第119話 ” 足止め ” の日々
結局、なんだかんだで、このハヌカの街には長逗留になったよ。 いや、まじで、こんなに長く留まる予定は無かったったんだ。 実に四か月間も居たことになるんだよ。
理由はあるんだ。
――――― まず一つ目。
カロンの街へ行く駅馬車が無かった事。 「試練の回廊」近くには町が無くてね。 最寄りの街から、カロンの街まで歩く事になる筈だったんだ。 で、かなりの距離が有るんだと……。 実に二か月間も野宿しなきゃならんのだと。 大体の事は、アレルア様から貰った、ガイドブックに書いてあったけど、アレって観光案内みたいなモノじゃん。
「試練の回廊」は観光名所でもなんでもなく、大協約関連の神聖な設備だから、そこへ向かう人は、相応の役職とか役割を持つ人しかいないからね。 それで、元【カロンガロン】に在籍していたという、ルーケル様から、どんな所か教えて貰ってたんだ……。
で……、そんな話なのさ。 自力で行くなら、ココから一年近くかかりそうなんだよ……。
カロンの街に行くのに、時間がかかるなら、魔法薬局【カロンガロン】の買付人さんと、一緒に同乗させてもらうのがベストの選択だと思ったのよ。 ほら、野宿する必要もないしね。 それに、私のお薬の錬成力をルーケル様に認めて貰って、あっちでの滞在先は、【カロンガロン】になったからね。
問題は、その買付人のレプラカン族のブリンクさんが【月の牙】にやって来るのが、かなり遅れてるって事なのよね。 魔族領のあちこちに買付に行ってて、中々所定の分量のお薬を買い付けられていないのが現状らしいの。 大変ねぇ……。
ルーケル様の助言もあり、ブリンクさんの到着を私は待つ事にしたんだよ。 時間がかかるって判ったけど、私の一人旅より、安全で確実だからね。
―――――― 二つ目。
時間が出来た事を踏まえて、ルーケル様がご提案された事が有るのよ。 それは、薬師では無く錬金士養成の要請なの。 目的は、薬師様のお手伝い要員ね。 魔法が有る程度使えて、薬草への理解もある人。 それでもって、薬師を目指してた人が対象なんだ。
実際、薬師を目指していた人は、いるんだよ。 けれど、魔王様のお膝元の王都の学園とか学校とかの薬師の養成コースに入れない人がいるんだ。
王都の学校は、かなり高いレベルの教育らしいんだけど、入学審査が厳しいんだって。 でもねぇ、ルーケル様曰く ” 手業がねぇ…… ” ってさっ。 さらに続けて言われる事には、 ” 頭でっかちで、即応には向きません。 どちらかと言うと、研究者向けの人材になります。 私の様な者は、珍しい方なのですよ ” と、言う事だったんだ。
ここらは、魔族は、人族と同じね。 まぁ、人族には手業に特化した人達として、錬金士がいるから。 それに、魔族と違って、人族はあっという間に死んじゃうから、「ポーション」とか「お薬」の需要がバカ高なんだよ。 各冒険者ギルドでも、かなりの人数の錬金士を専属で雇ってるしね。
こっちには、そう言う感じのモノがないから、仕方ないっちゃぁ仕方ないんだ。
大規模な戦争もないみたいだし、有るとすると、「試練の回廊」での審問中の戦闘でしょ? 必要な時は大量に必要だけど、使節団が来ない時は、必要ないしね……。
だから、お薬の需要は、一般向けがほとんどなのよねぇ。 だから市井の薬師様が増えない訳だ。 ルーケル様はそんな状況に憂いを感じてらっしゃったんだ。 必要な時、必要なだけ薬剤を作る人が居ないって事にね。
私の手業を見て、何か閃いたらしいのよ。 薬師様を養成するのには時間とお金がかかるし、既存の制度やしがらみも複雑に絡む。 だから、それに縛られない、モノが必要だとお考えになったのよね。 そして、目を付けられたのが、錬金士なんだよ。
ルーケル様は、私がお教えした事、ほとんど出来たんだ。 「魔法の瓶」以外は全部、錬成出来たんだよ! つまり、やり方さえわかれば、こっちの人も錬金士と同等の事が出来るって事よね。
薬師に成りたいのに、授業料が払えない子とか、社会的階層の低い子とか、王都の学校の入学資格に足りない子達が市井には沢山いる。 だから、彼等の様な志の高い子達に、錬金を教えてくれないかって、持ちかけられたんだよ。
時間もかかるし、最初はお断りしようと思ってたんだよ。 でも、何時まで経ってもブリンクさん来ないし、ちょっと、ルーケル様に連絡取ってもらったら、まだまだかかるって、お返事だったっから、しかたなくね……。 お受けしたよ。
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【精霊月】の月末にここハヌカの街についてから、【氷雪月】 【献春月】、そして、ついに、【恵風月】の月末に成っちゃたよ。
見事に三ヶ月……。 足止めくらった感じがしたね。
季節はいつの間にか、寒い冬から、麗らかな春の装いを纏い、更に進んで、もう直ぐ、【穀雨月】に移って行く。 ルーケル様の魔法薬局【月の牙】には、大量の在庫も出来た。
後は、ブリンクさん待つだけなんだよ。 でも……来ねぇんだよなぁ~~~。
