第148話 邂逅と 条件と そして 歓びと
呼び鈴を鳴らそうと、手をあげる。 僅か……とは言えないくらい震えていた。 ようやく、呼び鈴のボタンを押せたんだ。 押し込んだ。 その感覚は有ったんだ。
幾許かの時間が経つ。
もう一度押し込む。
部屋の中から、呼び鈴が成っているのが聞こえるんだ……。 絶対に居る筈。 眠っているのかも知れない。 ユッ君は、寝起きが悪い。 とっても、悪いんだ。 だから……、 もう一度押し込む。
部屋の中でゴソゴソ動く気配がする。
インターフォンから、声が流れでるの。
「だれぇ? 勧誘は間に合ってますよぉ」
うへぁ~~~ この声! と言うより、この口調!! 何より、取り決めがあった。 以前、夢の中で、こうやって、呼び鈴を鳴らした事があった。 あの時、”合言葉 ” って、言われて、ずっと気にしてたんだ。
でも、思い出せなかったんだ。
悔しかったなぁ…… あの時は。 それからも、思い出せなくってね……。 でも、今は違う。 きちんと思い出した。 思い出せたんだよ。
……それも、さっき。
表札を見たとたんに、思い出したんだよ。
鍵を忘れた時に、入れて貰える合言葉を……。
その切っ掛けの言葉が今の彼の言葉。 ” 勧誘は間に合ってます ” の言葉。
玄関の扉をノックする。 いや、拳を叩き付けるの。 三回。 間を置いて 三回。 もう一回、間を置いて また、三回。
扉に向かって、殆ど叫ぶように、” 合言葉 ” を紡ぎ出すの!!!
《消防署の方から来ました。 今、幸せになれる消火器をお分けしております!! なんと、今なら、9800円! この消火器に一杯の五百円玉で、貴方に幸せが訪れます!! 買って下さい! 買わないと、幸せが逃げて行きます!!! 》
支離滅裂、顔から火が出そう。 「神代言葉」で無かったら、言えなかったかもしれない。 叫ぶように、合言葉を紡ぎ出す私を、狂ってしまったのかと、心配そうに見ている殿下達。 特にエルヴィンは、「証人官補」だから、「神代言葉」はある程度、理解できる。
だから、余計に狂ってしまったと……、重圧に負けて、心が壊れてしまったと……、そんな風に感じたらしいの。
でもね、それは違う。
インターフォンから流れ出した言葉に、私が会心の笑みを浮かべたからね。
「アーちゃん? 来たの? 此処へ? 着いたら呼び出せって言ってたのに? なんで?」
「来たよ、見つけた! とうとう、見つけたよ、ユッ君!!! 居るんでしょ、開けてよ!!!」
「いや、まぁ、うん。 開けるから。 ちょっと待って」
がちゃごちょ、扉の向こうで音がする。 ゆっくりとドアノブが回って……細目に扉が開くんだ。 向こう側には、黒髪、黒目の青年が立っていた。 その漆黒の瞳を覗き込んだんだ。
光が……あの時、谷底に落っこちる車の中で、魂に刻み込んだ、あの瞳の中に宿っていた光が、其処に有ったんだ。 間違いない。 ユッ君……。やっと……! やっと逢えたんだ。
「……お帰り?」
「……ただいま?」
お互いに疑問形の挨拶。 嬉しくて、愛しくて、そして、なにか可笑しくて……。 笑いが込上げて来たんだ。 止められない。 感情のふり幅が最大になってるよ。 扉が大きく開くの。
両手を広げるユッ君が其処に居たんだ。
何のためらいもなく、その胸に飛び込む。 しっかりと回された両手に力が入るんだ。 私の両手もユッ君の背中に回るんだ。 そして、離すもんかって感じで、がっちりホールドするんだ。
「おかえり、アーちゃん。 待ってたよ」
「ユッ君!! ユッ君!!! ユッ君!!!!! 探したよ!!! 一生懸命、探したよ!!!! う、ウワァァァァァァン」
大声で、子供の様に、感情の赴くがまま、大泣きしている私。 困ったような、それでいて、愛おしそうに、背中に回された手に力が入るんだ。
その時は、何もかも……、
そう、何もかも、忘れて、全身でユッ君を感じていたんだ。
――――――
その小さなアパートに招き入れられた、使節団の面々。 余りにも小さな家に招き入れられた四人は、家の中を見回し当惑にくれている。
当然でしょうね。 こんな小さなお家……、 集合住宅なんて、彼等の常識では存在しないもの。
「では、貴方達が、エルガンルース王国の使節団と言う訳ですね。 そして、その責任者は…… 貴方、サリュート=エルガンさん。 護衛騎士、マクレガーさん、魔術師、マーリンさん。 えっと、貴方の肩書は……、そうそう、司法官でよろしかったでしょうか、エルヴィンさん。 あぁ、文章官も兼ねていらっしゃったそうですね。 そして……アーちゃんが 正「証人官」。 本当にギリギリの人員ですね」
「な、何故に……それを」
殿下の言葉。 お台所で、御茶の用意をしていた私の手も止まった。 なんで、まだ、誰も自己紹介してないよ? どうして知ってるの?
