第158話 そして、エルガンルース王国へ
にこやかにお茶しながら、ナイデン大公様のお出ましを待つ。
そういや、あの方、相当苦労されてるわよね。 ミャー絡みの事とか、森の民絡みの事とかね。 どうも、魔術師関連で、森の民に相当、「借り」を作ってるらしいのよ。
だいたいにして、体術に優れている、獣人族は、魔法関連に弱い。 錬金術もままならない感じ。 ミャーは人族とのハーフだから、その辺は純血種の獣人族とは、一線を画すくらいの魔法の使い手だよ。 だから、余計に彼女の事が欲しいんだよ。 半獣人って事で、蔑みながらも、能力は買うみたいな。
此処も交渉のカードに成るよね。
私の大切な姉妹をそんな中に放り込めるか! 魔法使いが欲しいなら、従来通り「森の民」に頼むか、「人族」に乗り換えるかしろってんだ! 《ノルデン大王国》の方々も、ハーフが多いから、ナイデン大公はこの城での言葉の使い方には、相当気を使っているらしいけどね。 そんな事は知らんよ。 あの国も、相当ヤバイ橋を渡ってるって事だよね。 ふぅ……。
さぁ、どうするつもりだ? 私は、ミャーのナイデン王国行きを、絶対に認めないからね。
誰の掣肘も受けんよ。 私は私の道を征くんだ。 みんなが幸せになる道をね。
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ナイデン大公様が、ダーストラ様に連れられて、王妃陛下のお部屋に伺候されたんだ。 にこやかな笑顔、もう直ぐそこに、ミャーを手に入れられると言った、そんな感じの喜びにあふれた表情だったよ。
何も事情を言わずに、内々で王妃陛下に呼ばれたのは、王族の許可が下りたって思ったんじゃないかな。 私は、気配消してたし、ミャーは私の半歩後ろに立ってたよ。 ナイデン大公様、全然気がついてないんだよ。 なんか、笑っちゃうよね。 そんなに浮かれる程、嬉しかったのかねぇ。
「サラーム=ノイエ=ノルデン王妃陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう御座います。 お召しにより、ムリュ=イーデス=ナイデン、御前に伺候いたしました。 お話が有るとか。 いいお話であれば、嬉しい限りですな。 おお、これはユキーラ姫様もご同席とは! 感謝の極み」
「ナイデン大公。 御呼び立てして申し訳ございませんでした。 話とは、我が君エスタブレッド=メッデ=ノルデン大王陛下より在りました要請についてで御座いますわ。 ユキーラの護衛侍女、ミャー=ブヨ=ドロワマーノ についてです」
「ご決断頂けましたでしょうか? あの御方は、いと尊き血筋の姫君。 何卒、我が《ナイデン王国》に……」
「本日をもって、ミャーの御役目の任を解きました。 ユキーラも納得致しました。 そうですよね、ユキーラ」
「はい、御義母様。 ミャーは先ほど、わたくしの護衛侍女から解職されました。 彼女については、《ノルデン大王国》の法の範囲より離脱した事を認めます」
満面の笑みを零して、ナイデン大公が頭を下げるの。 これで、手に入った。 王権を維持できるって、そう思われているんだよ。 ツナイデン王にも面目立つもんね。 ツナイデン王も喜ぶもんね。 でも、ミャーは鳥籠の中に入るつもりは、サラサラないんだ。
「善き哉! 早速、ミャー様にお話を通したく存じます。 お部屋に居られますか? 今から、尋ねても行っても宜しい……」
「その必要は御座いませんわ。 ミャーもここに呼んでおりますの」
「なんと! あの方は何処に?」
周りをきょろきょろ見回す、大層な仕草をなさる。 なんで、いっつも、そんな芝居がかった態度なんだ? 普通に聴けばいいじゃんか。 あぁ~~ なんか、イラって来た。 腹芸とか、宮中言葉とか、サインとか………… めっちゃ鬱陶しく成ったよ。
「此処に居りますわ、わたくしの護衛侍女として。 ユキーラ姫様に期間限定でお願いしておりましたの。 わたくしが、還ってくるまで、彼女を護衛侍女として御側においてくださいと。 ええ、朋としてのお願いでしたの。 ユキーラ姫は快く許してくださいましたわ。 ――――――ナイデン大公様、御久しぶりです。 口約束とはいえ、約束は約束。 違える事、成りませんわよ」
急に出現したように、見える筈。 気配殺して、【認識阻害】かけてたからね。 全部を解除して、銀髪を揺らして、ゆっくりと振り返りながら立ち上がるの。 眼鏡は掛けてるけど、きっと私の瞳には強く光が宿って、妖紋印が浮かび上がってると思う。 うん、多分ね。
「つっ!? ――――――ソ、ソフィア殿? どうして、貴女が、此処に……」
私の発する気配に押され、半歩後ろに下がられるの。 押し込むよ、覚悟してね。
「ミャー=ブヨ=ドロワマーノは、わたくしの専属侍女。 姉妹にして、良き片羽。 帰ってこない訳はないでしょう? あの日、あの時、「黒き森」に閉じ込められる事になる前に、きちんとミャーにはお話しました。 私が私でないと感じたならば、ユキーラ姫に保護をお願いし、わたくしを待って欲しいと。 そして、つい先ごろやっと、戻って来れましたの。 お判りでしょうか? 嵌められたのですよ。 森の民と大変親しい関係を持たれている、ナイデン大公様は、御存知でしたのでしょ? わたくしが、あの森に閉じ込められるという事を」
