第118話 森の中で
寒み~~~。
マジ、寒み~~~~!
ルーケル様に連れて来られたのは、ハヌカの街の外にある、ちょっとした森。 いや、ちょっとしたって言うのは嘘。 めっちゃ深いよ、この森。 デカい樹が林立してるし、やたらと、野生の魔獣が居るし。 でも、ルーケル様の気配を感じたのか、近寄ってこないの。 ふ~ん、やっぱり野生の魔獣は、強いものを避けるんだ。
何となく納得。 【探知】【探索】を無意識に発動した時、なんか、探知距離の内側が、真っ白になったんだ。 おかしいと思って、探知よりを大幅に伸ばしたところ、私を中心に半径二リーグ圏が、魔族の気配で白熱してた。
強い……。 まさしく強者の気配って奴。 現状考えられる事はたった一つ。 当然私からこんな気配は出せない。 つまりは、隣を歩いているルーケル様の気配なんだよね。 【威圧】の魔法が一番近いかな? それじゃぁ、私にも影響が出る筈だから、ちょっと違うかも……。
「魔獣が怯えて近寄ってきませんわね……。 ルーケル様が何かされて居るのでしょうか」
フフフと口から息が漏れ、苦く笑うルーケル様。 ハッキリ言って怖いよ、その御顔。 やたらと寒い校外の森の中。 大きく裂けた口から、白い息が吐きだされてる。 辛そうな、ハッハッハッって声が、聞こえるんだよ。 口から覗く牙から、ツーって液体が流れ落ちてるし……。
「月の出ていない夜は、魔力の抑えが効きづらいんです。 身体強化系に振って、少しでも、消費しないとならないのですよ。。 コレが満月だったら、こんな無様な姿を見せずに済んだのですが……。 済みません。 見た目はこんな風ですが、理性を失くすような事は無いと思います。 新月の夜は、特にひどくなるんです……。 魔力循環に問題が出てる……種族的遺伝病と言う所でしょうか」
辛そうね。 辛いんだから、言葉遣い何とかしてよ。 そんな丁寧な言葉は……なんか、困ってしまうよ。
ルーケル様の変調って……、種族的遺伝病かぁ……。 治しようないじゃん。 魔力循環に問題があるって……。 それで、身体の魔力の通り道の結節点から、漏れ出してるんだ、魔力が……。 少しでも、正常な魔力循環をもたらす為に、周囲への【探知】【探索】を常時展開して、さらに【身体強化】をかけ続けてるんだ……。
そのおかげで、私の【探知】【探索】が潰されちゃったんだよね。 まぁ、安全だからいいか。 安全だよね……? 街を出る時、百手族の衛兵さんが物凄く緊張した目で、私達を見てたもんね……。 深い森に、少女を連れ込む凶暴な魔狼族にしか見えんもんね。 そんで、ルーケルさん、舌なめずりしそうな顔だしねぇ……。
マジ、襲われるかも……。
って……無いな。
この人に限ってそれは無い。 うん、無いよ。 かれこれ二週間近く、同じ屋根の下に寝泊まりしてたけど、そんな素振り一切なかったし。 薬草とか、調薬の事ばかりお話してたものね。 錬金の方法をお教えしたりもね。 知的で、真摯で、素敵な人だよ。 遺伝的疾患でこんな風に見えちゃうのなんて、なんか、損な役回りの人だね。
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当初の目的は、ポーション用の瓶造り。 お願いした条件は、水と土と樹が有る場所。 【大慈母神】様の御加護が遺憾なく頂ける場所って、五大精霊様が近くにいる場所。 樹、火、土、金属、水 の精霊様のおわす場所。 森の中って本当にいい場所に連れて来てくれたんだよ。
森の中程まで来ると、大き目の湖が有ったの。 ルーケル様の目的地はココらしい。
「どうでしょう、如何でしょうか。 この場所は、薬草も良く採取できる場所なのです。 ソフィア様が、条件をお話下さった時に、ココが思い浮かんだのです」
「流石です、ルーケル様。 まさに理想的です。 早速ですが、瓶の作成に入ります」
