第105話 魔族の真実。 偽りの伝承
「御領主様~。 早く~~。 こっちこっち~~~~」
私の死亡フラグが、足音も軽やかに近づいて来た。 もう、無理。 意識飛ばして良いよね。 これから、生きながら喰われたり、めちゃめちゃに「この身体」を、蹂躙されたり……するんだよね……。 もう無理だよ……。 考えただけで、吐き気がして来るよ……。 どっか、暗い洞穴とか、地下室で、生き地獄を味わうんだ……。
膝から力が抜けて、ペタンって感じで座り込んだの。 絶望感半端ねぇ……。
「どうしたの? お腹痛いの?」
ノールって名乗ったオークが、何やら心配そうにして、膝を抱えて私の目の前に座って来るんだ。 あれ? あれれ? なんで、そんな光を目に浮かべてんの? 本気で心配してくれてるの、私の体調を?
「ち……違うよ……。 そ、その、魔人族の人が……」
「優しいよ~~~。 ホントに優しいよ~~~~。 いつも、ポケットにお菓子を入れてて、なんか有ると呉れるんだよ~~~~。 甘い、甘い、お菓子なんだよ~~」
いやいやいや…… お菓子って言っても、オーク基準でしょ? なに、甘いって…… 固めた血とか、腸とかかぁ? なんだか、目からハイライトが消えて行くのが判るよ……。
樹々の間から、さっき森の中に消えて行った「サンダラ」って呼ばれてた蛇人魔族が、一人の長身の男の人を連れて帰って来た。 全体的に黒いね。 闇神官 かぁ……。 とうとう来ちゃったよ……。
私の知ってる神官職が着ている、ローブを黒く染めて、白いラインを入れた様なモノを着てた。 肌は浅黒く、漆黒の髪の毛を撫でつけてオールバックにしているの。 オドロオドロシイ顔じゃ無くて良かったよ。 いや、端正ともいえるね。 ただ、髪の毛の間に、角が有るけどね。
山羊の角に似てた。 モノクルを掛けて、冴え冴えとした笑顔を浮かべてるの。 なんだか、困った光を、赤い双眸に浮かべながらね。 そして、私と、背後の磐座に気が付いたんだ。 それまでの困った光を宿した赤い双眸が、大きく見開かれて、瞬いていたんだよ。
「あっ、メジナスト様~~ こっちこっち!!! この子と、このでっかくて、黒くて、光ってる岩なんですよ~~~~ ね? メジナスト様の御祈りが届いたんですよねぇ~~~」
私の視線に気が付いたノールは振り返って、此方に向かって来る闇神官に、呼びかけていたんだ。 ノールの声が、広場に響くのよ。 一旦 足を止めた、その 闇神官 が、走って私の所にやって来たんだ。
あぁ……ここまでか……。 結構、頑張って、死亡フラグ叩き折って、危機的状況も回避して、死にかけたけど、蘇ったのになぁ……。 あの人に逢うために……頑張ったのになぁ……。 なんか、悔しいなぁ……。
私の瞳に涙が浮かんで、ポロポロと流れだして、頬を伝ったんだ。
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「ど、どうしました? 何処か痛い所とか、どこかで傷を受けたのですか? はっ! こんなに手に傷が…… 脚にも擦り傷が!!! 大変だぁ!!! 癒さなくては!! 《癒しの光、我に力を!》」
腰が抜けて立てない私の手を取って、いきなりの治癒魔法……。
えっ? どういう事?
手足にある切り傷は、昨日樹に上った時に着いた傷。 何処も怪我して無いし、何処も痛くない。 でも、その人が使ってくれている、回復魔法はとても暖かくて……。 心まで癒してくれそうな……。 そんな魔法だったんだよ……。
手足の擦り傷がどんどんなくなるんだ。
「あの、言葉判りますか? 見た所……この辺りの住人では無いご様子。 それに、コレは…… 精霊神様の、依代では有りませんか! こんなにも祝福を発してらっしゃるとは! 貴女が言祝がれたのですか? でも、何処から来られたのです? もし、もし!」
耳に入る言葉と声音は、とても優しく理知的で、暴力的な所は何処にも無く……、貴人の香りがしたんだ。
状況が掴めない……。
混乱が、混乱を呼んでいるのが判る……。
ど、どうしたらいい? どうしよう? ミャー……、貴方が居ないと、途端に私は、ポンコツに成るよ……。 で、でも何か答えないと……。 こ、ここで、私の矜持と、誇りを示さないと!
