第七十六話 『そうだ ダンジョン、行こう』
本日、(おそらく)夜にもう一話投稿します。
「レティア様、申し訳ございません。貴方のお立場まで悪くなるようなことを……」
フィルスがバカにされているのが聞こえて、ついカッとなってしまったが、今のは良くなかったかもしれん。
今までなら、もう少し自制できていたはずなのだが……これが恋の病というやつなのか、あるいは古龍に精神が引きずられてしまっているせいなのか。
「いえ、良いのです。むしろスッキリしました。私ではあそこまで言えなかったでしょうから。ですが、よろしかったのですか? 私はそれなりの立場にいる人間ですから、どうにでもなるかもしれませんが、貴方は――――」
「いいんですよ、別に。フィルスを貶されてまでこの国に売る媚びなどありませんから。それに、万が一この国が俺を敵とするなら、その判断を下したことを、後悔させてやるだけです」
まあ、言ってしまった以上は仕方がない。
別に後悔しているという程でもないし、おかげでフィルスの笑顔は守られた。
俺には魔法や古龍と言った切り札もある訳だし、勇者との関係も良好。いざとなれば国の一つや二つ、大したことはないだろう。たぶん。
まあ、今の状態で追われるとかなりヤバいのだが。
「ふふふ……そうですか。国に対してそこまで大きく出られるとは、流石は古魔晶龍様の認めた御方。ですが、これからどうされるおつもりなのですか? 下手をすれば、王国騎士に追われることになりかねませんが」
ですよねー……マジでどうしましょう。
正直、かなり古龍の浸食がヤバいことになっているので、レベル上げをしたい。
レベル上げと言えば魔獣狩りなのだが、どこか良い狩場とか無いかな?
ダンジョンとかあれば、ちょっと行ってみたい気もする。
まあ、この世界にあるかどうかは知らんけど。
「まあ、衝動的なことだったので、あまり考えてはいなかったのですが……どうしましょうかね。あ、そういえば、アーゼルシア家の件、どうなってますか?」
「あ、はい。あの家の調査はある意味では順調です。叩けば埃が出るわ出るわで、全て洗い出すのが大変なくらいですよ。まあ、これだけ調査を迅速に行えたのは、レイジ様からお聞きした、屋敷の内部の情報があったからなのですが」
「いえ、黒ならそれで良いのです。私は今は動けるような状態ではないので、申し訳ございませんが、後のことはよろしくお願いします」
実行犯共々、自分でボコしに行きたいのは山々なのだが……そんな愚図のために命をかけるなんて御免被る。
フィルスを酷い目に合わせた奴らに報復できないのは歯がゆいが、レティアならもみ消されたりせず、相応の罰をきちんと与えてくれるだろう。
「はい。お任せください。私も他人ごとではありませんし、責任をもって罪を暴ききってみせます。まあ、今わかっているものだけでも当主の死罪はほぼ確定でしょうから、全ての罪が暴かれる頃には、裁かれるべき者には、相応の罰が与えられることでしょう」
「それなら安心です。そう言う事なら、俺も安心して自分のすべきことができます」
「すべきこと……ですか?」
「ええ」
今のままの俺では、フィルスどころか、自分の身すら守れない。
もっと、もっと強くならなければ。
魂を鍛え、技を磨き、この世界で生きる体と戦い方を身につけなくては。
旅だ食事だといった娯楽に手を出すのは、それからでも遅くはないだろう。
まったく……フィルスに旅に出ようと思ってるなんて言ってから、一体どれだけ経ったか。
ままならんものだな、異世界での生活というものは。
「……お別れ、なのでしょうか?」
俺の言葉から、何かを察したのだろう。
レティアは、少し寂しそうな、困ったような顔をして俺に問う。
「ええ……でもきっとまた会えますよ。いえ、会う事になるでしょう。ですから、それまでしばしの別れです」
「なにか、私にお手伝いできることはありますか?」
「……では、一つだけ。こっそりこの街を出たいのですが、何か良い手はありませんかね?」
「ふふっ……そう言う事でしたら――――」
「そろそろ良いぜ、あんちゃん達」
御者の言葉に、俺とフィルスは荷台から顔を出す。
