第130話 「贈り物」の痛み。
青い空、白い雲。
紺碧に輝く、レテの大河の川面……。 って言うか、もう海だよね、これ。 円形に聳える、転移門の元に、連れて来てもらたんだ。 そうあの有能な官吏の魔人族の人にね。 彼は今、ビリンさんと一緒に、私の背後に立っているんだ。 そう、私が悪戯をしていない事を、証明してくださるようにね。
ビリンさんは、私の介添え役。 まぁ、【カロンガロン】支店の人だし、ここカロンの街での、身元保証人だからさぁ……。
さて、じゃぁ、始めるか……。
私は土下座して、願いを、
「神代言葉」 で、
紡ぎ出したんだ。
《 あな畏き、契約の大精霊様。 願わくば、御身が司りし、世界の理を保つ転移門の魔方陣を閲覧する栄誉を賜りたく存じます。 理を知り、この世界に身を置く我が身の行く先を、定めんが為、何卒、伏し願い奉ります 》
もう必死よ。 綺麗な新品の「証人官」の正装なのに、土下座よ、土下座。 多分、こうでもしないと、「お願い」なんて、聞いて貰えそうに無いしね。 真剣に奏上して、ほんとうに、伏し願ったのよ。
頭の中で、鐘が鳴り響くの。
ゴーン、ゴーン、ゴーンってね。 こりゃ、御降臨頂けるのかなって、期待しちゃったのよ。 でも、お声だけだったの。
《人の子……、 いや、今は「半妖」か。 我等精霊達の「愛し子」ソフィアよ。 そなたの願いは、見るだけか?》
《お声を賜り、感謝の極みに御座います。 ご質問には、” はい ” と、御答え致します。 わたくし、ソフィアは、この世の理を壊してまで、” ミッドガルドへの帰還 ” と言う、「望み」を果たそうとは思いませぬ。 ただ……》
《ただ、可能かどうかを、知りたい……。 と、申すのか?》
《御意に……。 何かしらの方法が御座いますれば、試しとう御座います故》
《ふむ…… 相分かった。 ならば、大協約に反する事は無い。 良かろう、閲覧を許可する。 そなたに、精霊達の取り決めと一緒に、【贈り物】を致そう。 良いか》
《有り難き幸せ……。 えっ、【贈り物】で御座いますか?》
《 全てを知りたいというのならば、全ての閲覧を許可しよう。 しかし、他の者、たとえ「証人官」で在ろうとも……。 いや、其方以外の人の子には、全ては見えぬように、せねばならぬ。 特別な、精霊達の「愛し子」である、ソフィアへの特別の恩寵である。 ソフィア、覚悟せよ 》
えっ、えぇぇぇぇ!!! なんで、私が特別なのよ~~~!
契約の大精霊様が言う、【贈り物】って、頭の記憶領域に直接書き込むものなのよ。 絶対に忘れないし、何時、如何なる場所でも閲覧できる代わりに、とっても痛いのよ……。 脳ミソに刻み込まれるんだから、当たり前よね。
ほら、ディジェーレさんが、生まれたばかりの私に施した術よ……。 ママの記憶を全て私に……って。 生まれたての赤ん坊の私にね……。 ちょっとした、トラウマなのよ……。
《 面を上げよ 直ぐに始める 》
言われた通り、恐る恐る、顔をあげるのよ。 正面には、岬の先端があって、その向こうに茫洋と続く、レテの大河があったのよ。 良く晴れているから、辛うじて対岸が水平線の向こう側に、ちょっとだけ見える様な気がする。 円形の門からは、大分、距離が有る筈なんだけど、視界に収まり切らないんだよ。
よく見ると、その円形の門のレリーフ全部が、薄緑色に発光してた。 その光が強くなって、私を照らし出したなぁって思ってたら……、
あぎゃぎゃ
ぎゃぎゃ
が、が、
が、がッ !!!!
脳ミソ引っ掻き回されるぅ~~~~!
痛い、痛い もう、めっちゃ痛い!!!
