第153話 姉妹の元に
【妖魔の目】は、夜目も効く。 多分此処は、《ノルデン大王国》「王族の墳墓」の中。 サリュート殿下が、準備していた一連の手順の中に、彼の魔力を練り込んだ魔石を、《ノルデン大王国》の、然るべき方に ” お渡し ” に、成っていたんだね。
殿下の魔力を目標に、転移門が開いたって事よね。
まぁ、バックドアみたいなモノよ。 でも、使われる事は想定していないからね。 普通。 予備の予備。 不測の事態の為の念の為。 古くからの『しきたり』って、そう言う所が有るのよ。
―――たった今、抜けて来た 「転移門」 が、音もなく消失し始めたんだ。 総天然色の綺麗なカロンの街の様子が、セピア色になり、白黒になり……、 やがて滲む様に、闇に沈んで行ったの。 もう、これで、転移門の役割は終わったのよ。 今回の「使節団」は、その使命を完遂したって事。
転移門の消失。 オブリビオンの光が届かなくなったって事でもあるの。 シンと静まり返った、苔むした洞穴の中。 整列した棺の数々。 そして何より、がっちりと此処を護るかのような、防御魔方陣の数々、そして、侵入者を撃退する罠と、【呪い】の気配。
何も動かず、誰も動けず、ただ ただ…… 静謐のみが、この場を支配していたんだ。
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ここには一片の灯火も存在しいない。
ホントなら、漆黒の闇に包まれている筈なんだけど、私達は【妖魔の目】を標準で装備しているんだ。 私は自前。 殿下達は、私が彼等の目に、【妖魔の目】の魔法を付与したんだよ。
だから、薄らボンヤリとだけど、ちゃんと視界は確保できているんだ。 ヤバい雰囲気に、鳥肌が立ってるのが判るよ。 動き出そうとした、殿下を筆頭に、マクレガー、エルヴィン、マーリンを、言葉で止める。
「殿下……。 それと、御三方。 決して何にも手を付けられない様に。 強力な【呪い】が符呪されております。 特に護身の剣には。 この部屋に居るだけで、相当マズイ状態です。 一応わたくしが、【呪い除け】の魔方陣を組んでおきますので、その魔法円から、外に出ない様にしてください」
辺りに立ち込める、異様なほど濃い、【呪い】の気配。 まぁ、盗掘とか、盗賊除けにガッチリかけてるって、そう言う事ね。 まかり間違っても、無断で侵入する様な所じゃない。
多分、王家のどなたかの埋葬の時か、転移門を開く時にしか、此処には来ないんじゃないかな? 随分とシッカリした、防御魔方陣の気配もあるしね。 考え込む殿下。 マーリンが重い空気をかき分けるように、私に訊ねたんだ……。
「レーベンシュタイン。 これからどうする? 俺の知る《解呪》や《気配察知》で、此処に対応出来るぞ」
「少々お待ちを。 それは、最終手段に御座います。 無理にこれらの魔方陣を割ると、それこそ外交問題に発展します。 今、私達は緊急避難をしたわけですから、此処に居ても問題は無いでしょう。 しかし、この施設の何かを壊すとなると、事情が変わってまいります。 それに……」
「それに?」
「「王族の墳墓」となりますれば、体面的にも侵入者が居る事すら、公には出来ぬほどの失態となります。 事情を理解できる方が必要です」
私の説明に、疑問をお持ちに成ったのか、サリュート殿下が口をお開きに成ったの。
「ソフィア、どうやって外の方と連絡を取るのだ? 手詰まり状態では無いのか?」
「殿下、「手段」は、御座います。 もしここが、《ノルデン大王国》の王城の近くであれば……わたくしの侍女が……おります。 彼女とは強く繋がっております故、ここからでも 「念話」が届くかと思われます。 防御魔方陣への干渉は極力抑えられます故、問題は御座いません」
「……そういえば、ソフィアは、君の侍女とは連絡を取り合っていたと…… そう話していたな。 しかし、いくら君でも、かなりの距離が有るんだぞ? 「念話」が届くのか?」
「届きます! ―――今から、探します……」
手を組み、【広域探査】の魔法を展開する。 基本的に ”攻撃” で無い、こういった探知系の魔法は、防御系の魔法に干渉しない。 思う存分、調べられるんだよ。 この場所が、《ノルデン大王国》なのは、分かったんだけど、何処に有るのかは知らない。
だから、敢えて、【広域探査】を使ったんだ。 周囲の地形も含めて、大体の事が判るからね。 使う魔力は 「マリ力」 制御二割、発揮する力八割って所かな。 みんなにも見えるように、手元に周辺地図を含めた探査結果をマッピングしたモノを、魔力で描き出したんだ。
たしか…………、
エルヴィンが言ってたよな。 ” 王城の地下にある。 中庭の王家専用の墓所から、入るらしい ” って…… マジかよ、本当に王城の真下じゃんか! ズババババって、描き出される、濃い橙色のマッピング地図が、その様子を捕らえているのよ。
だいたいエルヴィンの云ってた通り、王城中庭の地下に私達はいるらしいのよ。 それで、此処に至る回廊……。 なんか複雑な術式で防御されているんだ。 これを割るとなると、かなり大変だよなぁ……。
私の目的は、この周囲の探索と、特定の人物の探査が目的なのよ。 そうよ、此処が、ノルデン大王国の王城なら、きっと居る。 居る筈なんだから。
王城を下から、上に向かって探査をしていくの。 まぁ、特別固い所もあるけど、「マリ力」の前では隠し事なんて、ムリムリ!
