第135話 「 百年条約 」 1
日に日に灯の光は強く大きくなっていく。
もう数日もしない内に、転移門は開かれると、詰所の人が言って居たんだ。 そうなれば、忙しくなるぞ! って、なんか気合入ってたよ。
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そんなある日、私は……、何故か何時もの喫茶店に、呼び出されてたんだ。 そう、ガムデン伯爵にね。 まぁ、話は大体予想は付くんだ。 どの位の規模の使節団がやって来るのかとか、サリュート殿下の人となりとかね。
正直に答えたよ。
エルガンルース王国のトンデモナイ状況って奴をね。 ガムデン伯爵が、大きな溜息を吐いて、空を仰いだんだ。
「やはり、そうなのか……。 審問軍団の連中も ” やる気 ” が、漲っているのだがね……。 そうならば、やはり、普通のやり方では無理なようだ」
「ええ、少なくとも、全力の戦闘では、あっという間に擦り潰れてしまいます。 規模は……、 最大で一個中隊規模でしょう」
「最少人数となると?」
「……四名……」
「はっ? 舐めているのか?」
「戦闘でも、魔法でも、大協約の知識でも一級の人達です。 誰もが心の底から、精霊様を信奉し、世界の理を十分に理解されておられます」
「……そこに、ソフィア殿が入られると……」
「ええ、そのつもりです。 正規の「証人官」として」
「オブリビオンの……では無く、ミッドガルドの……だな」
「はい」
正面を向いて、真っ直ぐに見つめる。 着用しているのは、アレルア様に頂いた、「証人官」の正装。 一つ違うのは、一番上にフード付きのオーバーコートを着ている事ね。 正体を隠すわけじゃ無くて、私が「証人官」って言うだけで、かなりの緊張を周囲に撒き散らすのよ。 それを避ける為。
コートは、灰色飛竜の革で作ってある奴。 裏地は、ミーモって言う毛長牛の毛織物。 通気性が良くって蒸れないのよ。 灰色飛竜の革ってね、耐火性能抜群な上に、細かい鱗が、メッシュ状の軽い繊維質の上に根本だけが付いてるから、抜群に通気性が良いの。 そのくせ、雨とかは完璧に弾くんだ。 凄いのよ。 高かったのよ。 白金貨二枚ってのは、伊達じゃないんだよ。
手持ちから、このコートを手に入れた時は、ほんと、清水の舞台から飛び降りる気分がしたんだけど、実際に手に入れて、着て見たらもう他のコートが着られない位快適なのよ。 でも、おしゃれ度から言うと……、 まぁ、灰色だし……? いいじゃん、機能で選んでも……。
お陰で、地味な魔法使いみたいなカッコになって、目立たないんだよ。 まぁ、【認識阻害】の魔方陣を裏地に書き込んでるからっていうのも有るんだけどね。
「ソフィア殿……。 実技審問と口頭試問……。 コレを実施致そうかと思います」
「はい」
「人族が、こちらで耐えられるのだろうか?」
「視界がまともならば……。 濃い魔力濃度に関しましては……、 まぁ、慣れの問題でしょう。 多分に気分の問題かと」
「……視界……ですか」
「歪んだ極彩色の中に四六時中居ると、精神を病みます……。 まして、恐怖と共に語られる、魔族の領域となれば。 まずは、其処を……」
「なにか、方法を考えられているのですね」
「ええ……まぁ」
「ならば、その線で纏めます。 中央会議の席でも、状況が要求するならば、その線で纏めよとのお言葉も頂いております」
「宜しくお願い申し上げます」
「ただ……」
「ただ?」
「魔人王の盟主、アレガード様の側近に一人、強情な奴がおりましてな」
「……審問に能わず?」
「有体に言えば、そうなります。 我等の審問だけでは心もとないと。 エルガンルース王国の使節団を迎えるのは、アレガード様。 よって、そ奴の試練を潜らねば、魔人王アレガード様に御目通りできぬかもしれません」
「どの様な、試練なのでしょう?」
「底意地の悪い奴ですから……。 見た目は、魔人族の平均的な漢なのですが、いかんせん、夢の中を渡り歩く事が出来ます。 なにか仕掛けるとすると、”夜”になるでしょうね。 審問が上手く行けば、時間を調整して、朝のうちに到着するようにしますよ」
「お願いいたします……。 少し……いえ、かなり不安ですね」
「使節団ですので、無茶はしないと……思いたい」
「ええ……」
いきなり不安になったよ。 やっぱり、魔族なだけあって、結構厳しい事になるかも知れないよ。 試練かぁ……。精神的にクル奴だったら、嫌だなぁ……。 ただでさえ、色々と削れてるのに。 こんな時、ミャーが側に居てくれたら、きっと笑い飛ばしてくれるのになぁ……
その日もまだ、開門されなかったよ……。
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翌日、一段と強くなった、レリーフの灯。 強く大きく輝きて来た。 間違いなく、起動魔方陣に大量の魔力が送り込まれたって事だよね。 ウンウン、いい感じだ。 お昼前…… ひときわ、強く緑色の灯の光が輝いたかと思うと、
“グオォォォン”
“グオォォォン”
“グオォォォン”
銅鑼を鳴らすような音が鳴って……、 巨大な円形門が、ミッドガルドと繋がったんだ。 普段は、レテの大河が見える、円形門の内側に、王家墳墓と思わしき茶色い風景が映り込んだんだ。 空間と空間を繋ぐ、極大魔法にして、重層古代魔法が紡がれた瞬間だった。
立ち会えてよかった。 いやぁぁぁ、勉強になるなぁ……。 こうなってるのかぁ……。 一気に魔力を投入しないと、繋がらない訳だ!
