第12話 学園生活の始り
初秋の晴れ上がった日から始まった、学園生活。
私は‥‥‥、 王都エルガムのはずれの方のタウンハウスに住んでいるから、毎日、馬車で通学する事になったよ。
学園の授業に間に合うように出るとさ、この時期、まだお空が暗いんだよ。 ちょっと、朝弱いから……、 大変なんだよね。 王都エルガムにタウンハウスを持ってない、遠い領地の非主流派の下級貴族の皆さんは、学園の寮に住んでるんだよね……。羨ましい……。
ミャーに叩き起こされて、毎日が始まるの。 乗合馬車に間に合うようにね。
そりゃ、高位貴族の皆様とか、低位でも、お金が潤沢にある御家なら、自前の馬車用意できるけどね、うちは無理。 なんか有れば、使えるけど、毎日は無理。 維持費高いのよ……。 だから、学生用の乗合馬車での登校になるの。
まぁ、ご近所の男爵家の方々も、同じような物でね。 何人か顔見知りになったよ。
護衛……は、ミャー。 メイド姿でいつも一緒。 周囲の学生さんには、”過保護” って思われているよね、きっと。 でも、まぁ、私の場合は……、そうね、必要だからね。 マジで命狙われてる可能性あるもの。 特に、登下校の時はね。
と云う訳で、初日から、メイド付きで登校してたの。
―――――――
学園の授業はね、まぁ、ママの記憶があるから、復習がてら淡々と受けてたの。 内容は変わんないわね。 お外向いて、片耳で授業聞いてても、良く判るよ。 突然、ご指名が掛かっても、問題なくお答えできるし。
まぁ、低位貴族が学ぶ、このクラスだからね。 実務に特化してるっていっても、ほら、私、本来の私の記憶だってバッチリだから、ほら…中学生レベルの事、言われてもね……ねぇ……
そんなこんなを、目立たない様に、オトナシクしてたんだよ。 このまま、何事もなく六年間を過ごして、恙なく卒業していくつもりなんだ。 キラキラ集団に絡む事になったら、碌な目に逢うか判んないし……
実際、平穏な日々なんだよ。 ミャーと一緒に登校して、勉強して、お昼ごはん食べて、勉強して、帰るの。 乗合馬車の時間は、朝夕三回づつあってね。 その第一便に乗って帰るのよ。
だって、学院に居ても、碌な事にならない気がしていたしね。
「お嬢様、楽しいですか?」
「早く、御領地に帰りたいよ」
「私が見る所、色々な方が、お嬢様とお話をしたそうにしておられますが」
「そう? そんな風に見えないよ? 興味は有るけど、距離を置くって感じしかしないよ?」
「……それは、お嬢様が関りを持たない様にしているからです」
「……そうかな?」
「隙が無さ過ぎます」
ミャーがメイド言葉のままなのは、乗合馬車の中だからね。 それにしても…… ホントかね? お友達に成りたいくないでしょ、普通。 色々と問題抱えてんの、ご近所さん知ってるはずだしね。 ほら、この乗り合い馬車の中にいる人達だって…… チラチラ見てるけど、なんも言って来ないし。
「お嬢様」
「何かな?」
「ここは、一つ、私に」
「何をするつもり?」
「まぁ、まぁ……」
私にだけ見える様に、ニヤニヤ笑いながら、ミャーが乗合馬車の人達に向かって、声を掛けたのよ。
「乗合馬車に同乗されている、学園生徒の皆様、お恥ずかしい事なのですが、お嬢様は ” 人見知り ” が激しくて、なかなかに仲良く成れずにお悩みです。 同じ乗合馬車に乗った縁もあり、差し出がましい事では有りますが、専属侍女として、お願い申し上げます。 御声を掛けて下さいませんか?」
お、おい…… 何を言い出すんだ? 眼を丸くして、ミャーの方を見たんだ。 ミャーはこっそりと、教えてくれた。
「お嬢様…… お探しの人物は、眼を見ないと判らないと、仰いましたよね。 その人が何処に居るかもわからないって。 機会は何処にでもある筈です。 成人を待ってなどと言わずに、探しましょうよ。 学園に居るかもしれないし」
う~~ん、まぁ、言われてみればその通りなんだけどね。 でも、私は何が何でも、学園を無傷……、は無理か。まぁ、死な無い程度で卒業しなくちゃなんないし、無用な人間関係を築いちゃったら、また、「世界の意思」 の強制力に引っかかるかもしれないし……。
「難しい顔をしても、ダメですよ。 いざとなったら、ミャーが命を懸けてでも逃がしますから」
「ミャー…… ダメだよ、そんな事言ったら。 私は、ミャーと一緒なんだから」
ニコニコと微笑んでいるミャー。 そんな彼女の朗らかさに、何度救われたか…… 手を血に汚しても、私の為にって、ついて来てくれる。 感謝しか無いよ……。 ガタゴトいってる馬車の中で、突然私に声が掛かったのよ。 ちょうど、私が困って、下を向いたときね。
「レーベンシュタイン嬢。 ……い、一応、そのメイドの言葉もある。 挨拶は大切だと、父上からも常に言われている……。 まぁ、知っているだろうが、ルーク=ドバイ=オンタリオ……。 君と同じ、盾の男爵家の三男だ。 つまりは、ド底辺」
自虐を含む挨拶に、ちょっと笑ってしまった。 顔を上げて、そう自己紹介してくれた、ルークに微笑んであげた。 パッと見、なかなかのイケメンだよ、この子。 でも、男爵家三男って事で、ミソッカス扱いなんだよね。
「ソフィア=レーベンシュタイン です。 そうですね、私は孤児だったのですから、本来は、庶民階層の中でも 《ド底辺》 でしたでしょ? 学院で一緒に知識と知恵をつければ、宜しいのではなくて?」
ルークも笑ってくれた。 ぎごちない挨拶だったけど、まぁ、それなりにお友達に成れそうね。
―――――
学院の中で、ちょこっと知り合いが増えた。 そうね、「世界の意思」のは出てこない人達ばっかりよ。 良かった。 そんな知り合い達は、みんな男爵家の人達。 盾の男爵家の人も数人いる。 女性も六人くらい知り合いになった。
全部、わたしの御家の周りに住んでる人なんだよ。 あんまり裕福じゃない男爵家の人なんだよね。 お昼ごはんの時、食堂にお弁当持って行ってたら、駅馬車仲間達が、なぜか集まる様になってね。 ……なんでだろ?
