第八十六話 『気合があれば大抵のことはどうにかなる……と思う』
「さて、んじゃ早速ダンジョンからの切り離しをしたいのだが、準備は良いか?」
色々と面倒になった俺は、ひとまずここから帰るべく、黒騎士のダンジョンからの隔離を実行することにする。
多少不安も残るが、もう知らん。たぶん何とかなるだろう。
俺は早く街に帰って、ベッドで寝たい。休みたい。もう疲れた。
「う、うむ。大丈夫だ。よろしく頼む、レイジ殿」
黒騎士はだいぶ緊張しているようだが、まあ大丈夫そうだ。
(状態……良好……実行……可能……汝、至高)
うん。白雪も大丈夫そうだ。最後の一言は……とりあえずスルーで。
「それじゃあ……行くぞ?」
黒騎士が固唾を呑んで見守る中、俺はダンジョンコア内の魂を保護していく。
魔素の流れを正確に読み取り、位置を間違えないように、ゆっくりと……
「…………よしっ!」
そして無事、魂の保護に成功する。
ひとまずは、第一段階クリアだ。
正直言うと結構厳しかったのだが……途中から、白雪の魔素がダンジョンコアの魔素による妨害から守ってくれていたおかげで、ギリギリ成功させることができた。
今も白雪のサポートが無ければ、俺の保護など食い破られてしまうだろう。それほどまでに、ダンジョンの抵抗は凄まじい。
まあだが、それも当然と言えば当然か。
ダンジョンからすれば、自分の心臓を抉り出されたようなものだもんな。
だが、返してやるつもりは無い。
「これで……終いだっ!」
そして、一気にダンジョンコアから魂を引き抜いた。
大魔石の割れる、激しい破砕音と、ダンジョンの魔素の奔流が、ボス部屋全体を呑み込んで行く。
「ぐっ……! 耐えろよおっさん!! ここを切り抜けた先には、五百年年ぶりの自由が待ってんだからな!!」
「承知しておる!! 我は元王国騎士団長、レイガス・グライバルツェンであるぞ!! このようなところで倒れるような、柔な鍛え方はしておらぬ!!」
「ハッ!! そいつは結構っ!!」
部屋中に魔素が吹き荒れ、俺達の身を切り裂き、抉り、穿つ。
そしてその死に際の猛攻に、幾度となく魔核が貫かれ、激痛が体中を駆け巡る。
だが、まだだ。
ここで俺が意識を失えば、レイガスの魂は再びダンジョンに呑まれ、今度こそ浸食を許してしまうだろう。
今までは白雪が浸食を防いでいたが、その白雪も、この猛攻を潜り抜けるためにかなりの力を消費しているはず。
そんな状態では、おそらくダンジョンの浸食を防ぐことは難しいだろう。
だからチャンスはこの一度だけ。
ここで失敗すれば、今度は俺が、この黒騎士を……命の恩人をこの手にかけなくてはいけなくなる。
だが、そんなのは御免だ。
俺はやっぱり、皆が笑って迎えられる明日が好きだ。
敵はともかく、自分の大事な奴らが、そして何より俺自身が、笑っていられる明日が欲しい。
そのために、今日のちょっと辛いことも、歯を食いしばって耐え抜くんだ。
正直、度重なる訓練で精神はすり減っていて、気力なんてもうあまり残ってない。
一気に来た古龍による魂への負荷のせいか、正直さっきから眠気が酷い。
魔核を貫かれるたびに、痛みと倦怠感で魔素の制御を投げ出しそうになる。
それでも……それでも今だけは耐え抜かなければ、きっと後悔する。
妙にお人好しなおっさんと、何故か懐いて来た妖刀が、笑って迎えられる明日でないと、俺はもう駄目なんだ。認められないんだ。
だから――――
「なめんじゃねえぞこのクサレダンジョン如きがぁぁああぁあぁああ!!!!」
空元気でも何でもいい。
今だけは起きていられるように、叫んで無理やり気力を保たせる。
黒騎士が俺の声に若干ビクッてしてたのは……正直ちょっと申し訳ないとは思うけど。
そうしてどれだけ耐え続けていただろうか。
一分かもしれないし、あるいは一時間だったかもしれない。
まあ正直一回このセリフを言ってみたかっただけで、真面目に言うと十分ほどの時間が過ぎた頃、ようやくダンジョンはその抵抗を弱め、緩やかに死へと向かっていった。あ、辛かったのはほんとだよ?
まだ油断はできないが、これでもう黒騎士の魂はダンジョンから解放されたと言っていいだろう。
「終わった……のか?」
「ああ、たぶんな。これであんたは自由だ。存分に喜ぶと良い。ま、まだ魂を体に戻す作業が残ってはいるがな」
「ははは……そんなものは、ダンジョンが完全に死に絶えさせすれば、すぐにでもできることよ。しかし、そうか……我は、もう自由なのだな……諦めていたはずのものであったが、こうして手にしてみると、なんと嬉しいものであろうか……」
呆然と天井を見上げながら、黒騎士は喜びの声を漏らす。
まあ、それも当然だろう。なにせ五百年ぶりの自由だ。嬉しくないはずがない。
彼の中に渦巻く喜びの感情は、俺には想像もできない。
「……レイジ殿。この恩、一生忘れぬ。何か困ったことがあれば、我を頼ると良い。何を放ってでも駆けつけ、必ずやお主の力となってみせよう」
「いや、元々命を救ってくれたことに対する礼なのだから、これで貸し借り無しってことで良いじゃないか。そんなことより、俺はあんたが気に入った。良ければ今後とも、仲良くしてくれると嬉しいな」
「…………ふっ、ふはははははっ!! やはりお主には敵わぬ!! あい分かった! では、お主とはあくまで対等な友人として接し、あくまで対等な友人に助力するため、全身全霊を捧げようではないか!!」
そう言ってデカい声で笑う黒騎士。
いや、それだと結局一緒なんじゃ……そう突っ込みたかったが、我慢する。
きっとこの手の輩は、何を言ってもそうするのだから、言うだけ無駄なのだ。ならば、それを素直に受けた上で、自分に何が返せるかを考えた方が、よほど建設的である。
そうしてしばらく待っていると、不意に周囲の魔素濃度が急激に下がり、岩壁に亀裂が入る。
「……というか、気のせいじゃなければ、崩れてきてないか? ここ」
「ん? それはそうであろう。ダンジョンが死ねば、その体が朽ちるのは道理である。あと半刻もせぬうちに、このダンジョンは完全に消滅するであろうな」
は? なにのんきに言ってんのこのオッサン。
「じゃあ、でなきゃヤバいんじゃないの?」
「うむっ! まさにその通りである!!」
「その通りである!! っじゃねーーーーーーーー!!!!」
俺は速攻で体のサイズを絞って古龍化すると、危機感の欠片もない馬鹿野郎をその足でひっつかみ、大慌てでダンジョンを翔け上がって行くのであった――――
本日、午後にもう一話投稿予定です。