第15話 第一王子の深い闇
恙なく? 学園の歓迎舞踏会が終わった。 乗合馬車の停車場に乗って帰る人が集まったんだ。 皆さん、口々に、お礼を言って来られるの。 曰く、
「今年の歓迎会は、うまいものをたらふく喰えた」 とか、
「あの、蔑みの視線と言葉を叩きつけられないで済んだ」 とか、
「制服が、《正装》として、認められたのは、レーベンシュタイン嬢のお陰だ」 とか……。
ニッコリ微笑んで、応えといた。
何人かのお嬢様は、そのまま、まだ、ボールルームに留まっている。 筆頭は、ドロテア様。 そう、噂話と、情報の収集の為。 いやぁ、頭下がるわ! あの空気の中、まだ残る気が残ってるなんてね。 また、色んな話が聴けそう。 楽しみにしておくね。
乗合馬車は定刻に出発し、問題なく御家に着いた。 ミャーも澄まして、隣に居る。 皆様に ”ごきげんよう!!” の挨拶をしてから、御家の門を通り抜け、玄関ホールで、側にミャーだけが残った後に、彼女は呟くように私に言った。
「お嬢様、悪目立ちしてしまいましたね」
「やらかした?」
「お嬢様のせいでは、御座いませんが……。 サリュート殿下と、お話に成ったという事で、高位貴族方々から、風当たりが強くなるかも」
「えっ? どういう事?」
「敢えて、お知らせしておりませんでした。 サリュート殿下の王宮での立場とか、学園でのご評価とか」
ちょっと深刻そうに、ミャーがそう言って来た。 なにかあるよね、コレ。 私、やらかしたのか? 変なフラグ立てちゃったのか? でも、「世界の意思」には、サリュート殿下、あんまり絡んで無いよ? なにが、ミャーをこんなに不安がらせているんだ?
「では、部屋に。 ……御父様にも、お知らせした方が?」
「先ずは、お嬢様に。 その後のご判断は、お嬢様がして下さい。 ちょっと、込み入った話になりますので」
ミャーの侍女口調が抜けない。 つまりは、大変な事。 真剣に聞かないと、ドツボに嵌る可能性が大きいよね。 ”ただいま!” のご挨拶を、御父様に申し上げてから、疲れたからと言って、お部屋に下がらしてもらった。
部屋着に着替えて、サイドテーブルに腰を落ち着けた。 ミャーがお茶の準備をして、もって来てくれたの。
「座って…… お話、聴かせて、ミャー」
お茶の準備を終え、ミャーは同じサイドテーブルに腰を下ろした。 小さなテーブルに額を突き合わせるようにして座る。 互いの顔を見合わせる。 ミャーの金と銀の瞳に、妖しく光が揺れ動いていた。 やっと侍女からお友達にクラスチェンジしたミャーの口から、彼女の懸念を聞き出す事が出来たの。
「お嬢様……。 ソフィア……。 あの人、魔力を吸ってた」
「えっ? どういう事?」
「サリュート殿下……。 王宮での立場が不安定なの知ってるよね」
「うん、彼は、側腹の第一王子。 第一継承権こそ有るけど、多分、正妃の御令息である、ダグラス第二王子が立太子されるんじゃないかってのが、大方の予測」
「表向きはね……」
「裏側に何か有るの? 大事な情報よね、それって」
「そうよ、探り出すのに、「ギルド」の手も使わせてもらった」
「……身辺警護の為の情報収集? アブナイ事、しないでよ」
「必要だと思ったから。 特にソフィアには」
「……聞かせて」
ミャーの言葉が、重い。 なんだろう。 確実な事実を私に運ぶのも、彼女の役割。 判断には正確な情報が必要だもの。 手に持った、カップのお茶が冷めるまで、ミャーの話は続いたわ。 ホントに厄介な人だった、彼は……。
サリュート第一王子。
アーレバースト=エルガン 国王陛下、の第一子。 最も尊い御子の筈だったのだけれど、とてつもなく厄介なお生まれだった。 彼の御生母が、爵位を持たない、貴族でもない、更に言えば、エルガンルース王国の国民でも無い、それどころか、この世界の人間でもない事が、ミャーの言葉でわかった。
ミャーが教えてくれてた、サリュート殿下の「御生母」の名前は、ユミさん。 フルネームは……、
ユミ = オオタイラ
……だった。
ミャーが持つ小紙片を渡してくれた。 其処に書かれていた文字は、物凄く懐かしい文字。
【 大平 裕美 】
転移者だったのか……。 それも、日本人の。 整った字だったよ。 ミャーは漢字を知らない。 読めない。 日本語、何て異世界の言葉、知りはしない。 それで、小紙片に記された、”この名前 ” 、書いたのは、御生母のユミさん、御本人だとミャーは言った。 どうやって入手したのかは聴かないけれど……。
それにしても、なんで?
