第115話 魔法薬局【月の牙】にて
暫く動かない事は、決めたんだけどね。 手元が不安になって来た。 アレルア様から、割り符を頂いてて、路銀に困る様な事が有れば、何処の宿屋でも、いくらでもお金を下ろせるって言われてはいたけれど、其処までして頂くのは、ちょっとね。
いわば、辺境伯の ” プラチナカード ” で、「キャッシング」できるって事なのよね……。
マズいでしょ、それは。
アレルヤ様のお気持ちが……、
……重い……。
今まで使ってきたお金は、アレルヤ様のお手伝いをした ” 対価 ” として、頂いた【お金】で賄ってたの。 かなりの金額だったのよ? 《 この領で働く文官達のお給料と同じです 》って、言われたけど、破格の金額だったんだ。 まぁ、結構 頑張ってたけどさぁ……。
長期の旅になると思って、かなり節約もしてたけど、結構【贅沢】もしたから、やっぱり少し不安になってね。 ほら、ある程度持っていないと、困るでしょ? それで、「短期のお仕事」を、探そうと思ったんだよ。
でも、とある事実を知って、困り果てた。 その事実ってさぁ、「冒険者ギルド」って無いのよね、オブリビオンじゃぁね。 だって、迷宮やら、古代遺跡は領主様の管轄だし、領主様は強力な戦士を抱えてるし……。
野良の魔物だっていないから、というより、ミッドガルドで云う所の野良の魔物が此処の住人だしね。 治安維持なら各街や村々の衛兵さん達が行ってるし……。 百手族の衛兵さんがいるから……まず、治安が脅かされる事なんて無いよ。
う~ん、困った。
困った時は、誰かに聞けばいいんだよね。 アレルヤ様も仰ってた。 宿屋の人は、困ってる人には優しいから、何かあれば手を貸してくれるって。
だから、聞いてみたんだ。
今泊まってる宿屋の人にね。 受付の人が良いのかなぁ。 あのちっこくて可愛い感じのブラウニー族の受付嬢さんが、いいなぁ……。 御名前は、なんだろう?
受付のカウンターで、にこやかに業務をしてた、お嬢さんにお願いしてみた。
「あの、申し訳ないのですが、少しお話を」
「はい、何で御座いますか、ソフィア様?」
うおっ、なんで私の名前知ってんだ? 私を見て柔らかく微笑んで、真っ直ぐに見つめられたよ。 うはぁ、謎な人だ!
「わたくしの名前を、なぜ?」
「はい 当【マルグレット楼】に、現在ご滞在中の方の御名前は、全て存じております。 受付担当の、ミラーケスと申します。 お見知りおきを」
「は、はい……」
や、ヤベー、超優秀な職業人だった!! どの部屋に誰が居るか、全部把握してんだ…… スゲーな。 おっと、そうそう、「短期のお仕事」だった。 びっくりし過ぎて、ちょっと、忘れかけたよ。
「あの、ご相談と言うか、御助言と言うか‥‥ 「短期のお仕事」を、探そうかと思いまして」
「左様ですか。 宿泊費は先払いにて頂いておりますが、お困りなんでしょうか?」
「今直ぐ必要と言いう訳では、無いのですが、この先も旅を続けなければならない事情が御座いまして。 しかし、精霊様の御加護薄い今の時期に、移動は差し控えたいと思いまして、ならば、この間に少しでも路銀を賄えるように、お仕事をしたく思いました」
「左様ですか……。 短期となると、中々に難しゅう御座います。 そうですね、手持ちの物で、必要の無い物を ” 売却 ” された方が、良いかと」
「そうですか……」
ありゃりゃ、雇用関係を結ぶとなると、短期契約……それも、ド短期じゃぁ、よっぽど忙しくなけりゃ、嫌がられるよね。 内職なんかも無いもんかね……。 ハヌカの街は大きいから、内職なんかももう、縄張りが決められてて、おいそれと入れないって感じかぁ……。 お祭り期間だから、お仕事も少なそうだし……。
手持ちの要らないモノって言ってもなぁ…… 有るとすれば、薬とか、ポーション類かな。 村の道端とかに薬草が生えてる、オブリビオンだから、薬ったってねぇ…… まぁ、仕方ないか。 ちょっと、自分で錬金した薬を出してみようか。
「あの、こういった薬ならば、手持ちが御座います。 売れるでしょうか?」
「お薬ですか? それは、良いものをお持ちですね。 ハヌカの街でも、薬師様は貴重な存在です。 お薬を売るとなると、高く買い取ってもらえると、思いますよ。 そうですね、私の知っている、魔法薬局をお教えしましょう。 人狼族のルケールの薬局です。 買取もしていますから。 ……此方が地図になります」
サラサラと、紙に地図を書いてくれたんだ、ミラーケスさん。 読みやすく、道順まで丁寧に書いてあったよ。 物凄く有難い! 丁寧にお礼を言って、早速その魔法薬局に向かったんだ。
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カラン
カラン
カラン
使い込まれた木の扉を開けると、ドアベルが鳴った。 フワッといろんな薬草の香りがしたんだ。 パッと見た眼にも、いろんな珍しい薬草がぶら下がってたよ。 典型的な薬屋さんだね。 カウンターの向こう側で、薬研をゴリゴリしている、狼さんが居た。 真剣になんかの作業してる。
あんまり邪魔したくないんだけどねぇ……。
