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第126話 古の伝承と、帰還への道

 





 応接室の扉が開き、一人の長身の初老風体の、カッチリとした執事服を着込んだ魔人族の人が来た。 なに、滅茶苦茶有能そうな人じゃん! 素敵!! い、いや、まぁ、その、なんだ……ゴホン、ゴホン……。





「お呼びにより、参上いたしました、ローリー=ベルクライス。 御店主様」





 胸に白手袋に包まれた手を置き、深々と頭を下げる、その紳士。 オールバックのシルバーグレイ髪の間から、艶やかな黒い角が見えている。 いや~~、凄いね。 完璧な所作だよ。 ウチのビーンズさんに会わせてあげたいよ……。 





「良く来てくれました。 少し、お話が有ります、ローリー」


「はい」


「今、【カロンガロン】にミッドガルドの聖女ソフィア様が滞在されておられます。 此方の方です」





 ソファから立ち上がり、ローリー様の前に立つの。 スカートの端を摘まんで、胸に手を置き、膝を深く折る。 視線は外さずに頭を下げる。





「只今、御店主ラミレース様より ご紹介に預かりました、ミッドガルド、エルガンルース王国が民。ブロイ=ホップ=レーベンシュタイン男爵が娘、ソフィア=レーベンシュタインに御座います。 ラミレース様の御紹介では有りますが、わたくしは一介の「半妖」に御座います。 聖女様というような、高貴な御方では御座いませぬ故、何卒よしなに」


「ご丁寧なごあいさつ、誠に痛み入ります。 わたくしは、魔法薬局【カロンガロン】カロン支店が支配人。 ローリー=ベルクライスと申します。 お見知りおきを。 伝聞では御座いますが、ソフィア様が【カロンガロン】本店にて、「錬金術」の手ほどきをされていると。 誠に有難く思っております。 おかげさまで、支店の備蓄も増え 「お客様」への対応も、恙なく行う事が出来ております。 感謝の極みにございます」


「ほんの、お手伝い程度に御座いますれば、その感謝は精霊様へ……」


「誠に、『聖女』様らしい。 ローリーは嬉しく思います」





 一通りの挨拶が済んで、着席するかなぁって思っていたら、ローリー様が自らお茶を入れて下さったんだ。 私と、ラミレース様の分…… えっ? なんで?





「ローリーの御趣味の「お茶の振舞」よ。 気にしないで」





 成る程、此処に通されても、侍女さんらしき人が居ない筈だ。 ローリー様がするって事に決まってんのかなぁ……。 でも、今日はちょっと待とうか。 お話が有るのは、私なんだよ。 ラミレース様がローリー様に着座を促し、端正な面持ちでちょっと不満気にお座りに成られた。





「ローリー、そんな顔をしないで。 ソフィア様の御質問にお答えしてほしいのよ」


「承りました。 何なりと」





 私に目を向け、渋い微笑みを浮かべ、言葉を促されたんだ。 う~ん、この人、小国の国王陛下よりも威厳があるよね。 マジ凄い……。 圧迫されるくらいの「威厳」があるのよ。 魔人族の寿命は長いから、どの位生きているのかね……? きっと、百年単位に成ってるんじゃなかろうか? 同じような笑みを浮かべて、早速質問を開始したんだ。





「お聞き及びになっているかと思いますが、わたくしは元人族です。 ミッドガルド、エルガンルース王国が民に御座います。 故有って現在は「半妖」となり、魔族が領域オブリビオンに飛ばされました。 切実な理由もあり、ミッドガルドへの帰還方法を模索しております。 ローリー様に置かれましては、その方法をご存知かと愚考いたします。 何卒、慈悲を以て、御教示頂けませんか?」





 私の顔を穴のあくほど見詰めている、ローリー様。 なにか考えてるんだよ。 何かをね。 暫くの後、渋い声が私の耳朶を打ったんだ。 ちょっと、憂いを含んだ声でね。 なにか、悪い予感がする。





