第144話 「 百年条約 」 10
ドラキュリア公爵様の尽力が功を奏したんだ。 公爵様がお帰りに成るのは、ワイバーン便。 それには同乗出来ないから、どうしたものかと、色々と此処から移動できる方法を考えて下さったんだ。
ココの職員さんが、城壁の定期メンテの時期に来ていると、公爵様にお話したのがきっかけだった様ね。 定期メンテって……。 まぁ、そんな感じの事を仰ったのよね。
前に教えて貰った事なんだけど、城壁は全部 ―――特殊なゴーレム製――― だからね。 魔法生物だけど、生き物なんだ。 時々、動かしてやらないいけないみたいなんだよ。 殆ど、錬石製のブロックみたいに見えているけどね。 ちゃんと手とか脚とかもあるらしいんだ。
互いに手を、足を取り合って、頑丈な壁に成ってるんだって。 でも、ずっとそのままだと、生き物的に問題が出るんだって。 そりゃそうよね、たまには、 ”うん! ” と、伸びしたりコリをほぐしたりしないとねっ!
「ちょっとした「使命」を与えてはどうかと思う」
「と、言われますと?」
「定期解放にしても、結合を緩めるだけであろう」
「はい。 左様に御座いますが、何かお考えでも?」
「西側の城壁全てで行われるのだったな」
「はい…… 左様に御座いますが?」
ココの常駐の人と、公爵様がお話している処に偶然立ち寄ってた私。 いや、別になにかを狙ってた訳じゃ無いんだよ? ワイバーン便に一人づつ、乗っけて貰おうとか……。 あはははは!! 不可能じゃないもんね。 ただちょっと、厚かましいだけでさぁ……
職員さんと公爵様は、何やら魔方陣を手に出して、相談されていたんだよ。 それは、ゴーレムさん達の制御魔方陣。 城壁の壁としての役目を規定している奴だよ。 それを出して色々と弄ってらっしゃったの。
「…………で、ココをこのように改変する」
「なるほど、一気に全ゴーレムと言う訳ですか。 しかし、これでは城壁自体が崩壊しかねませんね。 …………では、こういった方式では?」
興味がとっても湧いて出て来た。 なんか、面白そう。 近寄って、その魔方陣を覗き込んでみたんだ。 お二人とも、私が近くに行っても、さして問題にはされてない。 本来ならば、極秘となる、城壁ゴーレムの制御魔方陣なんだけどなぁ……。
「興味深い魔方陣で御座いますね」
「おお、聖女ソフィア様、なにか御用事でも? ……ちょうど、我はあなた方の移動方法を、模索しておって、使えるモノが見つかったばかり。 城壁ゴーレムの定期解放に合わせ、使節団の方々を運べないものかと思案しておりました」
「わたくしも、公爵様にワイバーン便の同乗をお願いしようかと、思っておりましたの……。 それよりも、良きお考えなのでしょうか?」
「あぁ、ワイバーン便。 済まない、アレは一人乗りで、同乗は出来ぬのだ。 魔獣との契約にも抵触する。 それに、使節団の皆様の荷馬車も運ばねばなるまい? アレには、装備、備品が保管されている。 道中を保証するべき資材であろう。 アレを置いては行けまい」
「確かに…… 左様でございました。 浅慮、誠に申し訳なく思います」
「いや、いいのだ。 しかし、「試練の回廊」は、ご覧の通り、泥濘に沈んでいる。 荷馬車での移動は不可能だ。 まして、その少人数。 荷馬車の荷物が無ければ、北の端にある跳躍門までは辿り着けまい……。 そこでである、この際、城壁の上を走るという事を思いついたのではあるが、基本的な防衛機構を停止する事になってしまうのだ」
「なるほど…… そこで、城壁の定期検査を利用するという事なのですね」
「あぁ、その通りなのだ。 しかし、ヘタに弄ると城壁自体が崩壊しかねん。 どうしたものかと……」
じっくりとその魔方陣を見せてもらったんだ。 なかなかに見事なものだったよ。 破綻も無いし。 ガッチリと組み上げられているね。 荷馬車が城壁の上を走ると、自動的に防衛機構が働き、荷馬車を「試練の回廊」へと叩き落す事になってしまうんだよね。 この機構を止めると、城壁の防衛力を全部無効化する事になってしまうから出来無し、いくら公爵様でもそんな権限は持っていないもの……。