「わ、わたくしは…… ソフィア=レーベンシュタイン。 ミッドガルド、エルガンルース王国が貴族 ブロイ=ホップ=レーベンシュタイン男爵が娘に御座います。 ……事情が有り、半妖となりました、人族の女に御座います。 また、別の事情により、闇の精霊神様が眷属、リリン様、ビョウド様、トーワ様の依代たる、この磐座と共に、ミッドガルドの地から、大転移魔法によりて、この地に転移してまいりました」
震えながらも、そう答えると、私と磐座を交互に見た闇神官 が、ゆっくりと頷き、そして、ニッコリと微笑まれた。
「良かった、言葉は判るようですね。 色々と込み入った事情があるようです。 精霊神様の依代たる磐座から、貴方の祈りと言祝ぎが通じていると、判ります。 大変ご満足されておられますね。どうでしょうか、我らが神殿にお越し下さいませんか、異国の御令嬢。 ソフィア殿と言われましたな。 此処では、満足にお話する事も叶いませぬ。 ノール、サンダラ、二人で先に行きなさい。 神殿の者に、お客様が来られたと、そう私が言っていたと伝えなさい。 いいですね」
「「 はい! メジナスト様!! 」」
「申し遅れましたが、わたくしは、この一帯を任されている、アレルア=メジナストと申します。 どうぞ、よろしく。 立てますか?」
大変紳士的な魔人だね……。 私の恐怖感をアッサリ拭いさって下さったんだ。 不思議な事に、この人に語り掛けられても、怖く無いんだよ……。 なんか、安心感すら覚えるんだよ……。 ついに、狂ったか?
でも、腰が抜けて、力入らないから……、 首を横にフルフル振ったんだ……。
「すみません、少し距離が有りますし、淑女たる貴女が歩まれるには、足元が悪すぎます。 それに、立てない御様子ですので、少々、失礼しますよ」
そう言うと、私を「お姫様抱っこ」して、立ち上がられたのよ……。 あはっ! はは! なんか、無理……っ。 もう、理解の範疇を越えた。 ⦅お姫様抱っこ》だって!!! それも軽々と!! がっしりした腕と胸で支えられてる私は……、 なんかとっても、安心してるよ……。
こりゃ、完全に壊れたね。 自分が信じられないし、状況も説明がつかない。 緊張のあまり……、
アッサリと、意識を手放したんだ。
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赤い瞳が私を見てる。 その瞳には、私が追い求めて、探して居た光が有るんだ。 あの人の目の中にあった光。 最後まで私を見続けていてくれた光が、そこにあったんだ。
聞こえる声は、懐かしい、貴方の声。
夢か……、 じゃなくちゃ、説明付かないよね。 で、その声が語るのよ……。
” こっちの世界に来たんだね。 まだ、時間じゃ無いけど……、 君の存在が判るよ。 やっぱり生まれ変わって、この世界に来たんだね。 待って、待って、待ち続けていたんだよ。 でも……もう直ぐ逢えるよ。 楽しみだ。 「予見の珠」の未来図は、当てには出来ないけれど、全くの絵空事とは言えないからね。 望んだ未来を見せるだけじゃ、無かったんだよ。 有るべき可能性を映し出して居たんだ。 まぁ、それに賭けた僕だったんだけどね。 ……もう直ぐだよ。 ***、もう直ぐ、逢えるんだよ……”
段々と、あの人の影が薄らいで来るんだよ。 たとえ夢の中であっても、あの人と逢えたっていう事に、心が震えて……。 そして、その影が薄らいで来る事に、心が締め付けられるの……。
行かないで…… 私を一人にしないで…… 虚空に向かって手を差し延べるの。
彼に届けとばかりに手を差しのばすの……。
届かない指先。
最後まで残る赤い瞳……。
意識が、浮かび上がる感覚……。
伸ばす手を、誰かが握るのが判ったの……。
赤い瞳はそのままに、私の意識は深い闇の底から浮かび上がるの……。
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「大丈夫ですか」
耳元で柔らかな声がする。 あの人のモノじゃないけど、とても心配そうな声。 紅い瞳の周りに人の輪郭が浮かび上がる。 あの人の顔じゃない、端正な御顔が。 モノクルがキランって光ってみえたんだ……。
「ソフィア殿 大丈夫ですか」
耳朶を打つ、声の意味がはっきりと理解出来た。 心配そうな響きが、意識を覚醒させるの。 そうだった、私、意識を失ったんだ……。 えっと、なんでだっけかな?
質素だけど、柔らかくて、暖かいベッドに寝かされてたんだよ。 私にとっては、特上品のベットだよ。 清潔感溢れる室内は、アイボリー色に統一されてて、なんか落ち着くのよね。 更に言えば、壁に精霊様を祀るタペストリーまで掛かってるのよ。
何処の神殿だ? いや、お部屋の規模から言って、聖職者の私室って感じかな? いやいや、ちょっと待て。 此処は……何処だっけ?
