第146話 記憶の彼方から 蘇る現実
青と白のコントラストが目に痛い位な場所。 午前中って事で陽光も、キラキラしてる。 遠くから歩いて来たと思しき、魔人族の男の人。 長身痩躯ってのは、魔人族のデフォなのよ。
御髪の色は濃い灰色。 端正で整った御顔は、厳しく引き結ばれた口元で、どうにも冷たく見えるんだよ。 これは、かなりの高官であり、何時も何かの心配事とか、問題を抱えているタイプね。 眉間の皺が良くそれを現してるよ。
私達の前までいらしてね、冷たい視線を私達に投げかけて来たんだよ。
「エルガンルース王国の使節団の方々とお見受けいたす。 私は、魔人族の盟主アレガード様の側用人を拝命している、アリュース=デューヌ=バステトと申す。 公爵位を授かっている者。 見知り置きを」
「丁寧なご挨拶、痛み入る。 「百年条約」更新の為に参りました、エルガンルース王国、第一王子、サリュート=エルガンです。 この使節団の責任者でも御座います。 よろしく、願いたい」
二人はじっくりと相手を確認し合ったんだ。 まぁ、跳躍門でここに来たって事は、それだけの「審問」を潜り抜けたって事なんだけど、このおっさん、なんか懐疑的な目を向けとるなぁ……。
そう言えば、ネクサリオ=ガムデン伯爵様が仰ってたよ、” 魔人王の盟主、アレガード様の側近に一人、強情な奴がおりましてな ” ってね。 おおかたこの人がそうなんだ。 夢の中を渡り歩く事が出来る「能力」が、有るらしいから、ちょっと面倒ね。
ガムデン伯爵が、早朝に到着した私達をいきなり跳躍門に導いたか、何となく理解した。 そう言えば、そんな事も言ってたなぁ、” 審問が上手く行けば、時間を調整して、朝のうちに到着するようにしますよ ” ってさ。
現に、今 私達は、朝日の中に居るんだ。 ガムデン伯爵のご配慮に感謝しなくちゃね。 でも、それが故に、目の前のおっさんのご機嫌は急降下中って訳よね。 はぁ、どんな試練が課されるんだか。
睨み合いは、そんなに続かない。 まぁ、「審問官」様達が絶賛してくれたし、強い、バステト公爵閣下の視線も難なく殿下は躱していたしね。 一定の所は、まぁ、認めてくれたんじゃないかな。 でも、ふと外す視線が私を捕らえた時、冷たかった視線が更に冷気を纏ったように見えたんだ。
「聖女ソフィアが、この使節団に居る訳はなんだろうか」
これって、どういう意味なんだ? 口を開きかけた殿下を制するように手を上げて、私に問うてきたんだよ、このおっさん。 仕方ねぇな……。
「故有って、オブリビオン、サブリン村に闇の精霊様の眷属たる方々と共に、参りましたが、わたくしが生まれ育ったのが、エルガンルース王国に御座います。 「半妖」の身になりましたが、わたくしの半分は「人族」 エルガンルース王国にて、正規の「証人官」として、契約の精霊大神【コンラート】様に任じられました。 サリュート殿下に、口頭では御座いますが、使節団に参加する事を要請されており、民の安寧の為に参加した次第に御座います。 エルガンルース王国の民としての参加資格は保持しております」
これまた渋いお顔ですわね。 まぁ、色々と言いたいわけだよね。 でもさ、そんな事はどうでもよいって、表情なんだよ。 なんか含む処が有るのかな? 面識ないよ? それとも、こっちでも「証人官」の資格を認められてんのが気に入らないのかな?