私の寄った眉に、ミャーは静かに応えてくれたの。
「ソフィア。 もうすぐ100年祭だよね」
「ええ、そうね。 たしか……あと、三、四年の内には、魔人族との交渉が始まる筈よね」
言葉を選んで、交渉って言ってみたけど、結局は、魔人王の元まで戦い抜かなきゃなんないのよ。 魔人共との激闘に勝利し、数々の妨害を排除しながらね。 滅茶苦茶深いダンジョンの奥底に、魔人王の謁見の間が有るんだってよ。 下って上って、其処まで、交渉役の「人」が行って初めて、相互不可侵の条約が結べるの。
力無き者は、交渉するに能わず。 さらに、条約期間は百年とする。
だってさ。 それに、魔人族側でも、強硬派ってのは居る。 人族の領域に進出したい奴等も一杯いる。 事実、此処10年程、領域の境界辺りが色々と騒がしい。 もし、条約が成立しなかったら、それこそ、魔人達が溢れだす可能性すらある。
基本、あっちの人達って、魔人王に絶対服従だから、魔人王ときちんと会いまみえて、次の百年の事を決めると、その通り実行してくれるから……。 ただ、魔人族の強硬派、それを阻止する為に、ダンジョン内に強固な防衛ラインを引いてるの。 それを、突破して、魔人王とお話しなきゃならないのよね……。
前回は……、 宮廷騎士団が擦り潰れたって、記録に有ったよ。
「そう、その、交渉がね、全ての引き金だったの。 互いの領土に関する、相互不可侵を決める、100年に一度の試練。 ユミは、その為に、筆頭宮廷魔術師のハリーダンド=ボルガー=アルファード公爵が異界から、召喚した人なの」
「なんですって!」
「間違い無いよ。 でも、アルファード公爵閣下の「魔術」は不完全でね、問題が出たの」
「……嫌な予感しかしない……」
「その予感……ある意味、「正解」 アルファード侯爵閣下は、「男性の勇者」を召喚する手筈だったんだけど、どう間違ったか、「女性」が、召喚されちゃってね。 更に悪い事に、こっちの言葉が通じないの。 私達の言葉が全く分からない。 もしかしたら、噂に聞く「聖女」かもって、魔力検査をしても、魔力は皆無……。 困り果てたらしいね」
「酷い話ね。 間違いでしたなんて言えないもんね。 早々に送り返さないと……」
「アルファード侯爵閣下の部下が、慌てたんだろうね、床に書き込んだ、精緻な魔方陣、蹴っ飛ばして、ぶっ壊しちゃったんだよ。 だから……【送還術】、使えなくなっちゃったらしいの……。 ほんと、酷い話」
この世界の異界からの召喚は、二つの概念があってね。 それ一つが、【精霊召喚術】。 精霊様なんかの、高位、高次元の存在を、この世界に召喚する事が出来て、彼等の持つ絶大な力をお借りする事が出来るのよ。 対価は魔力と祈り。
もう一つがね、ここで問題に成ってる、【異世界人召喚術】。 魔力と、生き物の命を対価に、別世界の「人」をこの世界に召喚するっていうものなの。 【精霊召喚術】とは全く違う体系の魔法でね、物凄く複雑。
此方で依代を準備して、魂の召喚を行うのが、普通。 依代が用意できなかった場合、異世界の「人」をそのまま召喚する事も可能。 ユミさんの場合は後者だったみたいね。
酷い話よ。 いわゆる神隠しだよね。 突然、異世界に呼びこまれてしまうの。 人選は、魔方陣に組み込まれる、選定基準によるランダム。 手を伸ばす異世界もランダム。 成功する確立も低いの。 そりゃそうよね、選定基準に合致する「人」が、手を伸ばした異世界に居なければ、失敗するんだもの。
そして、送還期限の問題。
【精霊召喚術】は、召喚した精霊様がこの世界に留まれる時間が大体決まっているの。 対価に差し出した魔力の量によってね。 大きな力を借りようとしたら、大きな対価が必要になる。 当たり前な話よ。
【異世界人召喚術】は、さっき話した通り、全く魔術体系が違うの。 だから、送還の期限があるの。 送還期限は、召喚から一ヶ月内。 それも、魔方陣展開したままだったなら出来るって条件付き。 手を伸ばした異世界と繋がっていられるのは、一ヶ月が限度なのよ。 さらに、この【異世界人召喚術】って、事故が起こりやすいの。
当然よね、それまで平穏に暮らしていた世界から、突然隔絶された世界に連れて来られちゃうんだからね。 だから、この送還期限って、ある意味「救済処置」なのよ。 あんまりにも「この世界」に、馴染めそうに無かったら、早々にお帰り頂くし、召喚した人の意向もしっかりと聞く事が必要だし……。 その人が残ってもいいって言ったら、この世界に「籍」を作んなきゃならないし……。
