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第100話 正義の為し方、裏切りの理由

百話目です。 えっちらおっちら、お話は進みます。 

 





 大森林エルステルダムの国境の衛兵詰所を通り過ぎてから、すでに十日間経っているんだ。 「黒き森」に行くって、私の隣に座って、スリスリしている聖賢者ハイエローホ(エロ爺)様が言ってたよね。


 前に、【処女宮(ヴァルゴ宮)】の図書館で調べ上げた、周辺国の地理を思い出してたんだ。 たしか、「黒き森」ってのは、大森林エルステルダムの北西の端。 最も魔人達の領域に近い場所に有る森って、記述があったよね。


 そんで、そこは、魔力が大変濃くって、たとえ森の人(エルフ族)でも立ち入る事が難しいとあったね。 別の記述では、余りの魔力の濃さに、魔力酔いを興す為に、その場に長時間滞在すると、狂気に憑りつかれるとも有ったよね。


 さらにさ、極秘資料の中に、《エルステルダム》の森の人(エルフ族)が何らかの重大犯罪……、 国家を揺るがすような犯罪を犯すと、問答無用でそこに放り込まれるという記述が有ったんだ。 エルフ族には法典って概念が無いらしいから、七賢人の裁定が、その決定の根拠になるらしいんだよ。


 それも、この隣で、私をスリスリしてる、エロ爺が一番の権力者でね。 七賢人を統括しているんだよ。 だから、「至高の賢者」とか、「森の賢者」とか、「聖賢者」とかって、呼ばれてるんだよ。


 つまりは、ココ《エルステルダム》では、このエロ爺が生きた法典って訳だ。 この人が一旦何かを言い出したら、誰も覆す事が出来ないってね。 勿論、それだけの力が有るって事だよ。 それにしても、やけに触って来るなぁ……。 賢者ミュリエ様も、賢者エスカフローネ様も、苦い笑いを浮かべてるだけだよ……。




 ミャーがね、とっても怖い顔で、聖賢者ハイエローホ様を睨みつけてんだ。 




 素知らぬ顔で、聖賢者(エロ爺)様は、居るけどね。 時々、宿に泊まったんだ。 そん時は、ミャーと同室。 なんか、森の人《エルフ族》達、私の事を避けてんだよね。 こっちの人と喋った事無いんだ。 唯一雑談したのって、賢者エスカフローネ様くらいだよ。


 まぁ、行く所が行く所だからね。 そんな場所で、修行? なんか、キナ臭いよ。 自分の中の警戒レベルが徐々に上がって行ってる感じがする。 嫌な予感がバリバリするんだ。 私の不安が、ミャーにも伝わってね。 お泊りしたお部屋のベットの中で、敢えて《念話》でお話したんだよ。 





(ミャー…… 私は、少し心配だよ。 なんか、嫌な予感がするもの)


(なんか、不穏だよね。 ミャーも不安だよ、ソフィア)


(「黒き森」の中に入る事になるんだけど、ミャーは入れないと思うの)


(……雰囲気的にそうなるかも……嫌だなぁ)


(ミャー、あのね、もしさ、もし…… 私が森から出て来なかったり、出て来たとしても、別人みたいになってたら……)


(やめてよ! そう云うの。 ミャーはソフィアの隣に居るの!!)


(今回は、そうも言ってられないと思うのよ。 なんか、嫌な予感がするの。 もし、ミャーが何かを感じて、私が私で無いと思ったら……、 御父様に繋ぎを付けて、全ての情報を私から遮断して……。 そして、ミャーは……)


(行かないからね、ナイデン王国には!)


(……そうだよね……。 そう言うと思った。 だから、お願いが有るのよ)


(なによ…… ソフィアのお願いは、怖いよミャーは)


(単純な事よ。 賢者さん達も、貴女の素性はご存知な筈。 ナイデン王国に行かないとすると、行くべき場所は一つしかないの ……勿論、エルガンルース王国じゃないわよ)


(ユキーラ姫の所……)


(その通りよ。 身を寄せ、身分を隠すには持って来いな場所。 ユキーラ姫の御威光の影に隠れていられる。 なんなら、側近か侍女って事にしておけば……韜晦出来るんだ。 世間の目からは。 ナイデン大公閣下も、その方が動きやすいと思うんだよ)


(……万が一の時よね……)


(うん、そう。 万が一の時の退避場所ね。 よく聞いてね、ミャーに何かあれば、ナイデン王国の獣王陛下は、いきなり挙兵するわよ。 それほどまでに、貴女の事を愛しているのよ。 ナイデン大公閣下もきっと止められない。 だから、安全な場所に退避してほしいの。 これ以上、この世界に混沌を持ち込まない様にね)


(……ミャーは…… そんな重要人物じゃないよ……)


(……万が一の時の為よ。 ミャー…… )


(わかったよ、ソフィア。 でも、判断はミャーに任せてくれるよね)


(当然よ。 よく見て、判断してね)


(うん……判った)