もう、面倒ねぇ……。
「判りました。 貴方も、使節団の一員として認めます。 此方へ」
くるりと踵を返して、先導し始めたんだ。 とっとこ先を行くバステト公爵閣下。 まぁ、高位貴族の中でも、きっと公爵位ってとんでもなく高い位だから、私みたいな「人族」の「半妖」である、「男爵令嬢」なんて、ほんと、ゴミみたいな存在なんだろうなぁ……。
そこんところも、気に入らないのかなぁ……。
バステト公爵閣下が目指す先は何となくわかった。 デカい馬車が待ってたからね。 六頭立てだよ? 豪華な装飾が付いてんだ。 まぁ、びっくりだよね。 一応国賓扱いなのかな? それとも、この人の持ち物なのかな? まぁ、いいや。
その馬車の側まで行くと、数人の従者が待ってたの。 馬車の扉を開けてくれる人、御者らしい人、随伴者らしい人、護衛さん……。 まぁ、割と大人数。 正式な使節団だしね。 相応の対応なんだろうね。
「どうぞ、ご乗車下さい。 これより、街に入ります。 多重結界が張られているのですが、この中ならば、すり抜けられます。 皆さん、「簡易滞在許可書」は、お持ちですね?」
サリュート殿下を含め、みんな頷く。 勿論私もね。 なんか、ちょっと残念そうな表情を浮かべやがったな、私の顔見て、このおっさんめ!! 抜かりねぇよ! ちゃんと、使節団の一員として、転移門の詰所で登録してあるよ!! なんか、いちいち、腹立つよなぁ!!!
馬車に乗り込み、ガタゴト走って、重結界を抜けて、街に入るんだ。 大きな街だよ…… きっと、殿下達は見た事無いような街並みが続いてるんだろうなぁ。 私にとっては、物凄く懐かしい感じがしたんだ。
待ちゆく人は違うけど、その町は、まるで…………、
「日本の街みたい」だったんだ。
観光地じゃ無く、その辺のありふれた風景。 でも、テイストとか、雰囲気と言うのが、まるっきりそっくりなのよ。 車の代わりに馬車が行き交ってるけど、魔人とか魔族の人達が闊歩してるけど、その街並み自体は……、 紛れもなく見知った街並みだったんだよ。
なんか大きな駅舎みたいな所の車寄せに馬車は止まったんだ。 でね、馬車から降りる様にバステト公爵閣下に言われたんだよ。
「本日は国定の祝日でも有ります故、全役所は閉館しております。 アレガード様の御座所もまた然り。 そこで、皆様に一つ提案が御座います。 アレガード陛下におかれましては、本日ご自宅でお過ごしに成られておられます。 この街で、陛下の元にあなた方だけで、向かわれるのは如何でしょうか? 聖女様の御力が有れば、造作も無い事かと?」
ガムデン伯爵様、言ってたなぁ、そう言えば。 側近は底意地が悪いって。 バステト公爵様のお言葉に、殿下達は色めき立ったよ。 そうだよ、国賓扱いなのかと思えば、勝手に国王陛下に会いに行けでしょ? ほんと、対応が滅茶苦茶。
「さても、素晴らしきお嬢さんである、聖女様におかれましては、その ” 聖なる ” 御力で、我が主を探し出し、「百年条約」の更新をお願いされる事など、簡単にできますでしょう! 使節団の方々の宿は、お取りしておりません。 ―――我が主と御会いできるような方を市井の宿になど、お泊り頂くのは、不敬の極み。 夜の闇が落ちる前に、我が主と、お逢いできなかったら、この駅の前に、お越し下さい。 そこから、宿などをお探ししましょう」
慇懃に、上から、さも「いい事」を「思いついた!」みたいな顔で、語り掛けて来やがったんだ。 こ、コイツ……! 馬鹿にしやがって!
そもそも、なんで私のせいにするんだよ。 私の事をなんで、「聖女」とか勝手に呼んでんのよ。 魔族達のが勝手に呼び始めたんじゃ無いの。 私はずっと否定してるんだ。 そんな大それたもんじゃねぇって。 …………クソッ!!!
「ソフィア、出来るか? 何故か、物凄く腹が立って来た」
こっそりと耳打ちをする、殿下。 黒い瞳に剣呑な光が宿ってるよ。 うん……。 ちょっと、無理かな? 初見の街で、アレガード国王陛下が、どんな人かも知らないし、そんな特定の人物を探る「魔法」なんて知らないよ?
