第117話 錬金術師の私と、薬師のルーケル様
一旦【マルグレッド楼】の戻って、色んな事を片付けたんだ。 勿論、受付嬢のミラーケスさんには、最大級の「お礼」を言ったわよ。 だって、お仕事見つけられたんだし、カロンの街までの足と、あっちでの拠点が手に入ったんだもの。
とっても素敵な事にね!
ミラーケスさんには、先払いしてある宿賃の返金は無しって方向でお願いしたの。 だって、私が役に立つかどうか判んないし、万が一、【月の牙】から放り出されたら、目も当てられないじゃない。 保険の意味でね。 お部屋はキープしとく。 あと、二週間泊まれるだけは、渡してあるもの。
なんか、めっちゃにこやかに対応されたんだよ。 お部屋の中に残してあった、ちょっとした荷物は、無限収納に納めて、その足で、【月の牙】に向かったのよね。 そう、早め、早めの行動は余裕を生むもの。
カラン
カラン
カラン
ドアベルを鳴らして、ルーケルさんのお店に到着したの。 ルーケルさんも待ってたみたいね。 私がどれだけやれるか、未知数だし、戦力になるんなら、ルーケルさんも面目が立つしね。
例のお二人は、居なくなってるよね。 忙しそうだったし、まさかルーケルさん一人に頼る訳には行かないしね。 それじゃぁ始めましょうか。 よろしくお願いしますね。
「宜しくお願い致します。 出来るだけの努力はいたします。 では、何から致しましょうか?」
「最初は、魔法草の乾燥から、お願いしたいんだ。 乾燥度が足りないと、品質が落ちるからね」
「はい。 それで、どれから始めるんですか?」
「うん、こっちに来て」
紳士的に、扉を開けてくれたんだ。 まぁ店の奥ね。 薄暗くって、薬と薬草の匂いがむせ返る様にしてる。 グツグツって、なんか煮込んでるし……、 薬品造りと言う観点から見ると、結構古いやり方だったよ。
さらに、奥に続く扉を開けて、私を招き入れたんだ。 まぁ、物凄い量の草木樹皮が、所狭しと詰め込まれてた。 蒸篭の様な籠が幾つも置かれてて、送風用の魔法具が下からそよ風を送ってるね。
それにしても、この部屋寒いね。……そっかぁ、冷風乾燥してるんだ。 効能の劣化を抑えるのに、温風乾燥じゃ無くて冷風乾燥だからね。 でも、これも古いやり方だよ。
「籠の中には別々の魔法草が入っている。 乾燥度によって、籠を入れ替える必要が有るんだ。 ずっと付いてなくてはならない事は無いんだが、一時間置きに確認する必要があるんだ。 ……住み込んで頂けるのは、大変ありがたい」
「あの……。 籠一つの中には、どれ程の魔法草が入っているのですか?」
「十束だ。 精製したら、傷薬一本分にしかならんがね。 長期保存の事を考えれば、早めに乾燥を仕上げたいのだが、なにせ、此処にある魔法具は八個しかないからね……。 一度に八十個分の乾燥が限度なのだよ。 それに乾燥には、時間がかかるから。 およそ…… 一週間の時間がね」
成る程ね、そう言う事ね。 錬金の技術が無いから、物理で対応してる訳だ。 ほうほう。 んじゃぁ、私が対案出してもいいよね。
「あの、ルーケル様。 一つご提案が御座います。 十束の未乾燥の魔法草を用意して頂けませんか? わたくしの国で使用されている、乾燥方法をお見せします」
「……宜しいでしょう」
なにやら、御不満気だよなぁ…… そりゃそうか、まぁ、見てなって。 渡された十束の魔法草を手に提げて、部屋の比較的空間の開いている所に行くの。 手に【重力魔法】を紡ぎ出して、まずは小さく纏める。 纏める際に、その塊の真ん中に、温熱石を未起動状態で仕込む。
次に、凍結魔法で、ガッチガチになるまで、凍らせる【風波】でもって、凍結させた魔法草の塊の周りから空気を抜きながら、温熱石を起動させるの。あんまり熱くならない様、最小出力でね。
勿論【重力魔法】で、その塊は浮かしてあるのよね。 シュ~~~って音をたてながら、水蒸気が抜けて行くのよ。 見る間に、水分を失っていく魔法草の塊。 で、継続して空気は抜くのよ。 ほっといたら、また水分が戻っちゃうものね。
「乾燥は、完全乾燥状態が望ましいのですよね」
どの位を狙っているのか判らないから、聞いてみたの。 私の手先を見ていたルーケル様は、なんか、目を真ん丸にしてた。 こんなやり方、知らなかったのかな? 薬効成分は壊れないように凍結させたら、品質も、生薬と同じだよ?
