第155話 再会
「殿下、” 判って ” らっしゃいます?」
この王家の墳墓を目指す一団を察知したんだ。 周りを刺激しない様に、【探査】魔法のみ、展開してたの。 そこに、十数人の一団を察知したんだ。 傍らにいるであろう、サリュート殿に御声掛けしたんだ。
「あぁ………… もう皆も、判っていると思う。 気配察知とか、そう言うのが、あっちから帰って来てから、上達しているからな。 これも、長時間高濃度魔力に晒され続けたからか?」
「多分。 魔力の地力が上がっていると思われます。 体内の魔力回復回路に大量の魔力が投入されて、無理矢理、経路が押し広げられる現象が起こり得ます。 マーリンも魔力保有量が上がっているのではないでしょうか?」
「確かに、そうだ。 魔法の同時使用にも問題を感じなくなった。 これは……、 新たな発見だな」
「身体強化も、伸びているぜ。 なんか、身体が軽い」
「おいおいマクレガー、それは、よく眠って、よく喰ったからだろ! まったく、お前と来たら。 まぁ、確かに思考の負担は確実に軽減しているけれど、これもだろうか、レーベンシュタイン」
「はい、エルヴィン様。 魔力の経路が太く、流れる魔力が増大した結果、その様に成ると、思われますわ」
殿下が、頷き、そして、出入り口の方を見たの。 反応ははっきりしてきた。 きっと、ミャーが情報を流した相手だろうね。 誰か、来る。 徐々に防御魔方陣が解除されて行ってるもん。 相当な手順を踏まないと、此処の安全は保障されないのね。 まぁ、大事な施設だもんね。
「――― あぁ、殿下一つ質問が」
「なんだろうか」
「殿下の魔力入りの魔石をどなたにお渡しに成ったのでしょうか?」
「外務官の ダーストラ=エイデン公爵閣下にお渡しした。 「証人官」をお借り出来ないだろうかと、打診して、見事に断られた時にな。 自力で、「百年条約」を結ぶのが……例の条約の参加条件だったし、断られる事を前提に、お願いした。 それでも、「転移門を開ける為の事」には、快く協力してもらえたよ。 分けて考えるべき問題だったんだろう。 《ノルデン大王国》にとってはな」
「それでですね。 きちんと、壁に殿下の魔石が埋め込まれてました。 まさしく手順通りに。 流石は……というわけですね」
「あぁ、法治国家で、法典遵守のお国柄だけはある。 無理も無茶も通せない代わりに、するべきことは、きちんと行う」
「ええ、まさしく」
洞穴内に光が灯ったの。 点々と壁際の魔法灯が点灯して、王家の墳墓を明るく照らし出したの。 【妖魔の目】も、もうお役御免だよね。 みんなに掛けた付与魔法、そろそろ、落とすね。 私は、皆の前に行って、目に手をかざす。 瞳に浮かんでいた、妖紋印が薄くなり消える。 もうこれで、普通に見える筈。
殿下も白銀の仮面を荷物から取り出し被る。 見慣れた殿下に成ったよ。 イケメンだらけだし、見慣れるのは、ちょっとね。 標準がこの人達に成ったら、生き辛そうだねぇ。
扉の向こうで、解呪の呪文が聞こえて来た。 そろそろだ。 片膝を付いて、頭を垂れる。 足下の【呪い除け】も収納しとうこうね。 ゴミも、ちゃんと無限収納に片付けた。 立つ鳥後を濁さずだよ。 借りた物は、きちんと返す。
恩義には恩義を、信には信を。
墳墓の洞穴の中の全ての防御魔方陣がその機能を停止した。 さぁ、おいでになられるよ。 重そうな石の扉が大きく開き、眩しい光がその扉の先から漏れだしたんだ。 あぁ、ここは、こんなにも暗かったんだ……。
入って来たのは、全部で十名ほど。 先頭に抜剣したダーストラ様がいらっしゃる。 膝を付き、頭を垂れる私達の姿が目に入ったのか、その場で誰何をされた。
「《ノルデン大王国 王家墳墓に無断で入ったのは誰か。 姓名とその理由を述べよ」
深く澄んだ声がした。 その問い掛けに応えるのは、サリュート殿下。
「『百年条約』エルガンルース王国使節団。 代表者、サリュート=エルガン、以下四名。 エルガンルース王国、転移門崩壊により、転移門の変更により、此処《ノルデン大王国》王家墳墓に到達致しました。 不測の事態とは言え、王家墳墓にみだりに足を踏み入れました事、お許しください」
滔々と述べるサリュート殿下。 ダーストラ様がその様をじっくりと確認された。 背後から声が掛かる。
「ダー、確認出来たでしょ? もうよいでしょ? 早くソフィアに会いたいわ」
この声……、 サラーム妃陛下! いらっしゃったんだ!!! ミャーから来られるかもって、連絡入れて貰ってたけど、本当にいらっしゃるなんてね!!!