いろいろ面倒なのよ。 だから、「大協約」って奴で、この魔法を使用する事は、禁忌の魔法に分類されているの。 どうしてもって場合は、「大協約」に則って、いずれかの大精霊様にお伺いを立てて、許可を貰って、【異世界人召喚術】を実施するの。
……それを ……大失敗って訳ね…… 一度、この【異世界人召喚術】を実施すると、次に実施できるまで、最低でも100年の時間を空けなきゃならない。 これも、「大協約」の誓約の一つ。
まったく、どうすんだよ! 100年祭まで、時間がないよ!! いや、それよりも、そのユミさん。 どうなったんだろ……。 サリュート殿下の御生母は、いつの間にか、居なくなったって聞いてたけど……。
「帰る術もなくなったユミさん、どうしたの?」
「うん、流石に放り出す事も出来なかったらしいわね。 お願いした大精霊様の手前もあるし、きちんと遇さないと、次のお願いの時、拒否される可能性も大きいからね。 だから、ユミさん、王宮に入る事になったのよ」
「……それを……あのバカが……」
「そう、アーレバースト=エルガン国王陛下……、アンネテーナ妃殿下が御実家に御静養にお帰りに成った時に、手を付けちゃったらしいのよ……。 ユミさんから『 誘われた、誘惑された! 』とか、後で云ってたらしいけど、この世界の言葉もままならない彼女が、魔力すら持たない彼女が、どうやって誘惑するんだ?って、王宮の人達はみんな思っていたけれど、流石に、アンネテーナ様の前では言い出せなかったらしいよ……」
「滅茶苦茶じゃない!! なんて、酷い!!」
「……そうね。 ホントに酷いよね。 でも、まだまだ、これから酷い話があるの」
「なに!! あんまり聞きたくはないわね」
「でも、聴いといて欲しい……。 こればっかりは、私には荷が重い。 ソフィアの判断も必要だし……」
ミャーの話は続くの。 酷い話のオンパレード。 結局ユミさん、妊娠しちゃってね、生まれたのが、サリュート殿下。 で、産褥熱でユミさんこの世界からさようなら。 「籍」すらないから、結局お墓すら立てられないし、魔術失敗の証だから、筆頭宮廷魔術師のアルファード侯爵閣下も当然手を出さない。 ……出さないどころか、積極的に証拠隠滅を図ったのよ。
だから、表には何も情報は出ない。 最後に残った悪行の生き証人がサリュート殿下だって訳。 なんとか、排除しようと、王族と高位貴族は画策したらしいのよ。 で、やっぱり、高位の貴族様ね。 邪魔者は消せってな感じで、サリュート殿下に、この世界から「さようなら」して貰おうと、目論んだのよ。
使った手は、「毒殺」ね。
この世界の高位貴族の考え方からすれば、謂わば、順当な行動よね。 ほんと、酷いったらありゃしない。 でも、彼、なんかの大精霊様の加護を受けているのよ。 事態は、そう簡単には済まなかったって。 もっとも厄介な、状況に落ち込んだみたい。
サリュート殿下は、「毒」の為に、顔に酷い「跡」が付いちゃったんだけど、生き残っちゃったんだ。 彼、すんごい、耐毒性の持ち主みたいね。 本来なら致死毒で、この世界から「さようなら」する筈だった。 いや、強制的に排除される予定だった。 それが、大精霊様の加護により、生き残った。 そして、王家、上位貴族達にとって、彼は途轍もなく厄介な存在に成った。
顔に醜い「跡」かぁ……。 だからかぁ……。 あの銀箔の仮面……。 それに、ものっそい、悪人な雰囲気。 人を恨む条件は揃い過ぎてるよね。 ほんと、同情するわよ。 国の上層部から完全に要らない子扱いなのは、その為だったのか……。 大精霊様の手前、王籍から抜くわけにも行かないしね……。
「ソフィア……。 あんまり、近寄んない様にしないと。 あの人……そこに居るだけで、周囲の魔力を吸うみたいなんだよ。 多分……大精霊様への「捧げもの」だろうと思うけど……。 あの人には、魔術は効かないよ……。 それに、物凄い努力の人だって……。 二歳年上なんだけど、上級魔術師の資格も持たれている。 学業も頭の中に、王宮図書館が入ってんじゃないかってくらい、博識だし……。 その上、剣の腕前は、筆頭宮廷騎士がお墨付きだって……」
うわっ! チートだ、チート! 転移者の息子がチート能力の持ち主って、それ、どこのラノベ? さらに、出自に影を持ってるって……どんだけ、主人公なんだ? おいおい!「世界の意思」どうすんだよ! こんな人、どうやって、あの「君と何時までも」の中にぶっ込むんだ?