――――時刻は翌日の早朝。俺達は今、商人の馬車の荷台に揺られて、街道を南に移動中だ。
街を出るのに、元々大したチェックはないので、これならこっそり街を出られる。
まあ、それでも商人の荷はチェックさせるのだが、レティアが用意してくれた、人が二人は入るような大きな木箱が、この馬車には積まれていた。
侯爵家の家紋付きともなれば、下手に調べることもできず、俺達は気付かれることなく街を出られたというわけだ。
これで気が付かれるまで、ある程度は時間が稼げるだろう。
まあそもそも、追われているかもわからんのだが、俺のレベルが上がって魂が安定するまでは、追手の相手をしている暇はないからな。
ちなみに、この馬車の行き先は王都。
とはいえ俺たちはお尋ね者身だ。そのまま馬車に揺られて街まで、というわけにはいかない。
俺たちが目指すのは、王都のさらに奥にある、かつて俺の生まれた場所、セゼメノリア大樹海である。
そこに生息する魔物は皆強力で、滅多に人が寄り付かない場所なのだが、その森の中心付近にダンジョンがあるのだという。
結論から言えば、この世界にもダンジョンというものがあるらしい。
あの後、レティアやいつもレティアの護衛をしているおっちゃんに色々聞いて知ったのだが、おっちゃんは冒険者だった時代があるらしく、かなり色々教えてくれたので助かった。
発生原因は不明だが、中には多くの魔物が湧き、死した屍を喰らい成長する魔境。それがダンジョン。
その最深部には大きな魔石があるらしく、それを取り外すと、ダンジョンは死滅。時間と共に深い層から消えて行くのだとか。
そのことから、ダンジョンも魔物の一種なのではないかという説もあるのだとか。
そして最も重要なのが、ダンジョンという場所は、何故かレベルの上昇率が普通の場所より高いらしい。
敵が特殊だとか、敵地での戦いだからとか、色々噂はあるらしいが、その明確な理由は判明していない。
ちなみに、壊れてしまった武器の代わりは、レティアが用意してくれた。
魔導具は流石に無理だったが、それだけでも十分ありがたい。レティア様々だ。
でも、どうしてあんなに良くしてくれるのだろうか? 古龍の知り合いだから? ま、理由はどうあれ、今はその好意に甘えておくとしよう。
大会に出て借りを返すつもりが、結局また借りができてしまったな。
「それで? あんちゃん達、ダンジョンに行くんだって?」
俺達が木箱から顔だけ突き出しているという、なんとも珍妙な格好のまま考え事をしていると、御者のおっちゃんが振り返らずに話しかけてくる。
「ええ、まあ。一応その予定です」
「ダンジョンはどこもかなりヤバイって聞くが、そんな装備で大丈夫なのか? 食料も、一週間分くらいしか用意してないみたいだが」
身に着けているものを除いた俺たちの荷物は、木箱とは別で荷台に積まれているため、おっちゃんには全部知られている。
確かに食料はそれくらいしかないが、正直それ以上用意できなかったし、必要もなかった。
この世界での二週間である十二日間。その期間中にレベルを上げられなければ、俺の精神は食い尽くされる。そんな予感がある。
そう……俺にはあまり時間が残されていないのだ。早くレベルアップをしなければ……少なくとも二週間後までに40。できれば安全値である50レベまで。
そして、王都までは約六日。つまり、食料は六日分もあれば十分なのだ。
ダンジョンでも、魔物の肉などが手に入るらしいし。
「ええ、大丈夫です。それでダメなら素直に引くつもりですから」
「そうかい。ま、王都はまだまだ先だからな。それまではゆっくりしてるといいさ」
確かに調子が悪いし、ダンジョンに潜る前に、少しでも体を休めておきたい。
今はおっちゃんのその言葉に、素直に甘えさせてもらおう。
俺は木箱から出ると、荷台の空いたスペースに横になり、心地の良い風と陽の光を浴びながら眠りにつくのであった――――
章分けはしていませんが、これにて第二章、武闘大会編~完~といったところでしょうかね。
まあ、だから何だと言われれば、別に何もないのですが。
……章分けとか、した方が良いのでしょうかね?
サブタイトルでだいたいわかるし、別にいいですよね?(笑)




