第五十二話 『大会初日・出発』
「お見事でした。正直、少しは食い下がれるかもと思っていたのですが、まさか半吸血鬼の力すら使わせてもらえないとは……手も足も出ませんでした。私の完敗です」
模擬戦を終え、訓練場の設備の停止作業をしていた俺に、フィルスが歩み寄り話しかけて来る。
その表情からは、既に先ほどまで見せていた悔しさなどは感じられず、むしろこちらに対しての敬意や尊敬の念が感じられた。
「まあ、やり方はちょっとズルかったかもしれんがな。もしフィルスがそれを望むなら、もっと正々堂々とした試合をするのもやぶさかではないぞ?」
正直、今の試合は自分でもどうかと思うので、もう一度、今度はもっと普通の戦い方での試合をするというのは、むしろ望むところでもある。
何より、こんな戦い方をして、変にフィルスの心を折ってしまったりはしないかと、今更ながら心配になってしまう。
「いえ……相手を知り、その弱点を突く戦い方は、決して悪いものではないと思います。確かに試合の場では、それを卑怯と罵る者もございましょうが、私から言わせれば、それもまた実力。気に食わなければ、その弱点を克服すればよいのです。ですので、私は今、自身の弱点を気付かせてくれるような戦い方をしてくださったレイジ様に感謝しております。確かにこのような結果に思うところが無い訳では無く、悔しく思う気持ちも当然あるのですが……元より敗北は承知の上で挑んだ試合、自身の成長に繋がる結果で終わったのなら、その結果は上々と言えるでしょうから」
ふむ……なかなかに大人で、そして強者となる資質を感じさせられる意見だ。
それだけ敗北を前向きに捉え、自身を研鑽することに前向きでいられるのであれば、いずれは真の強者となる日も来る……かもしれない。たぶん。
だがまあ、そんなことはどうでもよくて……俺としては、変に落ち込んだりしていなかったことに安心しつつも、ご立派な意見を言って気合の入った表情をするフィルスが、なんだか可愛く見えてしまう。
心境的には、そうだな……成長した娘を前に、胸をいっぱいにする父親というか、そんな感じのやつだな。
無論、フィルスには異性も意識しない訳では無いが……やはり倍の歳をとっている身としては、なんとなく可愛い妹分みたいに思えてしまうというか、ついつい子供扱いしたくなってしまう。
まあ、だからといってハグしたりはしないけどな、流石に。
いや、本当はしたいのだけれどもね。したらどうしても異性を意識してしまうので、いつも自重しているのだ。
「その考え方は素直に良いものであると思うよ。ただまあ、俺としては、今の戦いにはフィルスの実力を見るっていう目的もあったからな。そういう意味ではいい戦い方ではなかったかなって」
「そういう事でしたか。少しでも対応して戦えていればよかったのですが……申し訳ございません」
「いやいや、いいんだ。それに、フィルスの感覚がどの程度のものかっていうのは、だいたい把握できたしな。無意味ではなかったよ。組手もしたから体がどれほど動くのかもなんとなくわかってるし、十分とは言い切れないかもしれないが……とりあえずはいいだろう。ま、俺は明日から大会だし、また今度、時間のある時にでもまた試合をしよう。今の試合はなかなか楽しめたからな」
「は、はい! 是非お願いします! 今度は少しでもご期待に添えるよう、精進いたします!」
「ま、無理の無い程度に頑張ってくれ」
「もちろんです。それで、早速なのですが、先ほどの試合で、何か気が付いた点などがあれば是非」
「あーそうだなぁ……んじゃあまずは――――――」
それから俺は、部屋に戻って眠りに就くまでの間、ずっとフィルスに指導をし続けるのであった――――
――――そして翌朝。
「それじゃあ、行ってくる」
大会の準備を整えた俺は、玄関にてフィルスやレティアに出発の挨拶をする。
前世では、戦地へ赴く際も見送りなど無かったから、なんだかちょっと嬉しい。
そうして俺は、玄関で軽い挨拶だけ済ませると、早速大会の予選会場へと向かう馬車へと乗り込む。
今日は大会初日にして、最初の予選の日。
今日だけで、出場者の内の半分が退場することになるらしい。
大会の予定としては、最初の三日間が予選日で、その後二日で本戦を行うらしい。
計五日とは、流石というべきか、なかなか大規模な大会だ。
そして大規模なだけあって、予選は例の闘技場ではなく、街の外にある別の場所で行われるらしい。
まあ出場人数的に、あの闘技場だけじゃ予選を三日で行うのは無理があるわな。
ちなみに俺の予選会場は、街の北口を出てすぐの所にある会場01らしい。