「あ……あぁ……。 一体何を……したんだ? 君は……」
「ええ、魔法草に含有されている水を一気に蒸発させています」
「えっ? じょ、蒸発?」
「ええ、そうですわ。 気圧が下がると、水の沸点は下がります。 氷から水蒸気になる事も確認されておりますので、それを利用したまでです」
「……か、完全乾燥に、どの位の時間が?」
「十束であれば……そうですね、四半刻も有れば、大丈夫だと思いますわ」
そうこう言ううちに、十束の塊から、水分が出なくなって来た。 そろそろ、カラカラに乾燥したようだよ? 慎重に、【風波】の魔法を閉じて行くの。 この魔法は「風」を起こす、初期魔法だから、使う魔力も僅少だし、制御だってやりやすいんだ!
周りと同じに成ったら、塊の下に手を出して、載せるようにしてから、【重力魔法】を止める。 ふわっとした重さが感じられるけど、カラカラに乾燥してるから、ほんと軽いのよ。 勿論温熱石も停止したわよ? 要らない熱を与えて、薬効が落ちるの嫌じゃない。
「どうぞ、鑑定してください」
「あ、ああ…… ――――――なんてことだ! ――――――ここまで、効能が保存されているなんて!!!」
ビックリ次いでだし、色々と私の出来る事を見せたんだ。 錬金術を知らない、オブリビオンの人達には、なんか特別な事に見えたようね。 目に見えて、顔つきが変わったんだ、ルーケルさんのね。 うん、なんか、前に見た様な気がするよ。 そう、サブリン村で……瞳をキラキラさせて、私の両手を取って、ルーケルさんが仰ったの。
「聖女様。 どうぞお力をお貸しください」
「ええぇ? またですの? サブリン村でも同じような事を言われましたが、私は「半妖」のソフィアです。 聖女様と呼ばれるような、高貴な御方では有りませんわ。 ルーケル様、ミッドガルドでは、私と同様の錬金術を行使できる者は沢山居ります。 もし、ルーケル様がお望みであれば、わたくしの知る方法を全てお教えいたしますわ」
「それは……、 可能なのでしょうか?」
「ええ、魔法特性は関係御座いますが、全て初級魔法で対応できます。 魔法は魔法でも、生産系の魔法ですので、此方の方がご存じなかったのかもしれませんわね。 大丈夫です。 全てお教えいたします」
「ありがたい……。 誠に有難い」
「わたくしは、薬師としての知識を持ち合わせておりません。 ただ、役に立つ薬を知っているだけで御座います。 ルーケル様の薬師としての知識は、それは至高のモノ。 わたくしに御教授頂ければ、幸いに御座います」
そうなのよね、薬師ルーケル様の頭の中には、オブリビオンの疾病とそれに効果のある薬品、薬、ポーションの膨大な量の知識が詰まってるの。 ホントに凄いのよ。 お薬だって、使う材料と配合歩合の変化で、熱さましから、喉痛、果ては、感冒総合予防薬みたいなモノまで、ご存知だったの。
もう、ビックリよ。
だから、私、勉強するの。 ルーケル様の頭の中にある、魔人族の英知を分けて貰うの。 その対価として、私の知る錬金術をお教えするの。 ウイン―ウインでしょ? 【月に牙】に「お仕事」に来た初日なのに……、 私は、大車輪でお薬の生産のお手伝いを始めたんだよ。
へとへとになったけど、ルーケル様とお話しながら、魔法草の大規模乾燥をしてのけたんだ。 ルーケル様……。 もう、何も言わなかったよ。 次々と、生の魔法草を差し出してきて、詳細な説明と、何の薬にどれ程使うかを教えて下さった。 両手が塞がっているけど、心と、頭のメモ帳に、しっかりと刻み込んだんだよ。
んで、その日から、【月の牙】に用意してもらった、小部屋で倒れ込むように眠ったんだ。