「妃陛下、お待ちください。 まだ、確認が……、 しかし、本当に、此方に来られたとは……。 皆、顔を上げて欲しい」
ゆっくりと、顔をあげる。一人一人の顔を確認して頷く、ダーストラ様。 剣を納剣し、私達に一礼をされたんだ。
「よくぞ、御無事で。 「百年条約」は―――」
私は、条約文の入っている箱を無限収納から取り出し、サリュート殿下に差し出す。 差し出された箱を開け、中の文書が見えるように、ダーストラ様に見せる殿下。 目を大きく開き、その文書を見詰める。
「更新されたのか……。 よ、よくぞ、成されました。 紛う事無き「百年条約」に御座いますな。 お祝い申し上げます」
「痛み入ります。 まだまだ、先は長いですが、エルガンルース王国には、わたくしの様な者も居ります故、拙速なるご判断は、辞めて頂きたい」
「勿論だ。 いやはや、貴方はこれで証せられた。 あぁ、そうだ、あの国にも、世界の理を護ろうとする、指導者がいるのだ。 大王陛下には私からご報告申し上げる」
「有り難き幸せ。 何卒、よしなに」
条約文書の箱に蓋を被せ、私に返して来たの。 やっぱ、私が保管係か……。 まぁ、仕方ないよね。 受け取って、無限収納に入れて保管する。 うん、大切な役目だよコレ。 うずうずしている、サラーム妃陛下の声が洞穴に響くのよ。
「ダーまだなの? もういいでしょ? ユキーラも、ミャーちゃんも、もう待ちきれないわよ?」
「ダメです、妃陛下。 あちらから帰られた直後は、精神の汚染が酷いのです。 サリュート殿たちは、大変お強くある。 がしかし、医師団の診察を受けて貰わねば、この王家の墳墓から出る事も叶いません。 まずは、彼等に」
「早くして。 ミャーちゃんのお話からすると、何かしらの魔術を使って、精神汚染はされてない筈。 だから、簡易的に、速やかに行いなさい! 今、此処で!!」
もうほんと、せっかち。 ダーストラ様の後ろから、白衣を纏われた何名もの魔法医師が飛び出して来たんだ。 まぁ、いろんな遮断系の魔法を纏ってるけどね。 こっちは、【妖魔の目】のお陰で、狂わずに済んでるし、高濃度魔力に至っては、殿下達の魔力保有量を上げただけだ。
見ためよりも、器具を使って測定した方が、彼方は安心する筈だから、オトナシクされるがままにしておいたよ。
魔法医師の人達、首捻ってる。 ほんと、此処に着いてからは、穏やかに過ごさせてもらったし、皆 元気いっぱいに戻ってるしね。 器具を付けられて、色んな質問をされて、状況の確認。 酷い精神汚染だと、支離滅裂な事を口走るんだけど、だれもが正気だから、そこんとこは問題無かった。
「平常心……としか……、 言いようが御座いません」
ダーストラ様に、医師の方がそう仰ったの。 こっちにしてみれば、当然の結果だけど、彼方にしてみれば驚愕の結果よ。 ホントに、オブリビオンに行ってたのか? な、くらいね。 今回は本当に特別なんだよ。 私が向こうで参加したのも、皆に 【妖魔の目】を付与魔法で、目に焼き付けたのも。
――― それに、「審問」方法までね。
だから、言わないの。 何が有ったかは。 それは、エルガンルース王国の秘文書に認められるべき内容であって、他国の方にお教えする必要はない事。 彼等は、彼等で探すべきなのよ。 今回の「使節団」は、何から何まで「異例」尽くしなんだからね。