「それは、私が貴方達エルガンルース王国使節団に対応する者だからですよ」
「……で、では、貴方が、魔人王アレガード様……なのですか?」
「まさか、こんな形でお会いするとは思ってませんでした。 側用人には、使節団がいらっしゃったら、直ぐに連絡を入れるように、命じて居ったのですが、あ奴め。 ちと、仕置きが必要ですね」
手が震えたんだ。 魔導コンロに掛かっているヤカン……。 上がる蒸気を呆けた様な目で見詰めていたんだ。 期せずして、あのバステト公爵閣下の課題に応えた訳だ……。
湧いたお湯を、カップに注ぐ。 そこにはインスタントコーヒーの粉。 ユッ君ってこんなモノまで、作ってたんだ。 薫り高いコーヒーの匂いが充満して来る。 ブラックでいいや。 お盆に乗せて、皆が居る居間に持って行く。
ちゃぶ台は、ローテーブル。 その周りに窮屈そうに、屈強な男達が五人もいるんだ。 狭いよ……。 テーブルの上にコーヒーが入ったマグカップを載せる。
「ありがとう、アーちゃん。 ちゃんとした接待は役所でしますけど、まぁ、一息ついて下さい。 大変だったでしょ。 報告書読みましたよ。 人族の方々とは思えない「審問」の結果。 いや、素晴らしいですね」
「勿体なく……。アレガード陛下……。此処は……」
「あぁ、変ですか? 私の家ですよ。 魔王さん達の盟主に祭り上げられてしまったから、この街《魔都ワーラウ》から動けなくなってしまいました。 アーちゃんが来てくれたらと、思って、この街を作り上げたんですが、探しにもいけなくて……。 アーちゃんと暮らした愛しい日々を想いながら、作り上げたのが、この街《魔都ワーラウ》なんですよ。 ならば、私が居る場所は、一緒に暮らしたこの場所しかないでしょ?」
なんか、顔から火が出る様な気がしたんだ。 盛大に惚気られているみたいだ。 どんなに愛しているっていっても、その為に巨大な街を作り上げるって! どんな王侯貴族の人だって無理な事を、簡単にやってのけるって……。
ほら、殿下も絶句してるよ……。 マーリンは茫然と私を見てる。 エルヴィンと、マクレガーは遠い目をしてた。
「まぁ、狭いですかね。 独身の男一人なら、これでも十分なんですよ」
「ご、護衛は……」
「あぁ、要りません。 この辺りの人は皆、顔見知りですし、衛士の巡回路にも入っていますよ。 基本的にとても平和なんです。 それに、役所に詰める事も多くてね。 今日はたまたま、休みが取れたんです。 まぁ、そのおかげで、貴方達にはご不便をおかけしました。 申し訳ない。 迎賓館の準備をしますから、それまで、ごゆっくりお過ごしください」
「あ、あぁ……。 承知致しました。」
「そう言えば、お聴きしたいことが……」
「何でしょう?」「アーちゃんに婚約者とか、伴侶とかは、いますか?」
「えっ?」
その問いに空気が凍ったんだ。 説明責任は私に有るね。 これは。 一人、居間の輪から抜けて、台所に立っていた私。 口を開いて、事情を話すんだ。
「ユッ君。 私には、伴侶はいません。 一応、第二王子の婚約者候補として召し上げられていましたが、それは、此方いる方々の為に、盾の男爵家の息女と言う事で形ばかりに王宮に詰めていた事も有ります。 今は、フリーです。 それに、ソフィア=レーベンシュタインは、もうエルガンルース王国には存在しません」
「と言うと?」
「私の身代わりを作られた方が居るのです。 その身代わりの「自動人形は、現在 ソフィア=エレクトア=マジェスタ大公令嬢と名を変えております」
「ど、どうしてそれを!!」
「 「君と何時までも」の世界か……」
重複した声が、小さな居間に響くの。 殿下とはお話してないけど、ミャーとはお話してたもの。 事情は知ってる。 で、ユッ君は私が「君と何時までも」の世界に巻き込まれていた事を、一瞬で理解してくれたんだ。
「ソフィア=レーベンシュタインかぁ。 よく、フラグを折り切って、このオブリビオンに来たよね……。 そして、君のその姿が、ソフィアと言う訳だ。 思い入れの有ったキャラだから、人一倍努力したんだろうね、君の事だから」
