――― ミャー=ブヨ=ドロワマーノ ーーー
【恵風月】の霞が掛かった夜空に、
大きな満月が掛かっていたんだ。
青白い光が、光の粒の様に降り注いでいたんだ。
月の光の中 思う人は、たった一人。 その光を固めた様な髪を、幾度梳いて整えた事か。 紅い瞳に映るミャーの顔を、幾度見た事か。 こんなにも長い間、離れた事なんか無かった。 こんなにも、側に居たいと願った事は無かった。 月の光に面影を探すんだ。
待つ身は、辛い。 今すぐにでも探しに行きたい。
でも、それは、決して叶わない想い。 闇雲に歩き回っても、心が削れるだけだと、諭されたんだ。
「待ちましょう。 きっと、帰って来られるから」
そう言って下さったのは、仮初の主人。 彼女もまた、「待ち人」なんだ。 ミャーと同じで、辛い時間を過ごしているんだ。 でも、諦めはしない。 一人では無理でも、二人なら…………。
****************
ソフィアからの連絡が途絶えたんだ。
ソフィアは、超長距離念話だって、言ってたんだ。
たった、月に一回。
それが、ミャーの生きる希望だったんだ。
《ノルデン大王国》の人は皆優しい。 ユキーラ姫も、ミャーを姉妹の様に扱って下さる。 専属侍女なんだよ? でも、姫はそんな事、微塵も感じさせず、ミャーを側に置き続けるんだ。
最近、幾度も《ナイデン王国》からの使節団がいらっしゃった。
ユキーラ姫にも面談を求められていた。
彼女は、一切取り合わなかった。 一国の姫君にして、それはどうかと思うんだけど……、 そこには突っ込まない事にしたんだ。 だって、それは……ある意味、ミャーを護って下さってるのだから。
月の光の差し込む、王城の回廊。 空を見上げているミャーに、一人の獣人族の男性が声をかけて来られたんだ。
「ミャー殿。 やっとお逢いできた!」
強面の、狼面に親愛の表情を浮かべた、ナイデン大公様。 こんな王城の奥深くに居ていいのか? 外交官特権使い倒したのか? まぁ、別にいいけど……
「ナイデン大公様におかれましては、ご機嫌麗しゅう御座います」
「堅苦しい挨拶は抜きだ。 どうだ、承諾してもらえまいか?」
「なんの、お話で御座いましょうか?」
キョトンとしてしまった。 まさに寝耳に水。 なんか、ユキーラ姫は、ミャーに関しての情報は徹底的に遮断している感じ……。 ミャーの情報収集は、主にエルガンルース王国に関してのみだから、ミャーの情報は、ミャーには入ってこない。
「聴いておらんのか? う~む………… では、お願いを聞いてもらいたい」
「わたくしが聴いても問題ないモノで御座いましょうか?」
「むろん。 いや、貴方に是非聞いてもらいたい。 我が主、ツナイデン王に置かれては、ミャー殿に《ナイデン王国》に来ていただけたら、と、心の内を吐露されました。 遠くにあっても、ミャー殿はツナイデン国王陛下にとっては、姪に当たる御方。 それを、《ノルデン大王国》の一介の侍女に留め置くのは…………」
「わたくしの望みに御座います。 ご了承も頂けたと、理解しておりましたが?」
「いや、曲げて頼みたいのだ。 ミャー殿にお逢いしてから、ツナイデン国王陛下は、事有る度に、ミャー殿の事を御心に掛けていらっしゃる。 そして、なにより、ソフィア殿が居ない今、《ノルデン大王国》に留まる理由など…………」
「お断りいたします。 わたくしは、主、ソフィアとあります」
「しかし、偽物では御座いませんか。 もうソフィア殿は…………」
「お話する事は無いようです。 ソフィア様は生きていらっしゃいます」
「いや、しかし!」
「これ以上、ミャーの感情を傷つけないでください。 抑えられません」
眼に剣呑な光が宿るんだ。 極力、怒りを抑え、表情を変えずに……。 此処で武器を出したり、攻撃したりしたら、この国の人に大迷惑だ。 ソフィアみたいに、奔放には行かないよ……。
でも…………、
ソフィアが身罷ったと、感じているのは、何もナイデン大公様に限った事では無いんだ。 幾人もの人にそう言われた。 ミャーは耐えているんだ。 ソフィアは懸命にミャーの所に戻って来る方策を探しているんだ。
「ノルデン大公様、其処までにして頂きたいですわ。 わたくしの専属侍女に、わたくしの許可なくお話するのは、宜しくは御座いませんわ。 お分かりになられる筈ですわよね」
にこやかに、微笑みながら、ユキーラ姫が優雅に、そして迅速にミャーの側にやって来たんだ。 ナイデン大公様の御顔に ” しまった ”という感じの表情が浮かぶ。 ユキーラ姫がミャーとナイデン大公様の間に身体を滑り込ませる。
そう、ユキーラ姫様も、信じている。 ソフィアが生きているって。 何故かと問うたら、朋だからって、微笑みながら答えられたんだ。
ミャー達は、望みの無い未来を望んでいるの?
来ない未来を切望しているの?
違う……!
ソフィアは生きている。
月に一度…………、
彼女からの便り…………。
今は途切れてしまっている、その便り…………。
でもね、最後の便りの時、彼女は言ったんだ…………。
” 道は見えた! これから帰還の準備に入るわ。 待ってて。 必ず帰るから!! ”
とても明るい声だったの。 ミャーは、嬉しかった。 その時を待てる歓びを感じていたんだ。
信じているからね。
ソフィア。
ミャーは、貴女を待つの。
何が有っても。
何と言われようと。
ミャーは、貴女を、信じているの。
でも、こんな夜は、思うんだ。
一目だけでも、一瞬でもいい、
逢いたいよぉ…………。 ソフィアぁ…………。