第147話 目の前の ” 表札 ”
乗って来た ” 急行 ” 列車は、やがて大きなターミナル駅に到着する。
いくつかの支線が此処から出てるんだ。 到着ホームは八番。 乗り換えるのは、二番……。 記憶の中ではそうなんだよ。
「ここで一旦降ります。 行きましょう」
漢達に言葉を掛ける。 私は無我夢中。 記憶の中の道をひた走ってるの。 後に続く殿下達も、もう任せたと、半分呆れ顔なんだよね。 仕方ないじゃん。 ドンドン確信に近づいて来てるんだもの……。
相変わらずストーカーは付いて来てる。 そっちは、表情が歪んできたよ。
ホームから階段を上がり、コンコースへ。 色んな魔族の人が居るけど、まぁ、「人族」並みの体格の人しかいないよ。 コンコースの両脇には、色んなお店が出店してる。 これも記憶と同じ。
小腹が空いたよね。 うん、お腹すいた。 よく見かけるサンドイッチ屋さん。 コボルトのおばちゃんが作ってた。 交渉して、五人分、飲み物と一緒に購入。 みんなに分けてあげたんだ。
行先掲示板を確認して、ホームに降りるの。 記憶の通り、やっぱり二番ホームだったよ。 まだ列車は来ていない。 ベンチに座って、皆で食べ始めるんだ。 あぁ、バステト公爵閣下は、どっかに行ってるね。 知らんよ!
「いいのか? 貰って?」
「宜しくてよ? 付き合わせてしまって、ごめんなさい。 どうしても確かめたい事があったんです」
「いいよ、レーベンシュタインが、我儘を言う所、初めて見た。 今まで色々としてくれたんだし、ここまで来たんだから。 それに、あのバステト公爵閣下……。 なんかいけ好かない」
マクレガーが、サンドイッチに噛みつきながら、そんな嬉しい事を言ってくれる。
「魔族の領に来ているとは、思えませんね。 これも全て、君の魔法が良く効いているおかげでしょう。 【妖魔の目】が無ければ、こんな風景は見られませんでしたから。 こんな事になるんだったら、フリュニエも連れて来てやりたかったよ。 アレだったら、色んな視点に立って、面白い事をしゃべり続けてくれたろうにな……」
マーリン、さり気に惚気るのヤメロ。 あんたが、フォールション伯爵令嬢の事をどれだけ想っているのかは、知ってる。 心のうちに留めといてくれよ。 なんか、そんな真っ直ぐな物言いは……、聴いている方が、照れてしまうから。
「まったく、マーリンの頭の中は、魔術かフリュニエ嬢の事しかないのか……。 これだけの大きな街。 治安も良い。 気がついて居るか、待ちゆく人々の誰も剣を腰にしていない。 魔法の杖さえも持っていない。 ……丸腰なんだ。 王都エルガムですら、そんな事は出来ない。 いくら昼間とは言え、相応に武装した連中が全くいないのは……。 どれだけ治安がいいのか」
エルヴィンの着眼点は何時も政の視点だよね。 あんた、もう、宰相に成った方が良いんじゃないか? そう言えば、そうなんだよね。 武装した冒険者とか、まぁ、武器を隠し持ってる、そのスジらしき人の姿も見えないしね。 衛士さんの姿だって、まだ見て無いよ。
「治安の良さはな、エルヴィン。 その国の民度の高さなんだ。 軍が国を護り、衛士が民を護り、安寧な社会を作り出す。 時間を経て、紡ぎ出されるのが、こういった光景なんだ。 古代王朝の素晴らしさを説いた”古の文献”に、記載されている。 何世代にもわたっての努力の結果だと……。 ミッドガルドでは、「高貴なる人々」の疑心暗鬼から崩れ去り、二度と手に入れる事、叶わないと……、 その文献にある。 ……なんとも、悔しいものだな」
魔獣が人を襲い、人が人を襲う。 防衛する為に、一般の人……いや、子供まで、武芸を身に着け、何時でも戦えるように鍛錬する……。 この世界では日常で、当たり前の事だった……。
でも……それは、あまりにも殺伐としている。 殿下はそれを悔いている。 それ以外の世界を知っていれば、目標にも出来る。 ……殿下が国王陛下に成られたら……、 遠い未来に、笑い合って何の心配も無く道を歩く、親子の姿が見られるかもしれない……ね。
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ボンヤリと、彼等の話を聴いてたんだ。 自分が恵まれた環境で育っていた事を、今更ながらに感じてしまったよ……。
ホームに列車が入って来た。 今度は各駅停車。 降りるべき駅は、各駅停車しか止まらないからね……。 立ち上がり、皆を促す。 私の後に続いて、列車に乗り込む。 あぁ、バステト公爵閣下は、別車両に乗り込み済みだよ……。 ちゃんとマーキングはしたもんね。 何処にいるかくらいは、把握してるよ。
ゆっくりとだけど、刻々と近づいてくる、降りるべき駅。 街並みも記憶にある物と大差ないんだ。 運動場もある。 川を渡る鉄橋もあった。 畑や農地が家々の間に挟まる様に散見されてきたんだ。
ベッドタウンの片隅。 街の中とは違うゆったりとした時間がある街。
殺伐とした会社での出来事を、流し落すようなそんな空気感。 車窓から見えるそんな風景に、心を躍らせる私。 そう、ここは夢にまで見たあの場所のすぐ近く。 支線の終点に程近い駅。 そこからは徒歩でニ十分ほど歩くだけだったんだ。
記憶の中ではね。
