第151話 条約、締結。
【葉採月】一杯を、条約の細かい部分の擦り合わせに使ったの。
「魔族」と本気で真剣に討議してるって、エルヴィンが言ってたよ。 それは、私も肌で感じるの。 もうドラキュリア公爵の目が真っ赤だもの。 いや、別に噛まれた訳じゃ無いよ? 体力の続く限りの討論をしているからなんだよ。
「マルキドの本気か……。 あんまり見たことの無い奴だ。 まぁ、それだけ真剣に考えてくれているのだろうね」
国王陛下が、ウンウン頷きながら、ご機嫌でその様子を見てたんだ。 なんでも、この国の法務関連の事を、司ってるらしく、物凄い遣りてなんだって。 国王陛下が思い付きで喋った事が、いつの間にかに「ちゃんとした制度」に仕上がってるんだと。
そんで、既存の法典にもきちんと整合させてるんだよ。
凄いよね。 エルガンルース王国だったら、上書きでおしまいになるような事もね。 はぁ、つくづく思うよ。 「魔族」の国って、「人族」の国の何十歩も先を歩んで居るってね。
エルヴィン、身体……、 壊さないでね。 貴方だけが頼りなんだよ。 今、居る人員で、貴方だけが、条約草案をきちんと形に出来るのよ。 貴方が倒れたら、条約がおじゃんに成っちゃうのよ? ホントに理解してる?
「問題ない。 大丈夫だ。 きちんと休憩も挟んでいる。 此方の要求は全てにおいて、了承されている。 あちら側の方が負担は大きい。 故に、ドラキュリア公爵が、ご苦労をなさっている。 私は、ただ、それの手伝いをしているだけだ」
落ち窪んだ眼で、何言ってるのよ。
ほんとに、ほんとに、無理はダメよ。 お願いだから。
「心配するな。 コレが終わったら、ひたすら眠らせて貰うと、約束してある。 殿下とな、ハハハハ」
もう!
でも……。 ありがとう。
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あとの二人については……、 まぁ、そのね……。 直接、「条約」には関係ないと、色々とやらかしてたよ…………
マクレガーは、物凄く暇してた。 だもんで、あの脳筋、事も有ろうに、アリュース様にお願いして、こちらの衛兵さん達と一緒に、 ” 訓練 ” させてもらってたんだよ。
「平時に置いての心構えとか、油断の無さとか、ほんとにいいな。 身が引き締まるよ」
って、言いながら、嬉々として訓練に参加してたよ。 笑っちゃう事に、そこでも大量の ” お友達 ” を、お作りなさりやがりました。 肩たたき合いながら、大声で笑い合ってんの。 ホントに、アイツは何処でも友達作るなぁ……。
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マーリンは、闇神官 ミラベル=アーデン様にくっ付いて、色んな質問をしてたよ。 そうだねぇ、興味の対象が「魔法」と、「フリュニエ 侯爵令嬢」に、全振りしてるからねぇ。 そんで、此処には「フリュニエさん」居ないもんねぇ……
ミラベル様…… お疲れ様。
「レーベンシュタインは、その、なんだ。 君は……、 「理力」とやらが、使えるのか?」
「ええ、「半妖」ですので。 魔力の一種と思って頂ければ、宜しいかと」
「……俺も……、 使えるのか?」
「どうで御座いましょう? 理力は、” 渡り人 ” が、使える力。 マーリン様におかれましては、純粋な「人族」に在らせますが故……」
「そうか……残念だ。 理力とやらを圧縮出来れば、それこそ、無尽蔵の魔力になるのになぁ」
「危険ですわよ? ただでさえ制御の難しい力。 圧縮する事で、暴発しかねませんわ」
「暴発したらどうなる?」
「まぁ……、 予想は付きます。 空間自体、次元までも歪めてしまう可能性が有りますね」
「そ、それ程の力なのか?」
