第113話 魔道具の向こう側の ” その声 ”
駅馬車は、快適だったんだ。 保温石、使ってるのかなぁ~。 馬車の中は、仄かに暖かく、ローブを着込む必要も無かったんだ。 長距離駅馬車って事で、乗合馬車なのに、結構座席数も少なくてね。 う~ん、そうだねぇ、あれだ!
深夜急行バスって感じ。
スピードはそんなに速くないし、街道沿いの街や村に止まる この駅馬車って奴の、一日の移動距離なんて、あんまり稼げ無いよ。 けど、これを歩くとなると、ちょっと大変だぁって思えるのよね。
エルガンルース王国にも、よく似た駅馬車の制度は有るけど、もっと小さくて、コミコミだし、何しろバカ高い。 魔物やら、野盗やら、山賊やらに対応する為に、護衛の冒険者さん達が付く事もざらだしね。 確実に行先に着こうと思ったら、自前で馬車を用意して、護衛を冒険者ギルドに頼んだ方がマシだもの。それだけ治安が悪いって事よ。
それが普通なんだ。 私の中ではね。
それと比べちゃうんだよ……。 まるで、日本でバス旅行してる様な気安さなんだよ。 料金も距離で変わるくらいだし。 護衛の費用も掛かってないみたいだし……。 まぁ、御者さんが、屈強な百手族の魔人さんだからねぇ……、
誰も襲おうって考えないよね。
秋の風が大地を渡り、白い綿毛を付けた草から、綿帽子を巻き上げている。 風に舞うその風景は、一枚の絵画の様で、なんとも、素敵なんだ。
「今年は、ブランネルが良く飛ぶなぁ……。 冬が早く来るなぁ……。 準備はやめとこうかぁ」
「うん、父ちゃん! あっちのお家に着いたら、早速冬物のお布団買おう! 紅い奴がいいなぁ~~~」
コボルト族の親子が、そんな事言いながら、お弁当を広げて食べてたんだよね。 馬車の中で。 クゥゥゥ って、お腹が鳴ったんだ。 その女の子がクルクルって、見回して、私と目が合ったのよ。 思わず苦笑い。 その子も、ニッコリ笑ってくれたんだ。
”コレあげるよ” って、女の子が、果物を一つ渡してくれた。 ” ありがとう ” ってお礼を言って、素直に頂いたよ。 ほんと、なんか、心が温かいね。
駅馬車の窓の外には、延々と広がる刈り取りの終わった畑。 そして、空を舞う白い綿毛。 青く澄み切った空……。 よく整備された街道が繋ぐ、街と街の間に広がる、そんな風景をボンヤリ眺めてたんだ。
手には、アレルア様から貰った、地図。 ソレを見ながら、窓の外の風景に心を奪われてたんだよ。
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夜は流石に、駅馬車も街に入って止まる。 翌朝、出発するまでは、その街の宿に泊まるんだ。 メジナスト辺境領 領都を、出発してから、いくつもの街に泊まったんだ。 大きな街も、小さな村もあったんだけど、どれも皆、綺麗で清潔で、快適だった。
とある大きな街に入った時だったんだ。 もうメジナスト辺境領じゃなくって、別の領だったんだけど、いろんな街道の中継地点みたいになっててね。 分岐点の街だったんだ。 街の名前は、《ドレイダー》っていう名前だったんだ。
日も落ちて、かなり遅くにその町に入ったんだよ。 それでも、その町は煌々とした街灯が幾つも立ってて、昼間の様に明るいし、大勢の人がいたんだ。 御者さんに、おススメの宿を聞いたんだ。 初めての街の事は、御者さんに聞くのが、一番いいって、アレルア様も仰ってたしね。
「そうさな、お嬢ちゃんみたいに美人さんが一人で泊まるんなら、大きな宿の方が良いな。 連れてってやろう。 ここからでも、見えるだろ? アレさ。 まぁ、宿賃は高いが、身元さえハッキリしてたら、あっちも断らんし、料金も泊まれんような金額でも無いし、安全は保障する。 どうだ?」
「宜しくお願いします」
「ん、宿の名前は、【スウィンドラー】 ここらじゃ一番の宿だよ」