「いや、ほんとに。 あそこで、君のメイドに声を掛けて貰わなかったら、きっと、俺達、孤立してたな」
ルークはそんな事言って、笑ってた。 そうだね、同意するよ。 高位貴族の人達と違って、男爵家、子爵家の人ってお家の格が低くて、高位貴族の人達からすると、”お付き合い” する意味無いもんね。 御家だって、王国への影響力も無いし。 ほんと、有象無象扱いだものね。
その上、みんな疑心暗鬼で、行動もバラバラ。 当然、何らかの集団行動なんかも、なかなか出来ない。 学院の寮に入っている人達は、それでも、何となく連帯感があるみたいなんだけどね。 自宅通学組で、乗合馬車のお世話になるような人達は、基本ボッチなんだよ。
まぁ、緩やかなお付き合いだから、どうこう言う訳じゃ無いけどね。 乗合馬車の時間が早便、中便、遅便の三便しかないから、自然とみんなと仲良くなれたよ。 上級生も含めてね。 あの方々、ボッチ耐性凄いのよ。 学園生活に溶け込むことなく、孤高を守ってるって感じ……。 ちょっと、寂しげだったんだけどね。
授業が終わって、速攻帰るというか、早便の時間が来るまで、ちょっと時間があるから、食堂でお喋りしたりね、してたんだ。
学園生活が始まって、はや、二週間。
ようやく、落ち着いて来たかなって思った時に、食堂の掲示板に、大きな通達が張り出されたの。
学園の行事とか、注意事項とか、通達とかを張り出す掲示板なんだけどね、その前に生徒さん達が集まってワイワイ言ってた。
あんまり興味なかったのよ。 そんなの。
窓に近いお席について、御家から持って来た、お弁当を食べてたんだ。 ミャーと一緒にね。
「お嬢様」
「なにかな?」
「掲示板の通達読まれました?」
「まだ」
「……でしょうね。 学園の新入生歓迎会だそうです」
「ふーん」
「夜会を模した、舞踏会形式だそうです」
「欠席……」
「出来ません。 通達により、新入生は全員出席が義務付けられました」
「……どういう事?」
「上級生への顔見世と、顔繫ぎだそうです。 低位貴族も、”社交” の経験を踏ませるのが、御主旨だとか」
「……行きたくねぇ……」
「お嬢様、言葉遣い!」
「……すみません」
デカい溜息と共に、手に持ってたサンドイッチを下ろしちゃったよ。 何なんだろうね。 まぁ、来いって云うんなら行きますけど……。 ドレスコードとか、有んのかな? ミャーは、「正装」義務付けとか、言ってたな。 ……何となく、緩やかに私の周りに、いつもの人達が集まって来た。
「ソフィア様、御召し物どうされますの?」
ララフォード男爵家の御令嬢、ドミニク=カーラ=ララフォードさんが、心配そうに聞いて来た。 ララフォード男爵家の御領地は、前々年の凄い災害の影響で、御家が大変なんだ。 それは、その地方の貴族全部に云える事なんだけどね、家計が火の車ってこった。
そこに、舞踏会だって…… 無茶言うなよ。 この世界にはレンタル業者なんか居ないんだし、古いドレス着て行ったら、それこそ、高位貴族様の嘲笑の的になる。 うちだって、そうそう買ってもらえると思ってないし…… ミャーをチラッと見てから、言ったのよ。
「ドミニク様、私、舞踏会に着て行けるドレスなど持っておりませんから、学院の制服で出席しますわ。 学生の「正装」ですもの、なにも支障は無い筈ですわよ?」
つまりは、このまま出席。 壁の花? と、云うより、壁自体に成るよって事。
「で、でも、許されるのでしょうか?」
「非公式な舞踏会ですし、学園の行事と考えれば、問題無いと思いますわ。 変に無理するよりも、その方が潔いと思います。 ねぇ、ミャー、念のために、事務局に行って聞いて貰えないかしら?」
「はい……お嬢様」
私の言葉に、周囲に居た男爵令嬢さん達、なんか眩しそうに眼を細めてた。 思い切りが良いね、ってさ。 だって、無い袖振れないんだし、変に頑張ったって、無駄じゃ無いかな? お金は大切だから、使い処を考えようよ。
「小物だけは…… 御婆様に頂いた、髪飾りが有るのです。 普段使いには出来ないモノなので……」
「宜しいのでは? 華美なドレスよりも、かえって印象深くなるのではないでしょうか? 見せて頂くのを楽しみに致しますね」
そう言って、ニッコリ極上の笑顔を作った。 その笑顔に引き込まれる様に、ドミニク以下、その場に居た数人の男爵令嬢さん達も、笑ってくれたよ。
「そんじゃ、俺も、制服組だな。 キッチリ着こなせば、制服だってかなりのもんだしな」
そう言って来たのは、ルーク。 あんたも、大変ね。 上の御兄さま達のお古って言う手も有るんだけど?
