第120話 旅路の果て。 荒野にて
普通だったら、二週間くらいかかる道程を、僅か三日で到着しちゃったんだ。 あぁ、二週間って言うのは駅馬車で移動する場合ね。 十四か所の街や村が街道沿いに有って、それぞれがほぼ駅馬車で一日の距離になるのよ。 だから、二週間。
でも、【カロンガロン】の運搬専用馬車って、とっても足が速いのよ。 なんてったって、スレイプニル二頭曳きだもの。 馬力?が違うの! 一日で、村五つとか踏破しちゃうんだものね。 それでも、荷馬車が揺れないって、よっぽど、街道が整備されてる証拠よ。 うん、なんか、ゴメン。
もう、十分に見せ付けられた、社会資本整備の差がここにもあったんだ。 ほんと、ミッドガルドとは大違いよね。 だって、あっちじゃぁ、一歩王都を出ると、街道だって、ガタガタ道になるし、最初の街を過ぎるころには、もう土の道で。土砂降りなんかにあおうものなら、それこそ、前に進めないんだもの……。
なんどか、激しい雨に降られたけど、別にどうって事無かったんだ。 御者台は、ブリンクさんが【天蓋】って魔法で見えない屋根付けててくれたし、雨でも快適な馬車の旅だったよ。
十四日目の終わり、ついに最後の街に入ったの。 《ターミナーエンデ》って言う、街道の端っこの街。 此処から先は、街と整備された街道が無くなるんだって。 「試練の回廊」の安全地帯らしいの。 「試練の回廊」は、両側に高い城壁が延々と続く幅を持った荒野の回廊なんだけど、城壁の外側両方にも、同じ幅を持った何もない平原が横たわっているそうなのよ。
まかり間違って、「試練の回廊」から使節団が飛び出しちゃったときなんかの対応用に取ってある土地なんだって……。 やる事のスケールがいちいちデカいよ……。
《ターミナーエンデ》の街には武装した人達が多かったの。 でも皆さん引き締まった顔してた。 なのに、ある一団はかなり弛緩してる。 なんでだ? って思ってたら、ブリンクさんが教えてくれたんだ。
「休暇前と、休暇後ですね。 この街、《ターミナーエンデ》からは、魔人王領 各領域に出征、帰還用の専用駅馬車の路線が集まっています。 一般兵は《ターミナーエンデ》から「試練の回廊」に向かい、そして、故郷に帰るんですよ」
「安寧なる生と、命を懸けた戦場の、境目の街なのですね」
「ええ、その通りです。 帰還の途に就く兵士たちの安堵に満ちた、喜びの表情を見て下さい。 アレが、私達、魔法薬局【カロンガロン】の守るべきモノなのですよ。 そして、守る為の武器が、荷馬車に積まれている各種の薬品、ポーションなんです」
「皆さんの御働きで、彼の方々が生還出来る訳ですね。 尊いお仕事です」
「聖女様にそう言って頂けると、胸を張って誇りに思う事が出来ますね」
ニッコリと笑う、レプラカン族。 そんな、いい笑顔出来るんだ……。 お仕事に誇りをもってるんだね。 判るよ。 全ての命を守るって事の素晴らしさを……知ってる御顔だもんね。
落着いたお宿に泊まって、「英気を養って下さい、明日からは、道が厳しくなります」って言葉に従って、食べて、お風呂に入って、ぐっすりと眠ったの。
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翌朝早くに、お宿を出てたんだ。 まだ夜空に星が出ている時間帯だった。 魔族の人が険しいって言ってたから、覚悟してたんだ。 道なき道を突き進むんだってね。
なのに、期待外れって言うか……。 なんだよ、普通の郊外の道じゃん。 固く踏みしめられた、砂利引きの道。 轍だって深くないし、ガタゴト揺れるくらいだよ? これを、どう覚悟しろって? 王都エルガンの街の中の、レーベンシュタインの無紋の馬車の方がまだ揺れるよ? マジで……。
「酷い揺れですが、大丈夫ですか? こんな悪路に付き合わせてしまって……、 申し訳ないです。 何なら休憩挟みましょうか?」
「いいえ、大丈夫ですわよ? なにも、問題は御座いませんわ。 むしろ快適かと。 広々とした原野に流れる雲。 日差しが増しつつある、青い空。 何もかも素晴らしいものですもの。 なんなら、もう少し早めて頂いても、問題御座いませんわよ?」
「えっええええ!? ま、マジっすか?」
「ええ、全く問題 御座いませんわ」
平然とそう言い切る私。 まぁ、少し笑顔かな? そんな私を見て、目を丸くしつつも、頷くブリンクさん。 はぁ……、 一体どんな細っこい、深窓の令嬢かと、誤解してたんだ? ある意味逞しいよ? 私は、レーベンシュタインの娘だよ?