定期メンテに関しては、城壁ゴーレムさんの様子を見ながら、随時組み替えが出来る様に、設定されてたんだ。 権限としては、こういった施設の施設長さんとかが出来るって、魔方陣に記載されてたんだよ。 公爵様なら問題はないよね。 だって、高等弁務官様だよ? 魔王様達に継ぐ権限をお持ちなんだよ。
でもさぁ、荷馬車を運ぶっていっても、城壁全体にそんな事を組み込むとどえらい事になるんだ。 下手すれば、城壁の崩壊を招く結果になりかねないし、注意喚起するにも、事態が何処まで広がるかも想定できないもの。 手詰まりになってんのよ。
色々と頭の中で、想定していくの。
精査していくとね、隙が有るのよ。 隙がね。 城壁の立ち上がりと、天井の境目。 直角に交わる角っこ。 隣り合う城壁ゴーレムさんの数が他と比べて格段に少ないの。 干渉する城壁ゴーレムさんが少ないって事よね。
コレ、行けるかも……。
「公爵様、ココ、改変できますか? ええ、立ち上がり上端のみの改変ですが」
「うむ……。 面白い所に目を付けられましたな」
なんか、面白そうに私を見詰めてる。 施設の方も、楽しそうに私を見てた。 まぁ、変な考えを出すのは、得意だよ。 こっそりと、技術的ブレークスルーって自分で呼んでた事なんだ。 常識的に考えれば無理な所も、別視点……っていうか、その技術に精通していないが故の視点って有るじゃない。
其処が、面白視点であり、困難を越える鍵でも有るんだよ。
結果、大変面白い事になりました。
城壁側面に手を出してもらって、その手で荷馬車を運ぶって事なんだよ。 イメージ的には、城壁ゴーレムさん達による、” 大玉転がし ” な、わけよ。 きちんと制御できる城壁ゴーレムさんだから出来るワザでもあるんだ。
三人でワイワイやってたら、マーリンが来たんだ。 でね、ちょっと魔方陣を見て貰ったんだ。 あぁ、その改変する部分だよ? 全体じゃ無いよ? いいよね?
マーリン唸ってた。
「レーベンシュタイン。 お前、この発想、何処からでたんだ?」
「えっ? ええ…… 波止場で荷物を運ぶ人夫さん達が、大きな荷物を手渡しして行く様を思い出しただけに御座いますが?」
「……そ、そうか……。 荷運びか……」
「ええ、左様に御座いますわ。 大事な荷物を迅速に運ぶ事に「全力」を傾ける人達のワザに御座いますの。 船一杯の荷物を、短時間で運び出す様は、それは壮観でしたのよ?」
絶句するマーリン。 知らんかったのか? あぁ、高位貴族様には、無縁の世界だからなぁ。 下々の生活は、彼等にとっては未知の世界だもの。 お上品で、優雅さなんかとは、対極にある、荒々しく効率を追求した結果の動き……。 想像できんだろうなぁ。
「ま、魔方陣的には問題は無い。 安全性には疑問が残るが、制御魔方陣としては一級品だと考える。 いや、精緻で厳密な分、余裕が欲しい所では有るがな」
「例えば?」
「そうだな、”揺らぎ” と、言うべきモノなのだが、こうやって運ばれる荷物である荷馬車は基本的に全く動かない事を想定しているだろ?」
「ええ、移動時には、重力魔法で仮想の床を作ります、風の天蓋を張りますから、基本的には動きは無いと」
「あぁ、基本的には。 馬は? 中で動く我々は? たとえ、重力魔法で床ごと荷物化するとしても、その中での動きが重心を狂わせる。 まぁ、大勢には影響はないがね。 考慮に入れたのか?」
「いえ……、 考えていませんでした。 どこから、その御考えはどこから?」
「以前、王宮でワイバーンの幼体を見せて貰った事が有る。 あぁ、「天蝎宮」でな。 その時に運び込んでいた者達が、途中で暴れて荷馬車から落ちる所だったと レーベンシュタイン、お前の発想の話から、話していた事を思い出した」
「なるほど……。 固定方法を変えるか、考慮に入れるかですね。 判りました」
やりおる……。 マーリン、本当にやりおるな。 私の話を切っ掛けに、こうやって思考を巡らせることが出来る奴になったのか……。 側近には、必要な資質だよ。 ホントに良かったよ。
―――――