「……よ、様子を見ましょう。 お話した限りでは……それ程、悪い人ではない様な気がしますし……」
なぜか、お嬢様言葉に成ったよ。 でも、舞踏会で目を付けられちゃったような気もするよね……。 ど、どうしよう! それに、あっちから、何かしなくても、もう高位貴族の子弟の中じゃ噂に成ってるよね。 これって……。
「……お気を付けて。 なにか、とても、ヤバい匂いがする。 ソフィア……大体、貴女、トラブルが近寄って来るタイプなんだし……。 とにかく、距離を開ける! それしか、無いよね」
「う、うん…… 近寄らない様にする」
二人で、顔を見合わせて、深刻そうに眉を寄せて、頷き合った。 これは、ヤバい。 本当にヤバい。 巻き込まれない様にしよう……。
御父様への報告は……。 隠し立てしても無理だから、事実だけを報告しておこう……。 不安が心を締め付けるの。 ミャーの心配も理解できたしね。 うん、私も心配だよ。 事実はどうあれ、サリュート殿下に庇われたって事実だけは、明日に成れば、貴族の間には広まるだろうしね……。
こりゃ、ミャーの云った通り、厄介な事になりそうだね……。
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一夜明けて、次の日に学園に行くと、それはもう、すんごい視線が私に降り注ぐのよ。 ほら、あの例の上から目線。 「高位貴族」、および、その取り巻きの、「中、下位貴族」の子弟様よ。 もうね……針の筵。
何にも、して無いのに……。
あぁ、そういえば、ダグラス王子の面目丸潰れにしたんだっけ? そんなこたぁ、気にしないけれどね。 あそこの取巻きと、それに追従する勢力から、目の敵にされた訳か……。 あれくらいで、怒っちゃったのか。 こりゃ、よっぽど注意して、行動しないと! 「何が」ダグラス王子の、怒りの琴線に触れるのか、判ったもんじゃねぇしな!
私の本音としては……、 なんも、しないから、気にしないでくれないかな?
静かに暮らしたいだけなんだけどな……。 なんか周囲の視線は、それを許してくれないみたいね。 目立たず、ゆっくりと生きて行くのは……無理みたい……。
どうも、「世界の意思」を感じる。 どんな意味でも良いから、学園で注目を集める様に、持って行かれている……。 そんで、あいつ等から、何かとイジコジしてきそうな感じ。
でも、まぁ、乗合馬車組の防波堤くらいには成れそう。 どうも、悪目立ちしたから、他の方々への風当たりは弱くなったみたいね。 その分、親しくしてくれる方が少なくなったけど……。
もともと、ボッチ覚悟してたらか、少しのお友達で、十分に満足できるしね!
うん、それに、ミャーだって居る。
寂しくも、辛くも無い!
そうだよ、こんな物だよ。 取り合えずは、様子見しておくね。 何言われても、氷の表情を顔に張り付けて置けば、相手は自然と黙るし。 孤児院のいじめに比べたら、生ぬるい事、生ぬるい事!
学園生活一年目は、こんな雰囲気の中、
ゆっくりと進んで行く事になったんだ。
なんか、ムシャクシャするね……。 取り敢えずは、授業、授業!
何てったて、学生だもんね!!
ブックマーク、評価、誠に有難うございます。
彼女を取り巻く空気感が、徐々に「世界の意思」に引っ張られて、ソフィアに注目が集まってきます。 きっかけは第一王子。 世界の意思の強制力は何処までも強く、強引なのでした。
また、明晩、お逢いしましょう!!