 ベッドの毛布の中で、二人して念話で確認した事なのよ。 私の嫌な予感は、当たるんだよ。 此処をちゃんとしとかないと、後で痛い目に会うんだ。 絶対にね。 


 大森林も随分と深くに入り込んで、魔力の濃度も高くなって来た。 ミャーは獣人族だから、魔力酔いはほぼしないけど……。 それでも、だんだんきつくなって来る筈。 これからの事に不安を抱えつつも、眠りに付くんだ。 寝とかないと、持たないもの。 ミャーと手を繋いで、目を閉じるの……。





      おやすみなさい……ミャー……。







===========







「ふう、ようやく到着した様じゃの。 さて、ここからは歩くんじゃが……。 ソフィアの侍女は、少々足りぬな。 エスも……な。 おぬしらは、馬車の中で待っておれ」





 そう聖賢者(エロ爺)様が、仰ったのは、コッソリ打ち合わせしてから五日目の事だったよ。促されて、私は馬車から降りたんだ。 魔力が渦巻く、重い雰囲気の森が目前に広がって、嫌な予感が強くなって来た。 余りの魔力の集中によって、空間すら歪んで見えるよ。





「あそこに小屋が有るじゃろ。 黒の森の中に入るには、あそこからしか入れんのでな。 行くぞ、ソフィア、賢者・・ミュリエ」





 聖賢者(エロ爺)様を先頭に、濃い魔力が渦巻く中、指示された小屋に歩いて行ったんだよね。 足元は、変に捻じくれた草が、生えてたし、周囲の樹だって何だか禍々しいんだよねぇ……。 ここって、本当に聖地なのか? どっちかって言うと、禁忌地って感じなんだよねぇ 余り使われて無い事がバレバレの、ボロい小屋に招き入れられたんだ。


 小屋の中は……、 ハッキリ言えば、雨露が凌げる程度。 床も張って無くって、土間のまんま。 薪割り小屋の方が、豪華だよ……。 ほんと、あくまで仮小屋って感じだよね。





「ソフィア、すまんが、これに着替えてくれんかの。 それと、眼鏡も外しなされ。 その成りでは、修行にならんからの」





 そう言って渡されたのが、こっちで良く見る、見習い魔法使いのローブ。 簡素な貫頭衣と、下履き、丈の短いローブの三点だけね。 まぁ、修行だからね。 修行……。


 小屋の片隅の衝立の有る所で、それまで着ていた、ワンピースを脱いで、着替えるの。 覗くなよ! でもさ、下着とかは、そのままだからね。 ガーターに付けた菱玉も、ストッキングに仕込まれてる鋼線も、持ってくからね!


 言われた通り、見習い魔法使いのカッコになって、お二人の前に出たんだ。 なんか、ニコニコ顔だよ、この爺さん。 手にさ、ちょっと大きめの魔石を持ってたんだ。 虹色に発光してるね。 ……なんだそれ?





「森に入る前に、ちょっと、額に当てさせてもらうぞ。 なに、中に入る承認じゃ。 ソフィアの血と毛髪も少々貰うぞ。 ソフィアを特定するのに必要なのじゃ。 なに、気にするな」


「はい」





 素直に額を差し出したんだ。 トンって、その魔石を額に当てられた。 ほう、私の中を調べてる感じがするね。 ” ソフィア ”の記憶をね……。 その後、指に針を当てて、少し血を出して、その魔石に吸わせてね。 肩を超すぐらいに伸びた髪を先っぽの方をチョンって切られてた。





「終わったぞ。 さて、これから、修行を始めるか。 そちらの壁の前に」





 聖賢者ハイエローホ様が、指し示された、壁の前に立ったら、いきなり大魔方陣が出たんだ。 なんだ? 結界かな? 違うね。 何だろう?  少なくとも転移関連の魔方陣じゃないね。 ナニナニ……。 あぁ…… ” 門 ” だね、コレ。 外からは入れるけど、内側からは……、




 出られない、「一方通行」の奴じゃん!!!







          トンッ








 誰かに突然、背中を押されて、大魔方陣に触っちゃったんだ。 するりと、抜けて……、「黒き森」の中に放り込まれた……。  慌てて振り返ると、薄いレースのカーテンの向こう側に居るみたいに、聖賢者ハイエローホ様と、賢者ミュリエ様が立っておられるのが見えたんだ。





「な…何故ですの!」





 賢者ミュリエ様の端正な御顔がクシャリと歪んだんだ。 申し訳なさそうな、何かを諦める様な、そんな顔をしておられた。 聖賢者ハイエローホ様は、持ってた魔石を土間の片隅に埋めて居られた。 私の髪の毛をその上から振りかけ……、 呪文と共に、魔方陣を展開されてた。


 見てる間に、ムクムクと人型の何かが立ち上がって……、 私が居たんだ。 同じような顔の、同じ様な身体つきの……。 エロ爺が、出来上がった私の写しを、撫で繰り回したんだ…… 顔に精気が入って、ニッコリ笑いやがった! 私が脱いだ服と眼鏡を着ける様に御命じられて……、 ” 私 ” が、其処に居たんだ。





