第五十話 『月末祭』
更に四日が経ち、今日は運命の六十日。
流石にこの屋敷に来てから九日も経つと色々と慣れてきて、主要な部屋やトイレ、訓練場への道を間違えるようなことはなくなり、フィルスも多少は一人で過ごすことに抵抗を覚えないようになってきた。
そんな俺達は現在、レティアと共に食堂で昼食を食べているところだ。
「レイジ様、明日の祝祭の日は何かご予定はございますでしょうか」
飯をあらかた食い終わり、だらっとしていると、レティアがそんなことを聞いてくる。
祝祭の日っていうと……確か月末の、神に感謝を捧げる日とかだったか。
地味に初めてだったりするから、イマイチよくわからんが。
「いえ、特には……というか、大きな街に出てきてからは初めてのことなのですが、何か特別な催しなどはあったりするのでしょうか」
「そうですね。基本的には街を挙げての盛大なお祭りが開催されます。もちろんここレムサムも例外ではありません。とはいえ、メインは来月十日からのレムサム武闘祭ですから、今月と来月の月末祭は少々大人し目になるとは思いますが」
ほう、祭りか。そいつは楽しそうだ……が、金がない。
いやまあ、全く無いという訳では無いのだが……魔導具製作のための材料や旅の道具なんかを買い集めるのに結構な額を使ってしまったため、余裕があまりないのだ。
少なくとも、祭りで遊んで使ってしまえるような金はない。
確実に優勝できるならそれでも別に良いのだが、残念ながら俺は、そうと断言できるほど卓越した技能を持っているわけでもなければ、この世界の人間の強さというものを知らない。
大会に出て来る強者がどれほどのものなのか……楽しみだが、お財布的な意味では不安しかない。
「そうですね……まあ楽しそうではあるのですが、今回はやめておきます。大会前ですし、何よりそこに回す金も時間もないですから」
ホント言うと時間は別に良いのだが、そこはまあ男の見栄のようなものだ。
「そうでしたか……それは残念です。一緒に回れればと思っていたのですが、大会直前ですし、難しいですよね」
「大会後なら、気兼ねなく遊びに行けるのですが……申し訳ない」
「いえ、良いのです。元々大会に参加をしてくれと言ったのも私なら、良い成績を収めなければとプレッシャーを与えてしまっているのも、私なのですから。そのような子供じみた我儘を言える立場でないことは、重々承知しております」
そう言いつつも、どこか残念そうに肩を落とすレティア。
彼女は侯爵家の人間だし、なかなか誰かと祭りに参加する機会など無いのかもしれない。
となると、今回はそれが叶うまたとない機会という訳か。
そういうことならできれば叶えてやりたいが……ううむ、どうしたものか。
「まあ、どうしても無理というわけでもないのですが……いえ、わかりました。行きましょう。私も街を挙げての祭りなど初めてで、正直行きたいですし、一日くらい息抜きしても、結果は変わらないでしょうしね」
お金のことは後で考えよう。
優勝できれば問題ないのだし、最悪ダメでも作った魔導具なんかを売れば、宿代くらいにはなるだろう。
宿は引き払ってしまったので、安いところが見つからなかったらやばいかもしれないが。
「よ、よろしいのですか? ご無理はなさらなくても――――」
「いいんです。それに――――」
俺はそこで左隣のフィルスの頭に手を置く。
「フィルスにも楽しませてやりたいですからね。あ、でもフィルスと一緒にいるところが見られたりしたらご迷惑が掛かったりしませんかね? もちろん耳と尻尾は隠しますが、万が一という事がありますので」
あまり本人の前でこういうことは言いたくないが、必要なことなので仕方がない。
下手に確認せずに後で嫌な思いをするよりかはずっと良いだろう。
フィルスもそれがわかっているのか、特に落ち込んだ様子はない。