絶景を眺めつつも、向こうからやってくる人たちを凝視していたんだ。 来るよ! いよいよ、来るんだ!!!
詰所の人達の、驚愕のざわめき。 余りにも少ない使節団と思しき人影。 そう、私が予想していた通り、最少人数での訪問になった様ね。 立った四名の人影は、恐る恐るだけれども、しっかりした足取りで、転移門を抜け……、
ついに エルガンルース王国の使節団は、カロンの街に、到着したんだ。
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余りの少人数に詰所のお役人さんが固まってるよ。 そりゃ、そうさね。 なにせ、オブリビオンでの噂では、最強の狂戦士が一個軍団いや、王国の近衛騎士隊全部を投入して来ると思ってたんだらかね。
蓋を開けてみれば、たったの四人。
アリアリと、警戒心丸出しで進む使節団を遠巻きに眺めるしかなかったんだよね。 ヒソヒソと小声で声がする。 それも、あちこちでね。 受付のある建物は、完全武装した百手族の衛兵さんが小隊全部出動中だ。 アレは……威圧感あるよね。
通される筈の、受付窓口の有る建物は、大きく数か所も扉が開かれ、一時に千人単位での受付業務も可能な状態ときてるんだもの……。 あぁ~あ。 ほんと、我が故郷とはいえ、なんつう事を仕出かしてくれたんだ。 ほんと、恥ずかしいったらありゃしないよ。
仕方ねぇ……出向くか……。 見知った顔バッカリだし。
あぁ、そうそう、サリュート殿下は、相変わらず銀箔の面を付けてるよ……。 誰も気にしないよ多少の傷なんて……。 マーリンは余りの魔力の濃さに圧倒されてるし、エルヴィンは整然とした官舎に驚きを隠せてない。 そんで、マクレガーは、認識障害を纏って、人族の様に見えている百手族達の身体能力の高さを、本能的に嗅ぎつけて、臨戦態勢に移ってるし……。
あんたら、余裕つうもん、もってないのか? 無いんだろうなぁ……。
私はゆっくりとした足取りで、一向に近づいて行くんだ。 最初に気が付いたのは、やっぱりサリュート殿下だった。 【認識阻害】の魔方陣を書き込んだコート来てるけど、発動はしてないもんね。 まぁ、当たり前だしね。 フードは被ったまま近寄った。
「遠い所、お疲れさまでした。 ようこそカロンの街へ。 此処は、レテの大河の畔、試練の回廊の入り口である街です。 この街の中では、使節団の方々の安全は護られております。 どうぞ、警戒を解いて下さい」
私の声に、全員が敏感に反応したのよ。 まぁ、”マジか!”って、顔だけどね。 あぁ、表情が判るのは、サリュート殿下以外ね。 相変わらず、銀箔の面は、表情が読めないんだよ。
「サリュート殿下に置かれましては、これから先の魔力の濃い地域で、銀箔の面を被ったままですと、かなり辛い思いをされると思われれますので、お取りください。 それに、「簡易滞在許可書」を発行する為に、素顔を晒して頂かなければなりませんので」
私の言葉に、キョトンとする四人。 まさか、エルガンルース王国の言葉を流暢に話す ” モノ ” が、居るとは思わなかったらしいの。
「言葉が通じるのか?」
ボソリって感じで、エルヴィンが呟いたんだ。 その彼を制して、サリュート殿下が一歩前に出て来られた。
「エルガンルース王国、「百年条約」更新の為にこの地に来た、エルガンルース王国、第一王子、サリュート=エルガンだ。 来たばかりで、まだわからぬ事が多い。 「簡易滞在許可書」とやらも、記録には無かった……。 手続きの指導を頼みたい」
「はい、サリュート殿下。 つきましては、一つお願いがあります」
此処が正念場。
もし、偽物ソフィアを本物と断じていれば、私のお願いは聞き入れてもらえないと思う。 そして、見た目が変わっている私を受け入れてくれるかどうかも未知数。 でも、やるしか無いんだ。 やるしか。
「なんだろうか?」
「はい、わたくしを、使節団の一員に加えて貰う事に御座います」
「なに? ……誰だ、何の為に? そのような事を言い出すとは、思いもよらなかった。 此方の人数があまりに少数なのを危惧しての事か?」