ひたすら真っ直ぐに続く原野の道を、一定の速さでズンズン進むの。 ちょこちょこお話してた、ブリンクさんは、結構な事情通なんだ。 でね、ちょっと気になって話題を振ってみたんだよ。 そう、エルガンルース王国が百年契約を結ぶ相手。
知ってたら儲けものだと思ってね。
それと、ハヌカの街でお逢いした、ネクサリオ=ガムデン伯爵様が仰ってた、「跳躍門」ってなんだ? その辺を聞きたかったのよ。 教えてくれたらラッキーねって所だけどさぁ。
「ブリンクさん、少しご質問が有るのですが、お話良いでしょうか。 もし何らかの機密事項であれば、御答えは結構ですので……」
「ええ、まぁ…… 別に隠し立てする様な事は無いと思いますがね」
「それでは ――― 百年条約更新の使節団ですが、ガムデン伯爵様が仰っておられましたが、ミッドガルドの各国で対応される魔人王様が違うのですか?」
「ええ、そうです。 大協約締結当時、魔族領も一枚岩と言う訳では御座いませんでした。 そちらの国々の国王陛下様と、我らの魔人王様の力の均衡がとれるように、精霊様が調整されたと、そう聞いてますね」
「そんな昔から……」
「ええ、そうですよ。 ただ、人族の王様はそんなに長命ではないし、国だって度々変わるので、その度に調整し直すってのが面倒だなぁと思ってますけどね」
「今は…… 「試練の回廊」で、審問を一本化されたのですか?」
「そうなります。 魔人王の盟主様が、各魔王様で独自の諮問ではマズかろうと言う事で、「試練の回廊」を制定され、一本化されました。 南部審問軍団もその時に結成されております。 各国から選りすぐりの兵を供出し、魔人族の方々が司令官として赴任されております。 司令官職の魔人族の方は、魔人王の盟主アレガード様の眷属ですね」
「そうなのですか」
いやはや、とんでもなく組織力のある魔人なんだね、アレガード様って……。
「南部審問軍団は、人族の使節団がレテの河のほとりのカロンの街に入ってから、跳躍門までを担当されます。 人族の覚悟と勇気、力を審問されます。 当然、戦闘によってですが。 勇者を伴って来られた使節団の方々には全力で。 そうでない方々にはそれなりに。 しかし、被害は相当なものです。 殉死者も後を絶ちません」
「人族の被害は?」
「あちらにも薬師、回復士は居られますが、力足らず殉死される方も。 カロンの街では、魔力濃度の極めて薄い一帯が御座いまして、そこに【カロンガロン】の支店も出しております。 支店では対価を頂き、治療師の治療も行っております。 手厚くね」
「出来るだけ、生きて彼方に帰そうと?」
「そうですよ。 審問ですから。 別に殺戮を目的とした戦闘では御座いません。 出来れば、皆さん生きて帰ってもらいたいですからね」
「なるほど…… エルガンルース王国の使節団がまだ来ていないと聞き及んでおりますが、本当でしょうか?」
普通に……、何の気なしに……平然と……。頑張ってんだけど、気になるよね。 本当に気になる。 声、震えて無いかなぁ……。 大丈夫かなぁ……。 ホッ、気にしてないみたい。
「ええ、まだです。 もう直ぐ時眼切れになりますから、南部審問軍団の人達もヤキモキしてますよ。 ドンダケ戦力を整えて来るんだろうって……。 あの国の人達、基本的に【戦闘狂】でしょ? 前回の事を踏まえたら、ドンダケの準備してるか判んないですから」