「ご心配には及びません。そのような理由でイチャモンをつけてくるような低劣な輩など、追い返してやります。己の信ずる道を曲げてまで、愚かな考えに合わせる必要など無いのですから。無論、むやみに騒ぎを起こしたいわけではないので、耳と尻尾を隠すというのには賛成ですが」
「そう言っていただけると助かります。それでは、明日はよろしくお願いします」
「はい。こちらこそよろしくお願いします。目一杯楽しみましょう!」
そう返事をするレティアの顔は随分と嬉しそうで、テンションの高さがありありと伝わってくる。
ふっ……こういうところはまだまだ子供だな。
そこでふと、そういえばフィルスも同い年だったなと、左隣に視線を向けると、表情こそ普通ではあったが、椅子の後ろに出ている尻尾が左右に揺れているのが見えた。
どうやらこちらも明日の祭りが楽しみらしい。
いつも大人しいフィルスのその様子を微笑ましく思った俺は、まだ置いたままだった左手でフィルスの頭を撫でる。
フォルスも俺の意図に気が付いたようで、少し恥ずかしそうに顔を俯かせながらも、尻尾の揺れは先ほどよりも大きくなっていた。
ま、一応精神年齢的には年長者なのだし、明日はなるべく二人が楽しめるように頑張ってみるとしましょうかね。
――――そして月末祭当日。
「す、凄い人ですね!」
「武闘祭直前で、いつもより人が集まっているのです! ですが、これほどとは思っていませんでした。これまではあまりこういった行事に関わる機会もなかったものですから……」
「それより、二人ともはぐれないように! 特にレティア様は、混雑を考慮して護衛も二人に絞っているのですから、万が一にもはぐれられたら大変ですので!」
俺たちはそのあまりの人の多さに圧倒されていた。
この人の多さ……一度だけ行った都内の夏祭りを思い出す。
流れに逆らわずに集団で行動することの難しさと言ったらもう……ましてや、レティアをきちんと守りながらなんて、なかなかに難儀だ。
だというのにこの女子たちは、人の気を知ってか知らずか、気の赴くままにあっちへこっちへ行こうとするものだからもう大変だ。
その様子は普通なら微笑ましいものでしかないのだが、この混雑では正直勘弁してもらいたい。
まあせめてもの救いは、二人がいつの間にか仲良くなっており、一緒に行動してくれていることくらいだろうか。
……っと、そんなことを考えているうちに、またしても気になった屋台へと移動を開始していらっしゃる。
護衛の二人も必死に追い縋っているが、あれではただ後をついて行っているだけで、とても護衛だなんて言えないな。
「お二人さん。初めての祭りに興奮しているのはわかるが、もうちょっと手加減してやりなされ。護衛の方たちがもはや護衛になってないぞ?」
「あ……す、すみません」
「う……申し訳ございません」
俺は気配察知を併用して周囲を警戒しつつ、ゆっくりと歩きながら二人に追いつき注意をすると、レティアとフィルスはバツの悪そうな顔をして頭を下げる。
「とはいえ、楽しむことは良いことだからな。突っ走らない程度にであれば、存分に楽しんでいらっしゃいな」
「「はーい!」」
想像していた以上にはしゃぐ二人に、思わず苦笑してしまう。
俺も思わずレティア相手に敬語を抜いて、保護者的な目線で接してしまっているが、本人からどころか、護衛の方からすらそれを指摘されない。
俺としては楽で良いのだが……いいのか、これ?
そんな調子で、護衛する側は終始てんやわんやしながらも、皆笑顔のまま、楽しい時間はあっという間に過ぎ去っていくのであった――――
記念すべき第五十話!
でも特に何もありません!
やったね!!
というわけで、月末のお祭りは割とあっさり終わらせちゃいました。
あくまでメインは武闘祭なので、あんまり手前でダラダラしてばかりなのもどうかと思ったので。
べ、別に良い話が思いつかなかったとか、そういうのじゃないし。ほんとだし。
まあそんなわけで、武闘祭まであと数話!(予定)
これからもよろしくお願いします<(._.)>