そっと、カウンターに近づいて、作業が一段落着くまで、待ってたんだ。 この狼さん、人狼族だろうけど、器用だね。 薬研の中にはよく乾燥された薬草があったよ。 香りからすると、傷薬系の物だと思う。 魔力を一緒に練り込んでるから、上級のなんかだろうね。 フンフン、なるほど なるほど、アレと、アレと、ソレ……、 この組み合わせだと……切創を塞ぐのに特化した塗り薬だね。
うんうん、アレをスライムの抽出液に混ぜ込んで、ゼリー状にして、患部に当てると……、 なるほどね。 最初からゼリーにしないのは、保存期間が長いのと、保存方法がメンドクサイ事になるからか……。
じっと、狼さんの手元を見ていた私に、やっと、その人が気が付いたんだよ。
「おや? お客さんですか。 声かけて下さいよ。 どうしました?」
薬局の人らしい、優し気な声だった。 これで、怖い声出されたら、恐怖を感じるだろうね。 狼さんそのままの御顔だもんね。
「お仕事中ゴメンさい。 あの、売りたい物が御座いまして…… 【マルグレット楼】のミラーケスさんから、此方で買い取りをお願い出来るとお教え頂きました。 あの、私、ソフィアと申します」
「そうですか……マルグレット楼のミラーケス嬢からですか。 旅の御方ですね? いいのですか? 薬やポーションをお売りになると、お困りになりませんか?」
「はい、大丈夫です。 大抵のものは自分で錬金できますので。 薬草は、道行きに採取しております」
「では、お売りに成りたいのは、貴女がお作りになられたものですか?」
「ええ……。 コレなのですが……」
そう言いながら、無限空間に納めていた、傷薬と回復薬、魔力回復薬を取り出し、カウンターの上に並べたんだ。 狼さんは、手に取ってジッと見てた。 あぁ、この人、【鑑定】の魔法使えるんだ。 マーリンと同じように、非破壊検査出来るんだぁ……。 スゲー。
「これを、お作りになられた?」
「はい。 それで、如何ほどで買って頂けますでしょうか?」
「……少々、お待ちを」
そう言って、カウンター上のお薬類を持って、店の奥に消えて行かれた。 店の奥からボンヤリした光が漏れて来てる……。 あれ? もしかして、精密検査してんの? マズかったモノでも、入ってた? やっぱ、お金にならないのかなぁ……。 こりゃ、本格的に困った事になったぞぉ~。
やがて、光が収まり、狼さんが、中くらいの袋をもって来たんだ。 私を見ながら、ちょっと困惑した顔してね。 おもむろにお話をし始めたのよ。
「ソフィアさんでしたね。 私は、この魔法薬局、【月の牙】 の店主をしております、ルーケルと申します。 先ほど、簡易検査と、詳細検査をさせていただいた、お薬類の買取代金が、此方になります。 申し訳ございませんが、手元に白金貨が無いので、全て金貨となってしまいました」
「えっ、白金貨? ですか?」
「ええ、流石に白金貨の流通量は多くは有りませんから。 それでですね、ここに金貨二千五百枚と銀貨八十枚が入っております。 お改めを」
「ちょ、ちょっと、待ってください。 なんて金額なんですか! 私が作った薬と、ポーションですよ? 何故、そのような価値をお認め下さったのですか!」
困った顔をした、ルーケルさん。 金額の内容をお教え下さったの。
「まず傷薬ですが、此方が瓶詰の状態で八瓶。 内容の検査の結果、最高品質と、最高効果と判定されましたので、一瓶の対価が、銀貨十枚で、全部で銀貨八十枚。 次に、回復薬ですが、検査結果、【エリクサー】と、判定されたました。 それが十瓶。 一瓶の対価が、金貨二百枚ですので、全部で金貨二千枚。 ……問題は、五瓶あった、魔力回復薬なのです。 検査結果、【エクストラマジックポーション】と判定されました。 これについての対価は、一瓶、金貨五百枚なのです。 わたくしの店でご用意できる、お金は、金貨二千五百枚が限度なので、残りの四瓶はお返しします……。 何処の魔導研究所でお作りなられたのかは、お聞きしませんが、凄まじい腕をお持ちだ」
すっと、四本の魔法回復薬を私の前に差し戻されたのよ、ルーケルさん。 ……手慰みに、乗合馬車の中で、錬金魔方陣でグリグリ遊んでただけの代物なんだけど……ねぇ……。
眼を白黒させながら、買取証明書にサインして、お金は無限収納に入れたよ……。 下手な商人の年収くらい稼いじゃったよ……。 あんだけの薬類だけでだ。 ……懐は、温かくなったけど、なんか、申し訳なく思っちゃったよ。
ガラン
ガラン
ガラン!!
バン!!!
扉が、物凄い勢いと共に、大きく開いたんだ。 飛び込んできたのは、レプラカン族の人と、なんか、偉い軍人さんみたいな感じの魔人族の人。 カウンターでお話してた、私達の隣に駆け込んでこられたんだよ。
ルーケルさんの顔を睨みつけながら、カウンターを、” ドン ” って、拳で殴るの。 。 ビリビリする、緊張を周囲に撒き散らしながら、その軍人さんな感じの魔人族の人が、怒声と共に、叫ばれたんだ。
「ルーケル!! 魔法薬局【カロンガロン】発注を、受けられないとは!!! どういう事だ!!!!」
お仕事、お仕事♪