この間に何度か、【マルグレッド楼】に行ったんだ。 《念話機》を借りにね。 快く貸してくれたよ。 超長距離念話だけど、何となくコツがわかった。 お話する先は、勿論ミャー。 色々と心配かけちゃってるし、こっちの現状も理解してもらわないといけないし、あっちの状況も教えて欲しいし。
理力が溜まる度に、【マルグレッド楼】に行って、ミャーと《念話機》でお話したんだ。 大体の状況は伝えられたし、大体の状況はつかめた。 あの子、情報収集はしっかりやってんね。 流石だ。 で、ちょっと、怒られた。
”ソフィアは何時も私がお花摘みに来てる時に、話しかけて来る……。 狙ってんの? ミャーはなんか、恥ずかしいよ ”
「ゴメンね……。 狙った訳じゃないんだよ……」
” ……それに、ソフィア…… ”
「何?」
” とっても、楽しそう……。 ミャーも一緒に居たいよ……」
「……帰る方法が判ったら、来る方法も判るよ。 今度は、一緒に来よう。 きっと気に入ると思う。 うん、絶対に」
” ……ソフィアが居てくれたら、ミャーは何処だっていいんだ……。 何処だってね ”
ミャーの寂しげな声に、ちょっと罪悪感を抱いちゃったよ。 絶対、帰るよ。 ミャーの元にね。 大好きで、大切な私の姉妹。 待っててね。
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ほら、『錬金術士養成教室』を、ルーケル様の肝煎りで開催したでしょ。 案外、受講者が多くてね。 みんな、何かしら思う所が有ったのかもね。 皆、ちっさいのに、熱心に錬金術を学ばれて、私から見たら銅級錬金士クラスの人が沢山、養成できたと思うのよ。
こっちの人達って、基本魔術に長けてるんだもの。 魔力を練るのは得意なのよ。 更に言えば、普通の魔術とちょっと違う錬金魔術は、いわば、初級魔術を組み合わせた様なモノだから、使う魔力もそう多くは無いんだ。
人族に比べてだけど、魔族の人達の魔力保有量って馬鹿みたいに大きいの。 だから、高度な錬金魔方陣だって、魔力不足で崩壊ってな事にはならないんだよ。 まぁ、大きすぎるって事はあるけどね。
そうそう、ルーケル様のお手伝い要員が一人確定したんだ。 私から見ても、凄いよ~~。~ 百手族の女の子なんだけど、十対の手に錬金魔方陣紡ぎ出して、一人で十人分の仕事を、アッサリこなしちゃったんだ。 もう、絶賛したよ。
そんな事してたら、見る間に薬草の在庫が切れてきたんだ。 で、季節は薬草採取に持って来いの、【穀雨月】。 ルーケル様は、『錬金士養成教室』の子達を伴って、近郊の森へ採取に何度も行かれたよ。
「自分達で使うモノは、自分で採取するのが、薬草の理解を手助けをする一番の近道です。 植生を覚え、種類を覚え、薬効を覚え、そうすれば、自ずと薬品の配合も覚えられます。 さぁ、頑張って!」
小さい子達の先頭に立って、森に向かわれるルーケル様は、みんなにそう言ってた。 そうね、確かにそうなのよね。
私は……お留守番。 店番とも云うね。 ポーションの在庫を増やしながら、皆の帰りを待つの。 それに、頑張った人には、良い事が有った方が良いものね。 みんなの分の、晩御飯も作ってたんだ。 結構好評でね。 嬉しくなったよ。
「ソフィア様は、薬師ルーケル様の奥様なの?」
皆で夕食の食卓を囲んでる時に、例の 百手族女の子、エルラーダちゃんが、突然の爆弾発言。 思いっきり噎せた。
「ゲホッ、ゴホッ、ゲホッ… ち、違いますよ。 エルラーダさん。 ルーケル様は、わたくしのお師匠様ですよ。 奥様では有りませんよ」
「え~~~そうなの~~~~? なら、私にも……、機会…有るのかぁ……」
ほうほう、そうなんだ。 へぇ~~ おませさん、ですねぇ……。 ほんのりと赤くなってるエルラーダちゃんを、ニヨニヨってしてみてた。 ルーケル様は、そっぽ向いてたけどねぇ。
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忙しくも、充実した毎日。 でも、「さようなら」は、来るんだ。
そう、やっと、来たんだ。魔法薬局【カロンガロン】の買付人、ブリンクさんが。
ほぼ空の馬車に乗って……、
憔悴しきって……、
絶望感たんまり出して……。
そんなブリンクさんに、ルーケル様がお声をお掛けになったんだよ。
「ブリンク。 精霊様はお見捨てに成られなかった。 【カロンガロン】の要求したモノを揃えられた。 《聖女ソフィア様》 のお陰だ。 聖女様に粗相の無い様、くれぐれも頼んだぞ」
ルーケル様の言葉に、ブリンクさんの表情が一気に明るくなり、
赤くなり……
青くなった。
「せ、聖女様? ……そ、ソフィア様が…… 聖女様?」
「不思議はあるまい? 驚くような事ではない筈だぞ?」
「えっ…… 聖女様の様にお美しいのは……、たしか……ですが、薬師ルーケル様から、ソフィア様が聖女と呼ばれるって事は……」
「あぁ、彼女の手は、癒しの御手だ。 精霊様に愛された、「愛し子」の御手だ。 この意味、解るな。 ブリンク。 お前の主人に、私がそう言っていたと、伝えなさい」
「 ――!!!! は、はひ、う、受けたまたま‥ 承り、ました!!!!」