第五十四話 『大会初日・予選開始』
さて、先ほどは思わぬ事実に動揺してしまったが、ついに予選開始の時刻だ。
俺を含めた出場選手は皆、舞台の真ん中に集まって、開会式が始まるのを待っている。
というのも、試合の特殊ルールとやらはこの開会式で発表されるらしく、それが命運を分けると言っても過言ではない俺たちにとって、それはとても待ち遠しいものなのだ。
「それでは、これより六神歴873年のレムサム武闘大会を開催します! 今年の司会進行はこの私、マリアーナが務めさせていただきます! よろしくお願いします! では早速ではありますが、皆さん気になっているであろう、特殊ルールを発表させていただきます!」
会場中に設置された魔導具から、突然声が響く。
どうやらこの世界にも放送設備があるらしい。魔導具だろうか。
そして会場中が、特殊ルールを発表するという発言にどよめきだす。
俺としてもすぐに聞けるのは嬉しいのだが、普通こういう式みたいなのって、まずお偉いさんのお話とかがあるんじゃないの?
そんな俺の疑問に答えるかのように、司会のマリアーナさんは言葉を続ける。
「ちなみに先に言っておくと、ここレムサムの領主であらせられるガイモンド・レムサム侯爵様や、その他えらーい方々からの挨拶は、本戦の開会式で行われるので、予選ではそういうお堅いのはありませーん! さっさとバトって盛り上がるぞお前らー!!」
うおおおおおおおおおお!!!!
司会の呼び掛けに皆が応じ、会場全体が揺れる。
凄い盛り上がりだな……でも今の発言、お偉いさんなんかが見に来ていたら、不敬だとか言われないのかな。
「これは毎年恒例だからな。こういった祭りの場で、そんなことに目くじら立てる野郎の方が、むしろ嫌われるってもんよ」
俺が受付の粗野な言葉遣いに怪訝な表情を浮かべていると、後ろからグライツさんが小声で教えてくれる。
まあ、小声といっても、この喧騒の中で聞こえる程度の声量ではあったが。比較的、という事だな。
「そうなんですか。いらぬ心配でした。しかし、凄いですねこの――――」
「さあ、ではお待ちかね! 今年から始まり、今年で終わるかもしれない! そんなマンネリ解消のためのテコ入れ特殊ルールは――――」
俺はグライツさんに返事をした後、そのまま会話を続けようとしたが、その声は再び始まった司会のトークにかき消されてしまう。
……てか、ぶっちゃけ過ぎだろ司会。いいのか? それ。
「オドロキトドロキ!! びっくりいきなりバトルロワイヤルーー!! というわけで、舞台に立っている選手の皆さん! 試合――――開始!!」
……は? マジ?
俺は、その言葉を真に受けていいかはひとまず置いておくとして、一応周囲を警戒し始める。
周りの人間は、いきなりのことにどうしていいかわからないのか、ほとんど全員がポカンとしてしまっているが、もし今の合図が本当なら、それは致命的な隙となりかねない。
他に俺と同じように警戒している奴は……100人もいないか。案外強者は少ないかも?
