接触、探索は、なんにもないんだよ。 彼方には、” 関わるな! ” って、でっかい釘刺したからね」
「そんなものなの? 良く判らないよ……。 いつ、ソフィアの事が人々の口の端に上がるか……、 ちょっと、ビクビクしてるんだ」
「大丈夫。 私は、何時も陰に居たから、私の名前を聞いても、偽ソフィアの事しか思い浮かばないよ。 それにさぁ」
「なに?」
「私が、”本物のソフィアです! ” って、名乗り上げても、アノ大公閣下が全力でその噂を消しにかかるよ。 認めたくもないでしょ? それに手元に居る、偽ソフィアが ” 何者 ” なのかって、疑問に思われたら、あの人の計画が台無しになるもの」
「ふーん、そうなんだ。 計画って?」
「ダグラス王子を篭絡して、完全に傀儡にして、エルガンルース王国を完全に手中に収める事。 下手すれば、国の名前も、懐かしの暴虐国家である、” ルース王国 ”に改名するつもりかもしれない。 まぁ、実質的には、” 偽ソフィア ” とのダグラス王子の間の子供を次代の国王として立てて、その後ろで、美味しい汁を啜りたいのよ。 万が一、子供が出来なくても、自分の息子やら、孫やらを突っ込む可能性だってあるよ」
「子供? ”自動人形” って、子供作れたの? それに――― いくらなんでも、自分の係累を王家に押し込むなんて、そんな事して大丈夫なの?」
「子供の話は……勿論、無理よ。 まぁ、公爵閣下は、偽ソフィアが、自動人形って、知らないと思うんだ。 それは、ほら、《ガングート帝国》の帝国至高教会と、聖賢者様の思惑も有るんでしょ? 係累押し込むって話も、「ルース王国」の、 ” 王家 ” って、そんな感じだったらしいよ? あっちで読込んでた文献に記載されてたよ。 読んで、「頭」抱えたよ……。 もう、めっちゃくちゃ だったんだよ~~」
フーって、大きな溜息が、ミャーの口元から漏れたんだ。 伏し目がちに私を見詰めるミャー。 その眼が、語ってるの。
” これからどうするの? ”
ってね。 息を吸って、決意を込めて、ミャーに云うの。 そう、私の決意よ。 約束は約束。 信には信を。
「―――ミャー、【穀雨月】に、御父様の元に帰るわ。 もう南部の領域で、見るべきモノは見たし、聴いた。 あの場所で何が起こっているのかも、詳細に判った。 それに、来たるべき「百年祭」への準備もあるしね。 帰るわよ、ミャー ―――レーベンシュタインの御領地に。 御父様に ” ただいまっ! ” って伝えにね」