「どういう事でしょうか? ご説明頂けますよね」





 激昂もせず、静かに問い質した、私の質問に、聖賢者ハイエローホ様は応えられない。 代わりに口を開いたのは、賢者ミュリエ様だった。 口惜しい、遣る瀬無い、そんな表情を浮かべて……、 ボソボソ喋り始めたんだよ。





「すまない、ソフィア嬢。 ……妖魔は、この世に居てはいけないんだ。 たとえ半妖でもね。 妖魔は、我らの間で生きて行く事は、許されない。 大協約云々の前に、妖魔はこの世界の住人じゃ無いんだ。 ……君の妖気は強い。ほんの少し漏れ出しただけでも、私達が気が付く程に。 ……エスタブレッド大王陛下より、君が半妖になった経緯は、詳しく教えて頂いた」





 腕を組み、天上を見上げ、耐えがたい何かを、耐えている様な表情を浮かべながら、賢者ミュリエ様は続けられたの。





「正直に言うと、こんな事はしたくない。 君ほどの人を失うのは、世界の損失だと、今でも思っている。 しかし、聖賢者ハイエローホ様の御裁定だ……。 違えられないのだ。 半妖になった経緯については、痛々しく思うし、可哀想だとも想う。 仕方なかったでは、すまされない……。  実に残念だ」


「それで……、 わたくしは、どうなりますのでしょうか?」


「「黒き森」に封印される」





 つまりは、ここで、野垂れ死ねって事ね。 ある種の封印施設だったんだ、「黒き森」って云うのは……。





「この森は、妖魔を封じる森。 何かが、妖魔を呼び寄せている。 だから、魔力が異常に濃い。 そして、ココからは二度と出られない様に、七賢人と、聖賢者ハイエローホ様が、最大級の隔離結界を敷いている。 ソフィア殿……、 済まない」


「その【自動土人形(オートマタドール)】は、わたくしの代わりですか?」





 この質問には、聖賢者ハイエローホ様が、答えて下さった。





「そうじゃ。 無用の混乱を避けるためにの。 ソフィアの記憶も封じた。 ソフィアらしい行動をする筈じゃ。 言葉も何もかも。 コレには、エルガンルース王国に帰ってもらう」





 なんか、イラって来た。 クソッ! 最初から、その気だったんだ。 やっぱり、嫌な予感は……当たってた。 クソッ! ……ここで暴れても……聖賢者ハイエローホ様と、七賢人が作り出した、最高強度の結界は破れんだろうしなぁ…… クソッ!!! 問答無用かよ!!!


 判ったよ、私にとって、《エルステルダム》は、賢者さん達は、仲間じゃ無かったって事だ。 信用に値しないって事だよね。 よく理解した。 しかしな、一つだけは約束してもらうぞ。 貴方達の全てを掛けてね。





「聖賢者ハイエローホ。 半妖たるわたくしが、それ程「危険なモノ」であるというならば、甘んじて、その処置に従いましょう」


「うむ……。 なんぞ、望みでも有るのか? 出来るだけは、聞いては遣りたいがの……」


「一つ、精霊神様・・・・に誓ってお約束して頂きたい儀が御座います」


「何じゃな?」


「ミャーの身の安全に御座います。 彼女の行動に掣肘を加えぬ事。 それだけに御座います。 如何でしょうか?」


「……ソフィアの侍女か」


「はい。 わたくしの姉妹に御座います。 どうか、お願い申し上げます」


「……判った。 精霊神に誓い、ミャーの行動に掣肘を加えぬ事を約束しよう」


「我、「証人官」ソフィア、契約の精霊大神【コンラート】様の名の元に、聖賢者ハイエローホの誓いを協約に納める。 違いし時は、相応の報いを」


「そ、ソフィア!」


「有難うございました。 これで、安心しました。 聖賢者ハイエローホ! わたくしが、「証人官」で有る事を失念されて居られましたね。 もう、反故には出来ませんわよ。 ミャーに何かされた場合、この《エルステルダム》は禍事まがつに苛まれましょう。 重き契約として、登録致しました」


「……ぐ、ぐぬぬ。 証人も…署名もして……居らぬのだが……」


「「証人官」のわたくしの魂に刻み込みました故、必要御座いません。 契約の精霊大神【コンラート】様より、御承認頂きました由。 言葉の重み……。 お分かりになられましたでしょうか? ……正義の名において、信頼していた者を裏切る、森の民(エルフ族)が指導者様。 信を置けないならば、契約で縛るのみに御座います」





 聖賢者ハイエローホ様の皺々の御顔が醜く歪む。 私みたいな小娘にしてやられたと、お思いなんでしょうね。 ざけんじゃないわよ。 でも、まぁ、これで、ミャーには手出しできないよね。 







 さてと……。




 この罠をどうやって喰い破るか、暫し考えなくてはね。


 クルって、踵を返して、「黒き森」の奥でも目指しましょうか。








 瘴気と言っても過言ではない位の濃い魔力の渦の中。





       一歩一歩確かめながら、





    私を裏切った二人の賢者の目の前から……、





        消えて… あげたんだ。












         覚えてろよ!!!











独りぼっちになってしまった、ソフィア。


この罠を喰い破る事は……

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