「ええ、ユッ君。 「世界の意志」 Cエンドからのスタートでしたよ。 それはそれは、強力な強制力でした。 頑張ったんですよ?」
「だろうね。 ホントに良く無事だったと思うよ」
私達のメタ発言に、殿下ドン引きだよ。 私の情報源も判らないしね。
「殿下、此方の技術を使って、超長距離の念話がミャーと通じましたの。 だから、そちらの情報もある程度、知っておりました。 でも、敢えて、私の生死は伏せて貰っています。 ……マジェスタ大公閣下の行動を制限したくありませんし、もう一方も……」
「……そ、そうか……。 ソフィアの云わんとする事は理解した。 したが……すこしな」
「申し訳ございません。 不安の芽は出来るだけ小さい事に越したことは御座いませんでしたので……、 不敬に当たりますでしょうか?」
「…………いや、べつに構わない。 君の思うが儘動く方が、良き結果に成っていると思う。 私の取るべき行動も、何も掣肘はしていない。 むしろ、君が生きていると判れば、この使節団も編成できずにいたかもしれない。 こいつらの行動も制限されてな……」
静かに面を下げるサリュート殿下。 その殿下にユッ君が声を掛けるの。
「殿下も足掻いた結果でしょ? あの時、念波を送って、生き残れって言った甲斐が有ります。 たぶん、そうじゃないかと、そのままにしておけば、世界の理が崩れ、人族の領域が酷い事になりそうでしたので、大協約の範囲で干渉しました」
「……アレは、貴方でしたか!」
そっか、以前殿下が仰っていた事。 生死の境を行き来した時に、頭に広がる声が聞こえたって…… あれ? じゃぁ、アンネテーナ妃陛下の方も?
「アーちゃんの顔ったら……クックック、そうだよ、アンネテーナ妃陛下にも送ったよ。 勿論、ソフィア=レーベンシュタインにも。 でも、ソフィアは厳重に護られてて、それに、僕の側用人もなんか誤解しててね……」
まぁ、話は一段落だよ。 ユッ君は、立ち上がって、念話機に向かったんだ。 きっと、色々と指示を出すんだろうね。 あぁ、そう言えばあのバステト公爵閣下どこ行っちゃんだろ? あの人なら、ユッ君のお部屋だって知ってる筈でしょ?
「あぁ、そうだ。 使節団が私の家にいる。 直ぐに迎えをよこしてくれ。 それとな、イレーネを呼び出して置いてくれ。 あ、アリュースには知らせるな。 俺からの懇願だって言えば、来てくれるよ……」
耳に聞こえるのは、そんな感じ。 何を言っているのかは、あんまり判んない。 でも、大事なお話みたいね。 ちょっと額に皺寄ってたもん。 心配そうに見てると、ユッ君が気が付いたんだよ。 念話機を下ろすと、私に近寄って来てね……。
「何も心配はいらない。 「百年条約」は恙なく更新するよ。 一つだけ条件を付けてね」
「一つだけ?」
「うん、今回の特別な「審問」結構根回しが大変だったんだよ。 で、そのご褒美」
「ん? なに?」
「君が僕のお嫁さんになる事」
プシュ~~~~って、音が出るくらい、顔が真っ赤になった。 茫然とその言葉を聴いていたのは、殿下達四人。
「勿論、僕のプロポーズ受けてくれるよね」
「……いいの? わたし「半妖」だよ?」
「僕が望めば、良いんだよ。 嫌かい?」
「……全然、嫌じゃない。 でも、私からも、お願いが有るの」
「何だい?」
「このプロポーズをお受けするのは、「百年条約」が発効してから……でいいかな?」
「ん? 一度、ミッドガルドに帰るのか?」
「そのつもり。 あちらに大切な人達が居るの。 そして、私の側にずっといたいと願う姉妹も居るの。 何にしても、一度は帰るよ。 約束したもん、帰るって」
じっと私を見詰めるユッ君。 その瞳は真摯で、残念そうで、でも、希望に満ちていて……。
「判ったよ。 でも、アーちゃん、約束してほしいな」
「勿論よ、ユッ君。 私は、ずっと想って来たもの。 伴侶はと問われてたら、貴方だって。 だから、私……、 私……、 幸せよ……」
ポロポロと涙が零れる。 嬉しさと、幸せとで、感情がぐちゃぐちゃよ。
ついでに、顔も涙でくちゃぐちゃに成ったけど……。
そんな私に、
ユッ君は、
キスを一つ、
額に落としてくれたんだ!