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第七十八話 『黒の氾濫』

 それから旅は順調に進み、今日はレムサムを出て六日目の昼。

 道中野盗や魔獣に何度か襲われたが、幸い大した相手ではなく、フィルス一人で楽にあしらえた。


 さて、そんなわけで、そろそろ王都が見えてくるはずなのだが……


 「なあ、御者さんよ。王都の向かい側。北の城壁の方で、何やら多くの黒い影がうごめいているように見えるのは俺だけだろうか」

 「いや……俺にも見えてるよ、あんちゃん。あれはまさか……」

 「戦か? それとも魔物か?」

 「王都が戦場になるような物騒な噂は聞いてないから、おそらくは後者だとは思うが……こいつはやばいな。あるいは、王都は終わりかもしれん」

 「どういうことだ? 王都には多くの手練れの冒険者がいるだろう?」

 「ああ……そりゃ、そうなんだがな……今は武闘祭のせいでその絶対数が減っている。だが、まあそれは正直大したことではない」

 「? ならばなぜ……」


 冒険者の数が問題では無いという事は、どちらにしろ勝てないほどの強敵であるという事だ。

 それほどの魔獣が王都の近くに……いや待てよ。人が集まっているのは北側だ。北側には何がある?

 ……そうだ。俺の生まれた、あの森がある。そして、これから行くはずのダンジョンも。

 あそこの魔物は、山のこちら側の魔物とは段違いの魔素の気配を放っていた。それだけ強力であるという事なのだろう。

 事実、資料でもあの森は危険度がかなり高く設定されていた。

 もし、もしそこの魔物が溢れ、王都へと向かってきているのだとしたら?

 ――――終わりだ。

 危険地帯の魔物が根こそぎ来たのでは、そこ自体が今度は危険地帯になってしまう。

 そんな中で、生きていけるはずがない。少なくとも、戦いを知らない普通の人間には無理だ。

 そしてその魔物の数が圧倒的であるのなら、冒険者にできることは、せいぜい自分の身を守りながら逃げることくらいだろう。


 「……いや、場合によってはその通りかもしれないな」


 手前の森の魔物が攻めてきている可能性も捨てきれないが、おそらくそれは無いだろう。

 あの森は初心者用の森で、生息する魔物は、せいぜい中級冒険者が相手する程度まで。

 それに、これだけの冒険者が集まる街だ。そんな森の魔物が、溢れるほど放置される訳がない。

 ……この間のデボラルパルカの出現は、あるいはこの魔物の氾濫の前触れだったのかもしれない。


 「あんちゃんはどうするつもりだ? 俺は正直、すぐにでも引き返したいところだが、あんちゃんが望むなら、門が見えるくらいまでは行ってもいい。もしここで降りるなら、契約を反故にするわけだから、成功報酬分は貰わなくていい。だが、そこまで行けと言うなら、少し手前にはなるが、成功報酬も受け取るぞ?」


 ふっ……こんな時まで報酬の話とは、実に商人らしい。

 だが、逃げられる者を危険にさらすのは、本意ではないからな。


 「ここで降りよう。あんたは逃げると良い」

 「あんちゃんはどうするんだ?」

 「俺には、あそこに守りたい者がいる。恩を返さねばならぬ者たちがいる。見捨てることはできない」


 金に困っていた俺に、優しく手を差し伸べてくれたマスター。

 親切に冒険者の心得や魔法を教えてくれたギルドの仲間たち。

 そして、俺に魔法学と魔導具製作を教え、夢を託してくれたクレアさん。

 皆、俺の大事な友人で、恩人だ。

 それを見捨てて生き延びた先に、一体何が残るというのか。

 彼らはきっと戦うだろう。自らの属するギルドを守るため。

 そして何より、己が正義に殉ずるために。

 ならば俺も、俺の正義に殉ずる覚悟を決めねばなるまい。

 なに、元より奴らを相手取るつもりだったのだ。

 その場所が少し手前になっただけのこと。

 少しばかり、守らねばならぬ者が増えただけのことよ。

 トラブルやイレギュラーなど慣れっこではないか。

 ならば、憶することなどないではないか!!


 馬車から降りた俺は、振り返ることなく王都へと駆ける。

 無論、フィルスも一緒だ。


 「フィルス」

 「はい」

 「ここで龍化する。背に乗れ。北門まで飛ぶぞ」

 「それは――――いえ、わかりました」


 俺は地を蹴るその足を止めることなく、自らの肉体を龍へと変える。

 選ぶは、スピード重視の風属性の魔晶龍。

 魔素も不安定なので、サイズも少し小さめだ。

 古龍の方が早いし強いが、それは流石に浸食が激しそうなので、マジでヤバくなるまでは使わない。


 「乗りました!!」


 背中からフィルスの声が聞こえる。

 俺は気配察知と身にまとう魔素でフィルスの体勢が安定したのを確認すると、速度を上げ、王都の空を翔る。

 急がねばならない。

 誰かの命が散る前に。

 おのこころが死ぬ前に。






 北門上空まで到着すると、そこに集まる多くの者が、俺を指差し、隣にいる同胞と言葉を交わす。

 俺はその全てを無視し、クリスタリアの皆のいる場所へと降り立つと、背にいるフィルスを下ろし、魔晶龍騎士(風)の姿となる。

 属性に意味はなく、ただ同じな方が楽だと言うだけ。

 魔晶龍騎士となったのは、言葉を交わすため。


 「エルバルト殿」


 俺は皆に歩み寄ると、いまだ驚愕の表情を浮かべているマスターへと声をかける。


 「レイジより伝言を預かっている。フィルスをよろしく頼む、とのことだ。では、義理は果たした。我は迫りくる魔獣の掃討へと向かう。そしてその前に一つだけ確認しておきたいのだが、この氾濫の原因は把握できているか?」

 「あ、は、はい! あ、いえ、確実にそうとは言い切れないのですが……」

 「良い。話せ」

 「は、はい。北に見えるルジェメド山脈の向こうにある、セゼメノリア大樹海の中央には、大陸内でも有数の、危険なダンジョンがありまして……ダンジョンは、定期的に内部に巣食う魔物の数を減らさねば、その外へと牙を剥きます。そして、あそこはそれがされていなかった。で、あれば、おそらくは――――」

 「やはり、そう言う事か。では、我は手前の魔獣の数を適当に減らしつつ、そのダンジョンへと潜り、可能であればそれを殺してこよう。漏らした獲物の処理は任せる」

 「!! りょ、了解いたしました!! 必ずや、ご期待に添えるよう、尽力いたします!!」

 「うむ――――フィルスよ。レイジを悲しませぬよう、無理だけはせぬようにな。皆もだ。己と、守るべき者たちの命を第一に戦え。よいな」

 「「「「「「はっ!!」」」」」」


 俺の言葉に、マスターやクリスタリアのメンバーだけでなく、その周りにいた他の冒険者までが姿勢を正し、敬礼をする。

 ――――これならば、おそらくは大丈夫だろう。


 「では、人間諸君。健闘を祈る」


 俺は、最後にそれだけ言い残すと、再び龍の姿となり、北の空へと飛び去って行くのであった――――

本日、もう一話投稿する予定です。

……予定です。

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