第103話 言祝ぎと、送還と、長のお別れ
本日、二本目です。
此方も長いです。 楽しんで頂けるかな?
森の奥。 普通の人族とか、獣人族…… そんで、森には慣れてる筈の、エルフ族だって、此処に来る事は、なかなかに難しいだろうね。 私だって、ウリューネ様に連れて来られなきゃ、目指す事すら難しかったと思うよ。
森自体が迷路のようになっててね。 さらに、あらゆるところに、茨が繁茂してんのよ。 木々の梢は遥かに高くて、その上には超重防御結界の魔方陣の薄膜が、薄らボンヤリ確認できる。 焼き払おうにも、この森、耐火の特性が物凄く強いから、生半可な魔法じゃ無理だしね。
それにさ、私が使ってる【妖魔の目】が無けりゃ、瞳に映るのは歪んだ極彩色の風景。 試しにどんなんかなぁ~~って、【妖魔の目】を外してみたんだよ。 もうね、瞬刻も無理だよ!! こんなの……。
ガッチリと、【妖魔の目】かけ直したさ。 いやぁ~~良かったよ。 本格的に習ってさ、【妖魔の目】の全機能を使えるようになったから、一応は 普通の森に見えるんだよね……
「ウリューネ様、まだ先なんでしょうか?」
「うん……もうちょっとだと思うんだけどね。 此処って、地形すら変わるから……」
「ち、地形もですか?」
「あぁ、だから普通のモノじゃ来れないんだよ。 高位の魔術師とか、導師クラスの聖職者とかね。 精霊の依代である、磐座が地上に露出してる神聖な場所だからか、地形すらその場所を護ろうとするんだよ。 そうだねぇ……。 この辺一帯が、磐座の鎮座する神殿って所かな」
「……左様に…… 御座いましたか。 ならば、精進潔斎するべきでした。 わたくしの怠慢で御座いましたわ」
「んー、まぁ、許してもらえるよ思うよ? 肉を持って来てくれる人の方が珍しいんだから。 ほら、そう言う事を言ってる間に、到着したようだね。 ようこそ、闇の精霊神様の眷属、リリン様、ビョウド様、トーワ様の依代たる、磐座へ」
突然、開けた場所に出たんだ。 なんか、汚泥みたいに、汚れがこびりついてる。 ウリューネ様が指示して下さった聖なる磐座も、単なる巨岩にしか見えないし……
それにしても、きったねぇなぁ!!
「人の往来が途絶え、誰も祈りを捧げなかった精霊様の御座所。 祈りは精霊様の力になるんだがね……。 これじゃぁ……ねぇ……」
返す返すも、許すまじ! あのエロ爺!!!
「掃除……からですわね」
「あー、うん。 肉を持つ者しか、物質的に掃除は出来ないからね。 頼むよ。」
「はい、お任せを」
掃除っても、こんだけの汚濁、まともにしたら、何年もかかるよ。 えっと、そんじゃぁ、氷の神殿で使ったアレ使うか!
左手 よ~し。 右手 よ~し。 魔力…… じゃ無かった、「マリカ」準備~~~よ~し! 安全確認 よ~し。 作業前点検、よ~し。
なんか指差し確認しちゃったよ。 さて、始めるか。
「混沌の汚濁に汚れし、「聖殿」光を以て、清浄の地となさん。 左手に【洗浄】、右手に【浄化】 光の大精霊神の御加護をもって、いざ浄めん! 極大魔法【清浄】発動!」
私を中心に、光の輪が広がるんだ。 出来るようになったねぇ……。 ほんと、魔力とか、理力とかの通りがいいもんね。 ストレスなく、こんな極大魔法が紡ぎだせるんだもの。 普通なら、何か月も準備してからじゃないと、大変な事になるんだけどね。 それが、こんなに容易く出来ちゃうんだよ。
ウリューネ様の教えとか……。 いや、無いな、アレは。 バーンとして、ドーンだもんね。 感覚的には……言いたい事は、判ったよ。 うん、感覚的には。 あの魔女のお陰で、理論に落とし込むことが出来たんだよ。
使い方を感覚で教えて貰ったら、それを解析して、深く理解する。 そんで、他の魔法に応用できるようにね。 だから、一個覚えたら、他の魔法の習得が早かったんだよ……。
皆のお陰で私が居る。 感謝しか無いよね。
光の輪は私を中心に磐座の有る広場一杯に広がって、ジリジリ上昇していくの。 ごっそりと魔力と理力を奪われる感覚が有るんだけど、魔力保有量に定評のある、私だからね。 そこは心配してないんだ。 まぁ、ちょっと不安が有るとすれば、理力の保有量がどのくらいなのか、まだ、完全に把握してない事くらいかな?