まぁ、私達の話は置いといて、公爵様が手配を始めて下さったんだ。 荷馬車ごと、跳躍門に行けるように、城壁ゴーレムさんのメンテに合わせて、魔方陣の改変を実施してくださったんだよ。
さぁ、これで、跳躍門に行く道が整ったんだよね。 有難いよ。 公爵様に感謝だよ。 全ての手筈は、整った。 施設の皆様にも大変お世話になった。 美味しいごはん、暖かい寝床。 ゆっくりと過ごさせて貰えた。 「試練の回廊」の内部では、本当に異例中の異例だよね。
精霊様、感謝いたします。
【穀雨月】 十日。
私達一行は、跳躍門に向かって浄水施設を出る事になったんだ。
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殊の外、荷馬車の「大玉転がし」は、上手く行ったんだ。 誰も不安に思う事も無く、静かに、素早く、私達は城壁の縁を、城壁ゴーレムさん達の ” 手! ” で、運ばれて行ったんだ。
出発する前に、公爵様にはもう、これ以上ない位の感謝を捧げたんだよ。 みんなでね。
「マルキド=エム=ドラキュリア公爵閣下。 「審問」、誠に有難くありました。 さらに、行く道を見出して頂いた事、感謝の念に堪えません。 どうか、御息災で。 貴方と出逢えた事、我等 「使節団」 誠に幸せな事に御座いました。 有難うございました。 使節団の長として、サリュート=エルガン、感謝を捧げます」
「友誼を結んだ、朋の困難を解決するのは、我等にとっては当たり前の事。 また、何時の日か、逢う事があれば、酒など酌み交わしたいものだ。 「百年条約」の更新と締結。 完遂される事、祈って居る。 さぁ行かれよ、異国の朋たちよ」
殿下……。 黒髪を揺らし、真っ直ぐな瞳で公爵閣下と対峙し、右手を差し出す。 公爵閣下も、何の衒いも無く、その右手をしっかりと握る。
少しの間だったけど。 ほんの束の間の事だったけど。 私達と魔族の間には、しっかりとした信頼関係が築かれてたと思うよ。 大協約の精神が、具現化されたと言ってもいいと思う。
馬車に乗り込み、先を目指す。 城壁のすぐ脇に連れて来ていた荷馬車を、重力魔法床を紡ぎ出した仮想床に乗せる。 それを城壁ゴーレムさんが持ち上げ……次に渡す……。 そして、次に……、さらに次に……。 徐々に地面から離れ、城壁を上って行くんだ。
次第に遠くなっていく、浄水施設。 名残惜しそうに施設の方が手を振ってくれている。 城壁上端の端っこに着いた頃には、もうすっかり小さくなってしまったよ。 陽はまだ高い。 城壁ゴーレムさん達の滑らかな動きは、驚くべき速さで、荷馬車を運ぶ。
眼下に広がる、泥濘が続く「試練の回廊」 あそこを征かなくて、本当に良かったと思うよ。 ずんずんと先を目指す私達。 やがて陽は落ち、夜になる。 荷馬車の中で簡単な食事をして、眠る。
こうやって眠っている間も進めるなんて……。
素敵ね。
きっと、「試練の回廊」を抜ける速度は、歴代最速だったと思う。
僅か二日で、跳躍門が有る場所に到着したんだ。 そう、「試練の回廊」の北の端。 抜けきった者だけが、その眼に写せる光景が、私達を待っていたんだ。
あれだけ降っていた雨も、ココでは一粒も落ちていない。 どんよりとしていた筈の大空は、抜ける様な蒼天。 朝の陽の光は、眩く慈愛と活気に満ち。 到着した私達を、歓喜と共に出迎えてくれるかのようだった。
何本もある、巨大な柱は、斜めに傾いでいる。 しかし、廃墟では無い。 計算され尽くした建築様式。 床は白大理石。 なにより、広大なその空間は、精霊様の御加護が濃いらしく、キラキラと光が舞い落ちていたんだ。
「美しい場所だな」
「ええ」
思わずと言った調子で、サリュート殿下の声が掛かる。 私だって、同じ思いだ。そこは、まるで……、
白亜の大聖堂。
女の子ならば、憧れる様な場所。 中央の聖壇は、まるで精霊様の御座所。 こんな場所で結婚式を挙げられるのなら……。って、思ってしまう。
あの人と一緒だったら……、
隣にあの人が居たなら……、
私が、そんな想いを浮かび上がらせるくらい。
神聖に満ち満ちた、場所だったんだよ。