余りの痛さに、形振り構わず、その辺りを転がり回ったよ。 それでも、レリーフからの光は私に差し込んだまま。 座りも、立ちも出来ず、ゴロゴロ転がり回りながら、痛さで失神も出来ず……。
どの位続いたのか判らない……。 最後の方で、痛みが和らいでいくのと同時に、意識が白濁して、視界が、真っ黒になり始めたんだ。 こりゃ、意識喪失するな。 前にも、こんな事、有ったような気がするんだ……。
コンラート様に、お願い……聞いて貰えた……。
もうちょっと、穏便な方法が……、
良かったんだけど…… 。
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気が付いたら、【カロンガロン】の支店の従業員寮の一室に居たんだ。 私が借りてる部屋だ。まぁ、私物をごちゃごちゃ置いてるから、一発で分かったよ。 服は……着ていた。 よかった。 ブラウスと、スラックス。 アスコットタイは、して無かったよ。 ちょっと、胸元が寛がれてて、大きくなった胸元がチラ見せ状態だったよ。
あぁ、苦しくない様にね……。 お気遣いだね。 お気遣い。
うん、別に変な所は無いね。 無いよね……、無い筈だよね…………。
ベッドに座って、周囲と私を確認するの。 脱いだ服はきちんとハンガーに掛かっていたし、小物もサイドテーブルの上に乗っかってた。 頭が痛いだけで、別に体はおかしく無かった。 うん、ちゃんと下着も着てたしねっ!!
はははっ! なんで、確認しちゃったんだ?
まぁ、そんな不届きものは、居ないよ、ココ【カロンガロン】支店にはね。 ローリー様の目が光ってるし、基本、皆さんとっても真面目な人達だもんね。 何考えてんだか、私は。
窓の外は、夕闇で仄暗いの。 つまりは、最低でも半日は眠ってた事になるのよね。 でも、それは最短。 お腹の減り具合から、もっと時間が経ってるのは判ってるのよ。 私の腹時計は結構正確なのよ。
ノックも無しに、扉が開いたの。 まだ、半分覚醒してない私は、物憂げな視線をそちらに向ける。 ビリンさんが、目を丸くして立ってた。 手には小さな桶と、タオル。
―――看病セットかな?―――
「ソフィア様!!! まだ、起きてはだめです!! 三日間! 三日間意識を取り戻されなかったんですから!!!」
ビリンさんってば! ちょいと、おおきいよ、声。 まぁ、そんなもんだろうと思ってたの。 記憶の中にバッチリと刻み込まれた ”ブツ” は、簡単には処理できない程の情報量だったんだ。 定着した記憶。 それは、ほんとに膨大なものだったのだから。
大協約の補追事項とか、転移門の運用方法とか、色んな取り決めが複雑に絡み合って、整理して、理解するだけでも大変な労力を必要とする筈。 それなのに、この記憶には、制限が掛かってるのよ。
そう、書き出せないの……。
他の人に伝える術は、全て封じられている。 ほんと、” 閲覧のみ ” なんだよね。
きっと、意思の力の無い、ボンヤリした表情なんだろうね。 ビリンさんに、ベッドにもう一度横たえられて、【クリーン】の魔法を掛けられたんだ。 意識が戻った事に、とても喜んでくれたよ。 うん、ありがとう。 あそこから、運んでくれたんでしょ? 自分でも、こんな事になるなんて思わなかった。
でも、まぁ、意識は戻ったし、お腹もすいた。 喉も乾いている。 健康だって、証拠だよね。 ” 食べやすいモノをお持ちします ” って言ってから、ビリンさんはお部屋を後にされたんだ。
ベッドに横になって、刻み込まれた「贈り物」を見てみたんだ。 取り決めは、後で精査するとして、まずは魔方陣から。 魔方陣の術式をみたら、どう言ったモノか、理解が出来るもの。
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夕飯を挟んで、横になりながら、脳裏に浮かび上がる、数々の魔方陣を眺めていたんだ。 今は体力を戻す事に専念しないと、ダメだもんね。 丁度いいよ。 周りから見たら、寝てるだけだもんね。
三日間の意識不明は、私以外の人から見れば、重篤な状態でしょ? 回復を促進させるために、極力安静にしている事を、夕飯の時にビリンさんと一緒に来て下さった、ローリー様から言い渡された。 体力回復薬も一緒に渡されちゃったよ……。 それ、私が実演して作った奴じゃん……。
部屋の明かりを落として、静かに眠れるようにして下さったんだ。
でもさぁ……、
眠ってなんて、居られないよね。
だって、手掛かりが今、頭の中に入っているんだもの。
その夜から、私の紅い目が充血して、もっと赤くなることになったんだよ。
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一週間……。 まじ、一週間。
部屋のお外に出る許可が下りるまでに、掛った時間だよ。 でも、その間に、魔方陣群は大体、理解出来た。 複雑な絡みがあったけど、脳内で再構築出来るから、いろんな角度からの検証を行ったんだ。 魔力の流れを考えたり、理力で突破する方法も考慮に入れながら……。 推論の構築と、脳内実験を繰り返した結果……、
結論が出た!
――― 結論 ―――
私、一人の力では……、
たとえ理力を使っても……、
オブリビオンから、ミッドガルドへ 転移門で、転移する事は……、
” 不可能 ” であると。
くそっ! またかよ!!