思い浮かぶ道順は、長い間記憶の彼方に封じられていたのかも知れない。 その時が来るまで押し止められていたのかもしれない。 でも、今はハッキリとわかる。 何処に目印が有ったのかさえも、鮮明に思い出される。
” あの人 ”と一緒に買い物に行った商店街。
休日に一緒に遊びに行こうとして、財布の中に何も入って無くって、慌てて郵便局まで走った事。
疲れ切って、途中でしゃがみこんだ、家の前の坂道。 心配そうに駆けつける人影。
記憶の彼方から浮かび上がる数々の情景。
その傍らに、必ず居るのは……、
そう、” あの人 ” だったんだよ。
速度を落とす、列車…… 。 そう、 もう直ぐ、降りる駅。
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その駅で降りる人は、少ないんだ。 休日って事も有るんじゃないかな。 ホームは地上にあるんだ。 直ぐに改札がある。 切符を渡して駅の外に出る。 駅前の小さなロータリー。 小さな馬車なら入れるよね。 その向こう側に続く大通り。
でも、そっち側には行かない。
駅に沿うようにある、小道に入るんだ。 そこは地元の商店街。 道の両脇に色んなお店が出てるんだよ。 お昼は回っている、夕飯の買い物に出るには、まだ早い…そんな時間帯。 商店街の真ん中を突っ切る道には、人影も疎ら。
ゆっくりと、歩みを進めるんだ。
商店街を抜けると、最初の三叉路。 右手に曲がる。 結構きつい坂が有るんだ、記憶の中じゃね。 ほら、やっぱり。 そのまま真っ直ぐに道なりに進むと、郵便局が有る筈なんだけど、こっちにそんな機構が有るとは思えない。
なにが有るんだろう……。
って、あれ、何? 赤いポスト? 丸い奴? えっ?
郵便の制度、導入してるんだ……。お手紙……あるんだ……。
「ソフィア、あの赤い円筒形のモノはなんだ?」
「……殿下、すみません。 ちょっと混乱しております。 確かめねばなりませんが…… 予想としては、「郵便」と云う物です。 宛先を書いた封筒に手紙を入れ、投函すれば、何日か後に相手に届く……。 そう言った制度です。 勿論誰でも使えます……。 そう言った制度に使われる モノ によく似ていますが、詳細は判りません」
「……通信の確保か。 公で運営しているのか?」
「多分……。 公平さと、秘密を守るという立場から、多分……」
「……市井の者達が、料金を気にせず使える手紙……。 遠くに離れた家族と連絡が気軽に取れるな」
「はい……。 そうですね」
まさか、そんなモノまで……。 何を再現しようとしているのよ、国王陛下は!!! でも、安寧な暮らしには……欲しいものよね。 魔力が無ければ、念話機は使えないし、こっちでも、そうは見て無いし……。 あれは、やっぱり高価なモノなんだろうね……。 さんざん使ったけど……。
赤い郵便ポストを横目で見ながら、右手の坂を上がるんだ……。 この坂の上に……ある筈。 有って欲しい。 此処までの再現をしてる人だったら……。 きっとある筈なんだよ。 小さなアパートなんだよ。 ささやかだったけど、二人のお家。
って言うより、私が転がり込んだ。 結婚しようって言われた時に、自分の住んでいた場所を引き払った。 それから先の記憶は常に ” あの人 ” と一緒。 ずっと、ずっと、年老いるまで、一緒に暮らしていけると思っていた。
息が切れない様に、ゆっくりと 坂を上がるの……。
記憶そのままの姿の建物が其処にあったの。
幸せな記憶が詰まった場所。
でも、其処に ” あの人 ”が居るとは、限らない。
絶望は何度も経験した。
でも、諦めず前を向いて歩いて来たんだ。
だから、今回も心を落ち着けて、
ゆっくりと近づくんだ。
望外の希望を胸に。
何より、居なくて当たり前だと、自分に言い聞かせて……、
そして、扉の前に着いたんだ。
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昼下がりの眩い光の中。
扉の前に佇む私と、殿下達。 すんげぇ 場違い。 安アパートの前に、おとぎ話の王子様一行……。 まぁ、一応、国の使節団だからね。 今はそんな事、構ってられないんだ。 私の視線を吸い寄せるのは、表札。
そう、表札なんだ。
《神代言葉》で綴られた、その表札に目を奪われたまま固まってた。
シッカリとした文字で、プレートに刻み込まれた名前と、その下に、ノートのきれっぱしを切って作ってテープで張った、表札。 何もかも、あの時、お家を出た時のままだった。 何度も張り直しているのか、テープは幾層にも張られているし、プレートの表札も、変色してる…… でも、とっても大切にしてくれているのが判る。
上段のプレートにある文字を目で追うの。
正岡 幸次
ユッ君……。
下段のノートのきれっぱし……、
岡部 葵
アーちゃん……。
記憶が溢れだした。 幸せで、楽しくて、愛して、愛されて……。 他のモノなんて何もいらなくて、誰にも邪魔されたくなくて……。 そんな私を優しく受け止めてくれた。
そんな……幸せの記憶……。
胸に込上げる熱いもの……、
もう、誰にも、止められない。
決して、誰にも。
居るんだ!!!
この中に居るんだ!!!!
もう今は、魔人王様の事なんて、どうでもよくなってた。
ユッ君!!!
探し出したよ!!!!
アーちゃんは、
此処にいるよ!!!!