第129話 転移門
正規の「証人官」の正装。 深い緑色のスラックスに、赤い帯。 ブラウスは、シンプルなハイカラ―のモノ。 深紅のアスコットタイは、私の目と同じ色。 シルバーのタイリングには、上質の魔石が埋め込まれていたんだ。 ベストは、スラックスと同色。 織地に防御魔方陣が織り込まれているの……。
その上に羽織る、フロックコートも同梱されてたんだ。 手触りのいい、途轍もなく上質な物だと、分かる。 アスコットタイと同色の、ポケットチーフも付いてる……。
極めつけが、「証人官」を示す紋章を織り込んだ色帯。 深紅の生地に、金糸での刺繍……。 もうね……、何て言うか……、 全部身に付けちゃうと……。 はぁぁぁぁ……。 押しあがった胸周りに、辛うじて私が女性で有ると言う雰囲気が出てるんだけどさぁ……。
でも、ちゃんと受け取った。 幸運はきちんと受け取ったよ!
その正装で、ローリー様の執務室に向かうの。 自分の部屋には、お手紙を書く様な文机も、良い紙も無いもの……。 お借りしなきゃ……。 部屋を出たとたんに、廊下で有った従業員の方が、ギョッてされてた。
何でだ? 私だよ!! ソフィアだよ!! ちょっと、ローリー様の所へ行ってきますね!
ローリー様の執務室の扉をノック。 許可を得てから、中に入ったんだ。 まぁ、こんなの貰っちゃいました! ってのも、見せる為にね。 お部屋の中に入った途端、ローリー様も固まっちゃったよ……。
「あ、あの? ローリー様? 御礼のお手紙を認めたいのですが、宜しいでしょうか? 善き紙を頂ければ、幸いに思います」
「えっ、はっ、あっ? フッァ?」
なんで、其処まで、詰まってるのよ。 中身は変わらない、ソフィアだよ? 正規の「証人官」の制服って、そんなに破壊力抜群なの? ねぇ! ねぇってば!!
自動復帰に時間が掛かってるの……。 ローリー様、絶句したまま固まってるのよ。 オブリビオンでは、正規の「証人官」ってそんなに、有名なの? エルガンルース王国じゃ、殆どの貴族は知らないよ? 王家に近い、大貴族くらいじゃないの?
お~い、ローリー様ぁ~~~!
「そ、それでは……、 ソフィア様は……、 聖女で在らせらるだけでなく、「証人官」様でも? それも、正規の……? まさか……そんな……。 開祖様の番の様に? 純然たる魔族では無い御方が? こ、これは……、 なんてことだ……」
ようやく再起動してくれた、ローリー様のお口が開いた途端、なんか、不穏な言葉が一杯……。 だれだ? 開祖様って……。 それに、番って……。 私の心の中には、” あの人 ” しか、伴侶は居ないよ? 忘我で言葉が駄々洩れだよ? どうしたんだ? ローリー様!
「あ、あの、もし! もし! ローリー様!」
虚ろになって、ブツブツ呟いているローリー様の意識を引き戻す。 此方に注意を引いて、なんとか会話を成立させようとしてみたんだ。 うん、なんか……大変。 この服も、あんまり着ない方が良いね……。 お礼書くにも、一度は着て見ないといけないからと思ったんだけど……なぁ……。
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あの後、何とか正気を取り戻して…くれたローリー様に、お手紙の準備をお願いしたんだ。 なんか、めちゃ固い表情なのは、どうしてなのかな? まぁ、取り敢えずはいいや。 きちんとした便箋と封筒を用意してくださったよ。
お返事は、感謝の言葉を書き連ねたんだ。 まぁ、それしか書きようがないものね。
御領地での御恩、旅を続けている私の足跡を追ってらした事、連絡もせずにいた事。 お礼とお詫びに徹した手紙を綴ったんだよ。 勿論、「証人官」の正装は、有難く頂戴したと、書き添えてあるよ。 こんなの要らないなんて、絶対に云わない。
というか、現状の突破口になるかも知れないからね。
そう、転移門の魔方陣を見る事についての突破口。 あの有能な魔人族のお役人様は、仰ってたわ。 ” アレルア=メジナスト辺境伯は、その爵位では無く、” 役職 ” において、転移門の管理の為、魔方陣に携われる。 ” とね。 この「証人官」の正装を手に入れた私は、オブリビオンの、” 正式な「証人官」 ” として、認められたという事になるの。