「ソフィア様に置かれましては……。 甚だ、残念なお知らせに御座います。 基本的に、魔族はミッドガルドへは渡れないのです。 転移門が阻みます。 世界の均衡を取る為に、魔族の「転移(シフト)」を、転移門が許可しないのです」


「―――大協約ですか?」


「ええ、左様に。 元来、魔族の身体能力は、人族のそれを大きく上回ります。 世界のことわりを護る為に、この世界が出来た時に、住む場所をレテの大河により分断されました。 世界を渡る魔力の循環は、ダンジョンコアが担い、我等 「魔族」は、基本的には、彼方には干渉しない事になっております」


「……それでは……、帰還方法が無い……と……」





 彼の言葉に、絶句した。 彼の、” 魔族の「転移(シフト)」を、転移門が許可しない ” って言う言葉。 頭の中、真っ白になった。 色んな人の笑顔が、走馬灯の様に駆け抜けて……、 ミャーの泣いてる顔が、目の前一杯に広がった……。 絶望感、半端ないよ。 帰れないって言われたようなもんじゃん!!!  ……涙が溢れそうになって来たよ……。


 そんな、状態の私を痛々しく見ていた、ローリー様。 暫くして、彼は、視線を私から外し、顎に白手袋に包まれた手をあて、瞼を閉じた。 記憶の淵の奥底を、探しているみたいな感じがしたの。





「―――ソフィア様は、「半妖」。 妖魔と、人族の両方の特質をお持ちだと、理解しております。 宜しいですかな?」


「はい」


「古の文献に ”例外” ともいえる、事柄が有るのです。 正確には違うのですが……。 ソフィア様の置かれている状況と似通っていると――― そう感じました」


「と、申されますと?」


「随分と古い話になるのですが、此方の魔王……。 魔人族の頭領となる方のお一人が、その絶大な魔力をもって、オブリビオンから、ミッドガルドへお渡りに成られたと。 野心家だったと有ります。 大協約を無視して、世界全体を魔族の手に入れようとされた方にございました」





 遠い昔のお話。 なんだか、懐かしむ様な目をされて、お話を続けられた。





「側近たちを引き連れ、彼方に転移し、魔族の領域の拡大を計ったそうで御座います。 しかし、その時はまだ、魔力濃度の実態が判明しておりませんでしたし、人族の反撃も激しかったそうです。 あちらには光の精霊神様の眷属が溢れんばかりに居られます故、「勇者」、「英雄」の称号を授与された者が、多々排出されたと、記録に御座います」


「神話時代の……『精霊神と魔人の大戦争』……。 御伽噺として、ミッドガルドにも伝わっております。 もっとも、世界創生の神話としてですが」


「さもありなん。 なにせ、此方でも古文献に当たり、文書も散逸しており、断片しか伝えられておりませぬ」


「では……」





 言い難そうに、ローリー様は続けるんだ。





「その折、その魔王様は見誤っておられました。 ミッドガルドの薄い魔力濃度が、魔族に対しての毒になる事を。 側近たちを含め、配下の者達が狂い始め、魔王様の命を無視し、本能の赴くがまま……。 現在のミッドガルドに居る魔物達は、その残滓……。 支払いきれぬ、損害を 今も尚 彼の地に。 彼の地の禍事(マガツ事)の原因にも、なっております」


「……」


「光の精霊神様の眷属の方々が、「勇者」「英雄」を量産したのには訳が御座います。 人族の力では、成し得ぬ、彼の地においての、狂った魔族の掃討と、その原因を作り出した魔王様の排除の為です。 激しく抵抗された魔王様では御座いましたが、地の利、時の利、そして、何より、世界のことわりが、有りませんでしたので、敗北を喫しました。 そう、「勇者」の手により討たれたのです」


「……」


「しかし、魔族の命、特に魔王様ともなれば、そう易々と討ち果たされる様な事は御座いません。 【再誕(リブート)】が発動されて、彼の地にて生まれ変われたと。 ただし、彼の地においての【再誕(リブート)】で御座いました故、能力は激減致しました。 深く反省もされ、オブリビオンへ帰還される事と相成りました」


