第128話 手がかりを求めて
翌日から、積極的に情報の収集を始めたんだ。 特に転移門に関してはじっくりとね。 幸い、転移門の近くに、此方に来るミッドガルドの人達向けの簡易滞在許可書を発行する役所が有ってね、二棟も。 その内の一つが、この転移門の管理を行ってる部署だったのよ。
ビリンさんに連れて来てもらったんだ。
彼って、この街の事を、とってもよく知ってるのよ。 歩きながらも、色んなお店の事を教えてくれたんだ。 食べ物屋さんなんかは多いんだよ。 まぁ、人族が来てる時だけ開店する店の方が多いんだけどね。 今、営業してるのは、この街の魔族相手のお店だけなんだって。
道すがら、そんなお店の数々を教えて貰ってね、今度、ご一緒する事になったよ。 ほんのお礼にだけどね。
私が目指した建物は、大きな五階建ての錬石造りの ” 役所 ” だったんだ。 中は閑散としてる。 だって、必要ないもんね。 人族が来てないんだからね。 そんな役所だけど、カウンターには一人の魔人族の方が座って事務を執ってらしたの。
「こんにちわ。 宜しいでしょうか?」
「はい…… 何でしょうか? ご登録と言う訳では、御座いませんね」
「ええ、まずはこちらを」
そう言って、私の「特別滞在許可書」を手渡したの。 保証人が、アレルア辺境伯爵様に成っているから、どんな役所に行っても、そうそう滅多な対応はされないと、アレルア様に告げられていたんだ。 役所関係に何かを頼む時には、必ず、最初に見せなさいってね。
めっちゃ効いたよ!!!
その魔人族の官吏の人、スッ転びそうに成って、慌てて奥に駆け込んでった。 ビリンさんもびっくりしてたよ。
「あんなに慌てて……どうされたんでしょうか?」
「何をお渡しに?」
「わたくしの身分証明になる、特別滞在許可書ですわ。 保証人に、アレルア=メジナスト辺境伯爵様になって頂いていたの」
「えっ? 正規の「証人官」様でいらっしゃる、メジナスト辺境伯が、ソフィア様の保証人? ……だったら、アノ対応は頷けますね」
「何故ですか?」
「いかな魔族と言えど、「証人官」様は、そうはいません。 まして正規の「証人官」様は数えるほどに御座いますよ? 滅多な事では、その方が保証されるなど、御座いませんから。 それに、メジナスト辺境伯に置かれましては、魔人王の盟主、アレガード様の「隠し玉」との御噂が有る程。 その御方の御名前が書かれたモノならば、たとえ王都の宮殿にでも一発で入れます」
「そんな大それたモノでしたの……。 単に「滞在許可証」と言う事でしたのに?」
「……そう言う御方です。 あぁ、参られましたよ」
促されるように、ビリンさんの視線の先を見ると、長いロビーの向こうから、一人、高位官吏の男の人が駆けつけて来たのが見えたの。 なんだかとっても慌ててたよ……。 そんなに大したモノじゃ無いよ、私は。
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私達の目の前に現れたのは、この施設の責任者の方だって……。 どんだけ、アレルア様の御名前がこっちの人達に強い影響力を持っているのかが、伺い知れるね。 いわば、外国で、ヒッチハイクして困った事があって、役所に飛び込んで、パスポート見せたら、知事さんが出て来た……。 そんな感じ。
もう、なにが有っても、アレルア様の御名前は出さないようにしなきゃ。 これじゃぁ、あの方に迷惑が掛かってしまうよ……。 でも、今回は物凄く有難かった。 「目的」が「目的」だもの。 意を決して、来意を告げたんだ。
「大変不躾で、トンデモ無いお願いでは御座いますが、オブリビオンと、ミッドガルドを結ぶ、転移門に使われている魔方陣を見せて頂きたいのです。 わたくしは、故有って、ミッドガルドより、飛ばされて参りました。 どうしても、ミッドガルドに帰還したいのです」
「うむ……これは…困りましたな。 転移門に使用されている魔方陣の閲覧を希望されるのですか……。 各国の魔王様達の承認が必要となります。 ……もし、この御望みが、アレルア=メジナスト辺境伯ご自身で御座いますれば、問題無く閲覧して頂けましたのですが」
