第五十一話 『大会前夜』
今回、ちょっと長めになっちゃいました。
楽しかった祭りは終わり、月も替わって今日は闘争の九日。
いよいよ明日は、レムサム武闘祭初日、つまり大会の始まる日だ。
レティアの話では、ルールが基本、殺さなければOKというだけのかなりアバウトでデンジャラスな大会らしいが、俺の場合は部位欠損の心配が無いので、かなり気楽に参加できる。
内容は普通に一対一のリング上での戦闘で、持ち込み制限も特に無し。
そんなわけで今日までの準備期間中は、運動は体をなまらせない程度に留めて、ひたすら魔導具製作に時間を割いた。
おかげで色々作れはしたが、果たしてどれほど通用するのか……まあ、いくつか良いのもできたし、大丈夫でしょう。
ちなみに今は絶賛リラックス中だ。
時刻はまだ午後七時頃で、夕飯を食べ終わって自室に戻ってきたばかりだが、魔導具を作る材料が尽きてしまってやることが無いのだ。
材料があればもう一つくらい突貫で作っても良いのだが、この時間では開いてる店も少ないだろうし、わざわざ買いに行くほどでもない。
それにそもそも店の場所も知らんしな。
連日の作業のおかげで製作技術はかなり鍛えられているから、時間的には全然大丈夫なのだが、まあそう根を詰める必要もないだろう。
舐めてかかっている訳では無いが、変に硬くなりすぎても、実力が発揮できなくなってしまうからな。
「レイジ様、明日は大会本番ですが、今日はこの後、何かご予定などはございますでしょうか」
俺がぼーっとベッドに腰掛けながら、明日からの大会のことを考えていると、向かいのベッドに座っていたフィルスが声をかけてきた。
俺はそれに対し、ベッドに身を投げ、気を抜いたまま返事をする。
「んにゃ、材料ももうないし、俺の場合体を鍛えることにはあまり意味が無いからな……今から新しい技術を身に着けるのは無理があり過ぎるし、特にはないかなぁ」
「それでしたら、少々お願いしたいことがあるのですが……」
俺はフィルスからのお願いという、なかなかに珍しくも待ち望んでいたその言葉に、ベッドから跳ね起きて姿勢を整える。
「その言葉、待ってました。それで、なんだね? 大抵のお願いなら聞いちゃう自信があるよ、今の俺は。他に用もなくて暇だしね」
「その、護衛の方たちとの訓練は、それはそれで有意義ではあったのですが、手加減しながらの模擬戦ばかりで不完全燃焼というか……できればでよいのですが、一戦、お相手願えないでしょうか」
お、おおう……思っていたのとはずいぶん違ったお願いであったが、まあいいでしょう。
しかし、手加減し続けてたってことは、侯爵令嬢専属の護衛達よりフィルスの方が強いってことなのか。
案外フィルスって実力者だったりするのか?
まあそりゃ、弱いとは思ってなかったけどさ。でも侯爵家の護衛って言うと、流石にもうちょい強いイメージだったんだけどな……
でもそういえば、初めて会った時も、彼ら盗賊に負けそうになってたんだっけか。
そう考えると、なんだか頼りないなぁ……っと、今はフィルスのお願いだったな。
「いいよ、それくらいなら全然。むしろ俺にとっても良い練習になるかも。下手な相手より、フィルスの方が強そうだしな」
「いえ、レイジ様に比べれば私などまだまだです。胸を借りる気持ちで、全力でいかせていただきます」
というわけで地下の訓練場まで来た俺達。
入口近くの操作盤で結界を起動し、お互い位置につく。
使用することは伝えてきたが、観客などもちろん誰もおらず、この空間にいるのは俺達二人だけだ。
お互い何の制約もなく、全力で戦う事ができる。
……フィルスとはここに到着してすぐの頃にも一度戦ったっけ。
あの時はただの組手だったが、今回は本当に全力での勝負だ。
そういえば、フィルスの全力で戦う姿を見るのはこれが初めてかもしれない。
良い機会だし、きちんとフィルスの実力というものを見定めておかなければな。
そうと決まれば――――
「フィルス!」
「はい! なんでしょうか!」
「俺のスキルのことは、以前話したな! 大丈夫だから全力で――俺を殺す気でかかってこい!」
俺にはHPが0になっても、一分間死なずにいられるスキルがあるからな。
万が一何かあっても問題はない……はずだ。
試したことはないけど。
「……わかりました」
フィルスはしばらく俺の目をじっと見て黙っているようであったが、短くそれだけ言うと、その目に殺気を宿した。
これでフィルスは全力で俺を殺しに来るであろう。
せいぜい負けないように頑張らねばな……
「いつでも、好きなタイミングで初めていいぞ。まあ、もしあれなら俺からいっても……っと!」
俺がセリフを言い終わる前に、フィルスが猛スピードで踏み込んできて、その拳を振るってきた。
普段は絶対にしないであろうその行動に驚きながらも、つい嬉しく思ってしまう。
「ははっ! マジだなおい。なりふり構わず全力で殺しに来るそのやり方、嫌いじゃないっぜ!」
話ながらも、俺も負けじと蹴りを叩きこむ。
当然、そんな中途半端な攻撃など両腕で防がれてしまうが、今のは一旦距離を空けて仕切りなおすのが目的だったのでそれで十分。
俺は蹴りの反動に逆らうことなく、地面を蹴って後ろに下がる。
フィルスは防御で動けなかったのか、はたまた奇襲が失敗したからか、その場から動こうとはせず、こちらに変わらぬ視線を向けてきていた。