この予選会場は数年毎に変わるので、会場名は数字で分けられているだけで、きちんとした名前は無いそうだ。
俺が大会のことを思い返しているうちに、馬車は北門に辿り着いたようで、その動きを止めた。
俺が馬車で送ってもらうのはここまでだ。
侯爵家の馬車で会場まで向かったのでは、目立って仕方ないからな。
普通に恥ずかしいのもあるが、変に目立つと警戒されてしまうかもしれない。
少なくとも、興味を持たれて多くの注目を集めてしまうのは確実だろう。
手の内など知られていないに越したことはない。
せめて本戦までは、なるべく無警戒のままでいてもらいたいものだ。
「それじゃあ、ありがとうございました」
俺は馬車の御者さんに礼を言うと、北門から出る列に並ぶ。
門を出るのにチェックなどは特になく、普段は列などできないのだが、今朝は出て行く人数が多すぎるため、交通整理が行われているようだ。
先ほどから騎士らしき格好の人たちがせわしなく動き回っている。
「あんたも大会の出場者かい?」
すぐ後ろから聞こえた声に振り返ると、カウボーイみたいな恰好をした、30代半ばくらいの男が意味ありげな視線を俺に向けていた。
「そうですが、何か?」
「ああいや、気を悪くしたならすまない。ただ……今年の大会は楽しめそうだなと思っただけさ」
ほう……わざわざそう言うという事はこの男、俺の実力をある程度見抜いているという事か。
ステータスが見えるのか、あるいは雰囲気からか。
いずれにせよ、警戒は必要だな。
「それは良かったですね。私も楽しみです」
「ははっ! そう警戒してくれなさんな。俺はギルド『クアルソドラッヘン』のグライツだ。これから戦うかもしれない相手だから警戒するってのはわかるが、そういう探り合いみたいなのは苦手なんだ。できればそんなもんは本番まで忘れて、楽しくやりたいんだがね」
むぅ、警戒しているのがわかったか。
一応隠しているつもりだったのだがな……こちらの実力を見抜いてきたことといい、なかなかの実力者のようだ。
クアルソドラッヘンっていう名前は聞いたことがないが、どの程度の規模のギルドなのだろうか。
しかしまあ、そうだな。俺もそういう探り合いは疲れるから好かんし、色々わからんこともある。
仲良くできるなら、それに越したことはないか。
彼は今年が初めての出場じゃないみたいだしな。
「ふっ……わかりました。俺はギルド『クリスタリア』のレイジです。よろしくお願いします」
「おう! いいねえ、なかなか話が分かるじゃないの。しかもあのクリスタリアのメンバーときた。どうだいお宅のギルド、もうそろそろ落ち着いてきたのかい?」
む? 言動からして、彼は先月の一件を知っているのだろうか。
まあ、五大ギルドの内の一つが潰れるような事件だったし、それなりに話も広まっているのだろうな。
「ええ、まあ。まだまだ慌ただしくはありますが、事件直後よりは落ち着いて来ましたね」
「そうか。ウチとクリスタリアは友好関係にあるからな。気になってたんだよ。あそこは気の良い奴が多いからな。なんでも、ウチのマスターとそちらさんのマスターは、旧知の仲らしくてな。クリスタリアが捌ききれない仕事が、いくらかウチにも回ってきていたから、今でも仲は良いみたいだな」
へー、そうなのか。それならなおさら、彼とは仲良くしておきたいかもしれんな。
結構な実力者っぽいし、そういうコネはいざというときに役に立つ。
それになにより、彼はなかなか良い人間そうだしな。
「それはそれは……お世話になってしまったようで、ありがとうございました」
「いやいいんだよ。こっちとしても仕事や依頼人とのコネクションが貰えるのは悪いことじゃないしな。win-winな良い関係さ」
「そう言っていただけると助かります」
「お堅いな。もっと砕けた感じでも――――っと、そろそろあんちゃんの番みたいだぜ? せっかくだし、会場まで一緒に行かねえか? 門を出たらまた合流しようや」
その言葉に後ろを振り返ると、門を出る列が三つに分かれており、ここでグライツさんとは一旦別れなければならないようだ。
「ええ、喜んで。それでは、出て右手側で合流しましょう」
「おう! ほいじゃあ、またすぐにな!」
そうして俺たちは、別々の列へと流されていくのであった。
プロローグ改稿、思ったより大変です。
一度書いた文章を見直して、矛盾の無いように直すことが、ここまで精神的に来るとは(笑)
もうしばらくかかりそうです……すみません。
きっと忘れた頃に直る感じになります……ははっ……は……
ゆるりと頑張ります(;^ω^)