第九十五話 『決死の逃亡』
2017/06/09 読み辛い気がしたのでふりがな追加
2017/09/18 微修正
路地裏で魔晶龍騎士の姿になった俺は、全速力で王城に突っ込む。
騒ぐ衛兵どもを無視し、そのまま国王の気配のある場所まで走り続ける。
一分でも早く、一秒でも早く、香奈たちの居場所を――――
「国王!! 勇者はどこにいる!!」
俺は部屋の扉を蹴り開けると同時に、そう言い放つ。
部屋の中には国王と、他数名の貴族らしき人物。
皆が驚いた顔でこちらを見ている。
「聞いているのか!!」
「あ! は、はいっ! 勇者様方には、現在邪神教徒の追跡および討伐を――――」
「そんなことは知っている!! だからどこにいるのかと聞いているのだ!!」
「ひぃぃ!? は、はい! 北へと逃走していったので、今まで集めた邪教徒共の情報を加味して考えると、おそらくルーメン大渓谷のあたりかと……」
ルーメン大渓谷って言うと、俺の生まれたセゼメノリア大樹海の先、スレブメリナ王国との国境手前にあるでかい渓谷のことだったか。
「そうか。邪魔したな」
俺はそれだけ言い残し、窓からその身を投げ出すと、そのまま北へと飛んで行く。
目指すはルーメン大渓谷。
もちろん、道中での捜索も忘れない。
頼む! 無事でいてくれ!!
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「もー疲れたよ~。やーすーみーたーいー! ねえ梨華~、聞いてる~?」
悪い奴――邪神の信者だったっけ?――の追跡を初めてもう半日以上、止まることなく全速力で走り続ける私たち。
相手の強さ的に、国の兵隊さんじゃ無理だったし、状況的にも私たちが追うしかなかったのはわかってるけど、ずっとご飯も食べてないし、眠気もある。
流石にそろそろ休憩がしたいんだけど……
「そんなこと言ったって……相手が止まってくれないんだから、どうしようもないでしょ。追い縋るのがギリギリで、捕まえることもできないんだし」
「そうだけどさー。というかさ、半日以上追いかけてるのに、この距離が維持され続けている現状に、私は疑問を抱かざるを得ないんだけど?」
最初の数時間はそんなもんかと思ってたけど、流石にこうも一定の距離が空けられていると、こっちが釣られているのではと思えてくる。
梨華も私も気配は殺してるし、相手を見る限りでは気付かれて無さそうではあるんだけど……
「……確かに、言われてみれば……香奈。追跡は中止。帰還しよう」
「え? でも……」
「国王陛下も、無理はするなって言ってたでしょ? それに、私たちがここで奴一人を逃がしたところで、そこまで大きな影響もないと思うし」
「そだね。死にたくは無いし」
確かに私たちは、この世界を救うための勇者として召喚されたし、神様からもお願いされた。
でも、あいつが世界の危機とやらに関係してるかなんてわからないし、命をかけてまでそれを叶える義理もない。
そう考えて、Uターンして帰ろうとして……ようやく気が付いた。
いつの間にか、私たちの後ろをつけてきていた五人の存在に。
「梨華!!」
「……わかってる! 遅かったか……」
背中を合わせてその場で武器を構える私と梨華。
武装は、私は普通の長剣で、梨華はナイフの仕込まれた籠手。
防具は二人とも革の鎧だけ。
正直、六人を相手にするには分が悪すぎる。
普通の相手なら大丈夫だろうけど、相手は凄く強いって話だし……
レイジにぃが戦っていたのを見ていたから、その規格外な強さもなんとなくわかってる。
アレが六人と考えると、流石に戦い慣れてない私たちじゃ勝ち目はない。
どうしよう……
迷っている間にも、相手はこちらへと迫ってきており、前方を走っていた一人も含めて六人全員が、目の前に姿を現す。