「そうですね。 お願いします」
「はい」
私は、湖の近くまで近寄って、魔方陣の展開準備を始めたの。 使い捨てって訳には行かないし、丈夫な瓶を作ろうと思ったら、やっぱり加護をしっかり受けなきゃならないしね。 だから、《神代言葉》で、【大慈母神】様の御加護をお願いしなきゃならないわよね。
《 全ての精霊の母にして、世界を見守る大地母神アレーガス様に奏上いたします。 その全能なる権能を持ちて、我等この地に生きる、生きとし生ける者に慈悲と加護を与えたまえ。 我、ソフィア=レーベンシュタイン、伏して願奉ります 》
湖の前のちょっとした広場。 両手を地面に着け、魔法瓶の生成魔方陣を紡ぎ出す。 小手一杯に描かれる緻密な魔方陣には、内容物の劣化を止め、最良の保存状態を得る為の魔法が符呪される様に、描かれて居るの。 大魔法クラスの魔法だけど、最初に願いが通れば、いくらでも湧き出すように錬成出来るのよ。
さぁ、行くわよ。 起動魔方陣展開、魔力注入。 準備完了。
「加護を賜りし、ポーションが受け皿。 今ここに錬成する。 魔方陣起動」
溢れだすように、魔方陣からポーション瓶が錬成され、とめども無く溢れだしたの。 片っ端から、無限収納に納めて行く。 まぁ、時間勝負でもあるのよ。 だって、これ、予定されている魔力が尽きるまでだもの。 加速をつけて、ドンドン錬成していくの。
流石にいい所ね、ルーケル様の選んだ所は。 今までにこんなスピードで錬成した事無いわ。 きちんと五大精霊様も、お手伝いしてくれているのが判るの。 過不足なく、材料を魔方陣に送り込んで下さるの……
ややあって、予定していた魔力を使い切って、魔方陣が消失。 うん、凄い量の瓶が手に入ったよ。
《 精霊様の加護、大地母神様の加護、確かにお受け取りいたしました。 伏して、感謝の祈りを捧げます 》
「お礼」は。きっちりとね。 挨拶は大切。 皆さん、喜ばれた様ね。 良かった。 ルーケル様、驚いて居たね。 でも、まぁ、そんなモノよ。 こんな事は、ここオブリビオンでは、目にしないだろうしね。
「ルーケル様、終わりました。 各種ポーション瓶をかなりの量錬成出来ました。 十分な量のポーションを、劣化無しに長期間保存できると思いますわ」
「いや、そうか。 有難いのだが…… ソフィア様は、《神代言葉》を操れるのか? もしや、貴女様は証人……」
「ルーケル様? 何の事でしょうか? ソフィア、分りかねますわ」
星明りの中、湖畔に佇み真っ直ぐな目で、ルーケル様を見詰めそう言ったのよ。
ニッコリと微笑んで、誤魔化した。 うん、誤魔化したんだよ。 だって、メンドクサイでしょ? わかんないままにしといた方が良いはずだし、此方の事情は、少なくとも魔族には関係がないものね。 いいじゃん、私は、私。 ソフィア=レーベンシュタインで。
ルーケル様も何か感じるモノが有ったのか、それ以上は追及してこなかったよ。 大量の魔法の瓶も手に入ったし、帰ろうか。 まぁ、帰り道で、薬草の採取するんだけどね。 この森には、ほんとに大量の魔法草と希少な薬草、薬花が溢れかえっていたの。 魔力濃度が濃いと、こうなるんだね……。
ミッドガルドでは、こうはいかない。 ちょっとした魔力溜まりに、魔法草が群生するくらいだもの。 だから、採取は冒険者ギルドの依頼になるんだよ。 こんなに大量には手に入らない。 広範囲に薄く広がる感じだもの……。
「おや、こんな所に……」
ルーケル様が、手を伸ばした先に、白い大きな花が有ったの。 見た事無かった。 いや、あるか、図鑑の中で。 滅多にお目にかかれない、稀少な希少な、夜に咲く花。 それも、一年の内で、一番暗い新月の真夜中にしか咲かない上、非常に脆く、生花を見る事は無いとまで言われている薬花……。