でも、まぁ、魔力回復回路が、理力にも適用されてるみたいだし、同じように溜まる筈だから、足りなくなっても、周りから吸収するしね。 そこまで問題じゃない様な気がするんだ。
ジリジリ上昇していく光の輪っか……。 地面がかなり汚濁に汚れてるんだろうね。 なかなか、地面から離れないよ。 光の粒が輪っかから立ち上ってるね。
「ほう、一気に行くか。 流石はアデューの末裔だね。 堪え性が無いよね。 慎重な癖に、いざとなったら、大胆に動く……。 ほんと、そっくりだよ」
「それって……褒めてますの? それとも、貶してますの?」
「褒めてるんだって。 普通はやろうと思っても出来ないよ。 こんな極大魔法……。 使ってるのは、魔力と理力……「マリカ」って言ってる奴?」
「ええ、制御とパワーを考えたら、ベストな選択だと。 極大魔法ですので、制御側にちょっと振ってますけど…… 大体、六四くらいでしょうか? もうちょっと、理力を上げれば、早くは成りますが、隅々まで清浄にしようと思ったので……この位が宜しいかと」
「ふーん、そんな事も出来るんだ。 いや、全く、凄いよ、君は」
なんか、雰囲気変わった? お前呼ばわりから、君に変わったよね……。 魔術師として認めてくれたって事?
「いや、違う。 魔術師とかアデューの子孫とか そんな事関係なく、君がする事に、素直にびっくりしてるだけさ。 長い事この世界に居たけど、君の様な人に会ったのは、初めてだよ。 俺と同じ時代に生まれて来てたら……なんてね。 そろそろ、地面が洗浄出来たようだね」
光の輪が、ゆっくりと地面を離れる。 青々として、汚れない芝生が見えたの。 ゴルフ場のグリーンって感じ? そうね、あんな感じだけど、もっと神聖っぽいの。 若干緑色に発光までしてるしね。
その間も、ジリジリ光の輪は上昇を続けるの。 今度は磐座の浄化に取り掛かってるんだ。 一段と魔力と理力が奪われる。 こりゃ、相当持ってかれるなぁ……。
「辛そうだが、大丈夫か?」
「ええ、まぁ……。 かなりの量の魔力と理力が必要なようですね」
「そりゃそうだろ。 長きに渡って放置されてたんだからな。 それを一気に浄化しようとしているんだから、相応の対価を要求されるよ」
「……そうでしょうね。 森の民は……何故に其処まで、妖魔……いえ、召喚者を敵視するのでしょうか?」
「あぁ、魔術至上主義者の奴らにとって、それ以外の物は理解の範疇を越える邪な物なんだ。 理力なんてものは、その最たるもんなんだよ。 理力を操り、奴等の魔法を越える魔法を使う輩は、もう化け物にしか思えんのだろ。 だから、妖魔と俺達の事を呼称するんだ。 まぁ、最も、大半の奴等は、意思の疎通も出来ないからね……。 そういうもんさ」
「いいのですか?」
「なにが?」
「そんな扱いを受けて……。 見知らぬ世界に呼び込まれて、利用されるだけ利用されて、帰る時は魂のみとなって……。 なのに、その道すら閉ざされている……。 私で在ったなら、耐えられません」
「うーん……そうだね。 言われてみれば、そうだね。 ……そうなんだけど、俺の場合は、その時々に生きる事に精一杯だったから。 故郷に帰還できるので有れば、それに越したことは無いよ。 たとえ魂だけでもね。 ただ……」
「ただ?」
ふと、ウリューネ様の瞳に哀愁が浮かんだのを見つけた。 思わず聞いてしまったけど、その瞳の色は、大切な物を護りたいってそんな、光だったよ。
「愛おしいんだ。 この世界に住む、人々の事が。 幸せに暮らして欲しいと思うんだよ。 生きとし生ける者が精一杯頑張って、幸せを手に入れる事が出来る世界。 素晴らしいじゃないか。 だから、そんなに怨んじゃいないよ」
「そう……なのですね」
うわぁぁぁ……。 流石に国王陛下になるだけの人物だったよ。 貴方の想いは、エルガンズ達、盾の男爵家である者達に、ちゃんと受け継がれていますよ。 指導者層が変質しても、貴方と共に生きた人達の末裔達は……、貴方と同様……。
この世界に住む人々を、愛し、護っています……。
その想いに、何も言えなくなったよ。 黙り込んだ私。 視線は磐座に向けられたまま固定されてるのよね。 徐々にジリジリと、光の輪が磐座を這い登って行くの。 黒曜石の様な黒光りする、磐座本来の姿が、足元から露わにされていくのよ。
