第七十五話 『偉くても、許されないときは許されない』
「レイジ様! お帰りなさいませ! お怪我は――――お体は大丈夫なのですか!?」
屋敷に到着するや否や、門の前で待機していたフィルスが駆け寄ってくる。
どうやら俺を心配してくれていたようで……って、近い近い!!
本気で心配してくれているフィルスには悪いが、こんな唇がくっついてしまいそうなほど近づかれると、流石に色々とこう……なんていうか……ぶっちゃけそのまま奪いたい衝動に駆られてしまう。
それをしても、フィルスなら受け入れてくれそうだというのが、これまた俺の理性を蝕んでくる。
しかし、フィルスが俺に依存しているのではなく、はっきりと本人の意思で俺を想ってくれているとわかるまでは、俺からアクションを起こすわけには……ぐぬぬ……
「レイジ様? 苦しそうなお顔をしているように見えますが、やはりどこかまだ――――」
「いやいや、大丈夫だ。だからほら、一旦屋敷の中に入ろ? な?」
「あ、はい。申し訳ございません。私、レイジ様が危険な目に遭ったと聞いて、いてもたってもいられず……」
む? その口ぶりだと、今日は見に来ていなかったのかな?
まあ、襲われて、誘拐された直後で、犯人もまだ捕まっていないのでは当然か。
フィルスはまだしも、レティアは貴族だしな。
しかし……割と深刻なレベルで体が重い。
やはり今日は、無理をし過ぎたようだ。
先ほどまでは、香奈のこととかもあって気にならなかったが、フィルスの顔を見た途端、気が抜けてしまったようだ。
これはすぐにでも休んだ方が良いかもしれないな。
「フィルス。体は大丈夫なんだが、今日はかなり疲れたんでな。悪いが先に休む。レティア様にもそう伝えておいてくれ」
屋敷へと歩きながら、俺はフィルスにそう伝える。
本当は、明日の予定とやらを伝えに来るスタッフを待ってからにしたかったが、それも難しそうだ。
というか、これ明日起きられるかな? 起きられるといいな。
起きなきゃいろんな人に迷惑かけちゃいそうだし。
そうして部屋に直行した俺は、そのままベッドにダイブし、深い眠りへと落ちて行くのであった――――
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「そうですか……わかりました。本当は、アーゼルシア家の調査の件や、今後の予定について相談しておきたかったのですが、それはまた後日で良いでしょう」
私がレティア様に、レイジ様がお休みになられた旨を伝えると、レティア様は優しく微笑みながら、少し心配そうな顔をしてそう答えて下さいました。
レティア様は、本当にお優しい方です。
貴族だからと偉ぶらないし、獣人である私にまで、他の方と同じような、丁寧な対応をしてくださる。
それどころか、気さくに話しかけてきて下さることも多く、一緒にいてとても楽しい。
貴族というのは、もっと自分勝手で、偉そうな人種なのかと思っていましたが、どうやらその限りではなかったようです。
他の方を知らないので、もしかしたらレティア様が特別なだけかもしれませんが。
それから、ディナーを一緒にいただいた私は、応接室にて、レティア様とおしゃべりをします。
最近では、レティア様がお忙しくない日は、こうして夕食の後にお話をするのが日課となっています。
ご迷惑ではないかとお尋ねしたこともあったのですが、怒られてしまいました。
本当にお優しい方です。
今日の話題はレイジ様のことばかり。
確かに先ほどの、レイジ様のいらっしゃらない夕食の席は、なんだか寂しく、味気ないものでした。
やはりレイジ様には元気なお姿でいてもらいたいものです。
レティア様も随分レイジ様の身を案じて下さっているようで、先ほどから何かできることはないかと頭を悩ませてくださっています。
コンコン――――「失礼します」
ノックの音がしたと思ったら、入ってきたのは家令のエドワルドさん。
「レイジ様にお客様がお見えなのですが、いかがいたしましょう」
どうやら、来客を知らせに来てくださったようです。
ですが、レイジ様に客とは、一体どなたなのでしょうか。
できれば今は、ゆっくりお休みになっていていただきたいところなのですが……
「相手は?」
「それが、国王の使者と名乗っております。なんでも、明日の予定についてお話があるとか。それから、詳細はご本人様でないとお話しできないとのことでした」
「……わかりました。ひとまず、通して下さい。お話を聞いた上で、対応を考えます」
「畏まりました」