「ドルゲンハイトの花ですわね……。 初めて見ました」
「私も生花は初めてですよ…… これも、【大慈母神】様の御加護かもしれないですね」
「そうですわね……。 希少な上、貴重な薬効をも持つこの花に出会えた事に感謝の祈りを……」
当然採取するんだけど、ただ、手折って持って帰るのは、NG。 ここで、丸薬にまで、持って行かないと、何の役にも立たない。 それこそ、大部分を捨ててしまうような事。 だから、私は……、始めちゃったのよ。 そう、いきなり丸薬までの工程を全て錬金術で錬金しちゃったの。
図鑑と本での知識は、実物を目の間にすると、知的好奇心を物凄く刺激するの。 今まで、敢えて、本気の錬金をルーケル様には見せてなかったけど、何時萎れるか判らない、このドルゲンハイトの花を前に、そんな事は吹き飛んだのよね。
両手に、力一杯の錬金魔方陣総動員して、そこにあった、三輪の花を連続工程で、丸薬に仕立てたの。 もう、薬効マックス状態よ! 劣化止めのコーティングしたから、噛み割らないと、ダメだけどね。 出来上がった、六粒の丸薬。
秘薬と言われる「仙丹ドルゲンハイト」
まぁ、本物をこの目で見られるとは思っていなかったよ。 どんな重篤な患者でも、どんな病気でも、コレ一粒でバッチリと治癒する、いわば万能薬。 王侯貴族は、コレ一粒に万金の贖いを躊躇う事無く支払うというわ。
「ルーケル様、これを。 貴方の真摯な献身が、【大慈母神】様に届いた証だと思います。 どうぞ、お納めください」
「い、いや……。 その、なんだ……。 これは……いかんよ。 これは、ソフィア様が持つべき物であって……」
「どうでしょうか、一粒。 根治不可能な、ルーケル様の種族的遺伝病ももしかしたらこれで……。 どうぞ、お受け取り下さい」
「……そ……そうか。 判った。 一粒だけ……、 身を以て、試してみよう。 文献にある事が真実かどうか」
「はい、左様に御座いますね」
うん、確かに、今までルーケル様は、病に苦しんでおられた。 根治不可とまで言われている、その病に特効があれば……。 まさしく、【大慈母神】様の慈しみの御加護。 ルーケル様が一粒をお含みなられ、口の中で割られた。
ボンヤリと彼の身体が発光するの。 薄紫色にね。 ショワショワって感じかな。 それまで、青白く、辛そうな御顔。 体毛も毛羽立って、見るからに無理をしている、そんな彼が、一皮剥けた? みたいな感じがしたの。 薄紫色の発光の中に黒々とした黒点が混じり、昇華されているのが見えた。
どんどん顔色と毛並みが改善されていく。 身体のこわばりが解けていくのが判ったの……。
「あぁ、精霊様、【大慈母神】様。 ルーケルは今まで以上の献身をお約束いたします。 この身、砕け散るまで、大協約を遵守し、この地に生きとし生ける者達への献身をお約束いたします。 この御加護、伏して感謝し祈り奉ります」
ルーケル様の口から漏れる、精霊様への誓約。 【大慈母神】様への祈り。 がっくりと膝をつき、双眸から涙を流し、手を組み合わせ……、祈るその様に、まさしく、御加護が降りた事に気が付いたんだ。
スゲー!!
「ソフィア様、有難うございます。 誠に、感謝に堪えません。 もし、なにか必要であれば、我が身に変えましても……」
「嫌ですわよ、ルーケル様。 貴方は、云わば、わたくしの薬師の師匠様です。 御加護は、貴方に与えられましたのよ? お間違いになってはいけませんわ。 わたくしは、そのお手伝いをしたまで。 感謝をすべきは、尊き方々で御座いましょ? 違いまして?」
「……まさしく……まさしく」
漆黒の闇に包まれそうな、深い森の小道。 膝を付き、両手を握り合う私達。 うん、まぁ、いいじゃん。 みんな幸せになりそうだし。
ね、とっとと帰ろうよ。
寒いんだよ。
マジで。
私、毛皮じゃないんだしさぁ……。