言祝ぎのレリーフも見えた。 今のうちに読んで、ちょっとは、覚えて置くか……
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長い長い時間を掛けて、私の魔力と理力を大量に奪った極大魔法【清浄】は終わった。 黒曜石の輝く巨岩。 夜よりもなお、漆黒の滑らかな表面は、清浄前のあの薄汚れた巨岩と同じものだと思えない位だったよ。
ウリューネ様が私を磐座の御前に誘ったの。 青々とした芝生の感覚は、足裏にも優しいね。 サクサクと進んで、レリーフの前で跪拝したの。
” ようやくやっと、礼拝が出来るくらい、綺麗になりました。 お喜び頂けますか? わたし、一応、頑張ってみましたけど、まだ、不十分ですか? お気づきの点があれば、即対応いたしますので、どうぞよろしくお願いします。 ”
まるで、納品直後のお伺い電話みたいなような文言になっちゃってけど、誠意は伝わるよね。 祈りを捧げ終わると、いよいよ、言祝ぎを始めないとね。
使うのは、神代言葉ね。 まぁ、日本語だけど……。 ゆっくりと、頭を回して、ウリューネ様を見る。 にこやかに微笑まれて、頷いてらっしゃった。
さぁ、始めようか。
《我、 半妖の者、名をソフィアなり。 此処に至りて、闇の精霊神様の眷属がリリン様、ビョウド様、トーワ様に言祝がん。 古代よりの理。 長きに渡る不遜不敬を許し給え。 崇めるべきは、太古の精霊様。 全身全霊を持ちて、与えられし加護の力に感謝し、言祝がん!》
漆黒の黒曜石の磐座が、一気に発光したんだ。 強く、明るくね。 祈りの奏上は通った。 あとは、レリーフに刻まれてる言祝ぎを、感謝の念を持ち、理力が混ざる声で奏上するのよ。 ガンバレ私!!
《そは磐座に神留坐す、闇の精霊神が眷属三柱の命以て、禊祓給ふ時に 生坐せる 祓戸の大精霊神等。諸々禍事罪穢を 祓へ給ひ 清め給ふと 申す事の由を、天津精霊神 地津精霊神 八百万精霊神等と共に 聞こし食せと 畏み畏みも奏上いたします》
眩しく、光がその広場に満ち……三柱の精霊神様の御姿に収斂されたんだよ。
《我、ことわりを含みし「言祝ぎ」を受けん。 良き魂を見たり。 善きかな! 善きかな!》
《長きに渡る、空白の時より、今戻り、この者に開門の祝福を与えん》
《遠き古の記憶、蘇らん。 魂の導きを与えん》
リリン様、ビョウド様、トーワ様…… ありがとうございます。 言祝ぎが精霊神様の力となる……それが実感できたよ。 吹き上がる様な、開放感と充実感。
眩しい光の中に、妖魔の気配が濃くなっていった。 いや、違うね、これは、この世界に帰属しない、召喚者の魂の欠片……。
三精霊様の光り輝く異形。 リリン様は周囲に集まった魂の欠片を拾い集め、形となし、帰る先をお決めになっていた。
「どうやら、俺も帰る時が来たようだ。 皆が元の世界に戻った後、三精霊神に頼め。 極大転移魔方陣を使って、オブリビオンへと。 あそこなら、闇の精霊の信奉者は山ほど居る。 近くに神殿が有る場所に、転移を頼め。 いいな。 必ず、連れて行ってもらえ。 これ程の、言祝ぎを成したソフィアの願いは聞き届けられる。 あぁ、必ずな」
「ウリューネ様……。 行ってしまわれるのですね」
「あぁ、この日を待ち望んでいた。 どんなに想い焦がれていたか。 ソフィア、礼を……礼を言う。 ありがとう」
「勿体なく。 たとえ、世界が違えど、ウリューネ様の理想の世界……。 エルガンズの若者たちが護り通しましょう! お約束致します。 必ず、必ず……。 わたくし達に平穏を有難うございました。 幾久しく、御達者で居られます事……お祈り申し上げます」
「うん…… じゃぁ、行くよ。 ホントに、ありがとう。 この世界の最後の日々は、とても、とても、充実していた。 ソフィアに逢えて…… 本当によかった。 では、瓜生 和人 これにて全ての役目を終え、故郷に帰らん!」
ウリューネ様……。 ありがとうございました。 ふわりと浮いた、偉大な王様は……その身を光の珠に代えて、闇の精霊神様が眷属 リリン様の元に旅立って行かれたんだ。 リリン様、四つある腕で、大事に大事に包み込むようにして、その胸に抱かれていたんだ。