「ええ、多分。 私は、魔力と理力を混ぜて、「マリ力」として、使用しておりますわよ? 制御の難しさを、魔力で補い、純粋な力を理力が発揮するように」
「ちょ、ちょっとでいいんだが、見本を見せて貰えないかな?」
「ええ……。 宜しいですが……。 この場では、何とも」
まぁ、そうだよね。 私の魔法は、強力過ぎるから、街中では、たとえ【火球】でも使いたいくないし、まして、王宮の中なんて、攻撃系の魔法なんか御法度よ? それでね、帰りの「試練の回廊」で、見せてあげる事って、話は付けたよ。
ほら、前に「想像力の例」を見せた時には、魔力だけを使ってたんだよ。 そうじゃ無いと、威力が大きすぎるからね。 アレを、理力を混ぜてやってみるの。 あそこでね。 それで、納得してもらったよ。 多分びっくりすると思うけど……。 いいよね。
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総監督的な立ち位置で、サリュート殿下は全体を俯瞰していたんだ。 要所、要所で意見を入れて、枝葉末節に向き始める議論を根幹に戻す……。 そう言った役割を担っていたんだ。 いやはや、もはや王太子殿下と呼んでも、おかしくは無いよ。
「サリュート殿。 貴殿はお国では、さぞや重要な役職にお付きなのでしょうね」
「いいえ、陛下。 わたくしは……そうですね、余り者。 一部の者にとっては、生きていては目障りな厄介者……。 でしょうか」
「それは、勿体ない。 貴方を重要な位置に置かず、どうするんですか。 見識、胆力、そして、何より、目的意識。 貴方が国を率いる姿が、見てみたい物です」
「…………国王陛下、それは叶いますまい。 私は……みてのとおり、先祖返りしたかの容貌です。 一部貴族には、受け入れがたい容姿なのです」
「サリュート殿下。 事情は御座いましょうが、それは狭量と言うモノ。 力強き ” モノ ” が、率いる国は隆盛を約束され、そうでない ” モノ ” が率いると、衰亡の道を歩みます。 故に、国を想うのならば、力を付け、強き仲間を作り、率いなければなりません。 その道が茨であろうと、突き進むのが、” 国王 ” としての、使命なのでは? 誰かに投げ出す。 誰かに責を負わせる……。 そんな者は、国王とは言えませんな。 エルガンルース王国が衰亡の危機に立っているのは……。 そこに理由がございませんかな?」
国王陛下が、サリュート殿下に色々と諭してらっしゃったんだ。 簡単に言うと、” もっと自信を持てよ ” って事と、 ” 一旦、肚を括ったなら、途中で投げ出すな ” って事だよ。 ゲームシナリオから、読み取ってたんだ。 ユッ君、エンディングロールで、なんか、深く考え込んでたもんね……
殿下の黒い瞳に、火が灯った感じがした。 この、「百年条約」は、世界の理を護るうえで、絶対に必要な条約だったし、それを成す事は、御自分の使命であると考えては、いらっしゃった。
でも、その先……、
魔人族、国王陛下、アレガード様。 魔族を率いる、強大な「魔人」その人が、サリュート殿下のケツ蹴っ飛ばしたんだよ。
” 能力は有る。 胆力も有る。 さぁ、肚を括れ! ”
ってね。 もしかしたら、私は、エルガンルース王国の転機に立ち会っているのかもしれない。 後の世に語られるような、偉大な未来のエルガンルース国王と肩を並べているのかも知れない。
そうなって欲しいと、思ってる。
生まれた国だもの。 衰退して、無くなっちゃうのは……、なんか……嫌だ。 深く考え込みながらも、前を向こうと、頭を上げかけている、サリュート殿下。 貴方には、心から忠誠を誓う、三人の仲間がいるじゃありませんか。 きっと、何もかも投げ出して、助けてくれると思いますよ?