はぁ……。 凄い高い評価下されてるよ……。 やる気ないのに……、サリュート殿下……。 大丈夫か? ほんと、どんだけ引き連れて来るつもりだ? マジか? でも、殿下には大隊規模の戦力を用意する事も出来ないんだよなぁ……。 下手すりゃ、手廻りの人間だけで来るかもしれんもの……。 はぁぁぁ、 なんか、気が重いよ……。
「それでね、そんな彼らに対応するのが、魔人王の盟主 アレガード様なんですよ。 「試練の回廊」を抜けた先の一番デカい跳躍門を使って、王都に飛ぶんですが、多分見たら、ビックリして腰抜かしますよぉ」
「そんなに、豪華なのですか?」
「豪華って言うか……、 ソフィア様も、一度ご覧になった方が良いかも。 他の魔人王様の王都とは、何もかも違い過ぎます。 私も今回一度伺ったのですが、いやぁ~ 凄かったですね。 どの王都よりも綺麗で生き生きしてましたよ」
「そうなんですの……」
「ええ、ええ。 まずは、跳躍門まで進むのが大変ですが、頑張ってもらいましょうか」
「……そうですね」
嫌な予感バリバリですよ。 今、サリュート殿下、六年生だから、もうちょっとで、学園はご卒業に成られる筈。 卒業と同時に、百年条約の更新使節団を編成してオブリビオンに向かう手筈に成ってるんだよね……。 手廻りの人達……、それぞれに、大事な役目を仰せつかってるから、それ用に使節団を組むんだよねぇ……。
サリュート殿下が、アーバレスト陛下の名代でしょ?
法務官職が最低一人でしょ?
宮廷魔導師が最低一人でしょ?
護衛官が……、 まぁ、一人はいるよね。
それと、「証人官」が一人……。 「準」 でも 「補」 でも構わないから……。
最低五人だよ……。 決定権持ってるのは、サリュート殿下だけど、それぞれもエキスパートじゃ無きゃならないし。 出来れば文章官も連れて来たいよね。 その人達を護る、軍団だから、最低でも師団か、旅団編成にしないと……、 ほら、今回も勇者召喚失敗してるじゃん。 相当気合い入れないと……。
それに、サリュート殿下が不在の時、王宮対策要員として、誰か要るし……。
なんか、眩暈がして来たヨ。
下手すりゃ、エルガンルース王国は、百年条約の更新できないかも知れない……。 と言うより、国が潰れかねんなぁ……。 風前の灯? みたいな。 ほんとに、ほんとに、厄介な事だ。
しかし、私にはあんまり関係ないよね。 こうなってきたら。 自業自得だし……。 ミャーに逢いたい。 今の私にはそれが一番なのよ。 ちょっとこれも聴いてみよう。
「あのカロンの街から、ミッドガルドに帰る事は出来るのですか?」
「あぁ、ソフィア様の目的でしたね。 此方から一方的に帰る事はたしか難しかったと思いますよ? なんか色々条件が在ったような……。 送り出しはしますが、こっちの魔人族が彼方に行く事はそれこそ文献上でしかありませんでしたし、上位の方々は、その有り余る魔力を持ってご自分で、転移門を開かれますしね……。 どうだろうかなぁ……。 店主様なら、なにかご存知かと思います。 【カロンガロン】の店主様に直接お聴きになった方がいいですよ? 正確だし」
「……そうなんですか。 判りました」
オブリビオンから、ミッドガルドへの道は。
細く遠い。
カロンの街で、どんな事になるかは、
行ってみないと判らない。
でも、
絶対に諦めないから!!!