「そうですか……。 あの、後学の為に、お聞かせ願いたいのですが、――メジナスト辺境伯ならば―― とは、どう言った意味なので御座いましょうか?」
いや、まぁ、無理だとは思ってたけどさぁ……。 直接頼んでみるのが、最速だと思ったんだ。 大事な転移門だから、きちんと管理されて居るだろうとは、思ってたけど、流石に、色々と整ってる、魔族の世界だ……。 管理も保全もしっかりしてるよ……。
「ご質問の意図は、辺境伯と言う権威から、優遇されているという事でしたら、「違います」と、お応えしなければなりません。 転移門に関しての一切の情報は、魔族領に居る如何なる人にも、開示出来ません。 大協約の取り決めにより、その情報に携われるのは、極一部の者だけですので」
「と、言いますと? たとえ、魔王様であっても、閲覧の権限は持っていらっしゃらないのですか?」
興味が湧いて、ちょっと突っ込んだ、不躾な質問をしてしまった。 不機嫌にならないでね。 ん、なんか、とってもいい笑顔だよ、この人。 あぁ、職務に忠実な能吏なんだ……。 彼の職責で護るべき対象をきちんと、護っているって、胸を張って言ってるって事だね。
「左様に御座います。 各国の魔王陛下に置かれましても「例外扱い」は、されません。 ただ、この魔方陣に携われる者を、招集するだけに御座います。 大協約の元、出来上がっているこの転移門に関しましては、直接、精霊様とお話する必要が御座います。 さらに、ミッドガルド、オブリビオンの両領域を繋ぐ門である為、古の契約から、転移門に関して、何かを働きかける場合、語り掛ける精霊様は、ただ御一人 ――― 契約の精霊大神【コンラート】様 ――― に御座います」
「……つまりは……、 転移門に関する一切は、契約の精霊大神【コンラート】様へのお伺いを立てねばならないという訳なのですね」
「まさしく」
そっかぁ、そう言う事か。 ローリー様から、この転移門が作られた理由は聞いた。 二つの領域を繋ぐ理由も聞いた。 精霊様達の願いも理解している。 この転移門は、片方の世界だけのモノじゃ無い。 一括管理してるのは、魔族側だけど、本当の持ち主は、精霊様達って事だよね。
世界の理を守る為の、契約。
だから、もし、転移門自体に関しての《何か》を ”見たり”、”したり” する場合は、契約の精霊大神【コンラート】様へのお伺いをたてなくては、ならないのね。 そして、【コンラート】様へ、直接お話出来るのは―――
「アレルア=メジナスト辺境伯爵様が、正規の「証人官」様で在られるから、あの御方には、許可が下りる……。 と、理解しても、宜しいでしょうか?」
「全く持って、その通りに御座います、お嬢様」
「ありがとう、御座いました」
流石に、「特別滞在許可書」には、私が正規の「証人官」だとは記載されてないもんね……。 私が任官したのは、ミッドガルドのエルガンルース王国で、だもんね……。 まぁ、仕方ないか。 ローリー様が何か古文献持ってらっしゃるかもしれないし、そっちを当たろうかなぁ……。
「御足労お掛けしました。 不躾な「お願い」を申し上げまして、申し訳ございませんでした」
「なんの、メジナスト辺境伯の縁の方でしたら、問題は御座いませんよ」
いい感じの笑顔だね。 うん、もし、再びあの方に逢えたら、良くして貰ったってお伝えするよ。 頷いて、立ち上がる。 せめてレリーフくらいは見ときたいからね。
「本日は、貴重な時間を割いていただき、誠にありがとうございました。 では、これにて失礼いたします」
「御力に成れずに、申し訳ございません。 メジナスト辺境伯爵様にも宜しくお伝えください」
「承りました。 それでは」
微笑みを絶やさず、引き揚げたんだ。 なんか、心配そうにしている、ビリン様。あぁ、いいのよ、気を使わなくても。 大体予想はしてたんだし、そう簡単には行かないって! なにか美味しいモノでも、食べましょう! 懐は暖かいよ~~ ほら、ターミナーエンデからこっち、殆どお金使ってないもの……。 なんか、申し訳なくってね!