「……」


「その時、魔王様は彼の地において、一人の人族の者を見初められました。 「勇者」の称号を持つ、【渡り人(召喚者)】の方と記録に御座います。 口説き落とされ、彼の者の魔力も借り、お二人でこのオブリビオンへ、帰還されたと古文書に御座います。 「勇者」の女性は、渡り人故、理力も豊富。 そして、なにより濃い魔力濃度により、御身に変化があり、……半妖となられました」


「まっ……まぁ!」


「半妖となられた「勇者」様は、魔王様の御側に居られましたが、故郷である……たしか……「日本」? でしたか……。 そこを大層懐かしがられ、帰りたいと、魔王様に何度もお願いされたそうに御座います。 しかし、彼女は、魔族が召喚した御方では御座いませんし、また、その方法すらわかりませんでした……。 ―――魔王様も、彼女の望郷の念は痛い程お分かりになられたのです」


「「望郷念」…… 渡り人にとっては、切望する事柄に御座いましょうね」


「まさしく……。 しかし、我等魔族にはその知識は御座いません。 光の精霊神様にお尋ねしようにも、そう言った事情でもあり、御答え下さりませんでした。 なので、魔王様は、決断されました。 その方をミッドガルドへお戻しになると。 方法は記載されておりませんが……」


「……残念です」


「丁度、その時に精霊神様の方々より、相互不可侵条約である「百年条約」の締結をご提案されたのです。 これ以上、世界のことわりを犯さぬようにと……。 荒れ果てた大地を前に、オブリビオン、ミッドガルド双方の種族がこれを受け入れ、今に至る「百年条約」が締結されたのです。 そのおり、ミッドガルドよりの使節団が、精霊神様のお作りになった転移門を使い、此方に来られ、大協約に則り、百年条約を結ばれました」


「はい……」


「丁度その時を境に、オブリビオンでの「勇者」様の記述は無くなります。 断片の記録にのみ ”―――勇者アリスは、帰還を果たした―――” と有ります。 何処へとは、有りません。 それが、故郷への帰還なのか、はたまた、ミッドガルドへの帰還なのかはわかりかねますが……、 これが、ソフィア様、唯一といってよい手がかりかと、思われます」


「……ありがとうございました。 わたくし……一度、その転移門に行ってみとう御座います。 なにか、手掛かりがあるやも……」


「そうで御座いますね。 その方が宜しいかと。 ただ……」


「ただ?」


「ミッドガルドへお戻りに成られても、ソフィア様には御辛い事になるやもしれません」


「と言うと?」


「……御帰還が叶うといたしましても、貴女様は「半妖」 その事をお忘れなく」





 痛い所、突いて来るね、ローリー様。 うん、分かってるよ。 私は「半妖」なんだよね。 純然たる人族では無くなっているし、系統から言えば、「魔族」なんだよ。 もしかしたら、濃い魔力濃度が無くては狂ってしまうかもしれないし。 その辺は如何とも言えない。 でも、帰りたいんだ。 




 ミャーも居る、御父様も居る。 そして、大事な「お友達」も沢山いる、あの愛すべき地に。




 あの人が何処にいるか判らない。 でも居るのは、「福音」で教えて貰った。 探したいんだよ。 でも、一人じゃぁ 「嫌」 なの。 私がソフィアとして、生を受けたこの世界で、一人きりは嫌なのよ。 心を寄り添わせた、大切な人達と一緒に、幸せになりたいのよ。 






 それが、たとえ、『茨の道』で在ろうと。





 私の目に、覚悟の光が灯ったんだ。 不安要素は多々ある。 でも、前を向いて、歩いて行きたいんだ。 だから…… お願いするよ。





 心を決めて。





 私の願いを。








「カロンの街へ、連れて行ってください。 お願いします」








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