第142話 「 百年条約 」 8
寝た~~~。
バッチリ眠ったぁ~~~~。 いや、マジ精神的に消耗しつくしたんだ。 勿論、魔力的にも、体力的にも問題は無いよ? ホントだよ? でも、何かがガリガリ削れた様な気がしてたんだよ。 やっとこ復活したのは、「審問」が終了した日から、二日も経ってからだったんだ。
つ・ま・り 【穀雨月】に突入しちゃってたって事なんだよ。 ザックリ言って、お外は雨。 篠突く雨なんだ。 こっちの地方にも ” 穀雨 ” は降る。 雨季の様に、ドッサリと降るんだ。 足止め喰らってんだよね。
問題は二つあるんだ。 二つね。
一つ目は、荒れ地は泥濘と化して、荷馬車では動けない。 行ったとしても、車輪が泥に埋まって、まともに進む事なんか出来やしない。
稲光と、雨のせいで、ちょっと憂鬱な気分。 休ませてもらってたお部屋には、大きな窓が付いててね、「試練の回廊」が一望できるんだ。 古文書とか、色んな文書でね、使節団が良く来るのは、【愛逢月】って書いてあったんだ。
理由がね、こっちの冬は乾季だから、それに寒くない。 いや、温い位なんだよ。 カラカラに乾く季節でもあるんだ。 でも【穀雨月】から後の夏の季節……。 時折、ザンザンと降るんだよ、雨が。
この試練の回廊には、川も、湖も、地下水脈さえないって、魔法薬局【カロンガロン】のブリンクさん教えられたけど、これだけ降れば、行けるんじゃねぇの? って思ってたんだ。 それがね……、 ダメなんだよ。 土ににね、問題があるんだ。
そう、それが、もう一つ問題の原因。
この回廊周辺の土ってね……基本的に土じゃ無いんだ。 崩れた岩なんだ。 地表類もまばらで、灌木が少々って、荒れ地でね。 保水力がまるでないんだ。 平坦な場所な癖に、北から南に緩やかに下ってるんだよ。 だから、大雨が降ると、泥流となって、レテの河に流れ込むし、途中に大きな穴ボコあっても、あっという間に干上がるんだ。
結果ね、細かい泥が残っちゃって、側道が無くなるの。 白い道を外れたら、それで、ジ・エンド。
カロンの街の大門から続く白い道は、そんな大地に引かれた唯一の道。 長い年月をかけて、石を積み上げて、魔族達が作り上げた、跳躍門まで続く、唯一の街道なんだ……。
そこから外れちゃった私達は、もう完璧に足止め喰らってるって訳。 この試練の回廊の城壁にある施設でね。 三番目の「審問」の為に、白い道を外れちゃってるって事が、大問題なのよ……。
これじゃぁ、先に進めないよ……。
はぁ…… どうしよう。
――――――
起き出せるようになったから、皆の居る大部屋に行ったんだ。 なんか、凄く寛いでらっしゃるね。 と言うか、寝てたの?
「サリュート殿下。 すみませんでした」
「いや、謝るのは俺の方だ。 無理ばかりさせているな」
「勿体ないお言葉……。 皆様は? 此方でお休みに成って居られるのですか?」
「あぁ、マクレガーも、マーリンも……、 エルヴィンもな。 この使節団を編成して、王家墳墓の谷で、転移門を開く時から、無茶ばかりしてたからな。 こんなにも心安らかに、眠れたのは、こいつ等にとっても、一年振りかもしれんな」
「サリュート殿下は……、 如何でしょうか?」
「俺は……、そうだな。 次の「審問」が気掛かりと言えば、気掛かりだが……。 強き意思の「審問」だったか」
「はい。 誘惑に負けぬ強き意思を示せですから」
「何となく、理解できるよ、その「審問」は。 此処までの道程……。 張り詰めた気持ちが何処まで持つかと言う事だろうな。 「誘惑」かぁ……。 誰が「審問」官だろうね」
「……この項目だけは、記載されて居ないんです。 何処でその審問を行うかも」
「そうか…… 暫くはココに足止めを喰らう。 ドラキュリア公爵閣下が、跳躍門までの道を探ると、仰って下さった。 それまでは、此処に居ろと。 今、外に出ても、遭難こそすれ、決して跳躍門には行き着く事は叶わないと……な」
「左様でございましたか」
「無理と無茶は承知だが、お前たちの命には代えられんよ。 見て見ろ、外を」
