第五十三話 『大会初日・予選会場到着』
俺が北門を無事に潜り、右手側へと逸れると、そこには既にグライツさんの姿があった。
「お待たせしました。早かったですね」
「いやいや、俺は右列だったから、人の波をかき分けてここに来る必要が無かっただけさ。それに、それが理由で右側合流って言ったんだろう?」
「ははは、まあそうですが」
「そういう細かい気遣いができる男はモテるぜ? 彼女とかはもういたりすんのか?」
「いえ、そんな全然。そういう浮いた話とは縁がないですね」
「かーっ!! マジかよ。ま、俺もそんな相手はいないんだけどな! っと、とりあえず向かいながら話すか。遅れたら大変だ」
そう言うと、自然と俺を先導する形で歩き出すグライツさん。
俺を案内しようとしてくれているのが言外に伝わってくる。
全く、細かな気遣いができるのはどっちなんだか……
「それで、気になる女もいないのか?」
歩き始めて早速、グライツさんはコイバナを続けてくる。
こんな浮いた話はしたことないから、なんだか少し変な気分だ。
「あーまあ、いるにはいる……のかな? いやでも……」
「なんだ、まだわからんってか? でも、気になる奴って聞かれて顔が浮かんだってんなら、そいつはもう気になてるってことだと思うぜ? 好きまでいってるかは別にしてもな」
む……そう言われると、そんな気もしてくる。
というか、フィルスに対しては、異性としての感情をあえて抱かないようにしている部分があるからな。
そんな努力をしている時点で、気になる存在なのは確かか。
「ははは……そう、かもしれませんね。そんな気がします」
「だろ? で、どんな娘なんだ? 可愛いのか?」
フィルスのことは詳しく話すわけにはいかないが……まあ、半吸血鬼と獣人のことさえ伏せていれば大丈夫だろう。
「ええ、それはもう可愛いですよ。俺が毎日どれだけ抱きしめたい衝動を我慢していることかっ!! 出会ってまだ一月も経っていませんが、それなりに仲良くはなれたとは思っています。というか、これで実は嫌いとか言われたら俺、人間不信になりそうです」
「ほほう! それだけ言えるなら上等じゃねえか! で、脈はありそうなのか? ん?」
なんで俺よりグライツさんの方が盛り上がっているんだとツッコミたいところだが、コイバナとはそういうものなのかもしれないな。
「どうなんでしょうね。出会いや関係自体が少々特殊なので……慕ってはくれているようですが、彼女の正確な気持ちまでは、わかりかねますかね」
「そうかい。まあなんだか複雑そうだなぁ……だがしかし! 恋は障害が多いほど燃えるというものだ! 頑張れよ青年!」
グライツさんはそう言って、俺の肩をバシバシ叩く。
「ははは……応援してくれる気持ちは嬉しいのですが、仮に本当に好きになったとしても、たぶん俺から告白するとかは無いと思いますよ」
「ん? なんでまた。好きなら告ればいいじゃねえか」
「いえ、たぶん俺がそれを言えば、彼女は自分の気持ちを差し置いてでも、それを受け入れてしまうでしょう。だから、俺は……」
「う~ん……ま、よくも知らない出会ったばかりの俺が、突っ込んでいい話しじゃあなさそうだな」
「……すみません」
「ああいや、いいのよ。ただな、後悔だけはするなよ。でないと、俺みたいに誰も本気で愛せなくなっちまうかもしれねえからな」
「え? それってどういう――――」
「と・に・か・く、だ。その相手の嬢ちゃんの気持ちを慮るのはいいんだがよ、あんま気ぃ遣い過ぎて、お互い不幸になるようなことだけはするなよ。ま、俺みたいなおっさんからできるアドバイスはそれくらいだ。さて、もう見えてきたぜ。あれが予選会場だ」
彼の先ほどの発言を気にしつつも、彼の指し示す先に視線を移すと、それはそれは大きな木製の壁が見えて来る。
その高さは20m以上はあるだろうか。そして、施設の出来はまだわからないが、面積だけなら街の闘技場ともいい勝負かもしれないほどに見える。
なんだか話を誤魔化された気もするが、まああまり聞いて良い話でもなさそうだったし、何より予選会場が予想以上にデカくて、素直にそちらも気になってしまう。
ならばそのまま誤魔化されておくのが吉であろう。
「思っていたより大きいですね。大きさだけなら街の闘技場とも大差ないのでは?」
「そりゃそうさ。あっちより出場人数は多いんだ。それで狭いんじゃやってられねぇよ」
あーまあ確かに、言われてみればその通りだ。
「そういえば、出場人数ってどれくらいなんですかね」
「あ? あーまあ正確な数字は予選が始まるまでわからんが……去年は確か、1500人くらいだったかなぁ」
1500人か……多いな。流石は国最大規模の大会だ。
こいつは気を抜いてられんな。予選落ちなんてみっともないことにならんようにだけは、気を付けなくてはな……
「ははっ! ビビったか?」
「いえ……ですが、気は引き締まりますね。油断せずにいくとします」
「ふっ、そうか。ま、お互い頑張ろうや。それじゃあまたな。今度はリングで会おう」
「ええ、楽しみにしています」
「……えーっと、さっきぶりですね」
「お、おう……」
予選会場で、なんだかいい感じに別れた俺達だったが、どうやら予選の最初のブロックが同じだったらしい。
千単位での出場者のいる予選では、質の良い控室などあるはずもなく……ブロックが同じなら、待機する控え室も同じ。
控室に入ると、そこにはグライツさんがいて……別れてからものの数分で再開するという、なんとも格好のつかない感じになってしまった。
「ま、まあ、あれだ。予選がどんな感じかはわからんが、恨みっこ無しでいこう」
「え? どんな感じかわからないってどういうことですか?」
この大会は、予選はまとまった人数でのバトルロワイヤル方式で、その後ある程度人数が絞れたら本戦で一対一だったはず……
え、まさか違うの?
「お前さん、知らんで出場してんのか? マジで?」
「えっと……たぶん。例年と違うというのであれば、そういう事になります」
「あー……まあ、あれだ。一応親切なグライツお兄さんが教えておいてあげるとだな、今年からは趣向を凝らして、予選では一風変わったルールを導入するとかなんとか。試験的なもので、来年もまたかやるかどうかはわからないらしいが、少なくとも今年はそういう事になってる」
なん……だと……
レティアーーーー!!
それくらい調べておいてくれーー!!
俺信じちゃったじゃないかーーーー!!
しかし、参ったな。
手持ちの魔導具で乗り切れれば良いのだが……
魔法は無しDAZO☆ とか言われたら、マジでヤバいかもしれん。
「その様子だと、マジで知らんかったらしいな。まあ、変なのじゃないことを祈って……ガンバレ」
グライツさんからそんな憐みの視線を受け、俺は本番前だというのに、思わず肩を落としてしまうのであった……