つまりは、私から、あの方に宣言する事が出来るの。
” 管理上の問題点を洗い出す為に、転移門の魔方陣を閲覧する ”
ってね。 まぁ、物凄い上からの言葉なんだけど、そう言わないといけないらしいのよ。 こっちじゃ特にね。 この事を教えてくれたのは、再起動を果たして、きちんと話せるようになったローリー様に他ならない。
私が正規の「証人官」だった事は、彼にとって、かなりの衝撃だったみたいだけど、そこは出来る男 ”ローリー様 ” きちんと、有能な支配人に、お戻りに成ったよ。 そこで、ご相談したんだ。 転移門の管理事務所でのやり取りを、お話して、どうしたらいいかってね。
「その正装で、正しく、お話になれば、彼方は嫌とは言えませんよ。 その正装を纏えるのは、まさに 精霊神様の代理人だけなのですからね」
「つまりは、正式な持ち主達の代表の、代理人って訳ですね」
「左様で……。 無茶さえしなければ、彼方も目くじらは立てないでしょう。 監視は付くと思いますが」
「当然ですね。 大事な大事な、転移門を、わたくしの様な異邦人が弄るのは、間違っております。 ただ単に、確認したい事が有るのです。 立ち会って頂いても、全く問題は、御座いませんわ」
「そう言って頂けると、わたくしも、安心いたします。 どうぞ、よしなに」
「承りました。 魔方陣には一切手を触れません。 確認のみに御座います」
口約束でも、この「証人官」の正装に身を包んで言った場合は、誓約としてこの場に居る、なんかの精霊様が受け取っちゃうんだ。 だから、迂闊にモノが言えないんだよ。 態度を鮮明にしてる時は。 つまり、この正装を着ている時は、常に、「お仕事モード」でなくちゃダメって言う訳なのよ。
――― 強い権能には、巨大な責任が伴うものなの ―――
まぁ、考えようによっちゃぁ、デカい会社相手の案件で、プレゼンする時と同じよ~。 【相手の会社へ向かう道から、すでにプレゼンは始まっているって思え】って、さんざん言われてもん。 何処で関係者が見ているか判らんからね。 それで、コンペだったりしたら、一人の社員の失態が、競合相手の得点になるんだから、それは、もう、緊張するよ。
そんな事を幾つも乗り越えて来たんだ、三十路手前のベテランOLだった私はね。 修羅場も見て来たんだ、慎重に言葉を選んで、態度を正して、決して揚げ足を取られない様にね。
フフフ、底力、見せてやる……。
きちんと、アドバイスをもらってるから、問題は無いと思うよ。 それに、ローリー様が敢えて私と交わした、”精霊誓約 ” は、最初から織り込み済みだもの。 きちんと「誓約」を建てるかと思っていたら、口約束だったの。 ちょっと、驚いちゃったよ。 私への信義を示して下さったんだろうと思う。 だから、私は、その信義に応えなくちゃならない。
それが、信じて下さった、ローリー様へのお礼にもなるしね……
肩の力を抜いて行こう! 明日は、朝から転移門に向かうとするよ……。
この格好でさっ!
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「正規証人官」の正装は、効果覿面だった。 尊大にならない様に、威厳を保ちつつも、「お願い」出来た。 あの、有能なる官吏の人は、ずっとブルブル震えてたけどね。 仕方ないじゃん! 必要な事だもの。 で、私が何か悪戯をしない様に、見ていて下さいって、私から、申し出たんだ。
ビックリがより大きくなったみたいだけど、それはそれ、これはこれ。 きちんと、管理官としての仕事を全うしてもらおうと、考えた訳だよ。 まぁ、宮中言葉のオンパレードだけど、通じて良かったよ。
日が高く昇る前に、転移門の前に行けた。
デカい……。
デカいよ……。
誰だよ、こんなデカい円形の門を作ったのは……。
……精霊様たちかぁ……。
近くで見る転移門を形成する為の輪門は、昼前の強い日差しを受け、私の前に聳え立っていたんだ。