サリュート殿下は、彼等の大部屋にもある、大きな窓を指示された。 強い雨が、カーテンの様に視界を塞いでいる。 遠くに見えていた丘は、濁流の中に所在なさげに震えている。 アレでは、もう直ぐ濁流にのみ込まれてしまうだろうね。
「この中を荷馬車で移動……。 どんな魔法を使おうとも、不安は残る。 残らざるを得ない。 万が一誰かが、濁流に落ちたら……、 もし、荷馬車が途中で壊れたら……。 危険すぎるんだ……。 使節団の指揮官としては容認できない。 こんな事になったのも、エルガンルースを出るのが半年もズレ込んだからだ。 己の不甲斐なさに、もう笑いしか出んな」
「殿下……」
苦い笑いをかみ殺したような、端正な御顔。 黒い瞳が、天空を掛ける稲妻を目で追っていたんだ。 心底、悔しそうな御顔でね。 マクレガーも、マーリンも、そして、エルヴィンも、皆、人族以上の能力を示した。 その結果を大切にしたいと、その眼は訴えていたんだ。
次の「審問」に向けて……、 何が出来るか。 何をなさねばならないか……。 自分の護るべきモノは何か。 深く考え込むサリュート殿下に、私は何も言えずにいたんだ。
――――――
ココのご飯も美味しいんだ。 なんだかんだ思いつつも、やっぱりお腹は減るしね。 起き出せたのは私だけじゃ無くて、皆もそうだったんだ。
ドラキュリア公爵様の御厚意で、弁務官様達とも、会食が出来たんだ。 彼等にとっても、この足止めは痛いらしいの。 本城でのお仕事がたまる一方だと、ボヤいてらしたわ。 でも、そんな中でも、サリュート殿下達との交流はしっかり取られててね、お互いの情報交換と言った場に成ってんのよ。
公爵閣下様は主に殿下と、そして、弁務官様達は、エルヴィン達とね。 互いにそれぞれの立場での愚痴やら ぼやきやら を、交わす内に、仲良くなってね。 いい事だよ。 私はその様子を見詰めていただけなんだけどさっ!
弁務官様のお一人が、城壁の屋上に私を誘われたのよ。 一人で、ボッチ拗らせたからかしら? メイドさん何人かも御一緒に行く事になったんだよ。
勿論、あのコートを羽織ってね。 だって濡れるじゃないの。
城壁の屋上は、広い場所だったよ。 そりゃそうよね、幅も広い城壁だもん。 連なる先は、雨もあって、遠くに霞んで消えているの。 例えるなら…… そうね、「万里の長城」って感じ? いいえ、アレよりも規模は大きいのよ。 絶対にね。
黒雲が渦巻く、「試練の回廊」の天空。 紫色の雲迄見えそうよね。 まるで、「蝕」ね。 ちょっと、黒き森での事を思い出しちゃったよ。 はぁ、瓜生さん……。 今、どうしてんのかなぁ……
大粒の雨は降り注いでるんだけど、不思議と嫌な感じはしないの。
何もかも洗い流すような、そんな、「|生命の回生【リインカーネーション】」を思わせる様な雨。 水の精霊様の気配を強く、強く感じるの。 勿論 全ての精霊様の母さまである、【大慈母神】の気配も、濃厚に感じるのよ。
循環する世界の大いなる流れ―――
その流れに乗る、精霊様達―――
全ての祈りを、願いを、この方々に……、
我等の道行きに、光を。
伏して願奉ります。
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そんなある日、夜半に目が覚めた。 漆黒の夜。 雨の夜。 降り続く雨の音は、もう耳に慣れてしまって、心安らぐBGMになっていたの。 目が覚めた理由は、足音。 扉の外に居るんだ。 ドアをノックもせず、立っているのが、気配でわかる。
でも、これは、サリュート殿下の気配じゃない。 そして、その他の誰のでも無かった。
「誰! ですか……」
口から出るのは、怯えからか、ちょっと震えた声なのよ。 私、なんか……弱っちくなったのかなぁ……。
「失礼、聖女のお嬢様。 随分の勘の良い御方ですね」
滲む様に、扉を抜けて来たのは、妖艶な美女。 抜けるように白い肌、豪奢な金髪、精霊様の様な完璧な御顔。 そして、ちょっと婀娜っぽい、左目下の「泣き黒子」 纏っている衣装は、極めて、アブナイ。 辛うじて大きな胸と、張のある腰回りを隠してはいるんだけど、もう見えそうだよ……