四本の足を持ち、光り輝くイケメンのビョウド様が私に仰ったの。
《半妖ソフィアよ。 【蝕】を成せ。 異界への道をいざ開かん。 われ、門を開きリリンが選別せし世界の魂の送還を行う》
《御意に。 闇に閉じし、次元の狭間。 我が理力を持ちて、今、開かん。 異界の魂を、故郷の混沌に送還せしむなり。 極大魔法陣【蝕】発動!!》
磐座の真上に、黒紫色の穴が穿ち、紫雲が立ち込める。 グルグルと、まるで渦潮の様に、天空を覆うの。 余りの光景に声も出なくなった。 瞳に映るその光景は……、
喜びに満ち、感謝に満ち、成した諸々の事柄を誇る様に、残す無念を悔いるように…。 集められた召喚者の魂が歓喜の声を上げて濁流となって吸い込まれていったの。
《 惑う者 無きように。 全ての魂をいざ導かん! 弱き者! 我の光を追え。 追えぬ者、我に捕まれ! 戻ろう、お前たちの故郷へ》
トーワ様の四枚の羽根から、次々を光球が飛び出し、帰還する魂の奔流に乗れなかった魂の欠片を拾い上げて行く。
魂の帰還の奔流の中に、ひときわ光り輝く光球が有ったの。 ……その光を見て、何故か涙が流れたの。 あれは……瓜生さんね。 ほんと、何処に居ても、派手に目立つわよね。 さようなら。 私達の偉大な国王陛下。 安らかなる安寧を……。
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【蝕】が終わる……。
紫雲が薄くなり、黒紫色の穴が小さくなり…やがて閉じた。 トーワ様が、遥か天空より舞い戻り、磐座の前に三精霊神様がお揃いになられたの。
《半妖ソフィア。 よくやった。 選別せし魂の送還、今終わった》
満足げに微笑まれるリリン様。
《門は閉じ、時が、またいずれ時が来る時まで、我が護らん》
颯爽と、爽やかに、ビョウド様がそう宣された。
《この場に集った異界の魂は、最後の一片まで、導き還した》
四枚の光の翼で体を覆ったトーワ様も満足気だ。
そして、三柱の精霊神様が声を合わせて、私にお尋ねになったのよ。
《《《半妖ソフィア。 望むがいい。 お前の望み、叶うように加護を与えん》》》
あぁ……。ウリューネ様……。知ってらしたんだ。 こうやって……精霊様達が、私の望みを問われる事を……。 この機に乗じろって事ですね。 瞼を閉じると、いらずらが成功したって感じで、ペロって舌をだした、ウリューネ様の御尊顔が浮かんだよ……。
《闇の精霊神様が眷属三柱。 リリン様、ビョウド様、トーワ様にお願いしたい儀が御座います》
《《《 なんなりと、望むがいい! 》》》
《三柱の精霊神様が依代である磐座、この地においては禍事と見なされます。 よって、大転移魔法にて、はるかオブリビオンの闇の精霊神様を祀る神殿近くに転移されます事、伏して願奉らん》
《《《 ふむ、よかろう! ただ、それは、我らを案ずる、半妖ソフィアの望み。 お前自身の望みは如何に? 》》》
《願わくば、同道させて頂く事、伏して願奉らん》
暫しの沈黙……。 やっぱ、無理なの? 付いてっちゃ、ダメかな? 流石に、我儘すぎたかな?
《《《 欲の無い、愛し子だ。 良かろう。 我らが依代に手を触れるがよい 》》》
と……通った……。 願いが叶えられたよ……。 この「黒き森」から……、脱出できるよ……。 や、やった~~~~~~!!!!! 何時、気が変わられるかもしれないから、私は早速、光り輝く黒曜石の磐座の肌に手を付けたの。 そのとたん、三柱の精霊神様が声を揃えて、大転移魔法を展開された。
《《《 半妖ソフィアが望み、いざ、叶えん。 大転移魔法陣【移設】発動!! 》》》
私の視界が真っ黒に覆われて……、 グルグル回る気がしたんだ。 いや、実際に回ってかもしれない。 でも、しっかりと手は、磐座にくっ付いてたから……。 単に感覚だけだったのかもしれないよね。
音も、視界も、匂いも、何もかも奪われて……。
そして……、
私は……、
見た事も無い樹々の間に居たんだ・・・・・・。
次回より、魔人族の領域、オブリビオンでのお話です