どうやら、レティア様も同じように考えて下さっていたようで、レイジ様を不用意に起こすようなことはせず、一旦お話を聞いてから判断して下さるようです。
相手は国王陛下の使者だというのに……流石としか言いようがありません。
しばらくすると、エドワルドさんに案内されて、偉そうな男が部屋へと入ってきます。
派手に着飾った服に、脂ぎった肌。突き出たお腹に、濁った眼。
正直、第一印象では欠片も信用できないどころか、生理的に受け付けないレベルの方ですが、それでも国王陛下からの使者。きっと人格はまともなのでしょう。人を第一印象で判断してはいけないですし、ここはお話を聞いてから――――
「んん? レティア様。なぜこのような高貴な場に、汚らしい獣がおるのですかな? 奴隷の首輪はないようですが……不愉快なのでどかしていただけるとありがたいのですが」
いえ、やはり第一印象は正しかったようです。
ですが、これが普通のヒトの反応なのでしょうね。
やはり、レイジ様やレティア様がお優しいだけで、私のような人種は――――
「今の発言。取り消してはいただけないでしょうか」
私の心が哀しみに包まれる。
お前は優しくされて勘違いしているだけだと。本当は汚れた血の、卑しい人種なのだと。
しかし、レティア様はその相手に噛みついてくださいました。
相手は国王陛下の遣い。下手をすれば不敬ととられてもおかしくは無いというのに……
「ほう? この獣は、貴方にとって、何か大切な"モノ"だったのでしょうかな? しかし、仮にも国王陛下の遣いである私を出迎えるのに、このような汚らわしいモノを置いておくというのはいかがなものかと――――」
「おい、黙れよこの豚野郎。それ以上鳴き喚くようなら、養豚場に送り返すぞ?」
それでもなお喚く男の言葉を遮ったのは、なんとレイジ様でした。
お休みになられていたはずなのに、どうして……部屋も近いですし、もしかしてうるさかったのでしょうか。
「感じなれない気配があったので起きてきてみたら、ここはいつから豚小屋になったんだ? あ?」
養豚場というのが何なのかはわかりませんが、どうやらレイジ様は、この男に対して大層お怒りなご様子。豚と罵り、容赦のない言葉を浴びせます。
「なっ!? 貴様は確か大会優勝者の……ふんっ! 優勝したからと言っていい気になっているのか? 私は国王陛下の遣いとしてここへ来た、ガマーレ・グラマンデ侯爵様だぞ? 一介の冒険者に過ぎぬ貴様では、本来口を利くことすらも許されぬような存在だ。それを見下し蔑むなど……口を慎め愚民如きが!」
「黙れゴミ豚が。貴様がどれだけ偉かろうが、どれだけ強かろうが興味はない。そこにいるフィルスは俺の大事な仲間であり、家族だ。それを貶すゴミがいるなら、どんな相手であろうともそいつは俺の敵だ。貴様のようなゴミを寄越すとは、この国の王とやらもたかが知れているな。不快な貴様らのために、重い体を引きずってまで頑張ってやる義理など、もはやなさそうだ。というわけで明日の勇者お披露目には俺は行かん。貴様らで勝手にやってるがいい。以上だ。さあ、用は済んだだろう? 目障りだからわかったらさっさと失せろ、クソ豚が」
……ここまで口汚く相手を罵るレイジ様は、初めて見ました。
ですが、それだけ怒ってくれているという事なのでしょう。
レイジ様やレティア様のお立場にも悪い影響が出てしまいそうなところ申し訳ないのですが、やはり嬉しく思ってしまいますね。
「き、貴様っっ!! 貴様のような下賤な輩、こちらから願い下げだ!! 優勝賞金はくれてやるからさっさと失せるがいいっ!! 覚えていろよ小僧!! この私に恥を掻かせたこと、必ず後悔させてやるからな!!」
そう言うとガマ……なんでしたっけ? その脂豚男は、じゃらじゃらと音を鳴らす重そうな袋を乱暴にレイジ様の足元に投げつけると、そのまま出て行ってしまいました。
レイジ様にものを投げつけるなど、なんと不敬な!
ただでさえ汚い汗と唾をまき散らしていて、そこにいるだけで不快な存在だというのに。
今すぐ目の前にいるのは古魔晶龍様なのだと教えてやったら、この男はどんな反応をするのでしょうか。
つい、言ってしまいたくなる衝動に駆られますが、ここは我慢です。
レイジ様は、それを知られることを良くお思いではないようですから。
そういえば、二話前から会話の最初と最後だけを空けて、途中は改行しないようにしてみたのですが、どっちの方が読みやすいのでしょうか。
個人的には別にどちらでも良いと思っているのですが。