そして、物凄い勢いで周囲に漏れ出している 【魅了】の気配。
私が、「半妖」で無かったら、まず間違いなく、落ちてたね。 コイツ……サキュバスだ。 それも、高位種の、エルダー=サキュバス…… でも、居なかったよね、この施設には。
【魅了】を弾きながら、その女性を睨むように見つめる。 何の用かは知らないけど、夜更けに訪問されるのは、ルール違反だと思う。
「ごめんね、ちょっと、予定が狂ってね。 本来なら、道中で「諮問」する筈だったんだけど、この雨じゃぁねぇ……。 無理でしょ。 だから、【夢渡り】でこっちに来たのよ」
「……この施設で最後の「審問」を行うのですか?」
「ええ、そのつもり。 正規の「証人官」たる、聖女ソフィア様に、立ち会ってもらう必要があるでしょ?」
「不意討ちなんですか? 最後の「審問」は……」
「ええ、そうよ。 通常の「審問」では、使節団丸ごと【魅了】してね、審問するの。 この「審問」だけは、他の審問と違って、結果があいまいなのよ。 たとえ、魔族がこの「審問」を受けても、多分十全な結果は出ないと思うの。 だって、魔族の方が、欲望に忠実でしょ? でもね、最初に言っておくわ、聖女ソフィア。 決して言ってはならない言葉が有るの。 審問は数時間で済むわ。 そんなに長く、【魅了】をかけ続けてたら、正気が抜けちゃうもの……。 簡単な事よ。 その決して言ってはいけない言葉を、あの人が吐かなければ、「審問」は成るの」
「その言葉とは?」
「ふふふ、内緒。 教えてあげない」
「……」
「だって、私、サキュバスよ? ” 聖女 ” って響き、嫌いなの」
「……了解しました。 では、審問は何処で?」
そのエルダー=サキュバスは、ツンって、指を上に向けたの。 と言う事は、屋上かぁ……。 判ったよ。 立ち会う。 着替えさえて。
「支度を致します」
「証文官」の正装に着替え始めたんだ。 その姿を、彼女が流し目で見てくれやがりまして、事も有ろうか、お下品な言葉を掛けて下さりやがりましたのよ。 フン!
「あら、可愛い下着ねぇ……。 お姐さん、そそられちゃうわ」
「残念ですが、手を出されますと、その手、落ちますよ?」
鋼線を一本引きずり出すの。 ガーターからね。 ふふふって、不敵な笑みを浮かべるエルダー=サキュバス。 口元に右の人差し指を押し当てて、ちょっと考えるふりしやがんの。 なに考えてんだか!
「メリハリのある、男好きのする身体つきね。 何人咥え込んだの? ねぇ、聖女さま」
「残念ながら、まだ、お相手には出会えておりませんわ。 そして、”あの人”以外に、触らせる気も御座いませんし」
「あら、勿体ないわね。 貴女なら、王妃でも、皇帝妃でも、思うが儘に出来ると言うのにね、「半妖」の聖女さま♪」
「興味御座いません。 さて、用意が出来ました。 帯同、致しましょうか? それとも、【隠遁】を使い隠れて行きましょうか?」
妖艶な瞳を、薄っすら閉じ、私を見詰めるそのエルダー=サキュバス。 気に召さなかったんだろうね。 だって、彼女の【魅了】、【魅惑】、そして、【淫蕩】全部まとめて、叩き返したからね。 フザケンナ!!!
私はそんな、安い女じゃ無いんだよ!!!
エルダークラスの術に掛かれば、性別なんぞ お構いなしになるって言うじゃないか。 強固な意志を以てしても、その術に対抗するのは至難の業だって……。 だから、掛かる前に、跳ね返して置いたよ。 これでも、長い事「女」してるんだ。 前世も含めてな。
だから、身体と、心が別物だって事は、理解してるんだ。 でも、やっぱり、「女」なんだ。 身体に引き摺られる事もあるんだ。 だから、身を綺麗にしておくのが上策なんだよ。 馬鹿め、日本生まれ舐めんな。 転生者の事、知らなさすぎだ。
女にとってはね、日本って場所はね、欲望を抱けば、それこそ ―――どんなこと――― だって叶う場所なんだ。 でも、その先にあるのは煉獄だって、知っているんだよ。 馬鹿め。
こっちは、寝起きで、機嫌が悪い所に、そんな淫蕩な気配をぶつけやがって、こうしてやるよ!!