にこやかに微笑んでおいたよ。 韜晦するのに一番の方法よぉ。
医師団の診察が終わり、やっと、やっと、機会が貰えた。 三人の女性が、「王家の墳墓」へ続く廊下に、入られた様だったんだ。 そう、サラーム妃陛下、ユキーラ姫、そして――― ミャー。 サラーム妃陛下のみが、王家の墳墓に入って来れれた。
会えるんだ……。
やっと会えるんだよ……。
「大任を全うされた、サリュート殿下に、最大級の賛辞をお送りいたします。 お疲れさまでした。 暫くは、この《ノルデン大王国》に留まりますか? 現在、エルガンルース王国は非常に危険な場所に成っているのでは?」
全てを御存知らしい、サラーム妃陛下のお言葉。 静かに笑みを口元に湛えながら、サリュート殿下は、そっと答える。
「お心遣い大変ありがたいですが、わたくし以下 四名が居る事によって、御国に御迷惑が掛かるやもしれません。 速やかに、退去致したく存じます」
「行く当ては?」
「御座います故、ご心配なく。 数か所の候補地も御座います。 お助けいただいた事、生涯忘れません」
「……先程、貴方を含め、四名と仰ったでしょ? どうして? あなた方使節団は、五名の筈では?」
「はい。 申し訳ございませんが、契約により、一名はオブリビオンから、ミッドガルド迄の間のみ、「使節団」に参加する事となっております。 ミッドガルドの何処とは、決められておりませんので、此処までとなります」
「……それは、どなたでしょうか?」
不安と期待を込めて、サラーム妃陛下が問われる。 サリュート殿下は、その問いに答えらる代わりに、私を振り返って、じっと見つめてから、仰ったのよ。
「ソフィア=レーベンシュタイン。 万感の想いと、最大の感謝を込めて、告げる。 君が参加してくれて、本当に良かった。 本当に助かった。 「百年条約」更新の最大の功労者は、君に他ならない。 最初の約束だ。 ミッドガルドに到着した。 ……きみは、自由だ。 叶うならば、エルガンルース王国の「百年祭」に出席してほしい。 それまでは……自由に……想うがままに……。 ありがとう。 君と出会えた事に……、精霊様達に感謝を捧げる」
「殿下……。 此方こそ、本当に有難うございました。 「百年祭」には、必ず出席致します。 わたくしが保管している「百年条約」の文書。 そのまま、わたくしが持っている訳にはいきませんでしょ? 御人が悪い。……その間に、ご連絡を取るやもしれません。 どこかでお会いするやもしれません。 その時まで、どうぞお健やかに」
差出される殿下の手と、私の手。
ガッチリと、握り合う。 その上に、エルヴィン、マーリンの手が乗る。 若干不服そうな表情を浮かべながらも、マクレガーもそれに習う。
「良き旅であった。 共に健やかに。 「百年祭」にて、再会しよう。 では、さらばだ」
「それまで、さようなら。 殿下……。 みんな……。 元気で……」
手を解き、それぞれに歩き出す。 ダーストラ様が先導してくださる。 扉を抜け、明るい廊下に出る。
待っていてくれた、ミャーの姿が初めて目に入るの。
口元を両手で抑え、
大きな金銀眼の瞳に一杯の涙を浮かべ、
食い入るように、私を見詰めている、ミャー。
ちょっと、長い旅をして来たよ。
一杯、一杯、お話する事が有るんだよ。
聞いてくれる、ミャー?
でも、最初に云わないといけない言葉が有るよね。
ただいま。
ミャー 会いたかったよ。