「兄上達は物持ちが良くてな、俺に回って来た時には、作業服くらいにしかならんのだよ。 制服だってな。 小遣いを貯めて、自前で買ったんだ……。これ」
うわぁぁぁ……。 が、頑張ってくれ。 何となく、そういう方向に、乗合馬車組の新入生の意見が纏まりかけてた時に、ミャーが足音もさせずに帰って来た。
「許可出ました。 希望者は制服で宜しいそうです。」
「そう、ありがと。 他の人達は……、頑張るんでしょうね」
「ええ、掲示板前では、早速どのようなドレスを召すかで、盛り上がって居られました」
「上位貴族のお嬢様方のお仕事ですものね……。 まぁ、わたくしには遠い世界ですから」
ミャーの報告に晴れやかに応えといた。 準備は、何もしなくて良くなったよ。 楽でいいね。 乗合馬車組も、どうも制服出席に決めたみたいだね。 と言う事は、フロアの一角がめっちゃ地味になるってこった。 紛れ込みやすいね。 ふう……。 良かったよかった。
――――――
その日、御家に帰ったら、御父様が執務室でお待ちだった。 なんか、困った顔されてた。
「本当にいいのか? ソフィア、家の者も案じているぞ」
「お耳が早う御座いますね。 新入生歓迎会の事ですわよね」
「ドレスだって……」
「その分は、御領地の治水につぎ込んで下さい。 ドレス一着で、簡易灌漑用水路が少なくとも四本は引けます。 来年の収穫は、現在より一割は増収できますわよ?」
「……ソフィア」
「御父様、私は、自分の事よりも、領地の皆様の事が心配なのです。 心を砕くとすれば、まずは御領地…… そう、決めております」
「……判った。 其処までの気概が有るのならばもう、言わない」
「有難う御座います」
ミャーだな、告げ口したの。 あやつ、微妙な顔しとったからな。 でも、考えても見てよ。 私が着飾っても、誰もお得な気分には成れないよ。 せっかく、お知り合いに成れた周りの男爵家のお嬢様にも、”あの家は特別だ!” なんて、思われたくないし。
この時期、何処の御家でも、必要経費は増大してる……。 だから、社交シーズンって有るんじゃないの? 時季外れの今、なんで、そんなお金掛かる事できるのよ。 したい人、出来る人がすればいいのよ。
―――――
何日かしてさ、掲示板前から人影が薄くなった時に、じっくりその通達を読んでみたのよ。 まぁ、大体は、ミャーの云った通りね。 顔見世と、顔繫ぎ。 うん、判るわ。 でもね、開始時間は掲示されてるけど、終了時間は書いてないのよ。 それにね、開始時間、乗合馬車の中便が出る時間よ? どういう事?
「お仕度の時間です。 普通のお嬢様方の」
「あらそう…… 無駄に時間が掛かるのね」
「お嬢様が何もしないからです」
「必要ないもの」
「……御意に」
ミャーの目が怖いよ。 それにさぁ……。 帰りの馬車どうすんのよ。 歩きたくないよ。 あの距離、相当あるよ? 夜中になりそうだし……。 御家の馬車使うのも気が引けるしね。 だって、高々、学生へのイベントよ? それなら、乗合馬車の遅便で帰るよ、私。
「まぁ、居ても 一刻 程ですね」
「……乗合馬車で、お帰りですか?」
「そのつもりよ。 護衛さん達の勤務時間もあるしね。 当然でしょ?」
「……承知しました」
「御父様に言わないでね。 また、心配させるもの」
「……御意」
よし、釘は刺した。
あんまり、待ち遠しくない、
学園の新入生歓迎会まで、あと一週間。
普通に、目立たず
暮らせるかなぁ……。
読んで下さって、誠に有難うございます。 ブックマーク、評価、感想、大変うれしいです。
明日への糧に、更新を続けます。
それでは、また明晩、お逢いしましょう!!