なまじそんな魔法が有ったとしても、この広い街をどうやって、日没までに《探索》するんだよ! ある意味、これって究極の「審問」って奴じゃねぇか。 それも、私に課せられた。 アレガード様が何処に住んでいるかって、知らないといけない奴。
でも、ここまで来れたんだから、「百年条約」の審問は通過してるって事だよね。 つまりは…………、 コイツの目的は…………、 私? 私の排除なの? 私だけが「審問」を通過出来ていないって事にしたいの? 何か……あるの?
私を嘲笑する以外に、何も無いんだったら、安全の為にも、皆で、オトナシク休日が明けるの待ってた方が………………、
――― えっ!!!
お声掛けしてくださった殿下に対して、無視する様な無礼な私の態度には「訳」が有るんだ。
――― ある物が私の視線を捕らえて離さなくなっていたんだ。―――
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殿下の言葉とか、バステト公爵閣下の言葉とか、吹っ飛んだ。 思わず凝視しちゃったモノが有るんだ…………。
デカい駅かと思ったら、本当に 「 駅 」だったんだ。 ここ……。そして、目の映っているのが路線図…………。
見覚えが有るんだよ…………現在位置…………。 うん、やっぱり少し大きく書かれている。 その路線の駅の配置とか、支線の伸び方とか…………。 それは、紛れもなく…………。
此処、勤めてた「会社」の最寄り駅じゃない…………。
心を揺さぶる出来事に、私の「記憶」は、呼び覚まされたんだ。 懐かしくも、追い求めていた風景。 二度と見る事の叶わない風景が……、 目の前にあるんだよ。
そして、この街を作った人が意思をもってこの配置にしたとすると…………。 もしかしたら、その人…………、 まさかね…………。 でも、こんなに似通ってるなんて…………。 都市計画したの………… ” あの人 ” なの?
半分夢遊病者の様に、バステト公爵閣下に訊ねていたんだ。
「この街をお作りになったのは…………、アレガード陛下に在らせますか? 街を発展させる指針をお作りになったのは?」
「はい、アレガード陛下が至高の階を昇られた後、この街は作られました。 それが何か? この街の全ては、アレガード陛下の御心に御座います」
何を聞くんだ? って、感じで返された答えに、ある「予感」が、強く私を捕らえたの。 まだ確信とは成っていない。 こんな街並みを、わざわざ作った。 そして、街の入り口に、わざわざ「この駅」を置いたって事が理由なのよ。
震えが身体を襲う。 居てもたっても居られなくなった。
「国王陛下のお屋敷は……、わたくし達だけで行ってもよいと、仰りましたね。 本当ですか?」
「ええ、まぁ、無理でしょうけど。お休みの日には、たとえ重臣と言えど、おあいに成りませんし……」
もう、バステト公爵閣下の言葉は、耳に入ってこなかった。 この街並みを作り出されたのは、アレガード国王陛下に間違いないらしいね。 自慢タラタラだしね。 い、今は落ち着こう。 日本の、この街の辺りを、良く見知っている別の人かもしれない。
街の配置から、たまたま「この駅」が、この場所に来ただけかもしれない。 アレガード国王陛下様が、記憶を保持したまま輪廻しちゃったのか、此方に流れ着いた ” 渡り人 ” なのかは、判らないけど、……でも確実に、記憶を持っている人だって……、 そこだけは、分かったんだよ。
確かめなきゃ……。
殿下に対し、” 一緒に来ますか ” と、宮廷言葉のハンドサインだけで、お訊ねしたのよ。 間違っていたら、とんだ無駄足を踏ますことになるしね。 でも、殿下さも当然のことだって言う表情をしながら、殿下は ”私との同行” を、求められたんだ。 ハンドサインで返されたよ。
皆は?
其々、” なんの問題も無い。 ” って、サインを送ってきている。 私の我儘に付き合ってくれるの? 本当に? 一斉に ” 仲間だろ! ” って、サイン……。 嬉しくって、頷いちゃったよ。
もし、私の予測が正しければ…………、
そして、この先も記憶通りだったら……、
行きましょう!