その構えに油断はなく、攻め入る隙もまた少ない。
少なくとも、魔導具なしではどうにもならないだろう。
しかしなぁ……フィルスは魔導具持ってないのに、俺だけと思うと……
「構いません。お使いください」
「察しが良いな……いいのか? お前も欲しければ――――」
「いえ、私は魔法はほとんど使ったことがありませんので。慣れない小手先の技を頼って戦うよりは、今ある全力でいかせていただきたいと思います」
ふむ、確かにそれも一理あるか。
使いこなせなければ、便利な道具も意味がない。
使えば勝てるというようなものでもないしな。
「……いいだろう」
俺はそう言うと同時に、懐に忍ばせていた魔導具の一つに魔素を流し込み、起動させる。
俺が今回、大会用に用意した魔導具は全部で十個。
今はそのうちの七個を身に着けている。
残りの三個は、流石にフィルス相手に使うのは躊躇われたので置いてきた。
少なくとも、最高傑作と言える最後の作品は、こんな狭い閉鎖空間じゃとてもじゃないが使えないしな。
……まあ、そんなわけなので試運転もできてないのだが。
「我、纏うは冥き常夜。欲するは果て無き常闇。紡ぎ、絡み、食みて広がれ。汝に黒の祝福を――――"葬天"」
俺がフィルスの猛攻を凌ぎながら呪文を紡ぎ終えた瞬間、俺を起点として暗闇が広がり、あっという間に視界が黒に染まる。
俺が今使用した"葬天"という魔法は、元々あった闇魔法を少し改良して作った俺のオリジナルで、魔導具を起点として半径約150メートル圏内に暗闇を作り出す魔法だ。
より正確に言うならば、空間内の光の運動を抑制することで、光を認識できないようにする結界を発生させる魔法である。
もちろん俺の視界も同時に奪われるが、気配察知があるので相手の居場所を見失う事はない。
それに、視界を奪われた状態での戦闘は、前世では何度も経験している。
もちろん結界を発動させると同時に、隠形のスキルも併用して、自身の気配を殺すことも忘れない。
俺はフィルスがこの状況に適応する前に次の手を打つべく、すかさずもう一つの魔導具を起動する。
ちなみに、魔道具を起動した際の魔法陣の放つ光も、この結界はもちろん消してくれる。
まあ、詠唱をする声までは、流石に消してはくれないがな。
「我、求めるは儚き静寂の夢。粛たる幻想の地。流れ、揺蕩い、留まりて止まれ。汝に清き静寂を――――"騒滅"」
呪文を詠唱すれば、流石に臭いに加えて音もするので、フィルスも俺の位置を正確に把握して、攻撃を繰り出してくる。
しかし、気配察知ほどの精度では無いようで、先ほどまでに比べ、難なく攻撃を捌き、躱すことができる。
そして今発動させた魔法、"騒滅"は、"葬天"の音バージョンだ。
詠唱が葬天と似通っているのは、似たような魔法であるという以上に、一緒に作ったために魔法陣の形式がほぼ同じであるというのが理由だ。
しかし、これで互いに光と音を失った。
気配察知スキルは音から得られる情報も利用しているもののようで、フィルスの位置が先ほどまでより僅かに認識し辛くなるが、空気の流れなどは変わらないため、俺は変わらずフィルスを捉えることができている。
一方フィルスは、音が遮られ、隠形で放たれる臭気が抑制されている状態の俺の位置は流石にわからいらしく、動きを止めてしまっているようだ。
狼なら臭いだけでもこちらを捕捉できそうなものだが、フィルスの獣人としての能力は、嗅覚よりも聴覚の方が優れているというのは、前に本人から聞いている。
犬系の獣人というものは、総じてそういうものらしい。
まあなんにしても、これで勝負は決まっただろう。
俺は起動して、周囲の魔素を吸収しながら起動し続けている二つの魔導具を地面に置き、訓練場の端、ギリギリ結界の範囲外となっている場所に移動をする。
音が無いのでは、流石に俺も魔導具を使用できないからな。
まあ、全く詠唱の必要ないアーティファクトと同じような原理で動く魔導具であればその限りでもないのだが……残念ながら、俺にはまだそこまでの魔導具を作る技術はない。
実際に作ってみると、改めてクレアさんの技術力の高さが実感できる。
結界の外に出た俺は、フィルスとの勝負に決着をつけるべく、三つ目の魔導具を起動した。
「風よ、尖鋭なる刃となりて、我が手に宿れ――――"アイレスパーダ"」
この魔道具は棒状になっており、起動させるとその先端で風が剣の刃のような形状となり固定される。
ようはただの風の両刃剣だな。
とはいえ、流石魔法というべきか、この刃には鉄の剣でも両断してしまう程の切れ味がある。
持つ向きを間違えれば自分の体をサックリやってしまいかねないので、扱いには注意が必要だ。
風の剣を右手に持った俺は、先ほど魔導具を置いてきた場所へと駆け寄ると、その魔導具を拾い上げ、そのまま足を止めることなくフィルスの側まで駆け寄る。
そしてフィルスが俺の存在に気が付き反応する前に、素早く二つの魔導具の機能を停止させ、フィルスの鼻先に風の刃を突き立てた。
「…………私の、負けです」
終わってみれば、勝負は終始俺のペースで、文句無しの完全勝利だったのだが……己の敗北を宣言するフィルスの表情は実に悔しそうで、俺はこんな完全封殺するような戦い方をしたことに、軽く罪悪感を覚えるのであった――――