あ~ 疲れたぁ~~~~~~~
^^^^^^
「ポーション類は、作らないのですか?」
一週間……。 ずっと、粉薬ばかり作ってたから、ルーケルさんに訊ねてみたんだ。 だって、変でしょ? 即効性と効果の高いポーションの方が、戦場では絶対に有利だよ? 確かに粉薬だって有用だけど、あくまで後方に下がった時に使うモノであって、いざという時には間に合わないもの……
「……保存の問題なのです。 ポーションの効能は極めて高く、即効性の点でも、そちらの方が良いと思うのですが……。 保存性に問題が有るんですよ。 劣化が早く、どうしても、長期間保存がきかない。 常に必要なわけではないので、どうしても後回しになります。 確かに「試練の回廊」に使節団が来られた時には、激しい戦闘が繰り広げられ、あえなく命を落とすモノも居りますが……、 それも、大協約の役目と、そう思っております」
なんか……嫌だ。
大協約を遵守するのは、絶対だけど、その為に命を落とすのは間違ってるとそう思うのよ。 命は等しく等価であると、精霊様は仰っているのよ。 失っていい命なんか無い筈。 戦場においても出来る限り損耗を抑えるのは、指揮官の使命でもあるの。 それに……、 審問軍団でしょ? 人族は、魔族と等しいと証する為の行動でしょ? ……だったら、なおさら、儚くなってしまうのは……、 嫌だ。
「保存性と仰いましたね。 どの様な瓶にポーションをお入れになっているのでしょうか?」
悔しそうな表情をした私に、これまた悔恨の表情を浮かべているルーケル様が、一つの瓶を差し出されたの。 普通の瓶……、 と言うか、ナニコレ? これじゃぁ、劣化するわよ。 何の加護もついてない瓶だもの……。
「これに……、 ポーションを?」
「ええ、そうです。 何でしょうか?」
不思議そうに私を見詰めるルーケル様。 いけない。 これは、いけない。 こんな瓶じゃ、保存どころか、運搬時点で劣化しちゃうよ。 サブリン村に居た時にね、ノールとか、サンダラにも瓶の拵えかた教えたんだけど、出来なかったんだよね。 加護付きの瓶……。 だから、大量に作ってあげたんだ。 あっちじゃね。
だったら、ココでも、同じようにすれば、保存も大丈夫になるよね。
【大慈母神】様の御加護を頂いたポーション瓶を錬金しよう。 うん、そうすれば、大丈夫。 この世界に存在するすべての精霊様の生みの親である、【大慈母神】様の御力を借りよう。
「ルーケル様。 わたくしが、保存に適した瓶を作ります。 【大慈母神】様の御加護を以て、効能の劣化しない瓶を……」
「そんな事が出来るのですか?」
「ええ、ミッドガルドでは、この瓶が流通しております。 色と形で、等級も一目でわかる様にしてあります。 どこか……、 土が有る所に連れて行ってもらえませんか?」
「……判りました。 では、少々出掛けますか。 薬草の在庫も減って来たので、そろそろ、何らかの手を打たないといけないと思っておりました」
「お供いたします」
「宜しく」
ルーケル様の瞳にキラリとした光が宿ったんだ。 なんか、考えてる? でも、郊外に行ってホニャララとか、無いでしょう……。 無いよね? 信じてるよ?
真面目で、お堅いルーケル様。
「試練の回廊」の困難な状態も肌身でご存知な、ルーケル様。
きっと、出来るだけの手を打とうする筈なのよね。
命を大切にする、この方の御心は、
私にも、理解出来たよ……。
見た目、怖~~~~い、「狼」だけど……ね。
うはっ! お仕事モードだぁ!!!
持病発症中のソフィアです!!!