おじさんに連れられて、その宿に向かったんだ……。デカい宿だった。 錬石造りの、五階建て……。 ロビーもあって、一階には食事処もあったんだ。 ほえぇぇぇ まるっきりホテルじゃん! カウンターの向こう側に、妖艶なお姐さんが居たんだ。
おじさんが、気軽に声をかけてた。
「エリー、お客さんを連れて来た。 メジナスト辺境伯のお客さんだ。 いい部屋頼むよ」
「まぁ! メジナスト辺境伯の!! それは、それは」
零れる様な笑みを浮かべて、接客してくれた。 流石、辺境伯の名前は強い!! 「特別滞在許可証」を出して、彼女に見せたんだ。 まぁ、ビックリしてたけど、流石は高級宿の人だね。 瞬く間に、にこやかな笑顔に戻って、料金とお部屋の案内をしてくれた。
まぁ、あんまり無駄遣いしたくないから、一番安いお部屋をお願いしたんだ。 それでも、金貨一枚と銀貨五枚だって! ……いままで止まってた宿が、銀貨5~6枚って所だから、物凄い高級宿って事だね。 あぁ、こっちの貨幣価値は、ミッドガルドと大きく違うんだよ。 ……感覚で、十分の一 くらいの物価だね。
ミッドガルドで、こんな宿建てて、料金設定したら、まず、一泊金貨15枚は固い……。 そんな感じなんだよ。
おじさんとはそこでお別れ。 また明日ね。 お姐さんにお部屋の番号を教えて貰って、階段を上がったの。 端っこの小さなお部屋。 フカフカのベットと、シャワーと、おトイレが有るだけだけど……。 どこのビジネスホテル? って感じ。
いったんお部屋に入って、荷物を置いたら、お腹がすいて来てね。 もう一回、ロビーに降りたんだんだ。 同じお姐さんに、” なにか食べる物って、買える場所ありますか ” って聞いたら、お食事処勧められた。
「一日中、開いてますから。 なんでも、美味しいですよ」
にこやかに微笑むお姐さん。 その微笑みに【魅惑】がちょこっと混じってるの判った。 あぁ、綺麗な筈だ、この人《サキュバス》だもん……。 はぁ……そうだよね、ここ、魔族の領域だもんね……。
でも、お姐さんの言葉は間違いは無かったよ。 とっても美味しい、晩御飯を頂けた。
満足満足!!!
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ロビーの前を通ってお部屋に帰ろうかなぁって思った時に、何か見覚えのあるモノが目に入ったんだ……。
公衆電話……。
有るんだ…… モノ珍しそうに、それを見詰めてたら、お姐さんが近寄って来て、教えてくれたんだ。 その公衆電話っぽいものの事をね。
「あまり、見かけませんが、【念話機】ですね。 この街ドレイダーは、物流の中間点と言う事もあって、商人の方も大勢見えられます。 本店とか、他のお店とかにご連絡を取られる時に、使われていますよ」
「そうなんですか……。 【念話機】と言う事は……、 【念話】の通じる距離を伸ばす魔道具なのですか?」
「ええ、使い方は簡単ですよ。 「送受話器」を持ち上げて、真ん中にある魔石に手を置いて、念話を飛ばしたい相手の大体の位置と相手の特徴を送ると、あとは【念話機】が相手を探して繋げてくれます。 それで、念話を維持するのに、必要な魔力を要求してきますので、魔石に与えると、【念話】を繋いでくれます。 遠ければ、遠い程、たくさんの魔力を要求されますけどね♪」
ほえぇぇぇ……。 そうなんだ……。 えっ……、 つまり……。 お話出来るのか? いや、領域超えてるから……。 でも、試してみたいなぁ……。 もし、出来るなら……声……聞きたいもの。
「あの、私でも使えますか?」
「はい、どなたでも。 魔力の余裕のある方なら」
「すこし……試したいのですが。 宜しいでしょうか?」
「ええ、勿論。 どうぞ~」
お姐さんが、【念話機】の前に椅子を持って来てくれた。 よく長話して、ぶっ倒れてる駆け出しの商人さんが居るって、笑いながら教えてくれた。 お礼を言ってから……試してみたんだ。