” あの人に逢うために!! ”
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駅舎に入って、路線を確認する。 二人が暮らして居た所までは、途中一回の乗り換えを含め730円区間。 えっと、お金……違うんだった。 路線図から行くべき場所の金額を確認するの。 大きな路線図の下に、切符の自販機らしきものが有るんだ。 これも、殿下達は見た事無い筈。 なんかの魔道具かなって顔をされているね。
お金を入れて、ボタンを押すの。
五枚の切符とおつりが出て来た。 もう、金額なんか、確認してないよ。 大銀貨ニ、三枚放り込んで、お釣りも出て来たから、いいんじゃないか? それで、その切符を、皆に手渡してから、改札に向かうの。
「切符は、無くさないで下さい。 あそこにいる方に見せた後、皆さん、各人で保管してください。 降りる時に必要ですから」
「 お、おう……。 何だかわからんが、ついて行く」
殿下が戸惑っているの。 でも、もうそんな事も、どうでもよくなったよ。 改札を抜けて、行先を確認して、三番線って書いてあるホームにいくの。 これも、私の記憶通り……。 ホームの鉄路に長い箱状の車両が何両も並んでたの。 目的の乗換駅までは、”急行”だよね。
空いている車両を見つけて、乗り込むの。 車両は、自走出来ないタイプの本当の箱状のモノだから、”スレイプニール”六頭で曳くらしいのよ。 まぁ、機関車みたいなモノね。 ”スレイプニール”が先頭の車両の方に連れて行かれるの見てもう直ぐ、発車だと思ったんだ。
だって、時刻表無いんだもの。 あのおっさん、バステト公爵閣下は、確認の為か、私達が騒動を起こすのをニヤニヤ笑いたいのか、つけて来てやんの。 知るか!! ストーカーめ!!!
乗り込んだ、車両の中も、なんか変わりが無いんだよ、私の記憶中と。 違和感がどっか行ってる。 記憶の中と同じなんだよなぁ……。 つり革とか、中吊り広告まで……。 何なんだ? ほら、殿下が当惑してるよ。 他の三人もポカンとした表情だった。
長ベンチシートが開いてたから、座るの。 でっかい窓も付いてるよ。 箱の中だけど、狭苦しく感じないんだ。 殿下達も ” 訳が分からない ” といった表情だったけど、オトナシク付いて来てくれてた。 シートに座ってからそんなに待つ事も無く、列車は動き出したんだ。
「何だコレは?」
「乗合馬車を大型化したようなものですかね。 しかし、大きい。 そして、何台も連なるとは…………」
「エルガンルースでも導入出来ないのだろうか?」
「…………まずは、魔獣スレープニールを飼いならす事から始めませんと……。 馬ではこのような大きいモノを引く事がでけません。 また、鉄路と言われいましたよねコレ。 車輪が鉄の帯の上を走るみたいでした。 この車両といい、敷設する鉄の帯といい、我々には重すぎる課題でしょう。 一朝一夕には…………」
サリュート殿下と、エルヴィンが会話する中、私は車窓の外側の景色を見ていたんだ。 私の目に写り込む景色は、記憶のままとはいかなかったけど、ほんとによく似てたんだ。 まさしく、徹夜明けの休日の早朝って感じだよ。
あの時は、はやくあの人に逢いたくて、朝ごはんも食べず、飛んで帰ったなぁ……。 日に照らし出された、車内がどうにも記憶を刺激するんだ。 鉄路を走る列車は、ドンドンと進む。 いくつかの「駅」をすっ飛ばす。
風景は、飛び去る様に流れ、私を ” あの場所に ” 連れて行ってくれる。
それは、余りにも 普通の……、
……日常的な事なの。
心の奥底で、「それ」は、確信に近づいて行くんだ。
でも、決めつけない。
もし違ったら、勘違いだったら、
立ち直れないかもしれない。
此処まで来て、心が折れてしまったら、
ミャーに顔向けできないもの。
だから、冷静に、冷静に。
って、
そう、自分に言い聞かせたんだ。