“武 魔 智”
三本の強力な矢は、貴方が手にする事の出来る、最高のスタッフです。 あちら側のシナリオには、すでに存在しない、貴方だけのスタッフなのです。 存分に……、国を、国民を、生きとし生けるすべてのモノを……
御護り下さい。
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結構な時間が費やされた部分が有ったんだよ。 条約の条文じゃ無いよ、付帯事項の方だよ。 そうそう、国王陛下が言い出された事。 あの事ね。
” 条約発効の確約として、 正証人官 ソフィア=レーベンシュタイン 男爵令嬢の身柄を、アレガード国王陛下に引き渡す ”
この 「一文」 なのよ。
サリュート殿下以下、三人は、物凄い抵抗感が有るらしいの。 まるで、人身御供だってね。 もうちょっと、表現をどうにかしたいと、再三、申し入れていたんだって。 「魔族側」も、色々と事情があってね、柔らかい表現を使う事が出来ないらしいの。
まぁ、他の魔王様の手前ね……。 判る魔王様には判るんだけど、そうじゃない人にも、「魔人族」が簡単に条約の交渉に応じたって、見える事は避けたいらしいのよ。
中央議会とやらで、何やら、私を「聖女」認定したらしい。その上、正規の「証人官」だから、「人族」が、差し出す対価としては、この上も無い ” モノ ” ってのが、魔族の方々の共通認識なんだと。 私は、望んで彼の側に居たいだけなのにね。
「後日……、 いや、後世に言い訳が立たないんだ。 ミッドガルドの「人族」の間では、「魔族」は、恐ろしいものと言う事に成っている。 それは、良く知っているだろ? そんな彼等に、君を差し出し、「条約」を更新してもらった……。 たとえ、それが、この上もなく 「人族」 に、有利なモノだとしても……。 君一人の犠牲において、この条約が成ったと、見られてしまう」
「良いのでは? この度の使節団は、余りにも特殊。 異常な出来事の結果、異常な対応を迫られたとすれば、破綻は御座いませんわ」
「しかし…… 我らが、君を売ったと…… そう、取られるのは、困るのだ」
「名を取るか、実を取るかによるのでは、御座いません事? ならば、いっその事、ミッドガルド向けに話を捏造してしまえばよいのです」
殿下と私が、喧々諤々と遣り合っているのを、国王陛下は、面白そうに見ていたんだよ。 見てないで、手伝え!! まぁ、国王陛下がこっちの要求は全部飲む代わりに、私をよこせって、そう仰ったのは事実だけどね。 私だって、御側に居たいもの……。 やっと、逢えたんだもの。 ある意味 WIN-WIN な関係なのよ。
だから、この部分でゴネないで欲しいなぁ…………
「わたくし、ソフィア=レーベンシュタインは、正式な「証人官」として、この条約が正確に履行されるかどうか、魔族の領域において、監視に向かったとすればいいのですよ。 勿論、条約発効後ですが。 この付帯事項は、そうそう目に触れるモノでは、御座いませんわ。 きっと、それで、皆様、ご納得できるかとおもいます」
「し、しかし! 君は!!! エルガンルースの民。 紛れもなく!」
「殿下……、 お忘れですか? わたくしは、 「半妖」。 人族……、 特にエルフの民を含む、森に住む者達からは忌み嫌われる存在です。 たとえ、国王陛下のお言葉が無く、殿下の庇護が有ろうとも……、 わたくしにとって、ミッドガルドに安住の地は……、 すでに、失われたと、そう、思っております。 ……違いまして?」
「…………ソフィア…………君を…………手放さないと、いけないのか…………」
殿下の落胆した声。 なにより、その瞳が手から滑り落ちる何かを見詰めている様な、そんな光を放っている。 でもね、殿下。 殿下なら、きっと、エルガンルース王に成れるよ。 そして、私が故郷に里帰りしても、石持って追われるような事の無いような、治世をしてくれると…………。 そう信じてる。
信じてるよ。
――――――
【授雲月】 一日
《魔都ワーラウ》 ―― 迎賓館 ――― 謁見の間。
居並ぶ文武百官。 玉座に座る、アレガード国王陛下。
その御前に、私達五人が伺候し、拝謁の栄誉を賜る。 百年条約を此処に更新し、次なる百年の、相互不可侵を定めた。
幾多の精霊様へ、 そして、 【大慈母神 アレーガス様 】への、感謝の祈りを、伏し捧げた。
幸いかな、「人族」の国、エルガンルース王国。
幸いかな、「魔族」の国、アレガード。
こうして、私達は、正式に、「百年条約」の更新を、締結する事が出来たの。
目的……、
完遂ね。
――――――
「一大事に御座います!!! 昨晩、カロンにおいて、 「 転移門 」 に、異変が生じました! 人族側の入り口が、崩壊、ないしは、機能不全となりまして御座います!!!」
――― その時 ―――
楽し気な声でざわめく、百年条約更新の 「 祝賀会 」 会場に、
特大級の、問題が、
持ち込まれて、
来たんだ……。
さぁ、後は帰還とざまぁ!
火を噴くキーボード、煮える脳ミソ
頑張っていきましょう!!!
楽しんでもらえれば、幸いです。