「お気づきになられましたか、ソフィア殿。 よかった」
「えっ?」
端正な御顔に、山羊の角の……魔人族……。 そうだった……私、捕らえられたんだ。 でも、変だ。 なんか、心配されてる上に、軟禁されてる感じがしない。 酷い事もされてないみたいだし……。
「メイドに命じて、夜着に替えさせて頂きました。 ご着用だったお召し物は、此方で保管しておりますから。 それにしても、うなされて居られましたね。 ほんとうに大丈夫ですか?」
滅茶苦茶紳士的な対応だね……。 手は握られてるけど。 それも、心配故の事だと判るしね。 着てるモノは……、 しっかりとした、厚手の物だったよ。 胸元も隠れてるし、どう見ても、そっちを優先したようなモノじゃ無かったよ。
「あの……、わたくしは……どうなりますの?」
変な質問だけど、状況が見えないから……仕方ないよね。 でも、敵意が見えないのよ。 私、一応人族だし、魔人族の領域では人族は狩られる立場に有るんじゃ無かったの?
「どうも、混乱しておられるようですね。 仕方ありませんね。 間違った情報が、ミッドガルドには蔓延しているようですからね。 確かに我等は魔族です。 が、ミッドガルドに生息する魔物とは違うのです。 あちらは、此方と違って、空間魔力濃度が薄い。 魔物が知能を発揮できる程の魔力濃度では無いという事なのですよ」
「と、言う事はつまり……あなた方は、獣の様なモノでは無いと?」
「有体に言えばその通りです。 百年条約を結びに来られる方々には、古の大協約の条項により、試練を受けて貰う事になっては居りますが、基本的にはこちらの者達は善良な民ばかりです。 貴女がご覧になった、オーク族のノールや、ゴーゴン族のサンダラの様にね」
……な、なんも言えんよ。 私の恐怖は、一体何だったんだ? ミッドガルド、人族領域にある、迷宮とかから溢れて来る魔物達には、知能なんてもの僅かしか無かったし、そのほとんどは、攻撃本能と、性欲だもの……。
私なんかは、殆ど王都から出ないし、出たとしても、レーベンシュタイン領だし……。 直接、生きてる魔物を見た事も無いもの……。 全部、聞いた話とか、読んだ話とか……ミッドガルドの知識としての魔物しか知らなかったよ……。
でも……記録では、騎士団がほぼ磨り潰されたとか、あったじゃん……。
「百年条約の為に、来られた方々には、大協約により試練を与えよと言う事で、こちら側でも、特に戦闘能力に特化した者達が当たりますので、その為でしょうか……。 必要以上に恐れられている様に思います。 特に女性には、大変恐れられていると。 貴女もそうだったのでしょう? 」
「え、ええ……。 ミッドガルドでは、人族の女性は特に怖がりますね。 魔物に捕まったら最後、凌辱され、苗床となり、魔物を生み……最後は、生きたまま喰われると。 また、その実例も多数あり……辺境の村々の女性は……、たとえ女性兵士、騎士でも、いざという時の為に自決用のポーションを携帯するように定められております。 矜持と尊厳を守る為に……」
「な、なんと、嘆かわしい!! なんと、残酷な!!! 魔物はこの世界ではどうしても生まれてきます。 しかし……ミッドガルドでは、そのような事になっていたのですね。 空間魔力薄い場所では……やはり、魔族は獣に成り下がるのか……」
顎に手を添え、深々と考え込む神官さん……。 確か、アレルア=メジナスト様と仰ったわよね。 なんか申し訳なくなって、お声を掛けたの。 まぁ、謝罪よね。 変に怖がってゴメンね。 いや、マジで。
「そちらの事情も知らず、無礼な振舞い、申し訳ございませんでした」
「何を仰る。 貴女は知らなかったのです。 真実を。 ……しかし、大協約の中に記述は有る筈なのですが、御存じありませんか?」
「ええ…… そうですね、ミッドガルドに伝わる大協約には、仰る記述は記載されて居なかったように思います。 長き年月の間に欠落してしまったのでしょうか」
「可能性は多々ありますね。 確かに長き年月の間に、証人官が立ち合いの元、この世界に生きとし者達と精霊様との間に数々の新規の取り決めを結んでおります。 その間に、欠落しても、不思議では御座いませんね」
「なるほど…… 時の権力者が証人官と結託し、自分達に不都合の有る条項を隠した可能性が有ると云う訳で御座いますね」
「よく見える目をお持ちだ。 確かにその可能性が高く感じます。 いやはや、ソフィア殿は素晴らしいですな」
うわぁぁぁ……イケメン魔人さんに褒められたよ……。
しかし、それにしても……、
こんな事って……、
有るんだ……。
これは、本腰を入れて、
此方の状況を調べないと……、
いけないね。
状況に怯えるソフィアの心を、優しく解きほぐす、魔人神官。
彼女の常識がひっくり返りました。