「いえ、個人的な願いで御座います。 使節団に対する ” 審問 ”には、何ら変更は御座いません。 正規の「証人官」としての参加を認めて頂きたいのです」
コレが、私の出せるカード。 サリュート殿下の一行には、正規の「証人官」は居ない。 彼にとっては、喉から手が出るほど、欲しい人員だもの。 胡散臭げな視線を投げかける、マクレガー、エルヴィン、マーリン。 そうね、私が誰か、何者か判らないものね。
そっと、フードに手をやって、フードを下ろす。 銀髪が風に揺れる。 紅い目がきっと、妖しく輝いていると思うの。 うん、気持ちを込めて、見詰めているもの……。
「殿下、お久しぶりに御座います。 殿下とのお約束を守る為に、罷り越しました」
取り巻き三人が息を飲んだ。 マクレガーは、最初誰だか分らなかったらしいけど、目の色を見て思い出したらしい。 エルヴィンは私の変わった姿を、《ノルデン大王国》で見てる。 マーリンは私の身体から出てる、魔力を感知したらしい。 そして、サリュート殿下は……、
私を見て、ゆっくりと、銀箔の面に手を掛け……、外した。
黒髪が、陽光に照らし出されて、深い色合いに見える。 仮面の下の顔は、国王陛下の面影が残る、美青年。 ただ、額から頬にかけての赤紫色の痣が痛々しい。 しっかりと見詰める黒い瞳には、確固たる意思の光が輝く。
「来てくれると思っていた。 いや、信じていた。 ソフィア=レーベンシュタイン。 いや、「証人官」ソフィア。 有難い。 君をエルガンルース王国、使節団の「証人官」として、勿論、受け入れる。 ……やはり、アレは君では無かったんだね」
「ええ、ご連絡を入れず、申し訳ございませんでした。 ここオブリビオンから、ミッドガルドは余りに遠く、連絡の手段が御座いませんでした」
ちょっとだけ、嘘つくんだ。 いいでしょ、このくらいは。
「オブリビオンに君が居た理由は? ……何となくだが 《エルステルダム》が関係しているのか?」
「ええ、聖賢者、ハイエローホ様の差金に御座いますの。 大森林の最奥、「黒き森」の入り口にて、わたくしの「自動人形」をお作りになり、わたくしを、「黒き森」の中に閉じ込められました。 「半妖」となりました、わたくしの存在は、彼の地の「森の民」にとっては忌むべき存在なのだと。 「黒き森」より、闇の精霊神様の眷属三柱の御加護をもって、森の外に出る事は叶いましたが……、 その先が、オブリビオンに御座いました」
「と言う事は、あれから二年もの間……、 魔物の跋扈するこのオブリビオンで生き抜いてきたというのか!」
「誤解無きように。 此方はミッドガルドに比べ、魔力濃度が非常に濃いのですが、その環境に順応した魔族の人達の住む場所に御座います。 皆、温厚で心優しく、ミッドガルドに伝わる様なモノでは、御座いませんでした。 ソフィアは、魔族の方々に大変良くして貰い、今ここに居ります」
「……」
私の無事な姿。 表情。 言葉。 全てが驚嘆に値するんだろうね。 四人とも何も言えなくなったよ。
「では、登録に。 出来る限りの事を致したいと思いますので」
「う、うむ。 よろしく頼む」
サリュート殿下は、必死に状況を飲み込もうとされている。 他の三人は……、 まぁ、呆けているよ。 四人を促し、詰所のカウンターに向うの。 そう、使節団として、「簡易滞在許可書」を貰うためにね。
カウンターの中の魔族の人は、顔見知り。 ニッコリ笑って、お願いしたんだ。 あちらは、使節団の人数があまりに少ないのに驚きつつも、必要な手続きは、流れるようにしてくれた。 「簡易滞在許可書」も即時発行してくれた。
私の分もね! 事前にお知らせしておいたからねっ! これで、わたしは、「ミッドガルド」へ帰る切符を手に入れたって事だよ!!!
やっほい!!!
ついにやったよ!!!
道は見つけた! 手に入れた!!!
記録の中の情報と、魔方陣の解析と、
転移門の規定までを、全てクリアしたんだ。
『 横車 』は、一切なし。
全て、正規の手順でね!!!
あとは……、
「百年条約」を更新するだけさ!!!
やってやるよ!!!
何としても、条約を更新して、
大手を振って、ミッドガルドに
帰還してやる!!!