第八十三話 『なんか空気の読めないおじいちゃんに絡まれた』
「――――ついに終わったか」
「……ああ。レベル、50だ」
あれから更に幾度も刃を打ち合わせ、ようやく辿り着いたレベル50。
おそらく、黒騎士が力を貸してくれなかったら、確実に死んでいただろう。
この出会いは、あるいは運命であったのやもしれないな……
ならば、であればこそ、俺はこの騎士を救いたい。
この手で……殺したくない。
だがもし仮に、どうしても救う術が無かったら、その時は――――
「では、魂の隔離を解くぞ? 心の準備は良いか?」
黒騎士の声に、俺は思考を中断する。
「……ああ。頼む」
そう言った次の瞬間、俺の中に、懐かしい感覚が帰ってくるのを感じる。
まるで、足りなかった何かが埋まっていくような…………ん?
というか、埋まるどころかあふれかえりそうなのですが……あの……え? ちょ!? まって――――
次の瞬間、俺の視界は白色に染まり、意識はその光の中へと引きずり込まれていくのであった。
「んっ……んん? ここは……」
俺が目を覚ますと、視界に飛び込んできたのは、いつか見たのと同じような、真っ白で無機質な空間。
そう、俺が転生する前に女神さまと話した場所にそっくりな場所だった。
というか、最近気絶してばっかだな俺。
なんだか情けなくなって――――
「――――目を覚ましたか、転生者よ」
不意に俺の頭上から声が響く。
俺がその声に上を向くと、そこには俺を後ろからのぞき込む、おじいさんの顔が――――
「うをあ!? だ、誰ぞ!!?」
気配もなくそこにいた存在に、俺は思わず体を捻り、飛び退いて距離を取る。
「おおう、驚かせてすまぬな。儂はドーゾル。運命神などと呼ばれておる者じゃ」
どうやら、正体不明のおじいちゃんは、運命神だったらしい。
しかし、輪廻神のルナトメリス様以外の神様との接触は初めてだな……
「それで、なぜ俺をこんなところに?」
「うむ。それなんじゃがな……本当なら、もう少し早く接触したかったのじゃが、お主の魂が古龍の力と別の場所にあったせいか、上手く介入できなくての。ルナトのやつなら、もう少しスマートに行けるのじゃろうが、ワシはあまりこういうのには慣れていなくての」
まあ、ルナトメリス様と話してて感じたが、神様とやらも万能ではないらしいし、苦手があるのも仕方ないことだろう。
というかそもそも、真に神が万能であるのなら、〇〇神なんて言って役割分担する必要ないしな。
「それはいいですよ別に。まあ、タイミングはあんまり良くなかったですけど。でも、とりあえずはいいです。それで、用件はなんなのでしょうか?」
黒騎士のおっちゃんを助けてみせる!! って意気込んでたらこれっていうのは、なんだかなぁと思ってしまうが、神様がわざわざ急いで接触してくるってことは、何か大事な用件なのだろう。
ならば、きちんと聞いておかねばなるまい。
別に黒騎士救出は、急務という訳では無いのだし。
「おお、そうじゃったな。実はのぅ……ルナトのやつは、お主にまだ時間があるとか言っておったかもしれぬが、世界の危機は既に始まっておるのじゃ。あ奴の時間があるというのは、完全に滅びるまではまだ時間が残されておるという意味でしかないのじゃよ」
は? ってことは何か? 俺結構急いだり慌てたりした方が良い系なんですか?
ぶっちゃけ、この後はそんなのガン無視してのんびり旅でもと思ってたんだけど……ダメぽ?
「邪神を信仰する者たちと接触したことはあるか?」
「! あ、ああ。一度だけ……」
なに? やっぱりあいつら、世界の危機とやらに関係してるん?
「どうじゃった? 強かったじゃろ」
「……ああ。正直、助けが無ければ死んでいたかもしれん」
「あ奴らが力を増しているのはの。邪神自体の持つ、"負のエネルギー"が増大しておるからなのじゃよ」 「負のエネルギー?」
「そうじゃ。そもそも神を信仰することによって、奇跡をその身に宿すというのは、この世界に理として定められた、我々でも逆らえぬものなのじゃ。そしてその力は、信仰の度合いと、力との親和性、それから神そのものの力の大きさで決まる。邪神を信仰する者どもは皆、心に闇を抱える者たちじゃ。故に他の神――――我ら六大神を憎んでおり、信仰の度合いはむしろ邪神にのみ大きく傾いておる。そして心の闇や負の感情を司る神である邪神の力との親和性も良好。それだけでも危険であるというのに、今は邪神の力が何倍にも膨れ上がってしまっており、大変危険な状態なのじゃ。危うくも保たれていた聖と邪のバランスが崩壊しかねん」
ふむ……つまり、邪神が強くなってるからその信徒も強くなってて、世界のバランスがヤバいと。
「……で? だからどうしろと?」
話は理解したが、だからどうしろと言うのか。
信徒を何人屠ろうが、心に闇を抱えるものなど、人間がいなくならない限りいくらでも出てくるだろうし、神ですらどうにもならない邪神をどうにかできるほど、俺はまだ成長できていない。
むしろ何とか必死に命を繋ぎとめているレベルだ。自分のことで手一杯なのだ。
「ぬ? う、ううん……それは、じゃな……その~……た、確かに……」
……おい。
考えてなかったんかい神様よ。
おじいちゃんだからボケちゃってるのか? ん?
「そ、そんな目で見るでない! 儂だってな! その……お主が古龍に転生したとか、魂がヤバいとかルナトの奴に聞いて、焦ってだな……」
ふむ……どうやらこのおじいちゃんは、俺のピンチに慌ててくれて、こんなドジを踏んだようだ。
ま、聞いた情報自体は有益なものだったし、良しとするか。
「ふっ……まあいいさ。情報は有益なものだし、感謝する。ありがとう」
「む、そうか? ま、まあ? 儂も神じゃし? それくらいはな。はははははっ!」
まったく……わかりやすいおじいちゃんだ。
あーそう言えば、前に神様に会ったら聞こうと思ってたことがあった気がしたが……何だったかな。
「っと、もうあまり時間もないな。元々お主の魂が再び古龍の力と接続し直す際に生じる衝撃を利用して介入しただけじゃったしの。あ、そうそう。お詫びと言ってはなんじゃが、今回のこと――――古龍に対する魂の耐久の問題で生じたお主の不調は、全て取り除いておいたぞ。それから、魂の一部が古龍の影響で変質しておったから、再調整もしておいた」
「……そうか、助かる……というか、そんなことができるのだな。流石は神様だ。ドジだけど」
「ドジは余計じゃわい! まあよい。起きたらステータスを確認してみると良い。色々変わったり増えたりしておるじゃろうからな。あ、調整の際に、やむなく保留状態のスキルを勝手に取得させてしまったが、許せ。容量には全然余裕もあるし、大丈夫じゃから」
「ああ、構わないさ。どちらにしろ、容量に余裕ががあるなら覚えるつもりだったしな」
むしろ、下手にスキルレベルが上がってしまう前に覚えた方がいいだろうしな。
「そうか。では、さらばじゃ。また会う事もあるかもしれんが、その時はよろしくの」
ドーゾルおじいちゃんのその言葉を最後に、俺の意識は再び深い場所へと沈んで行くのであった――――