居た!!!
反応があった!!
でも……これって……。 確か……大広間だよね。 辺りに沢山の人の気配がする。 なんか、この配置…………、
「舞踏会だな。 これは」
ボソリって感じで、サリュート殿下が、マッピング地図を覗き込んでた。 はぁ、確かにそうだ。 この配置……。 此処に楽団でしょ、お料理関連はこっちでしょ、それと、飲み物が置かれているであろう、テーブルがあちこちに在るし……。 真ん中は大きく開いているね。 何組かのカップルの気配がするよ……。
「「念話」ですから、大丈夫だと思います。 始めます」
念話の魔方陣を紡ぎ出して、ミャーに試行するの。 この距離なら届く。 うん、何回か、どの位届くかやってみた事有るんだ。 ほら、闇の「お仕事」に使えたらいいねってさ。 理力を使っているから、届く距離だって、伸びてる筈だしね。
さぁ、行くよ!!
「ミャー聞こえる?」
” !!!! ソフィア!!!! 連絡が欲しかったの! 大切な話が有るの!!! ”
「だ、大丈夫? 今?」
” 問題……無いとは言えない……。 ちょっと、大事に成り始めてる……。 でも、抜けだすから! ”
「問題って…… ミャーの事? 大事に成り始めてる?」
” ミャーの事も有るけど、それどころじゃないの!!! エルガンルースからの情報でね、殿下達が抜けた ” 門 ” を使って、魔族の領に進攻しようと、《ガングート帝国》から、一個師団の兵が、王家の墳墓の谷に向かったの!!! 随伴はマジェスタ公爵に命じられた、アルファード公爵。 《ガングート帝国》の指揮官は、帝国至高教会の枢機卿なの!! も、もし、そっちで、サリュート殿下に逢えたら、教えてあげて!!! ”
う~ん、やっぱりな。 そうだと思ったよ。 この情報は、きっと王都エルガムの暗殺者ギルドからの情報だよね。 御父様からも入っていると思う。 進攻を遅らせる様に、色々としたと思うけど、流石に ”マジェスタ大公 ” の、意向って奴は、今のエルガンルース王国では、絶対の権が有るみたいなのよ。
流石に、此処で、” 知ってる ” って言えないよ。 転移門を通して ” 実物 ” を見ちゃってるけどね。 つまりは、マジェスタ大公が、今、エルガンルース王国を掌握してるって事よね。 ハァ……。 いよいよ、ダメね、我が国は!!!
ええい、此処から巻き返すぞ!!!!
「あ、あのね、ミャー。 …… 落着いて、聞いてね」
” う、うん? どうしたの? なにか、そっちでも大変な事があったの? 長い事連絡来なかったから、ミャーは心配してたんだよ ”
「うん、ほら、帰り道見つけたって、最後に云ったじゃない。” 道は見えた ”って 」
” ……無くなっちゃたの? その道…… ”
しょんぼりとした声――― 私が最後に連絡したのは、まだ、殿下達とあっちで会う前だもんね。 色々とヤッテル筈だと、ミャーは思ってたろうし……。 言い方が悪かったかなぁ~。 ちゃんと伝えよう!!! うん、もうちょっとしたら、あえるんだから!!!
「ち、違うよ!! ちゃんと、その道を歩いて来たよ! そ、それでね、ミッドガルドに……」
”っ!?!? 還って来たの!!! 何処!!! 何処に居るの!!!! 今直ぐ、迎えに行くから!!! ”
「う、うん。 本当に来てほしいの。 場所はね……」
今いる場所を伝えると、ミャーは絶句した。 完全に固まった。 いや、落ちた? 再起動を待たないと……。
” ソ、ソフィア……。 そ、それが、ほ、本当だったら……ちょっと、大変。 ま、まずは……、 ユキーラ姫に……、そ、相談しなきゃ…… ”
「お願いするよ。 待ってるから。 下手に動けないんだよ。 此処には、ありとあらゆる防御関連の魔法が掛かってるから。 壊しちゃったら、なんか、物凄くマズイ雰囲気がしてるの。 これからは、何時でも、ミャーからも、お話出来ると思うよ? この念話――― 繋いだままに、しておくから。 お願い……できるかな」
” 勿論だよ!!!! ちょっと……ちょっと待っててね。 今から、ユキーラ姫捕まえるから!!! ”
ミャーの慌てた声……珍しいね。 こっちでも、ミャー自身も、なんか大変な出来事が起こっていたらしいのよ。
……大丈夫かなぁ。
今まで、ずっと待っててもらったから……、
今度は、私が待つ番ね。
でも、そんなには、待たないと思うのよ。
だって、ミャーが本気出して、処理してくれるのよ?
きっと、直ぐよ。
きっとね。