「送受話器」を持ち上げる……。 ほら、公衆電話と同じだよ。 電話番号入れる代わりに、「送受話器」の下にあった魔石に左手を載せて、【念話】を通したい相手の大体の場所と、相手の名前とか個人情報を伝えるの……。
慎重に……、 左手から、魔石に情報を流し込むの。
場所……。 ノルデン大王国、 王都グレトノルト。
相手……。 ミャー=ブヨ=ドロワマーノ 私の姉妹。
大切な大切な人。 そして、「闇の右手」
【念話機】の魔石がうなりを上げて、発光し始めた。
出来るかな……。 無理だろうなぁ……。 通話先不明で……、 繋がんないだろうなぁ……。 ブンブン唸ってるのよねぇ……。
カチッ って音がしたんだ。 「送受話器」から声がしたんだ……
” 相手先特定しました。 繋がります。 超長距離になりますので、魔力使用量が莫大です。 如何しますか? ”
えっ? 繋げられるの? 行けるの? ホントに? たとえ、ほんの少しでもいいから、ミャーと話したい……。 ミャーの声が聴きたい。 魔力だけでは足りないかも知れないから、理力も使えるのかなぁ……。
” ……理力も使用可能です。 理力ならば、使用量も賄えると思われます。 お繋ぎしますか? ”
「はい……。 お願いします」
” お待ちください…… ”
暫くの沈黙の後……、 声が聞こえた。
” ソフィア? ”
「ミャー? ミャーなの? 今…… 大丈夫?」
” えっ、う、うん……。 お花摘みだから…… 何処に居るの? 隣? ”
「えっと……、 長距離念話機っての使ってるの……。 ミャーの声が聴きたくて……」
” どういう事? 今直ぐ出るから!! 顔見せてよ!!! ソフィア!! ”
「ちょ、ちょっと無理かも……。 今、私…… お、オブリビオンに居るんだ」
” えっ…ちょ……、 ソフィア、それって、じょ、冗談……だよ……ねぇ? ”
「……本当……なのよ。 で、でも、今、ミッドガルドに帰る方法を探して、旅してるから!! 大丈夫だから!! ちゃんと、方法あるから!!!」
” なんで! 魔人族領なんて所に居るのよ!!! 怪我してない? 襲われてない? どっか痛めてない? あ、あいつ等~~~~~ ぶっ殺す!!! ”
「待って!!! ミャー、待って!!! 大丈夫だから! 安全だから!! それに、ちゃんと帰るから!!! お願い!!! 早まった事しないで!」
” ソフィア~~、ミャーは寂しいよ。 ユキーラ姫の専属侍女やってるけど……。 ソフィアの側が良いもん。 ソフィア~~~ ”
「私もよ、ミャー。 ―――必ず帰るから。 大丈夫。 必ずね……。 あぁぁ……理力が尽きて来た……」
” ソフィア! ソフィア!!! 待ってる!! 待ってるから!!!! ソフィ… ソフ… ソ……… ”
「ミャー!! はぁ‥‥ はぁ‥‥ はぁ‥‥」
送受話器から、さっきの声がしたんだ。
” 残余理力が危険域に入りましたので、強制切断致しました。 またのご利用をお待ちしております ”
――― 脱力して、お姐さんが用意してくれてた椅子に崩れ落ちるように座ったんだ ―――
でも、心の中は、とっても満足。 ミャーとお話出来た。 私の状況もちょっとは伝えられた。 ミャーもちゃんと、 《ノルデン大公国》のユキーラ姫の元に居る。 安全は護られている……。 よかった……。
まさか、ほんとに連絡取れるとは思ってなかった。 涙が溢れて来たんだ。 ポロポロ涙を零してたら、お姐さんがすっ飛んできた。 懐かしい人とお話が出来たって事を伝えたら、喜んでくれた。
【念話機】の「送受信機」を置いて、お姐さんにお礼を伝えた。 もし、【念話機】の事を教えて貰えなかったら、ミャーの声は聞けなかったもの……。
ほんとにありがとう!!
ドレイダーの街……。 私は、ココで、私の故郷と繋がれた。
愛しい姉妹のミャーの声を聞けた。
一歩……、進んだ気がしたんだ。
故郷に帰る道をね。