「こんにちワ、邪悪なる神の御使いたち。今、汝らに救済を与えん」
「「「「「救済を与えん」」」」」
敵は、訳の分からないことを言うと、いきなりこちらに襲い掛かってきた。
私も梨華も、それを必死に防ぎながら、逃げる隙を伺う。
別に馬鹿正直に戦う必要なんてない。今は生き残れればそれで――――
「香奈!!」
そうして必死に敵の攻撃を凌いでいると、梨華が大きな声で私に声をかけてくる。
「私が隙を作るから、香奈だけでも逃げて!!」
「何言ってるの!? 梨華を置いて逃げられるわけないでしょ!!」
「こいつら相手に二人で逃げるのは無理!! どうせ二人とも死ぬくらいなら、香奈だけでもっ!!」
「嫌だよっ! そんなことするくらいなら、私も一緒に!!」
「あんたが死ぬと、レイジさんが悲しむでしょうが!!」
「っ!? で、でも――――」
「いいからっ――――行けぇえ!!!!」
梨華は私に近づくと、私を思い切り後ろに蹴り飛ばして、全身の魔力を爆発させる。
あれは、梨華の奥の手のスキル『迅天』。魂の余剰分と魔力の全てを使い、ほんの一瞬だけ、凄まじい膂力をその身に宿す、最強のスキル。
でも、効果が切れると、全ての力を消費しきった反動で動けなくなっちゃう、諸刃の剣。
流石にあれを使っても、六人全員を倒すなんて無理だ。
ここで戻れば、きっと私も梨華も死ぬ。そんなことはわかってる。でも――――それでも、親友を見捨てて生き残るなんて、そんなの嫌だ!!
「ああああああああああああ!! 纏魔『紅』! 紅翼連斬!!」
私は飛ばされながらも、属性変換した魔力を剣に纏わせ、敵へと炎の斬撃を放つ。
そうして敵が一瞬怯んだ隙に、空を蹴り、敵へと突っ込む。
「纏魔・重『翡翠』! 灼天嵐牙!!」
そうして風と火の複合技で火の竜巻を起こし、その隙に梨華を敵から引き離す。
「何してんの!? 早く逃げて!!」
「まだ時間、残ってるよね? 私がアシストするから、私を抱えて逃げて!!」
「~~~ったくもう! わかったわよ!! でも、絶対死なせないからね!!」
「うん!!」
元々、一人だけ生き残るなんて、そんな未来は認めていない。
生き残るなら、二人そろってだ。
私は梨華に風の魔力を纏わせ、移動速度を上げる。
さっきまで敵を追えていたのも、これを使っていたからだ。
そして、後方からの追跡を妨害するため、地面に火の魔力を纏わせ、辺り一面を炎で埋め尽くす。
これで、少しは時間も――――
そう思ったところで、急に梨華の動きが止まり、私を横に放り投げる。
宙を飛びながら梨華に視線を向けると、そこには胸に剣を生やした梨華の姿が……
「梨華ぁぁああああああ!!!?」
「残念だったね、お嬢ちゃん。良い手だったけど、相性が悪かったかな?」
信じられないことに、そこには敵の一人が返り血に濡れながら、残忍な笑みを浮かべていた。
「なん……で……」
「僕はね。僕の側にある魔力を、無属性に戻すスキルを持ってるんだ。だから、魔法による攻撃は効かないんだよ。ついでに言うと、邪神様の加護で身体能力、特に脚力が強化されているから、移動速度にも結構自信があってね。ま、流石に仲間は連れてこれなかったけど、君くらいなら、僕一人でも十分かな?」
そう言ってそいつは、二本目の短剣を腰から抜き、こちらへと歩み寄ってくる。
早く逃げなきゃいけないってわかってるのに、私は、恐怖で立ち上がることもできない……
「助けて……誰か……いやぁ……死にたくない……」
「アッハッハッハッハ!! 助けなんて来るわけないじゃないか!! ここは龍以外には越えることのできないと言われている、ルーメン大渓谷のすぐそばの森。そんな用のないところに来る物好きなんて、誰もいやしないさ。それじゃ、死んでね」
男はそう言って笑うと、笑顔を顔に貼り付けたまま、手に持った短剣を私めがけて振り下ろした――――