ブオン
タジロギやがったな。 そうだよ、【大慈母神】の神域結界だよ。 これで私の周囲2メルテ以内には、お前は入れないからな。
「い、いいわ。 【隠遁】を使って、屋上に。 「審問」を始めます」
「はい。 どうぞ、よしなに。 正規の「証人官」として、見極めさせていただきます。 殿下も、あ な た も」
「いいでしょう、了解しました。 我が名 エリスネール=アフレシアの名を懸けて、全力を以て、「審問」致しましょう!」
バチバチって、なんか火花でも出そうな感じ。 大人げないよ、自己否定されて怒り出すのは。 さて、行くか。
屋上へ。
サリュート殿下の「審問」の立ち合いに…… か。
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雨の音が妙に耳に付く。 いや、屋上の石に叩き付けられてる、雨粒の音だよ。 パチパチ言ってるの。 もう、コートはズックりと水気を含んで重い。 物陰に隠れて、小半刻。 お空から落ちて来る雨の気配は、一向に少なくなる事は無く、無限の水源をもつ「天の水瓶」から振り下ろされているかのようだったんだ。
まぁねぇ、雨の降るメカニズムは知ってるけど、合致しないんだよ…… 此処の地形と。
何らかの恣意的な力が働いているとしか思えないんだよ。 雨の中、立ちすくむ私。 気配を消して、【隠遁】の重ね掛け。 魔人族の闇神官でも、認識できねぇだろうなぁ……
音もさせず、立ち尽くす私。 もう、どっかの彫像みたいになってるよ。
やっとこ来た、足音。
その数一つ。
でも、浮揚魔法かけて、もう一人……。 いや、全部で四人来てるね。 あの、エリスネール=アフレシアって言う、エルダー=サキュバスと、その愉快な仲間達だろうなぁ。 足音は、サリュート殿下。 漆黒の髪、漆黒の瞳。 でも、その瞳の中に光は無いの。
強く、強く、【魅了】、【魅惑】、【淫蕩】が、掛けられているね。 あれ、もう一つあるや……【幻惑】かぁ……。 その手の魔法が、おてのものって事よね。 ―――見守るしか無いのがつらい所ね。 邪魔しちゃぁ、「審問」にならないものね。
サリュート殿下の黒い瞳から、大粒の涙が零れ落ちているんだ。
どんな幻想を見せてるんだ? あの気の強い人をここまで追い詰めるなんて……。 顔色真っ青じゃん。 震えても居る。 誰かを抱き起そうとしている感じの仕草をしている。 ふん! 奴、幻想の中で、仲間を殺したな。
ずっと、自分に付き従って、自分の信念と矜持と誇りを掛けて、すべてをなげうった、仲間を目の前で失ったように、見せたんだ。 嫌らしいね……。 心、ガリガリ削れるよね。 涙が赤く染まって来たよ……。
顔を上げて、周囲を見回して居るから、その表情が判る。
苦悶の表情だよ。
何かを ” 言わそう ” と、してるね。 うん、きっと言ってはダメなキーワードだよ。 強く、強く促されれる。 今度は、暗い天空を仰ぎ見てる……。 目を瞑って……、 何かを……、 重大な何かを決断しようとしとる……。
てに抱えてる誰かを、強く胸に抱いたね……。
そんなに、大事な人かね……。
誰だ?
慟哭が聞こえる。
「必ずだな! 必ず、蘇るのだな!!!」
無茶言うなよ……。 一旦肉体から離れた魂は、二度と肉体には戻らない。 世界の理なんだよ。 人族にはね、この世界には復活の呪文も、蘇生魔法も無い。 辛うじて魂が肉体に繋ぎ留められている場合のみ、蘇る可能性があるんだ。
魔族の、高位の方々は、そうでも無いよ。 【再誕】って奴がね。 あれは、反則だよ。 完全に消滅させない限り、少しでも残っている肉体の欠片に魂をむずび付けて、魔力でもって、肉体を再編成するんだ。 そんで、その中に魂を捻じ込む。
魔力濃度が濃い、オブリビオンでは、ほぼ、元のまま蘇ったみたいに見えるんだもの……。 たとえ、血の一滴、肉片一つからでも、再生しちまいやがる、魔族の王様って、ドンダケ魔力溜め込んでんだ?
そんな方とは、絶対に、戦いたくないです。
だから、サリュート殿下の幻想の中の出来事は、魔法を知っている者ならば、不可能だと言う事が判るんだ。 物言わぬ、魂の抜殻を蘇ったように見せるのは、ゾンビ化の魔法。 それも、一回切りしか使えない奴ね。
そうなったら、もう、その人とは言えないんだよ。
魔獣以下の代物に成り下がるんだ……。 記憶も、感情も、何もかも失くし、本能だけの生き物……。 いや、魔法生物か……。 それにしかなれない。
耳障りの良い事を、話されて居るのでしょうね。 でも、ダメよ。 それは、貴方の決意を揺るがす、自分の信念を腐らせる決断にしかならない。 後悔なんか、後でいくらでも出来る。 最善を、尽くす。 その為には、切り落とさなければならない感情だっていくらでも有るんだ。
それが、国王陛下ってモノだよ。
全ての生きとし生けるもの為に、辛くとも、悲しくとも、せねばならない事があるんだ。 心の ど真ん中に、それが有れば……。
斬り抜けられるよ。
殿下……、
私は……、
信じております。