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ビリンさんと、カロン街角の喫茶に立ち寄ったんだ。 立ち飲みだけど、ハイテーブルがいくつか、店の前にでててね。 ”カフェ”スタイルだ! って思って、立ち寄る事をお願いしたんだ。 陽が落ちてからは、アルコールも提供するけど、陽が落ちる前は、ノンアルコールだけ。
うん、まさしくカフェだ! いったい、誰が持ち込んたんだ? まぁ、嬉しいっちゃ嬉しいけどね。 転移門のレリーフ見に行くのは、後日って事にしたんだ。 まずは、ローリー様に色々と尋ねようと思ったからね。
緩やかな日差し。 潮の香。 暑いんだけど、茹だる様な暑さじゃない。 なんていうのかな……。 海辺の避暑地? そう、そんな感じ。 街ゆく人も少ないし、でも、寂れた感じじゃ無い。 変だよねぇ……。 なんか、馴染んじゃってるよ、私。
ビリンさんには、支店のお仕事もあるから、早めに帰ったんだ。 べったりについて貰うなんて、申し訳ないしね。 お部屋に帰ったら、なんか大きな箱が届いていたんだ。 厳重に梱包されて、封印まで施されてて、至急の札が掛かってた。
なんだろう?
開ける前に、本当に私宛かどうか、送り主が誰かを聞きに、ローリー様の所に出向いたんだ。 支店の執務室にローリー様はいらっしゃった。 謹厳実直な執事長みたいな顔して、経理事務をしてたんだよ。 まぁ、そうだよね。
挨拶もそこそこに、あのお届け物の事を尋ねたんだよ。 そしたら、ニッコリ微笑まれたのよ。
「あの荷物は、かなりの旅をして来たようです。 送られたのは、アレルア=メジナスト辺境伯爵様。 ソフィア様の足跡を辿られて、ハヌカの魔法薬局《月の牙》まではお判りになられたのですが、そこからの足取りが取れず、《月の牙》の店主様に転送をお願いされたそうです。 そして、《月の牙》から、《カロンガロン》本店、更に、支店にと、転送を繰り返されたようです」
「長距離念話で、直接ご連絡頂ければ……」
「それは、無理と言うモノです。 いくら長距離念話とはいえ、メジナスト辺境領から、念話機を使っても、《ドレイダー》までが精一杯でしょうし」
えっ? そ、そうなの? わ、わたし、普通にミャーとお話してるんだけど?
「距離に応じて、莫大な魔力を要求する念話機ですから、いくら辺境伯でも、無理と言うモノ。 ささっ、ソフィア殿。 かの方よりの贈り物です。 お早く開封された方がよいでしょう」
追い出されるように、執務室を出されたんだ。 自分の部屋に戻りながら、なんか自分の魔力保有量が、馬鹿みたいに大きい事に今更ながら気が付いたんだ。 理力…… かなぁ。
この世界の理の外にある、魔力に似た理力。 通りも良いし、使い勝手もいいし……。 パワーなら、理力の方が強いんだよね。 魔力は制御しやすいんだけど……。 ハンドルとエンジンみたいな? そんな感じで使ってるんだ。 でも、それって……いいのかなぁ。
そんな事を考えながら、お部屋に戻ったんだ。
荷物の封印は、私しか開けられないように調整されてた。 流石はアレルア様だね。封印を引っぺがして、厳重な梱包を解くと、中から衣装箱が出て来たんだ。
衣装箱? 服なの? まさか、ウエディングドレスとかは無いでしょうね!
それにしては、小振りだけど?
箱のふたを開けてみると、見覚えのある服地と装飾。 中にはちょっとした記章も入っていたんだ。 どっかで見たんだ……。 何処だっけかなぁ……。 記憶をさぐると、薄暗い洞窟の中が浮かんできたんだ。 ダンジョン最奥…… ダンジョンコアの向こう側に立ってる、アレルア様の御姿……。 たしか……アレルア様、あの洞穴の奥底にあるモノの予想は付けられていたんだよね……。
暴走してる危険性も……お分かりになっていた……。 ただ、私がミッドガルドの正規の「証人官」って事はアノ時まで、御存知なかったから、ご自身のみで、契約の大精霊様にお願いして、周囲を封印しようとされていたって、後からお聞きしたんだっけ……。
えっ?! そしたら、なに?!
つまり、この衣装は……、
これって……。
オブリビオン領域、魔族の、” 正規の「証人官」 ” の、正装なの?
付属の記章に、私の名前が有るって事は……、
私用の……モノなの?