「さあ始まりました予選第一試合! 今年は色々イレギュラーだらけで、ここで勝ち上がれるのはなんと全部でたったの16人!! 二回戦では特殊ルールの元、その16名に本戦さながらの一対一での試合をしていただくことになっています!! この試合のルールは簡単。円形の舞台の結界は現在、中から外への一方通行となっています。そこからはじき出された者が敗者で、中に残った者が勝者です! 選手たちのほとんどは、未だ状況が呑み込めていないようでポカンとした顔をしています! 実に滑稽で面白い光景です!! ははははっ! 見て下さいあの顔! 面白過ぎます! あっはっはっは!!」
司会に盛大に馬鹿にされて、ようやく動き始める選手たち。
ちなみに、俺とグライツさんは、その間に話し合って、共同戦線を張ることにしていたりする。
どうせ戦うなら試合で戦いたい。
そう意見が一致した俺とグライツさんは、この予選一回戦目での不干渉を約束したのだ。
無論、そんな言葉に騙されて、油断している隙に――なんてことにならないよう、最低限の警戒は怠るつもりはないが……彼の性格を考えれば、そういった卑怯な手はおそらくとらないだろう。
俺はなるべく場外へと追いやられないよう、会場の中心近くで攻撃を躱し、敵を捌き、他の者へと受け流す。
決して自分からは派手には動かず、あくまで勝手につぶし合って下さいといったスタンスだ。
別に頑張って攻撃すれば、一気に倒せないこともないのだが……こんなしょーもない予選の一回戦で、わざわざ手の内を見せてやることも無いだろう。
これだけの人が潰し合っているのだ。勝つだけならば、これを利用しない手はない。
馬鹿正直に倒すのは、人数が減って、否応なしに目立ってきてしまうようになってからで十分。
幸いにも、強そうなヤツらはだいたい俺と同じ考えのようで、ざっと見て実力がありそうな者たちは皆、真面目に戦っている様子がない。
それに、その人数も十人程度で、そこに運良く残れた数人が加わる形で一試合目は終わりになるだろう。
むしろ本番は、次の第二試合からだ。
予選でも一対一のトーナメント制となるという事は、それだけ多くの注目を集めてしまう。
つまり、予選中に手の内を晒してしまうリスクが高まるという事だ。
手持ちの魔導具にも限りがあり、特別な武装もない俺としては、手の内が次々に晒されていくというのは、あまり嬉しいことではない。
せめて本戦までは、本命は隠し通しておきたいものだが……
「試合、終了ー!!」
っと、次の試合のことを考えているうちに、試合が終了したらしい。
何とも拍子抜けだな。
とはいえ次の予選第二試合は、ある意味本戦よりも油断できない。
課せられる特殊ルール次第では、俺の戦闘力はガタ落ちしかねないからな。
まあ、流石に運営側もそんな実力が発揮できなくなるような、クソみたいな条件を吹っ掛けてくることは無いと思うが……
「終わったな、レイジ。それじゃあ、俺と当たるまで負けないでくれよ?」
「グライツさんか。こっちの台詞だ」
「はっはっはっ! そうでなくっちゃなぁ! それじゃあ、またな」
こうして俺の武闘大会一日目は、あっけなく終わっていった。
「レイジ様! 予選一回戦突破、おめでとうございます!」
俺が試合を終えて屋敷へ帰ると、フィルスが玄関まで迎えに来てくれた。
「ああ、ありがとう。でも、今日のはただの前哨戦。本番は明日の第二予選からだ」
「はい。ですが、今日はひとまず、今ある勝利を喜びましょう!」
「……そうだな。ま、予選一回戦脱落なんて不名誉なことにならなかったのは、素直に良かったと思うよ」
しかし、フィルスのはしゃぎようといったらもう……予選でこれでは、本戦では一体どれだけ……いや、まあいいか。
楽しそうにしてくれているのは、素直に嬉しい。
それに何より、俺の前でだけでもこれだけ笑顔を浮かべられるようになったのは、喜ぶべきことだろうからな。
今は好きにさせておいてやろう。
「おめでとうございます、レイジ様。お疲れさまでした。お風呂の準備はできておりますので、お好きな時にお入りください」
俺がフィルスと二人で喜びあっていると、屋敷の奥からレティアが出て来る。
……ちょっと、うるさかったかな?
「お気遣い、感謝します。それから、こんなところで騒いでしまって申し訳ない」
俺の謝罪を聞いてハッとした表情になったフィルスは、慌てて俺に続いて頭を下げる。
「いえ、良いのですよ。私としてもとても喜ばしいことですし、楽しそうになさっているのを見ると、私まで楽しい気分になれますから。それに、貴方だってそう思っているのでしょう? レイジ様」
しかし、レティアは全然気にしていないようで、クスクス笑いながら、楽しそうな顔をしていた。
というか……意外と鋭いんだな、レティアは。
まさか俺のフィルスに対して抱いている感情が読まれるとは。
女の勘は鋭いってやつなのだろうか……他にも色々、バレてたりしないよね?
なんだか怖くなってしまうなぁ……流石は侯爵令嬢。
「あはは……ええ、まあ。それでは俺は、早速お風呂をいただいて来ますね」
「はい、ごゆっくりどうぞ」
そうして風呂で疲れた体を癒し、夕食を食べた俺は、明日の試合へと思いを馳せながら、眠りに就くのであった――――