第八十二話 『妖しき刃と悲しき定め』
もう、どれだけの時が経ったのだろうか……
黒騎士と何度も試合をし、疲れては眠り、起きたらまた試合をする。
今の俺の体は、龍の部分を大幅に隔離されている状態なので、扱える魔素も少なく、感覚も鈍くなっている。
もちろん龍の姿になんてなれないし、姿もとっくにヒト族のものになってしまっている。
それでもこの黒騎士が、今の俺の実力に合わせて手加減をしてくれているお陰で、ギリギリで戦えている……というよりは、むしろ相手の手加減が上手いのか。
少しずつ今の体の感覚にも慣れ、レベルも上がってきている俺に対し、絶妙にギリギリ勝てないくらいの力で相手してくれる。
生前は騎士だったみたいだし、教える立場にいたのだろうか?
「……レベル47か」
疲れ果てて床……というか、岩盤に寝転がった俺は、誰に向けたわけでもない言葉を漏らす。
そう、今の俺のレベルは47。後3上げれば、あの女神様の言葉を信じるのなら龍に呑まれることはなくなるはず。
「もう少しであるな、レイジよ。頑張るのである」
黒騎士がそんな俺に、優しい言葉を投げかけてくれる……体中から赤黒い魔素をまき散らしながら。
この騎士とはもうずいぶん話してるし、仲良くもなった。
けれど、この見た目とのギャップには、いまだに慣れることができていない。
だって……どう見ても闇に染まった悪側じゃん、見た目。
精神とか崩壊してそうじゃん。
なのになんでそんな気さくで良い人なんだよ。
まあ、お陰で助かったんだけどさ……でも、こんな仲良くなっちまったら……殺しにくいじゃないか……
このオッサンとは、最終的には殺し合いをする約束になっている。
そしてそれは、きっともうすぐやってくるだろう。
でも……その時になって、果たして俺はこの誇り高き騎士を殺せるのだろうか。
……正直、あまり自身はない。
「ん? どうしたのであるか? 先ほどから我をじっと見つめて……申し訳ないが、我はのーまるであるが故、そういった趣味を否定するつもりはないが――――」
「ちげえよ!! 俺だってノーマルだ!! ちゃんと好きな相手だっているっつーの! ……なあ。あんた、なんでそんなに死にたいんだ?」
死合いがしたいとか言ってたけど、こいつは手加減しながらの試合ですら楽しそうにしていた。
たぶん、本当に殺し合いこそ至高だなんて思ってない。
なら、きっとこいつは――――
「……ふっ……はっはっは! いや、わかってしまうか! まあ、確かに我が望みはこの身の消滅よ。だが、我は騎士である。騎士たるもの、無為に己が命を捨てるような、誇りに違う行いはできぬ。故に、戦いの中に死に場所を求めておるのだ。逃れられぬ定めであるのなら、せめて最後くらいは、とな。付き合わせてすまぬな、レイジ殿。お主に手を貸すのも、その対価というか……まあ、礼のようなものだ」
こいつは死にたいから、死にかけの俺を助けた。
そんな相手では、誇りを賭けた戦いなどできないし、万に一つも負けることはないだろうから。
こいつは負けたいから、俺を育てているのだ。
己を殺しうる存在となってくれなければ、自分が救われないから。
でも……そんなの悲しすぎるだろ。
こいつを殺すためにこいつに優しくされて、仲良くなって……そんなの、誰も笑えないじゃないか。
「なあ、どうにかならないのか? あんただって、本当は自由になりたいのだろう?」
でなければ、死など望むはずがない。
この牢獄から抜け出したいからこそ、こいつは死にたがっているのだ。
「……まあ、確かにな。だが無理だ。これは我が罪の対価なのだ。我が奪った多くに対する贖罪なのだ」
「どういうことだ? その体になった原因がわかっているのか?」
「うむ。このお主が初めに手にしようとした魔剣。これはかつて、我が遺跡の奥深くで見つけたものなのだが、見つけたときは、ただ形が少し変わっているだけの普通の剣であった。しかし、これを使い人を斬るたびに、こ奴は黒く、赤く染まっていった。我は正直、薄々気が付いていたのだ。この剣の持つ危うさに。だが……手放せなかった。この剣を持っている時に湧き上がってくる不思議な力。尋常ならざるほどの切れ味。我はそれに魅了され、欲に負けたのだ。まったく、騎士失格であるな」
そう語る黒騎士の姿はどこか哀しげで、とても小さく見えた。
しかし、人を斬るたびに闇に染まっていく妖刀か。
なんというか……ベタな感じだが、それが故に恐ろしいな。
「そしてある日。我がこの剣の刃で、何人目かもわからぬ相手を斬ったその時、それは起こった。突如として剣より赤黒い何かがあふれ出し、あっという間に我を呑み込んだ。そして気が付いた時には知らぬ土地におった。体中から血の臭いを発し、体はいつの間にか人のものではなくなっていた。そうして行く当てもなくさまよい、衝動のまま魔獣を殺し、獣を殺し、その果てにここに居た。それが全てよ」
ふむ……妖刀の力に呑まれ、精神が汚染されたのか?
でも、今は大丈夫みたいだし……よくわからんな。
「う~ん。ところで、そのようと……魔剣って、意思とか宿ってたりするのか?」
俺はずっと、最初に触れようとした時に聞こえた声が気になっていた。
俺に警告をする、幼い少女のような声。
あの声を、このオッサンが発したとは思えない。
となると……
「? いや、そういうのは無いと思うがな……なぜそんなことを訊く?」
「あーいや、最初に触れようとしたとき、声が聞こえた気がしてな。まあでも、気のせいだったのかもしれん」
「いや……この剣は、いまだわからぬことの多い古代の遺物。であれば、そういったこともあるやもしれぬ。声が聞こえたというのであれば、なおのことよ。その声は、なんと言っておったのだ?」
「ん? ああ。確か――――駄目、接触、危険……だったかな?」
直後におっさんが出てきたせいでイマイチ記憶が怪しいが、たぶん合ってるはずだ。
「ふむ……接触しようとしたお主に対し、警告をしたという事か。この剣の持つ特性を加味して考えると、確かにこの剣が言葉を発したというのが、一番しっくりくる。信じがたいことではあるがな」
「まあ、俺の精神が本能的に危機を察して聞こえた幻聴って可能性もあるし、あんまり深く考える必要はないかもしれないがな。あの時は、俺も死にかけてたわけだし。でも、もしそこに、何か可能性があるのなら、俺は……」
「ふっ……お主は優しいな。我は貴様に殺し合いを強いるためにこうしておるのだぞ? なのに、貴様はその我を救いたいと言う。まったく、とんだお人好しよ……」
「はっ! あんたに言われたかねーっつーの」
自分を殺しに来た俺を助けてる黒騎士の方が、よっぽど酔狂なお人好しだ。
「うはははは! そうだな!! ま、何をするにしても、まずはお主のレベルを50まで上げなくてはな。さあ、そろそろ休憩も良いだろ。続きといこうではないか」
「ああ、そうだなっと」
黒騎士の言葉に、俺は立ち上がり、再びギリギリの闘争へと身を晒していくのであった――――