「い、いや! ち、違う! 私は……」
「もう、二度と出られないと確信された貴方様は、わたくしに約束したのですよね。 ミャーの自由を守ると。 遠くから見守ると。 嵌めた事は、不問に付します。 おかげで、沢山の知己にあう事が出来ました。 けれども、これだけは貴方に云いたい。 ――― お約束は守られよ ――― ナイデン公爵様は、あの場の口約束と思われておられますが、わたくしは、正「証人官」。 全てのお約束は、精霊様に言上しております。 貴方様がどう思われようと、あの場のお約束は精霊誓約となっておりますので、違える事は大協約違反になり得ます由。 お含みおきくださいませ」
「なっ、い、いや、そのような事……」
「ミャーの意志も固く、わたくしも状況はよく存じております。 わたくしが居る事で、大恩のある《ノルデン大王国》の皆々様方のご迷惑になる事は、本意では御座いません。 さすれば、明日にでも、この王城を退出する事になるでしょう。 もう御目文字する事も御座いますまい。 これにて、永久の別れを申し上げます。 ごきげんよう」
「まっ、まて。 待て待て! そ、そんな事は、ゆる……」
「精霊様に誓って、許される事に御座いますわ。 大変、よくして頂いた事、忘れません。 どうぞ、お身体お気をつけて。 ツナイデン国王陛下にも、何卒よしなに、お伝えくださいませ。 貴方達の思惑が、二度とミャーとあえなくしたのだと。 そう、お伝えして頂いて、結構ですので」
シッカリとナイデン大公様を見詰める。 わなわなと震えだす大公様。 そうよ、外交の一人者ではあるけれど、悪巧みが過ぎるわよ。 いつも一歩後ろから見てたでしょ。 猪突猛進型のダーストラ様の事抑える様な振りして、色々と画策してたじゃない。
ダーストラ様が、全権委任者として、エルガンルース王国に宣戦を布告しようとした時、ちょっと遅れて来たでしょ。 あの時から、私は疑っていたのよ。 《ナイデン王国》って国をね。 危うく、首が刎ねられる所だったけど、首の皮一枚で繋がったけど、その時あなたは何をしてたの?
止められる立場に居たじゃない。 せめて、サリュート殿下には伝えるべきだったのよ。 そうすれば、あんな切羽詰まった外交案件になる訳ないモノ。 私も油断してたけどね。 私の罪は、髪を切り飛ばされる事で償ったわ。 貴方達は何をしたの? どうにもならない位迄、誘導してたんじゃないの?
ミャーが消える事によって、獣人国の内政が荒れるかもしれないし、そうならないかもしれない。 でも、それは、あなた方が追うべき責務なんだよ。 貴方達の民の幸せも勿論祈っているわ。 でも、それを一番に考えるのは、貴方達なのよ。
おわかり?
他国の、それも一旦 捨てた低位貴族の娘にしてやられた気分は如何?
もう、お話する事は無いわね。
「ミャー行きましょう。 サラーム妃陛下、わたくしの朋、ユキーラ姫様。 長らくお世話になりました。 わたくし、これ以上のご迷惑をおかけするのは、心苦しいばかりです。 どうぞ、退出のお許しを下さいませんか?」
私の言葉に頷く、サラーム妃陛下。 その眼に慈しみと、悲しみが宿っているの。でも、仕方ない事なの。 この場所にまた今度いつ訪問できるか判らない。 永久の別れになるかも知れない。 でも、私は……、 私達は、此処を去らなければならないのよ。 ほんと、残念なことにね。
サラーム妃陛下が、最後のお言葉を紡がれたの。
「「証人官」ソフィア。 お疲れさまでした。 ミャーがいた間、楽しませていただいたわ。 貴方達には、もっとこの王城に居て貰いたいけれど、政治的に問題がある様ね。 判りました。 本当に残念ではあるけれど、貴女達の王城からの退出を認めます。 でも、覚えておいて、「証人官」ソフィア。 貴方への城門はいつでも開いているわ。 堂々と、正面から入って来てね。 楽しみに待っているわ」
「ソフィア、ミャー、ほんとにありがとう。 貴方達が居てくれて、わたくしは救われました。 何時でもいいの。 また、おあいしたいの。 本当は、このままここに居て欲しいの……。 我儘よね。 判ってる。 でも、貴方がたは私の朋。 何時までも、何時までもね。 次に会える時を、心待ちにしているわ」
「有難うございました。 準備も御座います。 わたくし達は、これにて、御前を辞させて頂きます。 ……幾久しく、ご機嫌麗しくありますように……」
深々と一礼を捧げ、妃殿下のお部屋を退出したの。 茫然とその様子を眺めているナイデン大公様。 じゃぁな、アバヨ! もう、他人の思惑に乗るのはコリゴリなんだ。
信には信を。
そうでないものには、それなりに。
ミャー! 行くわよ。
今度は、御領地ね。
久しぶりに、温泉三昧したいよね。
目指すは、エルガンルース王国。
レーベンシュタイン男爵領。
次の朝早く、私達は、《ノルデン大王国》王城を出立したの。
そっと、
誰にも、知られない様にね。